↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
白影編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/64

Ep.62 ただいま






 ――一匹目の竜が、インフェル・ノクターンの体を貫いた。


 全身を襲う衝撃的な痛みと、瞬く間に焼き焦げていく肉体。

 そして濃密すぎる魔力による圧迫感を感じ、インフェル・ノクターンは途轍もない閉塞感を感じていた。呼吸ができず、痛みに喘ぐことすらままならない。コヒュ、という掠れた音だけが漏れ出る。


 ――二匹目の竜が、インフェル・ノクターンの体を貫いた。


 ただでさえ焼けただれていた皮膚を超高圧の電流がなぞり、耐えがたい苦痛が襲う。

 煙を上げて焦げていた体毛が悲鳴を上げる。


 ――三匹目の竜が、インフェル・ノクターンの体を貫いた。


 三度襲う衝撃に、インフェル・ノクターンの意識は遂に途切れかける。


 三回に渡る雷竜の襲撃により、インフェル・ノクターンの肉体は限界を越えた。

 全身を迸っていた痛みは綺麗さっぱりなくなり、もはや何の感覚も感じない。全身が麻痺したように、自身の指先一つ動かすことはかなわなかった。


 視界が歪み、インフェル・ノクターンの思考は覚束なくなる。

 脳すらもその機能のほとんどを停止しており、ただただぼんやりとした浮遊感だけが主張していた。


 そんな、薄れゆく意識の最中。


 インフェル・ノクターンはポツリと、取り留めもない感想を浮かべた。




 ――あぁ、これが、”本物”か……。


 

 

 インフェル・ノクターンは天才だった。


 生まれながらに得た強靭な肉体と、尋常ならざる魔力。

 それは自然に生きていただけのインフェル・ノクターンを、いつの間にか魔王にまで押し上げるほどの才能だった。


 そして、インフェル・ノクターンに備わっていた才能において、最も大きかったもの。

 それは魔法だった。


 こと炎系統の魔法においては、魔界でも類を見ないほどに激烈で、苛烈な才能を秘めていた。

 魔法規模、魔力出力、共に規格外。その様相も相まって、インフェル・ノクターンは魔王と呼ぶに相応しく、誰もが頭を垂れた。


 そんな境遇で生まれてきたインフェル・ノクターンは、当然のように増長した。

 生来の神経質な性質とプライドの高さも助長し、インフェル・ノクターンは己が誰よりも優れた存在なのだと自覚していた。


 ――しかし、世界はインフェル・ノクターンの想像以上に広く。


 第五魔王という、魔王の中でも古参に位置する地位について以降、インフェル・ノクターンは停滞した。

 魔神はおろか、魔帝にすらなれないまま、長い時が流れた。


 何故だ、何故届かない。


 インフェル・ノクターンは何度も自問自答を繰り返し、自分の上に立つ存在が何人もいるという事実に強く歯噛みした。それはプライドの高いインフェル・ノクターンの自尊心を逆撫でし、より追い込んでいった。


 ――自分よりも遅れて魔王になった者が、何人も魔帝になった。


 ――自分よりもずっと後に生まれた者が、魔神と呼ばれるようになった。


 自身が追い抜かれる度に、インフェル・ノクターンは耐えがたい恥辱に苛まれ続けた。

 インフェル・ノクターンとて努力しなかったわけではない。得意の炎魔法は研鑽を積み、奥義まで開発した。出力を上げ、圧縮を磨き、自在に操れるように工夫した。


 それでもインフェル・ノクターンは、届かなかった。


 ――メア・クローリーが、第七魔帝に就任した。


 その事実が、インフェル・ノクターンの自尊心を更に傷つけた。


 メア・クローリーのことは、以前から噂程度だが知っていた。

 本人のことはもちろん、《剣鬼》と呼ばれる並外れた剣才を持つ剣士について話題になっていたからだ。しかし、その《剣鬼》は死んだはず。分不相応にも魔王になったメア・クローリーの気勢もこれで削がれる、そう思ったというのに――。


 あろうことか、あの小娘は自分を越えて魔帝になった。


 たった100年ほどで魔帝に昇格したメア・クローリーの偉業に、インフェル・ノクターンは腸が煮えくり返る思いだった。

 更に幸か不幸か、件のメア・クローリーはノクターン領の隣の領地を貰ったというではないか。それ以降インフェル・ノクターンは、すぐ近くでメア・クローリーに関する声を、噂を、聞き続けることになった。


 すぐ隣の領地の話だ、耳を塞いでいても勝手に聞こえてくる。

 やれ人格者だの、やれ領地の改革に余念がないだの、やれノクターン領より住みやすいだの。ノクターン領からクローリー領に流れていく者も少なくなかった。


 ――クソッ! ふざけるな……!!


 それからだ。インフェル・ノクターンはメア・クローリーを明確に敵として認識した。

 できることならば今すぐにでも潰してやりたい。そう思った回数は片手では数えきれないが、そう簡単な話ではなかった。


 メア率いるクローリー軍の優れているところは、その層の厚さだ。

 

 魔帝であるメア・クローリーを筆頭に、

 《黒薔薇》と恐れられる冷酷なメイド。

 《鬼神》の名を轟かせる鬼の武人。

 《神速の輝剣》と呼ばれる剣士。

 《七色魔炎》の名の通り七色の炎を操るエルフの魔術師。


 など、隊長格の面々はいずれもが魔王クラスと呼び声高い実力者たち。恐らくはこれもほんの一部にすぎず、インフェル・ノクターンが知らない実力者も多数所属しているだろう。


 ノクターン軍とて弱くはないが、クローリー軍の面子と比べると数段劣るのは明白だ。インフェル・ノクターンはプライドが高いのと同時に、狡猾で計算高い人物。そこの戦力差を見誤るような愚行は犯さなかった。


 それでも、インフェル・ノクターンとメア・クローリー。

 一対一で戦えば、魔法の腕ならば、小娘などに負けるはずはないと。そう思っていた。


 そう、思っていた――しかし、それすらも、甘い考えだったようだ。


 インフェル・ノクターンは薄れゆく意識の中で、メア・クローリーが放った雷撃の輝きに魅了されていた。目が、離せなかった。


 自分が全てを賭して放った《炎羅の勅命》などよりも、濃密で、膨大な魔力が込められた魔法。比べることすらも烏滸がましい、圧倒的なまでの差を持つメアの魔法(リントブルム)。その輝きから、インフェル・ノクターンは目を離すことができなかった。


 歪み、掠れ、姿形すらも捉えられなくなった視界でも、なお。

 ”本物の魔法”の輝きは、インフェル・ノクターンの網膜を強烈に焼き付けていた。


 ――私は、私はなんという思い違いをしていたのだ。


 ――私が天才? いいや、違う。本当の天才とは……”本物”とは、あのような魔法のことを言うのだ。あのような魔術師こそが”本物”の天才だったのだ。


 インフェル・ノクターンの意識と同時に、膨れ上がっていた自尊心すらも綺麗に焼き尽くされていった。


 自分が今まで行ってきたことなど、児戯にも等しかったのだと。


 自尊心も、プライドも、立場も、何もかもが焼き尽くされ、空っぽになった心で。

 インフェル・ノクターンに浮かんだのは、純粋な諦観と賞賛だけだった。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆









 

 次々にインフェル・ノクターンの身を焦がす雷竜。

 四匹目の竜が迫る頃には、インフェル・ノクターンは既に瀕死の状態であった。


「……もういい」


 メアが小さく手を振ると、圧倒的な存在感を放っていた雷竜は徐々にその姿を小さくしていき、僅かな稲妻を残して消失していった。


 そこに残っていたのは、もはや原型すらとどめていない、黒く焼き焦げた毛玉であった。生きているのかどうかすら怪しいが……メアにとって、そんなことはどうでも良いこと。


「――メア」


 メアの意識は既に、アルに向いていた。

 蝙蝠の翼をはためかせ、アルのすぐ傍にゆったりと着地する。


「――アルくん」


 メアの深紅の瞳に捉えられ、アルは僅かに息を呑んだ。


 何故メアがここにいるのか。

 アルはクローリー軍を辞めた。それは間違いなくメアに対する裏切り行為であり、恨まれたとしても不思議ではない。それほどまでの不義理を働いたと、アルは思っていた。メアがアルを助けにくる理由など、ないはずだ。


 それなのに、なぜ――。


 アルはメアを裏切った事に対する気まずさと、どんな言葉をかけられるのかという不安の感情を抱き、ついメアから目を逸らしたくなってしまう。


 しかし、それこそメアに対する裏切りに他ならない。一度裏切っておいて何を、と思うかもしれないが、それでもアルはメアを前にして逃げることだけはできない。たとえなんと言われようと、せめて真摯であろうと、アルは思い直した。


 故に、体を支えてくれていたエルトから離れ、自分の脚でメアと相対した。未だに傷は癒えず、気を抜けば今にも脚から力が抜けそうだ。


 それでも必死に耐え、メアの瞳を真っ直ぐ見据えた。


 交錯する二人の瞳。

 崩壊した天井から射し込む月明りが、二人を照らした。


 その場に訪れた沈黙を破ったのは、メアだった。


「……こんなに傷ついて」


 小さく、ぼやくように呟かれた言葉と共に、アルの頬にメアの手が添えられた。

 細くて白くて小さなその手は、傷だらけのアルを労わる様に、優しく頬をさすった。


「そんなに傷だらけになって、死にかけて、自分よりもずっと強い相手に立ち向かうなんて……無茶、しすぎだよ……」

「……ごめん、でも」

「分かってる、それだけエルトちゃんが大切だったんだよね。こんなにボロボロになっても、諦められないくらいに……一度決めたら、それを守る為に突っ走っちゃうんだもんね。自分の信念を曲げないために、全力を尽くすのが、キミなんだもんね」

「なんで、それを……」


 先ほどまでの冷徹な瞳はどこにもなく、アルを見つめる紅瞳はどこまでも慈愛に溢れていた。そんなメアは、まるでアルの内心を見透かしたように言った。


 しかし、アルは不思議だった。今世でアルがメアと接した時間は決して多くはない。アルは自分の心情をメアに話したことはほとんどなかった。故に、アルを理解するかのようなメアの言葉が、アルにとっては不思議だった。


 そんなアルの疑問を察したのだろう。

 メアは僅かに苦笑を漏らしながら、


「……見てれば分かるよ……って、言いたかったんだけどね。これは受け売り」

「受け売り? ……誰の?」

「ミルと、ミーシャのね」


 言われて、アルはその二人を思い浮かべた。

 誰よりもアルの努力を見て、認めてくれたミルフレティア。

 今世で一番、アルの心情を語った相手であるミーシャ。


 恐らく今世で最もアルのことを理解している二人であろう。強いて言うならば、エルトもそうか。

 そのことに嬉しさとくすぐったさを感じるアルだったが、同時にメアが自分のことを理解してくれていたわけではないことに、僅かに悲しみも覚える。


 もちろん顔には出さないが……そんなことを思っていると、不意にアルを柔らかな感触が包んだ。

 それがメアに抱き寄せられたのだと気づくまでに、数

秒を要した。


「(え……何で)」


 そしてそんな現状に疑問を抱くアルの耳に、メアの言葉が届いた。




「――頑張ったね」




 たった一言。

 しかしその一言は、驚くほどにアルの全身に染み渡っていた。


 それは、今回の件だけではない。


 アルフレッドとして死んで、転生して、アルファストとして生きることになって。

 初めてできた家族を、魔神マガチカに殺されて。自分も死にかけて。


 メアに拾われて、久々の再会に喜んだのも束の間……よく知る人たちに「初めまして」と言われる度に心が痛んで。


 ミルフレティアに殺されかけて、己の弱さを自覚して。アルファストとして生きる覚悟をようやく決められて。


 何度も何度も打ちのめされながら、それでも諦めないと努力を続け、それがみんなに認められて。


 エルトと兄妹になって、それが嘘だったと告げられて。それでもエルトを想い、クローリー軍を離反してここまで来て。


 インフェル・ノクターンの圧倒的な強さの前に何もできず、ただひたすらに燃やされて。それでもエルトだけは守ると、死にかけながら立ち上がり続けて。


 ――アルの脳裏に、これまでの記憶が駆け巡った。


 メアがどういう意図でその言葉をかけたのかは分からない。

 それでもアルは、メアにこれまでの全てが肯定されたような気がして……気づけば、力いっぱいメアを抱きしめていた。


 傷だらけの体に、温もりが広がる。

 傷ついた体を、心を癒すように。


「――メア」

「……なに?」


 きっと、本当の意味は伝わらないだろう。

 それでも、アルは言いたかった。今、自分の胸中に渦巻く感情を形にするために。






「――ただいま」

「――うん、おかえり」













☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



感想・誤字報告、お待ちしております。

少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。

嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。