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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
白影編

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Ep.61 魔帝の鉄槌





 ――声が響いた。


 アルにとって誰よりも聞き慣れたはずなのに、何故か懐かしさすら覚える声。

 それが誰のものなのか考えるよりも先に、アルの脳裏には一人の少女の姿が浮かんでいた。


「――」


 アルは全身を焼き焦がされんばかりの灼熱に襲われながらも、心地よい安心感が駆け巡るのを感じた。生命にとって最も恐ろしい”死”という結末が、すぐそこに迫っているにも関わらず。


 どこにいるのか、どこから告げているのか。

 アルには分からなかったし、周囲を窺う余裕もなかった。

 けれど確かに届いた声が、アルに安堵を与えた。


「――《雷神の梯子(ヘヴン・ロード)》」


 そしてその安堵は、現実のものとなる。


 荘厳に紡がれるや否や、インフェル・ノクターンの足下に魔法陣が出現する。

 赤と黒――まるで血液のような色を発しながら輝く魔法陣(それ)は、館内を支配する獄炎よりもなお赤く、圧巻の存在感を主張していた。


「(綺麗だ――それに)」


 アルの瞳に映る魔法陣は、インフェル・ノクターンの《炎獄下賜》のそれとは比べ物にならないほどに巨大で、濃密な魔力が込められていた。

 今にも爆ぜんと圧縮された《炎羅の勅命》の濃密な魔力ですら霞んで見えるほどの、魔力の波が吹き荒れる。


 ――バチッ。


 インフェル・ノクターンの周囲で、雷が弾ける。

 それは前兆。アルもよく知る《雷神の梯子(魔法)》が発生する、その前兆であった。


 刹那、雷撃が生じる。


 インフェル・ノクターンの身を包み込んであまりあるほどに巨大な、雷の柱。

 それはインフェル・ノクターンの足下に展開された魔法陣から発生したのと同時、天井を貫いて降り注いだ。


「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!」


 上下から発生した雷柱は上空で合流し、より強大な轟雷となりインフェル・ノクターンの身を貫いた。

 その身を雷柱に浸からせ、絶叫を上げるインフェル・ノクターン。天に掲げた両手の炎は、雷に呑み込まれるように消失していた。


 上部に視線を移せば、雷撃の余波によって天井が破壊されている。

 それは一階のみに留まらず、僅かな隙間から夜の星空が覗いていた。


 そして雷柱は、まるで夜空を突くように伸びていた。

 長く長く、どこまでも続く雷電の柱。

 眩いほどの輝きを齎すそれは、見るものを引き付ける神々しさすら纏っている。


 まるで天地を繋ぐ神々の梯子のようで――《雷神の梯子(ヘヴン・ロード)》という名に偽りはなかった。


「がああああああああああああああああああああああ!?!?」


 痛みに悶えながら未だに天に両手を掲げるその姿は、《雷神の梯子(ヘヴン・ロード)》の神々しさも相まって、慈悲を乞う懺悔者のようにも見えた。


 しかし、そう余裕をもって見ているわけにもいかず、


「……ッ!」


 《雷神の梯子(ヘヴン・ロード)》はインフェル・ノクターンの身を焦がすだけでは足らず。周囲に途轍もない衝撃を伝える。

 破裂するような衝撃波に、たちまち周囲の兵士たちが吹き飛んだ。立っているのがやっとのアルも当然あらがう術はなく、後方へ吹き飛ばされかけるが、


「おにぃ!!」


 繋がれた手が、アルを引き留めた。

 見ると、エルトの脚には地面から伸びる黒影が絡みついていた。まるでエルトを地面に縛り付けるようなそれは、どうにか二人をその場に踏みとどまらせることに成功する。


 そのまま少しの間風圧に揺らされていたアルだったが、しばらくして落ち着きを取り戻す。

 バチバチと電気を弾けさせながら、雷柱は徐々に細くなっていき……消失していった。


「……がはっ」


 《雷神の梯子(ヘヴン・ロード)》に身を焦がされたインフェル・ノクターンは、見るも無残な様相だった。

 豪奢な服は見る影もなくボロボロ。元より黒い体毛は焼け焦げ、ところどころに爛れた皮膚が露出していた。全身から煙を立ち上らせるインフェル・ノクターンは、普段の魔王としての威厳も余裕も何もなかった。ガクガクと震える脚は体重を支えられず、その場に膝をついてしまう。


「――メア」


 そんなインフェル・ノクターンを見下ろすのは、一人の少女。


 破壊された天井から射し込む月明りに照らされ、星空を背景に佇んでいる(・・・・・)。

 夜風に黒髪を靡かせながら、上空に立つ彼女の背後には黒い翼が。それは鳥のように羽毛の生えた翼ではなく、まるで蝙蝠のような鋭い翼であった。


「……」


 月下において艶やかな黒髪と白い肌、そして黒い翼をはためかせる少女――メア・クローリーは、怪し気な魅力を醸し出している。


 そしてその表情は――凍てつくような冷たさを纏っていた。

 普段の爛漫な表情はない。童顔故にあどけなさの残る顔立ちは能面のように貼り付けられ、その瞳だけが――インフェル・ノクターンを捉える瞳だけが、溢れんばかりの”熱”を帯びていた。


「!?」


 アルの肌を突きさすような刺激が走る。

 それは、怒気。表情こそ冷徹なメアであったが、その全身を包むように魔力が放出されていた。それこそ、離れたアルを刺激するほどに。


 その姿は、正しく魔帝であった。


「……ぐ、は……貴様は……第七魔帝……何故、ここに……」


 一転して死に体になったインフェル・ノクターン意識を保っていたようで、自身を見下ろすメアに鋭い視線を向けながら問うた。


 しかし、メアはその疑問に答える気はなく、


「――お前か、ボクの”仲間”に手を出したのは」


 凍てつく氷のような殺気をもって返した。

 思わずインフェル・ノクターンの喉から「ヒッ」という音が漏れる。


 しかし、インフェル・ノクターンにも魔王としてのプライドがあるのだろう。特に彼は古参の魔王であり、その分プライドも高い。メアの殺気にその身を震わせながらも、どうにか威勢を取り戻して見せた。


「……じ、自分が何をしているのか、理解しているのかッ!? これは立派な侵略行為だ! 正当な理由なく我が館を破壊し、あまつさえこの私にこれほどの傷を……! 大魔総会が黙ってはいないぞ!」

「……」

「魔帝だからと、調子に乗っているのか!? 舐めるのも大概にしろ小娘がッ! 貴様のような最近魔帝になったばかりの新参者が、本当にこの私よりも上に立っていると、そう思っているのか!?」

「……」

「な、何とか言ったらどうなんだ!?」

「……」


 どうにか立ち上がり、メアに対して言葉を紡ぐインフェル・ノクターン。しかし恐怖を完全には押し殺せていないのか、普段の冷静さはどこへやら、口汚く罵り続ける。

 しかし、当の本人であるメアはまったく取り合う様子を見せず、ただ冷徹な瞳を向けるだけだった。


 全く相手にされていない。


 その事実をありありと突きつけられ、インフェル・ノクターンは奥歯を強く噛みしめた。全身をめぐる怒りの感情。沸騰しそうなほど熱気を帯びるそれは、魔力という要素でもって表面化された。


「……この、私を見下すなぁ! 小娘風情がぁ!!」


 溢れんばかりの怒りによって漏れ出た魔力は、まるで炎のように赤く染まっていく。

 それは再び天に――メアに向かって掲げられた両腕に収束していく。そして生まれる炎玉。内側に向かって渦巻く炎は圧縮されていき、濃密な魔力と熱気を周囲にまき散らす。


 もはやインフェル・ノクターンには、メア以外の存在は脳内になかった。

 先ほど以上の爆発的な魔力の波によって、館のいたるところに罅が走り、崩壊していく。それはメアの《雷神の梯子》で吹き飛ばされた兵士たちに降りそそいでいく。どうにか態勢を立て直していたわずかな兵士たちは、逃げるようにその場を離れていった。


 そして被害に遭うのはノクターン軍のみならず。

 アルとエルトの下にも暴風と瓦礫が迫りくる。今度こそは吹き飛ばされないとその場で踏ん張るアルだったが、その傷だらけの体はふわりと抱き寄せられる。


「――《影絲・五月雨》っ!」


 そしてエルトの脚に絡みつくものとは別に、黒影から幾重もの”絲”が放出される。黒く細いそれはエルトの意のまま繰られ、無数の瓦礫を打ち落としていった。


 どうやら見た目以上に硬く頑丈なようで、小さな瓦礫程度であれば貫くように破壊していく。そして大きめの瓦礫には、無数の影絲をひとつに結合させ針のようにして打ち落としていった。

 エルト自身疲弊しているにも関わらず、あれだけの数の影絲を自在に操り、かつ適確に瓦礫に合わせて影絲を結合させている。


 ――《影世の処刑人》。


 アルは知る由もないが、インフェル・ノクターンの命を忠実にこなしそれなりの人数を殺してきたエルトにつけられた、裏世界の通り名のようなものだ。その名の通り、影に紛れ、影に潜み、影からあらゆる人物を処刑する暗殺者。その殺し方と、冷徹な表情をもってつけられたものだった。


「(エルトって……もしかしなくても俺より強い、よな……)」


 守るようにアルの体をぎゅっと抱きしめながら、冷静に瓦礫を処理していくエルトを見て思った。

 その事実に兄としての情けなさを感じずにはいられなかったが、密着することで感じることのできるエルトの温もりから、自分を守ろうとしてくれている意志を感じて、アルは小さく溢した。


「……ありがとう、エルト」

「……おにぃがわたしを守ってくれるみたいに、わたしもおにぃを守るから。それが兄妹、でしょ?」

「あぁ、そうだな」


 アルを見ながら僅かに口元をほころばせるエルトを見て、アルも笑った。


 そうしてアルたちが周囲の被害に対応している間にも、インフェル・ノクターンの準備は整ったようだ。先ほども見た炎玉――否、それ以上の密度を誇る炎玉が、今にもはちきれんばかりに軋んでいた。


「若輩者の貴様に教えてやろう! 魔界で生きていくことの過酷さを、称号を持つことの重みをなぁ! ――《炎羅の勅命》ッ!!」


 一度は不発に終わった《炎羅の勅命》。

 インフェル・ノクターンの奥義である一撃が――爆ぜた。


「――」


 一瞬、視界が白く染まる。

 超濃度の魔力が爆ぜ、大気が歪み、空間を震わせた。


 そして散らばった炎は枝分かれするように集結し、八本の炎撃となってメアに殺到した。その一つ一つが《炎獄下賜》を優に上回る威力を誇る《炎羅の勅命(八つの炎)》は、インフェル・ノクターンの命に従うように、正確にメアに向かう。


 超高威力の八撃。

 それも、標的を自動で追尾する効果まである。

 正真正銘、インフェル・ノクターンの切り札であり、究極の一撃。


 たった一度放つだけで、インフェル・ノクターンの魔力の四割を削るほどの大技だ。先ほどは不発に終わったため三割ほどしか削られず、それ以前には何度もアルに《炎獄下賜》を使っていたインフェル・ノクターンの魔力は既に底を尽きていた。


 全身の傷も相まって、この後は動くことすら叶わないだろう。

 それでも《炎羅の勅命》を使用したのは、それだけこの技に絶対的な自信があったということ。例え相手が魔帝であろうと、確実に殺すことができると。


「バカが! 黙って《炎羅の勅命》が発動するまで待つとはな! その余裕が! いや、勘違いが! 貴様を殺すのだ! 第七魔帝メア・クローリー!!!」


 対するメアは、どこまでも無防備であった。

 インフェル・ノクターンが《炎羅の勅命》を発動するのを、妨げるどころか対策すらせず、ただ黙って見ていた。そしてそれは炎が迫りくる現在も同様。一切表情を変えることはなく、インフェル・ノクターンだけを見下していた。


 その態度を見て、インフェル・ノクターンは勝ちを確信した。

 恐らくメアには対抗手段がないのだと。自身の《炎羅の勅命》を前にして戦意を喪失し、諦めているのだと。そう思い、勝利の高笑いを上げる――その刹那。


「――《雷竜象撃(リントブルム)》」


 小さく呟かれると同時に、メアが右手を突き出す。

 ゆっくりと、緩慢な動きで、およそ《炎羅の勅命》が迫っているとは思えないほどの余裕を持って。


「《八頭竜(アハト)》」


 瞬間、メアの掌に稲妻が迸る。

 そして一拍おいて――膨大な雷塊へと変貌した。


 ほんの一瞬の出来事。

 その雷の眩さに世界が明滅したかと思えば、それは八つに分かれていた。

 バチバチと電撃を迸らせ、白光を発する細身の雷。それは朧気ながら刺々しく変形し、先端には角や口らしき物まで見て取れた。


 その姿はまるで――竜のようであった。


 竜を象った雷撃。八つに別れたそれは迫る《炎羅の勅命》に向かっていった。


 八つの炎撃と、八つの雷竜。

 一つ一つが相対するように衝突し、暴風が吹き荒れた。お互いがお互いを貫かんとぶつかり合い、炎雷が周囲に散らばる。熱気と白光が交錯し、呑み込まれるように”賢王の館”が消滅していく。


 しかし、そんな拮抗はほんの数秒だった。


 衝突した当初こそ轟轟と燃え盛っていた炎だったが、尻すぼみするように威力が減衰していく。まるで衝突した瞬間こそが最も強いエネルギーを発するように設計されていたように。しかし、それでも雷竜を燃やし尽くすことは叶わず……逆に炎は雷竜に喰い破られるように、呑み込まれていった。


「ば、バカな……」


 その光景を見て、インフェル・ノクターンは呆然と呟いた。

 自身が放った、絶対的な自信を持つ八つの炎撃。その一切合切が、雷竜を破ること叶わず、消滅していった。


「わ、私の《炎羅の勅命》が……最強の一撃が、必殺の奥義が……あんな、あんな……」


 もはや立っている気力さえ消え失せ、インフェル・ノクターンはその場に膝をついた。

 それも無理はない。自身の全霊を費やした一撃が、ああも軽く、粗雑に、適当に放たれた魔法によって敗れたのだ。


 インフェル・ノクターンを長年支えていたプライドが、ポキリと折れた音がした。


「ぁ……」


 そして――インフェル・ノクターンの眼前には、八つの雷竜(死)が殺到していた。











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感想・誤字報告、お待ちしております。

少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。

嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。






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