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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
白影編

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Ep.58 獄炎の魔王






 ――アルは、その身を襲うプレッシャーに慄いた。



 発生源は眼前の魔王。

 掌に揺らめく炎を浮かべている山羊頭の魔王は、アルを殺さんと殺気を放っている。恐らくそれは、インフェル・ノクターンからすればほんの僅かな殺意。


 しかし初めて、明確にアルを見据えて放たれた殺意は、確かなプレッシャーとなってアルに降り注いだ。


 剣を握る手が震える。

 脚が竦む。


 前世では、インフェル・ノクターン以上の脅威から、幾度も殺意を向けられてきたというのに。


 それはアルの肉体が、本能的に生命の危機を悟って警鐘を鳴らしている証拠。

 アルの意志も経験も関係なく、肉体がインフェル・ノクターンを恐れている。自身を殺しうる存在の殺意を拒絶している。


 ――思えばいつ以来だろうか。圧倒的な格上に、本気で刃を向けるのは。


 全身を駆け巡るこの感覚に、アルは身に覚えがあった。

 それも遠い過去(前世)の話ではない。つい最近、本気で己のことを殺そうとする存在と相対したことがあるはずだ。勝てないと分かっていながら刃を向けるこの感覚。


「(あぁ……そうか、そういえばあったなこんなこと)」


 思い起こすのは、骸骨の武士。

 白華村を壊滅させ、アル以外の同胞を皆殺しにした鬼人のことだ。

 あの時もアルは本気で挑み、その理不尽なまでの強さに一蹴された。何もできず、何もさせてもらえず。マガチカは欠片も本気を出していないにもかかわらず、容易くアルの命を摘みかけた。


「(……でも、アイツは魔神だった。魔神の強さに比べれば、魔王なんて……)」


 それは、恐怖に身を震わせるアルが自身を落ち着かせるための虚勢だった。


 魔神だろうと魔王だろうと、アルからすれば圧倒的に格上であることに代わりはない。

 どちらもアルなど容易に殺せる存在である以上、両者の強さを比較することに意味などないが……それでもアルは、魔神に比べれば大したことないと思わなければ、彼奴と相対することはできなかった。


 仮初の思考で無理やり恐怖を抑えつけ、アルは剣を構える。

 深く息を吸って、吐いて。


「行くぞ……!」

「あぁ、どこからでも来るといい」


 決意を固めたアルとは対照的に、インフェル・ノクターンは不敵な笑みを浮かべている。


「(すぐにその気味悪い笑みを消してやるよ……!)」


 アルは隙だらけのインフェル・ノクターンに接近すると、正面から袈裟斬りにする。


「ふっ」


 しかしインフェル・ノクターンは軽く身を引くだけでアルの一撃を難なく躱してみせる。


「――!!」


 アルの剣が空を切るが、そんなことはアルにとって想定内。これ見よがしの一撃が決まるとは最初から思っておらず、アルはすでに次の動作に移行していた。


 左から右に。

 右から斜め上に。

 上から下に。


 次から次に剣を振るっていくが、その一切がインフェル・ノクターンには当たらない。

 彼奴は軽く動くだけで、アルの剣撃を容易に躱し続けた。


「(防ぐまでもないってことか……!)」


  アルが空振る切っ先を見ながら目を細めると、インフェル・ノクターンは口元を歪ませた。


「どうした? 一人で踊っているだけではないか」

「くそ……」


 インフェル・ノクターンからすれば、アルの攻撃など児戯にも等しいのだろう。

 アルの剣筋を完璧に見切って避けているインフェル・ノクターンは、愉快だとばかりに嗤って見せる。


「……なら!」


 アルはインフェル・ノクターンの胴体を目掛けて、横薙ぎに剣を振るった。

 それは今までのように簡単に躱されるが、それでいい。アルは鋭い視線でインフェル・ノクターンを射抜き、剣を握る拳に力を込めた。


 体を捻り、返しの刃で更に追撃を繰り出す。

 それは今までの剣撃と比べると段違いの速度を誇り――超速の一閃をお見舞いする。


「(まだまだミルみたいには行かないけど……!)」


「――」


 インフェル・ノクターンの瞳が、ほんの僅かに見開かれた。

 アルが放った《高速剣技》は、未完成ながら今までのアルの剣筋よりもずっと速い。これまでアルの斬撃を余裕をもって回避していたインフェル・ノクターンは、唐突な剣速の上昇に反応が遅れたのだ。


 銀色に光る刃がインフェル・ノクターンに迫る。

 狙うは瞳。僅かに見開かれた瞳に切っ先が接近し――、


「――ッ」


 銀色の流星は、空を切った。


 気づけばアルの眼前には、インフェル・ノクターンの姿はなかった。

 虚空を切り裂いた剣は勢いを失っていく。


「(消えた!? どこに、いつ……!?)」


 避ける瞬間すら把握することができなかったアルは、額に汗を滲ませながら周囲を見渡す。しかし、アルの視界に入るのはノクターン軍の兵士たちのみ。肝心の魔王の姿はどこにも……、


「どこを見ている?」

「!?」


 間近にかけられた声に、アルはバッと振り返る。

 そこは先ほどアルの剣が空を切った場所であり、一瞬でインフェル・ノクターンの姿が消えた場所だった。


「な、そんな……」

「何をそんなにを驚いているのだ? 私はただ、回避して戻ってきただけだ。それともなにかな? 貴様は私の動きを視認することすらできなかったと?」

「ぐ……」


 何でもないことのように言ってのけるインフェル・ノクターン。

 彼の言うことが事実だとすれば、インフェル・ノクターンは回避行動を取って、アルに見つかるよりも速く戻ってきたということになる。


「(速い……)」


 その一切合切を捉えることのできなかったアルは奥歯を嚙みしめた。

 油断していたわけではないが、まさか動きを視認することすらできないとは……。


「これは驚いた。私は動くのが苦手なのだがね……まさか、そんな私の動きすら追えないとは」

「動くのが得意じゃないだと……」


 挙句の果てに出てきた言葉が『動くのが苦手』という言葉。

 アルに視認すら許さない速度で動ける身体能力を備えているというのに、苦手だと言ってのけたのだ。それは単にアルを煽るための冗談なのか、はたまた本気で苦手だと思っているのか……インフェル・ノクターンの強さを推し量れずにいるアルだったが、答えは簡単に返ってきた。


「あぁ、そうとも。何せ私は魔術師なのだからね」


 そう言って、インフェル・ノクターンは掌に炎を出現させた。

 それは先ほども見た火の玉で……、


「では、そろそろ私の得意でやらせてもらおう」


 インフェル・ノクターンはそう言うと、グッと拳を握り締めた。当然掌に浮かんでいた火は消え去るが――再び開かれた掌には、数倍にも膨れ上がった業火が浮かんでいた。


「せいぜい楽しませてくれたまえ」


 そんな言葉と共に、業火が放たれた。

 インフェル・ノクターンの右手から放射される業火。それは丸太のような太さをもって、アルの肉体を焼き焦がさんと殺到する。


「くそ……!」


 当然炎など斬れるわけもなく、アルは回避を選択する。

 業火から逃げるように駆けるアルだが、インフェル・ノクターンはアルを追うように掌を向ける。それに応じてアルのもとへ追尾してくる炎。


 アルは迫りくる炎を睨みつけながら、とにかく地面を蹴った。

 すぐ傍を走る炎の熱気に、アルの皮膚が軽く焦がされる。全身を酷い熱波が襲うことで汗が滲み、呼吸が乱れる。それだけではない。全身に刻まれた傷たちが、熱と汗によって刺激的な痛みとなってアルを襲う。それまで意識しないようにしていた負傷による痛みと、意識が遠のく感覚が再び迫る。


 多少はマシになったとはいえ、地下室の戦いで重傷を追ったアルは、本来動き回ることなどできないほどに満身創痍なのだ。全身をあらゆる苦痛が襲い、痛みと傷で今にも気絶してもおかしくはない。


 それでもアルは業火を避けるために走り続けた。

 脚がもつれ、力が抜け、何度も地面に倒れた。そのたびに転がり、無様な姿を晒しながらも業火を避け続ける。髪が焦げても、頬が焼けても、衣服が燃えても。


 そうしてしぶとく致命傷だけは避け続けるアルの様子に、インフェル・ノクターンは目を細める。先ほどまでは家畜をいたぶるような、嗜虐的な笑みを浮かべていたインフェル・ノクターンだったが、徐々に苛立ちが募ってきたようだ。


「……虫のようにしぶとい奴だな。いいだろう、追加だ」


 そう言うと、ダランと下げていたもう片方の腕を上げる。


 インフェル・ノクターンの左手から、業火が生まれる。それは右手から放射される業火とまったく同じもので、アルを襲う業火の柱が二つに増えることを意味していた。


 ただでさえ避けることで精一杯、それも何度か掠っているのが現状だ。

 右手の火炎放射に対処するだけで限界のアルに、もう一つの業火が迫る。いくら避けることに全神経を使っているといっても、限度があるだろう。アルの体が業火に包まれるのは時間の問題だと、その場の全員が思った。


「……くっ!?」


 右から、左から。正面から、背後から。


 あらゆる方向から迫りくる火炎に、アルの肉体は悲鳴を上げる。

 一方の業火を避けたアルの側面から、もう一方の業火が迫った。再び避けようと脚に力を入れたアルだったが、その瞬間、ふっと脚の力が抜ける。必死に倒れまいと膝を地面に叩きつけたアルのすぐ傍には業火が。


「まずい……!」


 瞬時に両腕で防御の姿勢を取るが、炎の前では無意味。

 アルの全身を灼熱の光線が襲った。


「ぐぁああああああッ!?」


 腕を、胸を、腹を、脚を、顔を。

 肉体のあらゆる部位を襲う熱に、思わず絶叫を上げる。


「(熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い)」


 皮膚が熱に晒され、ジリジリと焼き付けられる。

 それは想像を絶するほどの痛みで、アルは脳内が真っ白になるのを感じた。何も考えられない、何も思えない。アルは全身を苛む痛みにもがくように、本能のまま暴れ尽くした。


 全身を炙られるじっとりとした痛みが広がっていく。痛みを発散するように叫んでいた自身の声すらも遠く、感じるのは痛みと甲高い耳鳴りだけだった。


 一体どれだけ炙られていたのだろうか。

 ほんの一瞬かもしれないし、数十分かもしれない。

 数を数える余裕などなかったアルに分かったのは、ただただ地獄の苦しみから解放されたという事実だけだった。


「……」


 開いた瞳はどうにか機能してくれているようで、僅かに明滅しながらも景色を映した。


 見るのは自身の肉体。視界に映るすべてに火傷で爛れた痛々しい跡が刻まれている。服も燃えカスとなり、アルの上半身は外気に晒されている。


「……ぁ?」


 試しに声を出してみると、掠れたような声が漏れる。

 平常時と比べればかなり枯れているものの、出せないほどではない。


「(なん、でだ……これは、思ったより――)」


 未だに全身を襲うジンジンとした痛みに喘ぎながらも、アルは覚束ない頭で考える。そしてそれはインフェル・ノクターンも同様だったようで、


「……ほう、体は丈夫なようだな。あれだけ業火を食らってその程度だとは」


 確かに何度も重傷を追ってきたアルの肉体は丈夫ではある。

 しかし、直接業火に包まれて無事でいられるほどのものでは決してない。少なくとも、火傷程度で済むはずが……、


「まぁ良い。ならばこちらも火力を上げるだけのこと」


 そう言うと、インフェル・ノクターンはバッと右手を上げた。

 途端、高まる魔力。インフェル・ノクターンの右手が僅かに発光すると同時、アルが倒れこむ地面も光に包まれた。


 まるでアルを包み込むかのように、大きく描かれた円のような光。

 その中心にはアルがおり、何らかの魔法であることは明白だった。


「くそっ……」


 咄嗟にその場から動こうとするアルだったが、体が言うことを聞いてくれない。それどころか、少しでも体を動かそうとすれば、尋常ならざる痛みとなって返ってくる。アルは喘ぎながら地面に手を突くことしかできない。


 俯きながら、アルは発光する地面を睨みつけた。

 そうしている間にも光は一層強くなり、感じる魔力も膨れ上がっていく。


 そして――、



「《炎獄下賜(えんごくかし)》」



 膨大な魔力が、獄炎となって吹き上がった。


 地面から発生した獄炎は爆発的な勢いをもって上がっていく。

 まるで炎の柱のように、真っ直ぐ上方へと伸びていく獄炎。直径10mはあろうかという大きさの炎柱は、当然のようにアルの体を覆っていく。


「があああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」


 それは、先ほどの業火とは比較にならない獄炎。

 瞬く間にアルを焼き尽くし、火傷を上塗りするように炙り尽くした。


 それは地獄のようだった。


 まともに意識を保っていられないほどの激痛。あまりの痛みにアルの意識は強制的に途切れてしまう。しかし、それもほんの数秒。壮絶な痛みが体を刺激し、無理やりアルを覚醒させる。そしてまた途切れる意識。


 気絶して、覚醒して、気絶して、覚醒して、気絶して、覚醒する。


 痛みのあまり意識を保っていられないというのに、痛みによって無理やり起こされる。そんな負のループに陥ったアルの精神は、どうにかなってしまいそうだった。


「――――――――」


 そして《炎獄下賜》が終わり、魔法によって生み出された炎はスッと消え去る。

 しかしアルは気づくことすらできず、白目を剥きながら倒れ伏す。その肉体は黒く焦げ付き、僅かに煙が上がっていた。全身がピクピクと動いていることから生きてはいるのだろうが、とても動ける状態ではない。


「ふん、ようやくくたばったか」


 アルが行動不能になったことを見て、インフェル・ノクターンは鼻を鳴らした。


「しかし、バカな奴だな。”道具”などに入れ込み、無謀にもこの私に盾突いた結果が……全身火炙りで丸焦げだ。生きているだけマシというレベルのな」


 「まぁ放っておけばすぐに死ぬだろうがな」と倒れ伏すアルを見下しながら、インフェル・ノクターンは無様だとこき下ろした。


「しかし、これで目障りなゴミは消えたわけだ。次は……」


 もはや興味などないとばかりに、アルから視線を外すインフェル・ノクターン。

 ゆっくりと視線を動かした先にあったのは、アルのように倒れ伏すエルトの姿だった。


「クククク……安心しろ、兄妹まとめて火炙りにしてくれる。本望だろう? 同じ死に方ができるのは」


 厭らしい笑みを浮かべながら、インフェル・ノクターンは想像した。

 全身を黒く焦がしながら倒れ伏すアルの姿を。そしてそれに重なるように、同様の死に様を晒すエルトの姿を。


「さぁ、存分に思い知るがいい。この私に歯向かえばどうなるか。”道具”の分際で、分不相応な想いを抱いたらどうなるのかを、な。クククク、ハハハハハハハハ」


 哄笑を上げながら、インフェル・ノクターンはエルトの下へと歩いてゆく。

 ゆっくりと、まるで死刑を執行するまでの僅かな猶予を刻むかのように。


「しかし、クローリー軍の情報を手に入れてきたことだけは褒めてやろう。おかげで、構成員の情報は大体分かった。”L”、貴様にしては最後に良い仕事をしたではないか。気を失っている時に死刑を執行してやるのは、せめてもの慈悲だと知れ」


 告げる言葉はエルトには聞こえない。

 当然だ、エルトは気絶しているのだから。


 それが分かっていながら、インフェル・ノクターンは言葉を止めることはない。はなからエルトに向けられているようで、そうではないのだ。ただただ、自分の胸に渦巻く感情を――苛立ちを発散しているだけなのだから。


 これこそが、インフェル・ノクターンの性質。

 口から出る言葉は相手に投げかけられているようで、そうではない。ただ自分の考えを口に出しているだけで、返答など期待していない。むしろ、自身の考えに口を挟まれることこそ彼を苛立たせる要因なのだ。求めるのは、忠実なイエスのみ。


 故に、彼の望む答えを返さないどころか、反抗的な態度を取るアルに苛立ちを隠せない。そんなアルに触発され、自身に反発したエルトも許せなかった。


 そうしてエルトのすぐそばに立ったインフェル・ノクターンは、右手を向けた。その掌から、小さな炎が出現する。


「では、さらばだ。”L”、貴様は私の想像以上に役に立つ”道具”だったが……残念だ」


 そして、命を刈り取る業火が、エルトに放たれた。











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感想・誤字報告、お待ちしております。

少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。

嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。






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