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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
白影編

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Ep.54 エルト






 ――わたしは、影棲族と呼ばれる一族に生まれた。



 影に潜み、影を操る一族。

 その種族の特性上、殺し屋や盗賊として名を上げる者が多かった。


 いずれも闇側の職業だ。

 当然のように多くの敵を作ってきた影棲族は、あらゆる方面からの恨みを買っていた。

 先代はそんな生き方に疲れたのだろう。人里離れた森の奥地に、隠れ棲むようになった。


 わたしが生まれた頃には、既に影棲族の名が知れ渡ってから数十年が経っていた。

 森でひっそりと生きる生き方にも慣れてきて、わたしたち影棲族にとってはそれが当たり前になっていた。


 できるだけ力を使わず、できるだけ人目につかず生きていく。


 まだ幼いわたしにとっては、些か窮屈な生き方ではあったが、それでも悪くない日々だった。


 父親がいて、母親がいて、祖父がいて、祖母がいて、友人がいて。

 強いて言うならば、”兄”というものに少し憧れていたくらいか。近所の友人には兄がいて、見ていて羨ましくなるくらいには仲が良かった。事あるごとに可愛がられている友人を見て、自分にも兄がいたらなんて思いながら過ごしていた。



 ――そんな平穏な日々は、あっという間に壊れた。



 それは、二人の女だった。


 一人はぶかぶかの白衣に身を包んだ、丸メガネの女。

 そしてもう一人は、まるで機械のような冷徹な表情を浮かべた――圧倒的な戦闘力を持つ女。


 目的は分からない。

 白衣の女は『収集』や『実験』などと意味の分からないことを言っていたが、エルトにはそんなことを気にするほどの余裕はなかった。


 機械のような女の、その圧倒的な脅威の前に、影棲族は壊滅した。


 それは正しく蹂躙だった。


 影棲族は暗殺や奇襲に寄った能力をしているだけあり、直接的な戦闘能力はそこまで高くない。

 そのうえ、当時の影棲族は極力影の力を使わずに生活してきたため、練度が高くはなかった。

 機械のような女の力の前には、一族最強の戦士ですら、長くを生きた族長ですら、容易に殺された。


『……逃げて、■■■』


 それは、わたしの名前だったと思う。

 けれど、今はもう思い出すこともできない。


 思い出すことができるのは、額から血を流しながらも、わたしを守るように抱える母の姿。その表情は思いつめるような、何らかを決意したような、そんな顔で……わたしを見つめるその瞳だけは、本当に大切なものを見るように潤んでいた。


 両親は、こんなわたしをよく愛してくれたと思う。

 昔から少しばかり引っ込み思案で、感情を表に出すのが苦手な性質だった。両親からすれば、随分と可愛げのない娘だっただろう。


 それでも両親は、わたしのことを愛してくれた。

 父は一族の戦士として、機械のような女に挑んでいった。別れる直前に、わたしの頭を撫でてくれたあの大きな掌は、ずっと忘れないだろう。


『貴女は生きて……■■■』


 そして、慈しむようにわたしの額にされた口づけも、きっと一生忘れない。


 母は最後に儚く微笑んだ後、わたしの影と自分の影を結合した。

 その時のわたしには何をしているのか分からなかったが、今なら分かる。二人の影をリンクさせることで、母の意志で、わたしを影の中に入れたのだ。


 一族の方針で、わたしは影の力を使ったことはなかった。

 影の中に潜るという感覚も方法も、いまいち理解していなかったが……一時的にリンクされたことにより、わたしと母は影を通じて繋がった。


 初めて感じる影中は、思ったよりも居心地が良かった。

 暖かくて、安心するような感覚。それはまるで、母の腕の中で包まれているようで……逃げ惑う疲労もあったのだろう。わたしの意識は、すぐに沈んでいった。



 ――そして、どれだけの時間が経っただろうか。



 目を覚まし、母の影から出たわたしが見たものは――荒れ果てた村と、そこら中に転がる同族の亡骸だった。


『……』


 わたしは呆然と立ち尽くしながら、声にならない声を漏らし続けた。

 不意に、視界の端に母の姿が映る。それは影の中から出る時も、無意識のうちに見ないようにしていたもの。わたしはゆっくりと、横たわる母の下へ赴き……その肩を揺さぶった。


 起きて。起きて、と。


 けれど、いくら肩をゆすろうと、いくら声をかけようと、母はピクリとも動くことはなかった。体中を血と灰で汚し、眠るように目を閉じる母の姿に――わたしは一人になったんだと悟った。


『……怖い』


 それは、無意識のうちに漏れ出た言葉。

 逃げるのに必死で感じる余裕のなかった、死の恐怖。


 わたしの脳裏には、一方的な虐殺の仔細が鮮明に焼き付いていた。


 あっけなく崩れ去る家々。瞬く間に焦土に変えられる土地。逃げ惑う同族たち。その表情は恐怖に彩られており、聞こえるのは鳴りやまない悲鳴と絶叫。


 崩壊する家屋や樹木に押し潰される人。

 女の熱線に焼かれ黒く焦げ付く人体。

 上半身と下半身が真っ二つに別れた人もいた。


 なりふり構わず逃げる中で、わたしの視界に入った死の風景。


 一人になり、一周回って冷静になったことで実感が湧いてくる。

 死の風景を想起し、じわじわとわたしの体を恐怖が侵食していった。


『……死にたくない』


 死にたくないという、生命として当たり前の生存欲求。


『……行かなきゃ』


 どこに、などとは考えない。

 わたしがその時感じていたのは、ここにいては死んでしまうという恐怖だけ。


 その恐怖から、死から逃げるように、わたしは焼野原となった村を去った。












◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆












 それからは、よく覚えていない。


 覚束ない足取りで、あてもなく彷徨っていたと思う。

 村は見るも無残に荒れ果ててしまい、とても住めるような状態じゃない。同胞の亡骸を埋葬するような体力も気力も、当時のわたしには残っていなかった。


 まるで表情の抜け落ちた幽鬼のようにふらふらと歩き続け、何度か日が沈み昇った頃。


 わたしは、一人の男と出会った。


 それは救世主でも、正義の味方でもない。

 そこにいたのは、正真正銘の――魔王であった。


『醜い童だな』


 わたしの存在を捉えた魔王は、不愉快そうに目を細める。

 そんな主の気配を感じ取ったのだろう。魔王の周りにいた兵士たちが、一斉に武器を向けてきた。


 ――このままでは、殺される。


 死にたくない。

 その一心で、わたしはできる限り叫んだ。


 わたしが影棲族という一族の生き残りであること。

 影を操り影に潜むという、他にはない能力を持っていること。

 必ず役に立つ、使えるはずだと。


 秘匿されていたことなど、その時のわたしにはどうでもよかった。

 わたしの頭にあったのは、どうにかしてこの場を凌ぐこと。眼前の魔王に使える存在だと思わせ、殺されるのを防ぐこと。それだけだった。


『……ここで殺すのは惜しい、か。一考の余地はある』


 そして幸か不幸か、魔王はわたしに僅かな価値を見出した。


『良かろう。貴様を私の道具として使ってやる。せいぜい価値を見せてみろ。分かっているな……私は価値のない道具は持たん』


 ――そうして私は、魔王の”道具”となった。


 そこからは、地獄の日々だった。


 彼はわたしに、徹底して道具であることを要求した。

 少しでも感情を見せれば殴られた。最低限以上の言葉を口にすれば蹴り飛ばされた。ほんの僅かでも躊躇を見せると、容赦なく炙られた。


 わたしの道具としての役割は”殺し”。


 影の能力を活かして、彼にとって邪魔となる存在を徹底的に排除した。


 初めは何もかもうまくいかなかった。

 影の能力はロクに使えないし、ナイフなど振るったことはなかった。

 抹殺対象に殺されかけたことは一度や二度じゃない。死にたくないという一心だけで、我武者羅に任務をまっとうしてきた。


 そうして何度も何度も何度も何度も、人を殺していく中で、徐々にわたしの感情が死んでいくのを実感した。


 それは防衛本能だったのだろう。


 感情を見せれば彼に殺される。

 そしてそれ以上に、暗殺道具として人を殺し続けるなど正気では耐えられない。正気を保ったままではいずれ精神が崩壊する。


 それを防ぐために、わたしは無意識のうちに己の感情を排していた。

 彼の命令で抑え込んでいた感情も、いつしか意識せずとも感じられなくなっていった。己が己ではなくなる感覚。それすら通り越して、己という存在が分からなくなっていく感覚。


『わたしはただの”道具”。感情は持たない。何も感じない』


 それでいい。

 そうでなければならない。


 この頃だったと思う。

 わたしが自分の名前も思い出せなくなったのは。ただ彼に呼ばれる”L”という記号を己に貼り付け、命じられるままに抹殺対象を殺す。


 殺して殺して殺して、冷たくて暗い部屋で寝て。

 また殺して殺して殺していく。


 それが自分の”役割”なのだから。

 それ以上考える必要はない。

 







『――じゃあ、キミは今日から俺の妹だ』







 何を言ってるんだこの男は。


 わたしはその男の言っていることが、考えていることが、何一つ理解できなかった。


 例によって自身の主から与えられた任務。

 クローリー軍への潜入と情報収集、そして可能な範囲で中心人物の抹殺。それを達成するために、わたしは盟黒都市アルメアに潜入した。


 第七魔帝メア・クローリー。

 数十年前に魔王から魔帝になった新進気鋭の吸血姫。


 メア・クローリーよりもずっと昔から魔王として魔界に君臨し、それでも魔帝に昇格することのできていないインフェル・ノクターン様は、彼女のことを目の敵としていた。


 小娘と卑下し、事あるごとに嫌がらせを行っていた。それでも彼女率いるクローリー軍の強さは認めているのか、直接的な手段に出ることはなかった。


 それがついに、痺れを切らしたのだろう。

 本格的に事を構える前準備として、わたしを送り込んだ。クローリー軍の内情を知り、弱点を知るために。そして上手くいけば、その中の主要人物を排除するために。


 わたしは主の命令に従って、クローリー軍に潜入した。

 初めはクローリー軍の兵士の影に隠れようかとも思ったが、却下した。敵は魔帝とその配下。わたしの隠密力では、影に隠れても容易に見つかる可能性が高かった。


 故に、次点の策を取った。

 怪我人のふりをして、堂々とアルメア城に入る。

 メア・クローリーが慈悲深い魔帝であるとは専らの噂だ。その配下までは分からなかったが、勝算は少なくないと思った。


 問題はどこで、誰に見つかるように、という点。

 ひとまずはアルメアに潜伏して様子を窺おう……と考えた矢先、わたしはある光景を発見した。

 それは、白髪の少年が女性を助けている場面。何やら一悶着あったようだが、少年は女性にご飯を奢ってあげる流れになったようだった。


『……見つけた、お人好し』


 幸いにも、彼らの会話を盗み聞きしていく中で、その男がクローリー軍に所属していることも分かった。


『……それにしても』


 二人の会話を聞いている限り、少年はかなりのお人好しのようだった。

 女性の方はなんとも言えないユニークな性格で、普通であれば引いたり怒ったりしてもおかしくない態度を取っていた。しかし少年は呆れたり小言は言ったりするものの、なんやかんや甘い対応を取っている。


 彼ならば、怪我を負い倒れている自分を助けてくれるだろう。

 そう考え、わたしは作戦を実行した。自分で自分に怪我を負わせ、彼を待ち伏せして倒れる。


『……ッ』


 痛くはある。けれど、表情として出したのは僅かに口元を震わせる程度。まるで作業のように自分の体を傷つけていき、血で染まったナイフを影の中に隠した。


 そしてわたしの目論見通り、白髪の少年はわたしを拾ってくれた。

 保護してもらい、治療してもらう。そこまでは計画通り。後はどうやってアルメア城に留まらせてもらうか。最悪の場合、怪我が完治するまでの数日で情報を集めなければならない……そんな考えとは裏腹に、事はわたしにとって都合の良い方向へ進んだ。それはもう、自分でも驚くほどに。


 記憶喪失……それは咄嗟についた嘘。これで少しでも同情してもらえれば御の字、その程度の考えで吐いた嘘だったのだが――白髪の少年は、わたしの想像以上にお人好しだったようで。


 全く疑う様子を見せず、あろうことかわたしに優しく語りかけてきた。


 一から生きていこうと。

 自分の妹として生きろと。


 そう語る少年の瞳からは、どこまでもわたしのことを慮る気持ちしか見て取れず……わたしは得も知れぬ感覚に襲われた。それはかつて感じたことのあるような感覚で、懐かしさと同時にわたしに心に僅かな温かさが宿ったような気がした。


 白髪に触れながら髪色が同じで兄妹っぽいと笑う彼を見て、妙にくすぐったいような感触も覚えた。自分の髪の色など気にしたことはなかったが、そう言われると悪い気はしない。


 名前も貰った。

 外すことのできない忌々しい首輪。そこに殴り書きされた”L”というわたしの記号を見て、彼は”エルト”と名付けてくれた。名前で呼ばれるのなんて随分と久しぶりのような気がして、懐かしさと同時に胸がチクリと痛んだ。


 ――きっと気のせい。


 わたしは胸のうちに宿る微かな熱を抑えつけるように、冷徹な思考を巡らせた。

 彼が図抜けたお人好しで、わたしに感情移入してくれているなら都合が良い。彼に取り入って、アルメア城で自分の立場を確立しよう。彼の妹という立場で、堂々と潜入させてもらおう。


 そうして、わたしは彼の妹という立場を利用することに決めた。

 彼に気に入ってもらえるよう、できるだけ”可愛い妹”を演じた。昔から感情表現が苦手なうえ、今ではまともに感情を出すことのできなくなってしまったわたしだったが、幸いにもそんなわたしを彼は気に入ってくれたようだった。


 ことあるごとに頭をなでたり抱き寄せたりして、甘やかしてくれた。わたしも拒むことはせず、できるだけ彼の好きにさせた。それでわたしに好意的な感情を抱いてくれるのなら十分だった。


 それから、色々なことをした。


 インフェル・ノクターン様の下では、絶対に食べられないような食事を食べた。わたしは森の中か、”賢王の館”でしか生活をしたことがなかったために、見たことのない食事だらけだった。しかしそのどれもが非常に美味しく、無意識のうちに口元が緩んでしまうことも多かった。


 お風呂にも入った。森では水浴びかタオルで体を拭う程度しかしたことがなかったし、”賢王の館”では言わずもがな。お湯に浸かるという初めての感覚は、全身の疲労が吹き飛ぶようで心地が良かった。彼に全身を洗ってもらうのも、悪くなかった。気づけばわたしの髪は、本当に自分のものか疑ってしまうほどにサラサラになっていた。


 ベッドは感じたことがないほどにふわふわな触感で、体が沈む感覚はしばらく慣れなかった。いつも硬い石床で寝ていたわたしにはむしろ寝心地が悪いくらいだったが、彼に抱かれながらだと、不思議とすぐに眠ることができた。彼の温かさとベッドの柔らかさに包まれて眠った夜は、すべてを忘れて心地よい微睡に身を任せることができた。


 その他にも、たくさんのことをして、たくさんのものを見た。


 わたしを可愛がろうとする隊士たちから、守るように抱き寄せられたこともあった。


 普段はぐーたらしているだけのくせに、時折すべてを見透かしたような瞳をする少女に”おにぃが喜ぶこと”を聞いた時もあった。


 勉強というものも生まれて初めてした。

 見たこともないような数の本に囲まれた図書館には、思わず圧倒された。


 たった数ヵ月の日々。

 けれどそれらの日々はわたしにとって知らないことだらけの日々で――今までにないほど濃密で、心地の良い日々だった。




 だから、終わりにした。




 これ以上クローリー軍(ここ)にいたら、わたしはきっと戻れなくなる。

 ”道具”として生きてきたあの頃に、戻りたくなくなってしまう。


 自分は第五魔王インフェル・ノクターンの”道具”なのだ、と。

 わたしは自分に言い聞かせて、この心地良い夢を終わらせようと、決意した。


 ――けれど、すべてが終わった後のわたしに残ったのは、言葉にならないほどに冷たくのしかかる後悔だった。


 目を閉じるたびに、彼と過ごした日々が思い浮かぶ。

 ふとした瞬間に、彼が隣にいないか探してしまう。


 ひんやりと冷たい石床を感じながら、わたしの心はどこまでも冷えていった。

 彼との日々を想起すればするほど、体が冷たくなっていくのを感じる。


 自分から断ち切っておいて。

 もう二度と戻れない場所に未練を感じるなど、なんと愚かなことか。悲しみを、後悔を感じるなどなんと自分勝手なことか。


 ――それはきっと、自分への罰なのだ。


 優しくて暖かい彼らを騙して、利用していた自分への罰。

 愚かにもあの場所に居心地の良さを感じてしまった、どうしようもない自分への罰。


 もう戻れない彼との関係。

 もう二度と見ることのできない彼の穏やかな笑み。

 もう二度と感じることのできない彼の暖かな温もり。


 それを夢想することしかできない現実こそが、わたしに与えられた罰なのだ。


 そう思いながら、わたしの意識は冷たくて仄暗い闇の中へと沈んでいった。


 ――会いたい。


 けれど会えない。


 ――手を繋ぎたい。


 けれど繋げない。


 ――抱きしめてほしい。


 けれど彼の温もりはどこにもない。



 ――あぁ、ホント馬鹿。



 事ここに至って、わたしはようやく気づくことができた。

 いや、見ないふりをしてきたこの”感情”に、ようやく目を向けることができた。


 本当に遅くて、本当に今更。

 もはや意味のない、何もかもが手遅れ。


 けれど、やっと受け入れることができた。


 わたしは、きっと――――――。





 






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










 ――カンッ。



 石造りの広い空間に、甲高い音が響いた。


 それは、ナイフ。

 先ほどまでアルに突きつけられていたナイフが、石床に落ちていた。


「――」


 アルは思わず、エルトに視線を向けた。


 先ほどまでアルにナイフを向けていたエルトの姿は――震えていた。全身を大きく揺らし、その手からはナイフが零れ落ちている。


 掴む物のなくなった両手を、エルトはゆっくりと自身の顔に持っていった。

 まるで顔を覆うように、現実から目を背けるように。


「エルト……」


 小さく漏らすアルの耳に、微かに届く声。


「……ぃ……ない」


 絞りだされるように紡がれた声は、アルの耳に確かに届いた。


「……き、なぃ……だ、から」


 震えて、掠れて、涙交じりの、嗚咽のような声。

 けれど確かに、アルの耳に届いた。







「――わたしには、できない……わたしは、おにぃが――大好きだから」







 それは、ようやく紡がれたエルトの想いであった。












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嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。






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