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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
白影編

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Ep.53 無慈悲な命令






「――ようこそ、アルファスト君。私の城”賢王の館”へ」



 大仰な態度でそう宣言する存在は、正しく異形の魔王であった。


 身にまとうのは豪奢なマント。一目で上質と分かる深い赤色の布には、金色の精巧な刺繍と装飾が散りばめられている。ネック部分には何らかの獣の毛でできているであろうファーが取り付けられていた。


 マントの下にはピッシリと着こなされたスーツ。

 黒色に染まるそれもまた、上質な素材に緻密な刺繍が施されていた。


 そして何より目を引くのが――その頭部。

 人間的な体とは対照的に、その頭部はどう見ても獣。顔全体が黒い毛で覆われており、額からは二本の歪曲した角が生えている。アルを見て愉快気に細められたその瞳孔は、横長の形で……その頭部はまるで、山羊のようであった。


 豪奢な衣装に身を包んだ山羊人間。

 その特徴的な人物は、まるで戦う気などないとばかりに自然体であるにもかかわらず、アルが言葉を失うほどのプレッシャーを放っていた。彼の周囲には、禍々しいオーラすら見て取れる。


「――第五魔王……インフェル・ノクターン」


 絞りだすように呟かれたその声を聞き、眼前の山羊頭――インフェル・ノクターンは口角を持ち上げた。


「いかにも。私が第五魔王インフェル・ノクターンだ。くれぐれも、礼は失しないでくれたまえ。本来であれば、君のような下民が話すことなどできはしない存在なのだから……もっとも」


 わざとらしく肩をすくめるインフェル・ノクターンは、アルを見下すように言った。


「人の館に無断で侵入している時点で、礼を失するどころではないのだがね」


 まるで笑い話のように告げるインフェル・ノクターンに、アルは自分の眉根が自然と寄せられるのを感じた。


 自身の城に勝手に侵入されているというのに、一切の警戒も怒りも見せる様子はない。

 百歩譲って、警戒しないことは理解できる。インフェル・ノクターンにとってアルなど脅威にもならないほどに小さな存在だろうし、その気になれば一瞬で排除できるのだ。


 しかし、眼前の魔王からは怒りの気配すらも感じられない。


 誰だって、自分の棲家に無断で侵入されれば怒りを抱くのは当然のことだ。まして事前の情報では、インフェル・ノクターンは神経質でプライドが高いとのこと。アルのような存在に無断侵入を許してしまい、怒り狂ってもおかしくはない。


「(いや、アイツにとって俺はそのレベルですらないってことか……)」


 遅れてアルは理解する。

 インフェル・ノクターンにとって、アルは紛れもない――虫でしかないのだ。

 

 誰が自分の家に虫が入って怒るだろうか。


 鬱陶しいとは思うかもしれない。

 面倒だとも思うかもしれない。

 しかし、怒りを露にすることはないだろう。


 当然だ。いちいち虫に怒っていては、身がもたない。それほどの価値もない。


 インフェル・ノクターンにとって、アルはいつでも踏みつぶせる虫でしかないのだ。



 ――いや、今はそれよりも。



 アルは混乱する思考をどうにかクリアにし、先インフェル・ノクターンの言葉を思い出す。


「(ようこそ、だと…? それに……俺の名前)」


 インフェル・ノクターンはまるで、アルがここに来るのを分かっていたかのような口ぶりだった。更に言えばアルの名前すら知っており、偶然だとは思えない。


 加えてこの状況。

 たまたま地下室が崩壊したら、その下には更に階層があって、そこに第五魔王が待ち構えていました? そんな偶然はあり得ない。


 そして思い出すのは、エルトの発言。


「(間違いない、この状況は……インフェル・ノクターンの計画通り)」


 そう考えながら周囲を見渡すアル。

 崩落によって上がった土埃が徐々に晴れていき、それにより周囲の状況が把握できるようになった。

 果たして土埃の向こう側にいたのは――総勢50人を越える、武装済みの兵士たちだった。


 各々の手には多様な武器が握られており、いつでもアルに危害を加えられる様子でアルを取り囲んでいる。

 状況は最悪。周囲の様子を見ながら苦悶の表情を浮かべるアルを見て、インフェル・ノクターンは嘲笑うように言った。


「ようやく気づいたようだな。そうだ、貴様は罠に嵌められたのだよ。”L”の元へ来る貴様を我々で待ち構え、確実に捕えるためにな」

「……そのために、エルトを巻き込んだのか!」


 アルはその存在を確かめるように、腕の中に横たわるエルトを強く抱きしめる。

 見れば、エルトの頭には打ちつけられた跡と、そこから流れる血が。どくどくと流れる鮮血は、エルトの真っ白な髪を赤く染めていった。


 落下する中で瓦礫に衝突したのだろう。

 気を失っており、小さな呻き声を漏らしている。


 この状況がすべて計画通りなのだとすれば、エルトが崩落に巻き込まれることも分かっていたはずだ。

 分かっていたのに止めない……否、分かっていながらその作戦を実行した。


 本当に、心の底からエルトのことを道具としか思っていないインフェル・ノクターンのやり方に、アルは怒りの感情を隠そうともしなかった。


「巻き込む? おかしな話だ。ソレは私の道具。どのように使おうと、私の自由ではないか」

「ふざけるな! エルトはお前の道具じゃない!」

「それに、貴様は先ほどから何を言っているのだ? エルト? ソレは”L”だ。間違ってもそのような名前ではない。否、そもそもソレに名前などいらん。忠実に私の命令を実行するだけの道具なのだから」

「くっ……!」


 冷徹に返すインフェル・ノクターンの視線は、エルトに注がれていた。

 しかし、その瞳はどこまでもただの”道具”を見つめる無機質なもので、一切の感情が宿っていなかった。


 分かっていたことだ。

 インフェル・ノクターンがエルトのことを道具だと思っており、情など抱いていないことは。しかし、エルトを見つめる無機質な瞳を前にして、アルは己の感情が沸騰しそうなほどに膨れ上がったことを感じていた。


 そんなアルの怒りを真正面から受け止めるインフェル・ノクターンは、途端に怪訝な表情を浮かべた。まるで怒るアルを、まったく理解できないとばかりに。


「しかし、分からんな。なぜそこまでソレに入れ込む? ソレは貴様のことを騙していたのだぞ。貴様がソレにどのような感情を抱いていたのかは知らんが、ソレは貴様に何の感情も抱いていなかったのだ」

「関係ない! それに、お前がエルトの感情を語るな!!」

「ふむ……ますます解せん。自分を騙し、殺しかけた相手のために私の館に来たことですら驚きだというのに……ソレのためにそこまで怒るか」

「当然だ。エルトは俺の妹なんだから!!」


 インフェル・ノクターンの言葉を受けても、アルには一切の揺らぎはない。

 ここまで来た自分の意志を貫き通すために、真正面からそれをぶつけた。


「……正直なところ、私はこの計画の成功確率はせいぜい一割未満だと思っていたのだ。そうだろう? なぜソレのために貴様がここまで来ると思う? たった数ヵ月過ごしただけの他人……それに、自分を騙し殺しかけた相手だ。縁など切り、恨むのが妥当だろう?」

「……」

「だが、私は一縷の望みに賭けた。”L”から事の顛末を聞いた私は、九割がた来ないだろうとは思っていたが、それでも貴様が来る可能性を見出した。ほんのわずかにでも来る可能性があるのなら、私は実行する。そして……貴様は来た。その道具を助けるために」


 自身の考えを語るインフェル・ノクターンは、そこで耐え切れないとばかりに噴き出した。


「はははははっ! 腹を抱えて笑ったよ! この作戦を用意していた私が言うのもなんだが、ここまで上手くいくとは! とんだお人好し……いや、とんだ大馬鹿者だ!!」


 声高にそう告げるインフェル・ノクターンに釣られるように、周囲の兵士たちもアルを嘲笑った。嘲笑に囲まれ、アルは強く奥歯をかみしめながらも、腕の中で眠るエルトを感じてグッと耐え抜く。


 そんなアルを、正確にはエルトを見て、インフェル・ノクターンは言った。


「しかし、少々計画がズレてしまったな。先ほども言ったが、貴様が本当に来るとは思っていなかったからな。今回のこの計画は、別の意図もあったのだが」

「別の意図……?」

「そうだ。”L”の中から、余分な残り滓を消し去る為の作業さ」

「何を……」


 アルはインフェル・ノクターンの言っている意味が分からず、困惑を見せる。


「簡単なことだ。ソレは貴様と過ごす中で、余計な感情を抱いてしまった。すぐにわかったよ。貴様について報告する時のソレは、表面上平静を装ってはいたが、明らかに熱が籠っていた」

「……エルト」

「だからこそ、貴様が来てくれるかもしれないという淡い期待も、無意識のうちに抱いていただろう……故に、私はソレを中心に据えた計画を実行し、貴様が来ないことで”L”の中から貴様に関する未練を完全に消し去ろうとしていたのだ……まぁ、貴様が来たことで無駄に終わったがな」


 エルトが、アルに期待してくれていた。

 その事実に、アルは場違いにも歓喜が湧き上がるのを感じてしまった。


「……故に。それをここで実行するとしよう」


 しかし、告げられた言葉はアルの僅かな歓喜すら消し飛ばすもので――、



「――起きろ」



 同時、アルの全身を怖気が走る。

 一瞬で重力が数倍にもなったと錯覚してしまうほどに、濃密な重圧と圧迫感。全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出し、ガクガクと震える体から滴り落ちる。


「う、あ、ぁ……」


 呼吸すら上手く行えず、まるで喉が閉じてしまったかのように空気を吸えない。

 思わず自らの喉に右手を添えるアルの口からは、コヒューコヒューと空気が抜けるような音だけが漏れ出ていた。


 ――殺気。


 それも、ほんの一瞬放たれただけの微かなもの。

 そんな些細な殺気は、死神の鎌としてアルの全身を縛り付けた。


「(クソッ……)」


 アルは全身で恐怖を感じながらも、自身の想像以上にインフェル・ノクターンと実力差があることに歯嚙みする。驕っていたわけではないが、それでもインフェル・ノクターンの”魔王”という称号を甘く見ていたことは否めない。


 しかし、そんなアルの後悔はすぐに吹き飛ぶ。

 アルの腕を、胸を、微細な振動が伝った。遅れて視線を胸の中に向ければ……そこには、顔面を蒼白に染め上げ、蹲るようにして震えるエルトの姿があった。


 ――そう、インフェル・ノクターンの殺気を浴びたのはアルだけではない。


 むしろ、インフェル・ノクターンの狙いはエルトだろう。

 『起きろ』と告げた上で発せられた殺気は、彼の狙い通り、エルトの意識を取り戻した。命の危機を前に目を覚ますという、生存本能に訴えかけたこの上ない乱暴な方法で。


「……大丈夫、大丈夫だから」


 アルは自身の恐怖をどうにか押し込め、腕の中で震えるエルトを安心させるように言う。


 正直に言えば、アルだって怖い。逃げろ、死ぬぞと、全身が最大限の警鐘を鳴らしている。その結果が怖気であり、異常な発汗であり、体の震えだ。エルトが生命の危機を感じて眠りから目覚めたように、アルも死の警鐘をそう簡単に御することはできはしない。


 それでも、無理やり押し込めた。

 そこに論理的な原理はない。ただひたすらに、妹を安心させるための兄の矜持だ。


 アルはエルトの震えを抑えるように、ゆっくりとその頭を撫でつけた。

 安心するように穏やかな言葉を投げかけ、一撫で、二撫でと優しく撫でる。


「……」


 そうしているうちに、徐々に平静を取り戻していくエルト。

 上手く吸い込めていなかった空気を吸い込み、大きく吐く。気づけば震えは収まり、エルトの瞳が確かにアルを捉えた。そしてゆっくりと周囲の状況を確認するように見渡し……インフェル・ノクターンを認識したエルトの肩が、ビクリと震えた。


「……まったく、これしきの殺気で平静を失うとは。私の”道具”としての自覚がないようだな?」

「お前……!」

「まぁ、良い。しかし想像以上に情が移っているようだが?」


 取り乱したエルトに対し、まるで失望するかのように冷めた視線を投げつけるインフェル・ノクターン。エルトは無意識のうちに、アルの服をぎゅっと握っていた。


「やはりこの作業は必要なようだな。貴様がこれからも私の”道具”であるために」

「さっきから何を……」


 インフェル・ノクターンの言葉に、アルは先ほどの会話を思い出す。

 彼奴はエルトの中にある、アルに対する未練を消し去ると言った。そしてその口ぶりから、エルトに何かをさせようとしているのは明白だ。


 何をさせるのかまでは分からないが、アルはエルトを好きにはさせないと、庇うように抱き寄せた。

 そんな様子を見てもなお、お構いなしにインフェル・ノクターンは言った。エルトの耳に届いてさえいれば良い、それで十分だとばかりに。




「”L”――その男を殺せ」


「貴様に最初で最後のチャンスをくれてやる。今、ここで、その男を殺せば今まで通り道具として使ってやる。もしも断れば……貴様はもはや私にとって道具ですらなくなるな」




 冷徹に告げられたインフェル・ノクターンの提案に、エルトは身を凍らせた。


 道具ですらなくなる――その言葉の意味が分からないアルではなかった。

 すなわち断れば、アルはもちろんエルトも殺される。


「(コイツ、そういうことか――!)」


 アルはインフェル・ノクターンの意図に気づき、怒りに身を震わせた。


 エルトの中に残る、アルに対する未練を消し去る。

 先ほどインフェル・ノクターンが言っていたように、この命令はそれを実行するための命令だ。しかし、そのやり方が陰湿極まりない。


 ただ単にエルトにアルを殺せと命じるだけではない。

 エルトがやらなければ、二人まとめて殺すという無慈悲な言葉が、エルトを極限まで追い詰めている。


 インフェル・ノクターンの恐ろしさを誰よりも知っているエルトは、逆らって無事に済むとは思っていないだろう。例えアルと協力したとしても、瞬く間に二人まとめて殺されるのは明白。故に、逆らう選択肢は存在しない。逆らっても逆らわなくても、アルは殺されるのだ。


 アルを殺すのを拒否すれば、二人まとめて殺される。

 かといって二人で挑んでも、まとめて殺される。


 残すはエルトがアルを殺す選択肢のみ――だがそれは、本当の意味でアルとエルトの繋がりを断つということだ。他でもない、エルト自身の手で。


「(これなら、インフェル・ノクターンに殺される方がまだマシだ……!)」


 今ならば分かる。

 一度アルを手にかけたエルトは、そのことを強く後悔していた。アルがエルトを大切に思っていたように、エルトもまたアルのことを大切に思ってくれていた。その繋がりが強かったからこそ、エルトは一度、その繋がりを自ら断ち切ったことに深い後悔を抱いていたのだ。


 アルの脳裏に、堰を切ったように叫ぶエルトの姿が浮かぶ。


 あの時のエルトは、不安と後悔に押し潰されそうになっていた。

 そして自ら繋がりを断ったせいで、アルの言葉を信じられないでいる。


 そんなわけがないと。

 本気で殺そうとした自分のことを、自ら兄妹という繋がりを捨てた自分のことを、アルが許してくれるはずがないと。


 もう一度、兄妹としてやり直せるわけがないと。


 そんな不安定なエルトが、もう一度、アルに刃を向ければどうなるか――そんなことは、想像するまでもない。


 インフェル・ノクターンはそこまで読んだ上で、エルトにアルを殺せと言ったのだ。


 陰険、陰湿、そして狡猾。


 エルトを自身の”道具”に戻すための、冷徹なまでの判断。

 第五魔王――最古参の魔王というのは、伊達ではないらしい。


「……どうした、”L”。何を迷っている? 貴様は一度その男に刃を向けたのだろう? ならば、簡単なことではないか。貴様たちの繋がりなど、もはやないのだから」


 全身を凍らせたままのエルトに、インフェル・ノクターンが告げる。アルを殺せと、もう元には戻れないと。エルトを諭すように紡がれたそれはまるで、悪魔の囁きのようだった。


「……エルト」


 ゆっくりと、まるで幽鬼のような動きで、エルトはアルの腕の中から出ていった。

 その顔は伏せられており、表情を窺うことはできない。


「……おにぃ、ごめん」


 ポツリと、こぼされた言葉。


「……エルト……!」


 エルトは懐から、一本のナイフを取り出す。

 腕には力が入っていないのか、ナイフの重さに引っ張られるように、エルトの腕はぶらんと落ちた。


 そして――、


「……わたしは、貴方を殺す。今、ここで」


 ゆっくりと、持ち上げられる腕と顔。


 伽藍洞の瞳と、銀色の切っ先。


 その二つが、真っ直ぐアルに突きつけられた。











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感想・誤字報告、お待ちしております。

少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。

嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。






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