Ep.51 賢王の館
「着きました、アレが……”賢王の館”ッス」
そう告げたシュシュの視線を辿れば、そこには一つの館があった。
アルメア城に比べれば劣るものの、十分すぎるほどに大きな館。
それは暗い森の中であっても、はっきりと認識できるほどに存在感を主張していた。
よく言えば華美。
悪く言えば下品。
黒と赤、そして金で構成されたその館は森の中にあるにしては些か不調和なほどに目立っていた。使っている素材は良いのだろうし、それ単体では非常に豪華だが、周囲との調和をまったく気にしていないその館は控えめに言って浮いていた。
「……なるほどな。成金趣味でプライドが高い、か」
先ほどシュシュから聞いたインフェル・ノクターンの印象と照らし合わせると、目の前の館の造りも頷けるというもの。
そうして二人で木々に隠れながら館を窺っていると、視界の端に人影が映る。
「あれが兵士か」
一目で上等と分かるような装備に身を包んだ兵士が、館の周囲を歩いていた。その手に持っているのは身の丈以上の槍。周囲を警戒しながらゆっくりと歩くその姿は、間違いなく見回り中の兵士だ。
「どうする?」
「少し様子を見ましょう」
シュシュの言葉に頷きを返し、アルは敵の兵士の動向に注目した。
そうして十数分。
館の周囲を練り歩く兵士を追いかけていくと、正面玄関へと辿り着いた。そこには槍を持つ兵士の他にもう一人、腰に剣を携えた兵士がいた。二人は合流すると二言三言会話をし、大きな扉の前に立ちふさがった。
「……なるほど。館の外の見張りは二人。定期的にどちらかが周囲を巡回してるって感じッスね。アタシの集めた事前情報と一致してるッス」
「じゃあ、今のうちに侵入するか? 食糧庫がある場所って、館の左側だろ? 今なら見つからないんじゃ……」
「う~ん……」
アルの提案に、シュシュは悩むように顎に指を添えた。
シュシュの所持していた館内図によると、二階の食糧庫は西側、館の右側に接している。そこの窓から侵入するのであれば、巡回が終わったばかりの今が好機ではないか。そう思い、はやる気持ちを抑えながら提案したアルだったが……、
「いえ、念のためヤっちゃいましょう。二階を巡回している兵士がいつ食糧庫に来るかわかりませんし、最悪中の様子を窺ってる最中に外の見張り見つかるかもしれません」
「え、ちょっと待て。食糧庫に来た兵士をヤるって……まさか館の外からチャンスを待つのか?」
てっきり食糧庫の中に身を潜めて、兵士が巡回に来るのを待つものだとばかり思っていたアルは、シュシュの口ぶりから認識の齟齬があったことを悟る。
「中で待ってもいいッスけど……食糧庫がどんな感じかは分からないッスから。隠れる場所があるかどうか……それに、部屋に入ってきた瞬間を狙うよりも、帰る瞬間を狙う方が楽に仕留められるッス。絶対に気づかれないように、一撃で仕留めたいんで」
アルとしては外から様子を伺う方がリスクが高いと思ってしまうが、本職の彼女がそう言うのならば従うしかない。それに、外の兵士を先に仕留めてしまえば見つかるリスクもグッと下がるか……そう思ったアルはシュシュの計画に賛同した。
アルが納得したのを見て、シュシュは鉄杭を構える。
その細指に挟まれる鉄杭は二本。一人一本で、確実に仕留めるつもりだ。
「……」
シュシュはその態勢のまま、しばし静止する。
仮面越しなので確かではないが、シュシュはその目をスッと細めた……ような気がした。視線の先はもちろん二人の兵士。基本的に正面を見据えて立ち塞がる二人だが、稀にお互い向き合い、会話をしているのが見て取れる。
一晩も警備を行うのは暇なのだろう。
同僚と会話でもして気を紛らわせたいと思う気持ちは理解できないでもなかったが……今回に関しては、明確な隙でしかなかった。
「――」
二人が顔を見合わせた、その刹那。
まるで音を置き去りにするような速度で、シュシュの腕が振るわれた。
同時、シュシュの手から離れ、兵士たちの下へ飛んでいく鉄杭。それは振るわれた腕を上回る速度で飛び、アルには目視することさえ叶わなかった。
「……やばいな」
アルの耳に風切り音が聞こえたのは、二人の兵士が倒れ伏したのと同時。
そしてそこでようやく、アルはシュシュが鉄杭を投擲したという事実を認識することができた。
「(強い……)」
それこそ、クローリー軍の隊長クラスに匹敵するくらいに。
「(いや、それよりもっと……)」
アルは未だ、シュシュの実力の底を知ることができていない。
にもかかわらず、アルの目には隊長クラスに並ぶほどの実力者に見えた。
アルは剣に関する才能こそ失ったものの、前世で培った経験までは消えていない。
もっとも、剣技に関しては才能にものを言わせて感覚で戦っていたので、まったく役に立たないのだが。
それでも、前世の経験がまったく活きないというわけでもない。
アルの中に間違いなく、培われた経験が存在している。
そのうちの一つが、”目”だ。
単純な動体視力の話ではない。
それはいわば、実力を計る観察眼。
感覚で戦っていたということから分かるように、アルはお世辞にも頭が良かったとは言えず、戦闘中に細かいことを考えるタイプでもなかった。それでも、何百、何千、何万と戦い続けていく中で、アルの中で確かな”目”が養われた。
とはいえ、その者の秘めた力などが分かるほど優れたものではない。ましてや、アルはシュシュの戦闘している姿を見たことがないのだから。アルの観察眼は才能ではなく、あくまで実戦経験の中で生まれたものだ。見ていないものは計れない。
「(それでも感じる、この底知れなさ――)」
アルは初めてシュシュの投擲をその目で見たことにより、強さの片鱗を感じ取った。そしてそれはアルの経験をもって、底知れない実力として全身を走る。紛れもない、怖気という感覚で。
「どうしました?」
シュシュの実力の高さに慄いているアルに、当の本人からの視線が投げられる。
「……いや、なんでもない」
「そッスか? じゃあ、行きましょう」
敵に回すと恐ろしいことこの上ない強さを誇る彼女だが、今ばかりはアルの味方だ。そして敵に回す予定もない。今はただ彼女が協力してくれていることを僥倖と受け取り、アルはシュシュの後をついていった。
念のため身を隠しながら向かった先は館の左側。
シュシュは館内図を広げ、窓の位置と間取りを照らし合わせていく。
「あそこッスね」
そして食糧庫に繋がる窓を発見したようで、指を差した。
「アタシが先に行きます。アルさんは念のため周囲を警戒しておいてください。問題なくなれば食糧庫から紐を垂らすんで、それで昇ってきてください」
「あぁ、分かった。でもシュシュはどうやって?」
場所は二階だ、当然ながらかなりの高さがある。
一思いに飛んで侵入するのならばアルにもできないことはないが、継続的に中の様子を伺うというのは難しい。
そう思い方法を尋ねるアルだったが、シュシュはニヤリと笑みを返すだけで具体的な説明はしない。そのままアルを置いて館に向かってしまった。
「(見てろってことか)」
今は大人しくシュシュを信じよう、そう思い見ていると――シュシュは数本の鉄杭を館に向かって投擲した。今度はアルにも目で追える程度の力で投げられた用で、館の壁にまばらに突き刺さった。
「何を……」
シュシュの行動の意図が読めず、アルが疑問の声を上げたのも束の間。
シュシュは壁に突き刺さった鉄杭を使って、軽やかに駆けあがっていった。
「嘘だろ……」
鉄杭を足場にしたり、取っ手のように使ったり。
その動きには一切の淀みはない。まるで重力など感じないような動きで、瞬く間に食糧庫の窓付近まで昇って行ってしまった。
「曲芸師かよ……」
そして全身を黒衣で包んだ彼女は、夜の闇の中に紛れてしまった。
彼女の居場所を知っているアルが目を凝らしてようやっと発見できるほどだ。何も知らない第三者が館の壁を見ても、シュシュを発見することは困難だろう。
やはり泥棒を生業にするだけのことはある。
あまりにも軽快な軽業と、闇に紛れる隠密スキル。
その泥棒としての技能をフルに活用した彼女は、ものの一分足らずで状況を整えてしまった。後は機を待つのみ。
そのまま五分が経ち、十分が経ち、三十分が経った頃。
周囲を警戒していたアルの耳に、パリンと窓が割れたような音が聞こえる。
見れば、食糧庫の窓からは一本の紐が垂れさがっていた。
アルはその紐を掴むと、体重を預けても問題ないか確認するように引っ張った。幸い紐はガッチリと固定されているようで、アルが引っ張ってもびくともしない。
アルはその紐を掴みながら、館の壁を足場にするように駆け上がった。
そうして遂に”賢王の館”への侵入を果たしたアルの目には、食糧庫を物色するシュシュと、扉の前で倒れ伏す一人の男が映った。
「何してんだ?」
「ん? いや~何か金になるもんでもないかな~と思って」
「あったのか?」
「ないッスね。流石に良い食材を蓄えてはいますけど、持ってくほどのもんはないッス」
アルが来たのを確認したシュシュは、ガサゴソと周囲を漁ってた手を止めた。
「それで、こいつは……」
アルは扉の前で倒れ伏す男に近づいて様子を伺った。
見れば、その男は気絶しているようだったが、何やらピクピクと震えていた。首には鉄杭が刺さっており、僅かに血が流れている。
「あぁ、鉄杭の先端に麻痺毒を塗ってるんスよ。一撃で気絶させられなかった時のために、念のため」
「へ、へぇ……」
何やら物騒な言葉に、アルは苦笑を浮かべる。
そんなアルを余所に、シュシュは楽しそうに鉄杭を見せながら語る。
「他にも色々ありますよ。これは睡眠薬が塗ってありますし、これは筋弛緩剤が塗ってあります。これは他のより細めの杭で、先端が丸まってる杭もあるッス。あ、もちろんシンプルに強力な死毒を塗ってるのも……」
「……分かった、もういいよ」
掌サイズのポーチからは、どうやって収納されているのか、次から次に鉄杭が出てくる。もしかしなくても魔道具だろう。
しかしシュシュは思った以上に鉄杭を愛用しているようで、そのバリエーションは非常に豊かだ。アルとしてはそんなに揃えてどうやって使い分けるのか分からなかったが、シュシュなりに考えがあるのだろう。
「じゃあ、行こうか」
気を取り直して、アルとシュシュは食糧庫を出る。
扉をくぐると、そこには食堂と思しき広大な空間が広がっていた。
シュシュの情報では二階の見回りは一人とのことだったが、念のため身を潜めながら先を進む。
そして食堂を出ると、外には広い廊下が。
床に敷かれた赤黒いカーペットは豪華絢爛といった造りで、金色の刺繍がありありと施されている。その柄は炎のように見えた。
壁には様々な種類の絵画と、謎の模型が飾られている。その模型の形はバラバラでいずれも何らかの動物を模しているようだった。唯一共通しているのが、そのいずれも骨で作られているということ。
「(魔獣かなんかの頭蓋か……?)」
いずれにしても、趣味が悪いと思わざるを得なかった。
壁に吊るされた松明が僅かな灯りとして機能し、闇夜の廊下を照らしている。しかしそれだけでは光量が十分とは言えず、薄暗い廊下は何とも言えない不気味な雰囲気を醸し出していた。
「下品なカーペット、趣味の悪い絵画と模型、薄暗い灯り。本当に、第五魔王はセンスがないッスね」
周囲を窺うアルの耳に、そんなバッサリと切り捨てるような言葉が届く。
確かに金持ちの館だとは一目でわかるような内装だが、不気味で下品だという意見にはアルも同意だ。少なくとも、アルメアの方が何倍も上品で、見ていて不快な気持ちにならなかった。
「こっちッス」
内装を見渡すのも飽きたのか、シュシュが先導するように駆け出した。
アルも遅れずについて行き、極力気配を断ちながら廊下を走った。
そして走ることしばらく。
アルたちの目に、幅の広い階段が見えてくる。中央には下へと続く下り階段。その両脇に、歪曲するように三階へ続く昇り階段が設置されている。
「シュシュ、ここでお別れ――」
「しっ」
名残惜しい気持ちもあれど、アルにとっては一刻も早くエルトを助けたいという思いが一番だ。予定通りここでお別れということで、アルはシュシュに礼を言おうと口を開くが……シュシュがアルの言葉を遮るように、唇に指を突きつけた。
「いるッス」
端的に告げたシュシュの視線は下り階段の先。
シュシュは慎重に階段を下り、一階の中央玄関が見渡せる位置で静止する。アルもシュシュに倣うように、身をかがめながらそっと降りる。
見ると、中央玄関には二人の兵士がおり、何やら会話をしている。
幸いアルたちには気づいていないようで、こちらに視線を向ける様子はない。
「……」
そのまましばし観察していると、二人は各々左右に別れ去っていった。恐らくは寝室のエリアを見回りに行ったのだろう。
アルは無意識のうちに吸い込んだままだった息を、大きく吐き出した。
「びっくりした……」
「けど、丁度いいッスね。今なら降りれるッス」
シュシュの言うように、たった今寝室のエリアへ行ったのであればしばらくは中央玄関まで戻ってこないだろう。
アルは好機とばかりに階段を降り――シュシュを見上げた。
「じゃあシュシュ、今度こそここでお別れだな。ここまで協力してくれてありがとう」
正直に言えば、シュシュがいなければこんなに簡単に”賢王の館”に潜入することはできなかっただろう。ここまでほとんど……いやすべてシュシュの手柄と言っていい。
アルは自分が何の役にも立たなかったことに歯がゆさを感じながらも、それ以上にシュシュに対する謝意を強く感じていた。
そんなアルを見下ろす立ち位置のシュシュは、相変わらずあっけらかんと言った。
「気にしないでいいッスよ。貸し一つ。忘れないでもらえれば十分ッスから」
「あぁ、もちろん。俺にできることなら何でも言ってくれ」
「期待してるッス」
「じゃあ……またどこかで」
ほんの短い付き合い、それこそ数時間の付き合いだったが、アルはシュシュという人物を自然と気に入っていた。それは助けられたという恩もそうだが、その気安い態度が取っつき易かったというのもあるだろう。
願わくば、アルにできる恩返しをしたうえで今度は友人でもなりたいものだ。
アルは緊張感がないと自覚しながらも、そんな呑気なことを思った。
「(もちろんその時は、エルトも一緒に)」
エルトには救出を手伝ってくれた恩人としてシュシュを紹介しなければならないのだから。必ず、助け出さなければならない。
「じゃ、成功を祈ってるッス」
シュシュはそう言うと、長い茶髪を靡かせながら身を翻した。
「(ここからは、俺一人でやるんだ)」
アルは改めて気合を入れなおすと、そのまま階段を駆け降りた。
階段の先は中央玄関。アルメア城の練兵場――とまではいかないものの、かなり広大な広間は玄関というよりロビーに近い。
アルは相変わらず豪奢な飾り付けがなされている中央玄関を見渡すと、急いで階段の裏側で向かった。シュシュの情報が正しければここに地下へ繋がる階段があるはずだが――、
「階段は、ないな……」
一通り見渡すも、周囲にそれらしきものはない。
一瞬、シュシュの情報が間違っていたのか……と疑ってしまったアルだったが、すぐにその考えを撤回した。
「これは……」
そこは、丁度階段の真下。後から取り付けられたような、少々違和感のある扉が設置されていた。
「……」
アルは取っ手を掴み、その扉を引く。
そこから先は――とても同じ館内とは思えないほど、質素な景色だった。
二階にも一階にも、周囲を見渡せばそこら中に豪奢なインテリアや絵画が飾られている。床には絢爛なカーペット、壁や天井には精密な意匠が施されている。
インフェル・ノクターンの見栄がこれでもかと表れていたそんな館内とは違い、扉の向こうは質素な石造りの階段であった。
壁も床も天井も、一面が古びた石で構成されている。
まるでここから先は、”賢王の館”ではないとでも言うかのように。
「……」
アルはこの先にいるであろうエルトの姿を想像しながら、石階段を降りた。
アルが十人寝転がっても平気な横幅があった中央の階段とは違い、石階段は一メートルほどの幅しかない。壁も天井も近く、アルの階段を降りる音が反響している。
コツ、コツ、コツ。
そんな音を聞きながら、アルは灯りの魔道具を頼りに階段を下っていった。
そうしてしばらく……ついた先は、とても人が住むような場所とは思えなかった。
三メートル四方の狭い空間。中央の狭い道を挟んで、それらがいくつか存在していた。
床も天井も当然のように石製。そこかしこが埃っぽく、物置でももう少し清潔だろう。
壁や扉などという立派なものはついていない。それぞれの部屋を区切るのは、鉄製の黒い檻。
――牢獄まがい。
アルの脳裏に、そんな言葉が思い浮かんだ。
それは数時間前にシュシュが言っていた言葉だが、なるほど、これは正しく牢獄と言っていい。アルは見るに堪えないその場所に、表情を大きく歪めた。
早急に救い出すためにも、ここにエルトがいて欲しい。
そんな思いとは裏腹に、こんな場所で過ごしていて欲しくないという思いも浮かんでくる。
そんな相反する思いを抱きつつ、アルは狭い小道を歩んでいく。
そして――視界を遮るもののないこの空間において、それを見つけるのは容易だった。
地下室の中でも、隅の部屋。
硬い石の上に膝を抱えて蹲るその少女を、アルの瞳が捉えた。
「……エルト」
思わず漏れ出たアルの声は、狭い空間に反響する。
「っ」
ビクリとその小さな体を震わせたエルトは、ゆっくりと、自らの膝にうずめた顔を上げた。
「――」
血色の瞳と、空色の瞳が交錯する。
それまで深い海底のような暗さで、焦点すら合っていなかった瞳が、僅かに揺らいだ。
そして、エルトが自身を認識したことを理解したアルは、力強い声音で告げた。
「――エルト、迎えに来た。一緒に帰ろう」
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感想・誤字報告、お待ちしております。
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嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。




