Ep.50 潜入作戦会議
「――これが、第五魔王の居城……”賢王の館”の館内図ッス」
そう言って広げられた大きめの皮羊紙には、驚くほど精密な図面が描かれていた。
大きな四角が四つ。それぞれの四角の中に細かい部屋割りが記載されている。恐らくは一階から四階までの館内図だろう。
アルは二人で地図を見れるように、灯りの魔道具で地図を照らしながら問うた。
「こんなもの持ってたのか?」
「全部アタシの自作ッス、頑張って作ったんスから。それに、今から潜入しようって場所の情報を集めるのは当然ッス。何にも知らずに突っ込むなんて、バカのすることッスよ」
「……すいません」
やや棘のある言い分に、アルは肩を小さくして謝るしかなかった。
「細かいことは覚えなくていいッス。優先して覚えるべきは、第五魔王の執務室兼寝室と謁見の間ッスね。アタシの集めた情報によると、この時間帯の第五魔王は大体どっちかにいるッス」
そう言ってシュシュが指を差すのは、四階の大部分を埋める広々とした部屋と、残りの面積をすべて使われた部屋。恐らく謁見の間であろう場所が広すぎて見劣りしてしまうが、他の部屋に比べればインフェル・ノクターンの執務室兼寝室も比べ物にならないほど大きい。
それに、シュシュの情報が正しければインフェル・ノクターンの居場所が割れるのは大きなメリットだ。アルは喜ぶのと同時に、第五魔王の行動パターンまで把握しているシュシュの情報収集能力に慄いた。
「つまり、四階には近づかない方がいいてことだな?」
「そッスね。んで、アタシの用がある宝物庫は三階の最奥、そしてエルトさんがいるのは……」
「分かるのか!?」
正直な話、エルトがいる場所はいくらシュシュとはいえ見当がつかないだろうと思っていた。というよりも、シュシュがエルトのことを知ったのはつい先ほどだ。見当がつくほうがおかしい。
しかし、シュシュは極めて冷静に、図上に指を滑らせていき……、
「恐らくここッス」
シュシュが指差したのは、図面の右下に小さく描かれた四角。
「ここは?」
「ここは地下室ッス。”賢王の館”の地下には牢獄まがいのボロ部屋がいくつかあるそうです。流石に地下室は詳細な部屋割りまでは分からないので小さく載せてますが、エルトさんの場合、ここにいる可能性が高いと思うッス」
「なんでそう思うんだ?」
牢獄まがいのボロ部屋。
そんな場所にエルトがいるかもしれないと聞いて、アルは自身の拳に力が籠るのを感じる。思い出すのは、エルトの小さな体とボサボサの髪。まともな生活環境に身を置いていなかったとは思っていたが、まさか……。
アルのそうであってほしくないという意志の込められた問いに、シュシュは冷静に答えた。
「アルさんの話では、エルトさんは第五魔王の”道具”を自称してるんスよね?」
「……あぁ」
「まぁ状況を鑑みるに、自称しているというよりは第五魔王にそうやって扱われてきたからそう思うしかなかったんでしょうけど……」
「だろうな」
アルの中で、インフェル・ノクターンに対する憎悪が大きくなっていくのを感じた。
「話は逸れましたが、理由はそれッス。アタシが集めた情報では、第五魔王は利己的で狡猾、そしてプライドが高い。そんな奴は自分が集めた部下たちを、優秀な兵士だと吹聴してるッス。実際ノクターン軍の兵士たちのざっくりとした情報と部屋割り、行動パターンは把握してますが、それなりの武装と部屋を与えてるようッスね」
「……凄いな」
情報集めは十八番と言っていたシュシュだが、正直ここまでとは思わなかったアルは素直に称賛を溢した。
敵の根城の詳細な館内図に、首魁を含めた敵兵の情報と部屋割り、果ては行動パターンまで収集しているとは。並大抵の能力で集められる情報ではない。
アルはシュシュの武力に関して魔界でも上位と思っていたが、もしや情報収集能力すらも魔界トップクラスなのかもしれないと思った。
「(何が泥棒だ。こんなん大怪盗じゃねぇか)」
アルは眼前の少女が想像以上に大物なのではないかと思い、そんな少女がなぜアルに協力してくれたのか不思議でならなかった。
「その証拠に、自分の部下を”道具”と称したとは聞いたことないッス。プライドが高くて見栄っ張りな奴のことッスから。優秀な兵士を従える自分、というブランドに優越感を感じてるんでしょうね」
「じゃあ、エルトは……」
シュシュの説明によって、ようやくエルトの境遇を理解したアルは奥歯をグッと噛みしめた。
「はい。恐らく第五魔王からすると、エルトさんは正真正銘ただの”道具”。部下とすら思われてないと思うッス」
「……ッ」
「そして、第五魔王は超がつくほどの神経質。他人に自分のものを触れられるのが大嫌いな性格ッス。部下でもないただの道具を、自分の館に置いておくとは思えない……」
道具は、その辺のボロ部屋にでも放り投げて置けばいい。
インフェル・ノクターンはそんな考えで、エルトを地下室に押しやっているというのか。
「クソ……!」
思わず漏れ出た悪態に、シュシュは小さく息を吐いた。
「まぁ奴のクズっぷりは今に始まったことじゃないッスけどね……とにかく、アタシの予想ではエルトさんはこの地下室にいる可能性が高いッス。ここまではいいッスか?」
「……あぁ」
アルはどうにか怒りの感情を抑え首肯した。
「つまり、アルさんが目指す先は地下室。幸い四階には寄らないんで、第五魔王とカチ合う可能性は低いッス」
「……それは、良かった」
などと言いつつ、アルは本心では残念な気持ちも浮かんでいた。
エルトに非道な仕打ちをした報いを、アルはインフェル・ノクターンに受けさせたい。この身に余る怒りをぶつけてやりたい。そんな思いがアルの中では膨れ上がっているのは事実。
もちろん最優先はエルトの救出であり、インフェル・ノクターンに遭遇しないにこしたことはない。むしろ、会わないことこそが理想なのだ。そんなことは、アルも分かっている。それでも――。
「(――冷静になれバカ。怒りで本質を見失うな)」
アルは自身の怒りを抑えつけるように、大きく深呼吸をしながら自制した。
繰り返しになるが、アルにとって最優先はエルトを救い出すこと。
もう一度兄妹として凄し、エルトの笑顔を取り戻すことだ。決して、インフェル・ノクターンに怒りをぶつけることではない。
第一、今のアルでは逆立ちしてもインフェル・ノクターンに勝てるわけがない。
彼奴は腐っても第五魔王。魔王の中でも古参に位置する存在だ。その狡猾さもさることながら、武力の方も相当高いはず。
怒りで強くなれるなら苦労はしない。
今のアルが立ち向かっても瞬く間に殺されるのは目に見えている。
「(今じゃなくていい。今は、エルトを助けるんだ)」
アルはいずれ、インフェル・ノクターンに報いを受けさせると決意した。だが、それは今ではない。今やるべきことを、アルは冷静に反芻した。
「(また、強くならなきゃいけない理由が増えたな)」
アルは怒りではなく、決意の表れとして、自らの拳を握りしめた。
「問題はどこから侵入するかッス。正面玄関には中にも外にも兵士がいますし、全階に数人の兵士が巡回してます」
シュシュの言葉にアルは思考を切り替える。
今はシュシュの説明を聞いて作戦を練ることが先決だ。
「なら、どこから?」
「モーマンタイッス。ここを見てください」
そう言うと、シュシュは二階の一室を指した。
そこは大部屋の隣にポツンと設置された小さめの部屋。二階の端にあるそれは、窓が設置されていた。
「ここは……?」
「食糧庫ッス。この大部屋が食堂で、奥にある小さな部屋が食糧庫」
「そうか、ここなら見つからずに侵入できる。食堂を隈なく徘徊してるわけもないだろうし、ましてや食糧庫なんて見ないだろうからな」
アルが得心するように言うと、シュシュが呆れたように言った。
「全然違うッス」
「え」
アルとしては「完璧に理解した」とばかりに告げたことだっただけに、シュシュから全否定が入り驚きを隠せない。
「神経質な第五魔王の兵士ッスよ? 当然食糧庫の隅までしっかりと観察します。むしろしないとその兵士が第五魔王に処罰されます」
「マジか……」
インフェル・ノクターンは本当に神経質なようだ。
「むしろ逆ッスよ」
「逆?」
「アタシの情報によると、二階だけは徘徊してる兵士は一人だけッス。部屋数が少ないからでしょうね。なので、その一人が食糧庫にやってきて、帰るタイミングで……ヤるッス」
「ヤるって……」
「殺しはしないッスよ。気絶させるだけッス。アタシはあくまで泥棒なんで」
シュシュの言葉に、アルは静かに息を吐いた。まるで安堵するように。
アルとて、誰も殺さないなどと高潔なことを言うつもりはない。必要とあらば躊躇なく殺すし、シュシュがノクターン軍の兵士を殺したとて文句を言うつもりはない。
むしろ、アルは今までそうしてきた。
誰よりも人を殺してきた自覚はある。そういう場所で生きてきたのだから。
――夢想するのは、メアと出会う前の自分。
しかし、いやだからこそ。
本当に必要とする場面以外で、無暗に人を殺したくはなかった。
今更高潔ぶったところで、今までアルが殺人を犯してきた事実は変わらないし、許されるとも思っていない。それでも、アルは極力殺したくないという生き方を変えるつもりはなかった。
「(メアの甘さが移ったかな……)」
誰にでも優しく慈悲深いメアの姿を思い出し、アルは小さく微笑んだ。
「複数人に囲まれてバレる方が面倒ッスからね。場合によっては同時に仕留めるのも難しいんで。確実に一人を仕留められるこの場所から潜入します」
「それは分かったけど、そもそも外に見張りはいないのか?」
「いると思いますよ」
アルの疑問に、シュシュはあっけらかんと答えた。
「いると思うって……そいつらはどうするんだ?」
「どうって、仕留めるだけッスけど」
さも当然のように言うシュシュに、アルはジト目を返した。
「さっき自分で言ったんだろ? 複数人は面倒だって」
「それはあくまで館内、限られたスペースだからってだけッスよ。館の外ならいくらでも隠れられますし、やりようはあります。幸い館の周りは草木で覆われてますから」
そう言いながら、シュシュは地図を片手で持つと、懐から何やら取り出した。それはお馴染みの鉄杭で、アルに見せるように構える。狙ったのかは不明だが、僅かに漏れた月光を反射しキラリと輝くそれを見て……アルは余計なお世話だったと悟った。
アルが「話の腰を折ってすまん」と謝ると、シュシュは鉄杭を閉まって再び地図を広げる。
「続けますよ。階段は食糧庫の真逆。恐らく他の兵士はいないと思いますが、一応警戒しながら行きます。上手くいけばアタシとアルさんはここでさよならッス」
「なるほど……」
「兵士たちの寝室は主に一階と三階ですが……まぁアルさんはそこまで警戒しなくていいと思うッス」
寝室ということは、不意に兵士たちが出てくる可能性もあるということ。警戒するに越したことはないのではないか。
アルはそう思い首をかしげるが、シュシュは一階の階段を指しながら言った。
「二階から一階へ降りると、中央玄関に出ます。ここは非常に大きな空間ですが……逆に言えばそれだけッス。兵士たちの寝室は中央玄関の両側にあるんで、よほどのことがない限りは出てこないッス」
「でも、広いってことは見通しがいいんだろ? 巡回してる兵士に見つかるんじゃ?」
「確かにそうッスけど、それは逆に言えばアタシたちからも様子を伺いやすいってことッス。丁度兵士たちの寝室の方へ行ったタイミングを狙える分やりやすいッスよ」
言われ、アルは確かにと納得する。
兵士たちは巡回しているとはいえ、侵入者がいると分かっているわけではない。いやむしろ、普段方侵入者がいない分油断している可能性は大いにある。逆に必ず巡回している兵士がいると分かっているアルの方が、立ち回りでは有利だ。
「さらに言えば、地下室への階段は中央玄関の階段の裏にあります。一階から四階への階段は蛇腹になって繋がってますけど、地下室への階段はそうじゃないみたいッスからね。つまりアルさんは、巡回の兵士たちがいなくなったタイミングを見計らって階段を下りて、裏に回ればいいだけッス。簡単でしょう?」
「簡単って、言ってくれるなぁ……」
確かに言葉だけ聞けば簡単なように聞こえるかもしれないが、アルからすればこれがはじめての潜入なのだ。周囲を警戒しながら身を潜めて行動するというのは、迷宮攻略などで何度か経験があるとはいえ、似て非なるものだろう。むしろ今回は見つかっても倒せばいい迷宮とは違い、見つかったらアウトなのだ。緊張してしまうのも仕方がない。
そんなアルを見て、シュシュは少しばかり不満気な表情を浮かべた。
「アタシよりはマシッスよ。なんせアタシは四階に行かなきゃならないんスから」
「え、四階に?」
四階といえばインフェル・ノクターンがいる場所だ。宝物庫は三階にあるうえ、できるだけ近づきたくないというのに、なぜ四階に行くのだろうか。
「そッス。アタシの読みでは、宝物庫の鍵は四階の部屋のどこかにあるッス」
「どこかって……じゃあ謁見の間とかインフェル・ノクターンの部屋の可能性もあるのか?」
「そッスね」
当たり前のことだが、宝物庫ともなれば鍵がかけられているだろう。であれば、どこかで鍵を入手しなければならないというのは至極当然ではあるが……その難易度は、アルが思っていた以上に高いようだ。
「まぁ最悪出直すッスよ。鍵穴の形状が分かれば、スペアキーを作れないわけじゃないッスし」
「お前、ホント何でもできるな……」
しかし当の本人は全く気負った様子はない。
最悪の場合インフェル・ノクターンと戦闘になったり、出直しになるかもしれないのにだ。
「(そのお気楽さが羨ましいよ……)」
とはいえ、これは経験によるものもあるだろう。
何度も侵入と盗みを繰り返しているであろうシュシュと、初めて他者の根城に潜入するアルとでは、経験が違う。シュシュほどの豪胆さを身に着けるには、それなりの場数を踏まなければいけないのかもしれない。
もっとも、無断侵入の場数を踏むなどごめん被るが。
そんなことを思っていると、シュシュは広げていた地図を丸めて閉まった。どうやら説明は以上のようで、地図の代わりに鉄杭をその手に構えた。
「んじゃあ、行くッスよ。準備はいいッスか?」
「あぁ、行こう」
答えながら、アルは剣の柄に手を添えた。
「潜入ミッション、開始ッス!」
シュシュの言葉と共に、アルは駆け出した。
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嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。




