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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
白影編

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Ep.46 アルの決断






 ――メアか、エルトか。



 ともすればアルの根幹に関わるその二択。

 アルは当然、そう簡単に答えを出すことはできなかった。


 メアを選べば、エルトを連れ戻すことはできない。

 もう二度とエルトに会うことはできず、エルトの真意を確かめる機会を永遠に失うことになる。それはすなわち、アルとエルトの繋がりを完全に断ち切るということだ。


 兄妹でも、家族でもなくなる。

 エルトの虚空の眼差しを、突きつけられたナイフを受け入れ、永遠に埋まることのない穴を心に開けることになる。


「(かといって……)」


 エルトを選べば、アルはクローリー軍にいられなくなる。


 政治的なことにあまり関心のないアルですら、魔帝が魔王の居城に一方的に押し入るということが、政治的にどれだけ不利になるかは分かっているつもりだ。ましてや、今からアルがしようとしていることは政敵の部下を奪うことだ。当然容認されることではない。


 もちろんアルとて、真正面から第五魔王の居城に攻め込もうなどとは思っていない。

 そんなことアルの実力では到底不可能であるし、エルトのところに辿り着けず力尽きる可能性が高い。


 故に、アルは第五魔王の居城に忍び込み、秘密裏にエルトに接触するつもりだ。上手くいけばアルの痕跡を残さずにエルトを連れ戻すことができ、メアの責任にもならない――だが、ことはそう上手くいかないだろう。


 第一にアルに隠密行動の経験などほとんどないし、第五魔王の居城の構成も、エルトのいる場所すら知らないのだ。アル本人もバレずにエルトを連れ戻すことができるなどとは自惚れていない。どれだけ頑張っても、どこかで必ずバレるだろう。


 その結果が、アルの上司であるメア・クローリーの責任になる。


 それはメアの魔神になるという夢を真っ向から邪魔する行為であり、そんなこと、アルが認められるわけがない。


「(結局のところ、俺がクローリー軍を辞める以外に道はないのか……?)」


 メアに責任を押し付けず、エルトを連れ戻す可能性が生まれる。

 その唯一の方法はミーシャの言うように、アルがクローリー軍を去るしか思い浮かばない。


 しかしそれは、メアの下から去るということ。

 メアの夢を手伝うという約束も、強くなってメアの隣に立つという決意も、何もかも放り捨てるということだ。


「(そんなこと、俺には……)」


 アルはその決断の重さ故に、決められず黙り込む。

 そんなアルを見て、ミーシャが口を開いた。


「……そんなに悩むこと?」

「……何?」


 しかしミーシャから告げられた言葉は、悩むアルが心底理解できないと言わんばかりの態度で……、


「アルは、メア様が大事なんでしょ? だからいっつもメンドイ特訓なんてしてるんでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「ならメア様の下を離れるなんて考えられないんじゃないの?」

「それは……大体、お前が言ったんじゃないか。エルトを助けて、メアに迷惑をかけない方法は、俺がクローリー軍を離れることだって」


 他でもないミーシャ本人から提案された方法なのに、それを悩むアルを理解できないと言わんばかりの態度を取るミーシャ。そのあまりの意味不明さに、アルは苦言を呈する。


 しかし当の本人はあっけらかんと、


「だってそんなに悩むなんて思ってなかったし。……私は、どうせそんなことできないでしょ? だからさっさと諦めなよ。って意味で提案したんだよ」

「なんだよ、それ……」 


 ミーシャははなからアルがエルトを助けられるとは思っておらず、早々と諦めさせるためにその提案をしたのだと言う。

 もはやアルには、目の前の少女が誰の味方なのか、何を思っているのか、何一つ理解できなくなっていた。


 しかしミーシャは続ける。

 普段は気が乗らないと喋らないくせに、今ばかりは次々と言葉を紡いでいる。

 いつもは眠た気に細められていたその紫紺の瞳は、どこか剣呑な雰囲気すら纏っているようにも思えた。


「だって悩む必要なんてないでしょ。アルにとって一番大事なものを選べばいい。エルトはアルにとって、メア様以上に大切なの?」

「……」


 それはミーシャらしくない、アルを追い詰めるような言葉。

 普段はアルの気持ちなんて知らないような振る舞いをしている割に、その言葉は的確にアルの心根を見抜き、射抜くように紡がれていた。


「……俺の、一番大切なもの……」

「ん。アルは弱い。だから、全部は選べないよ。そんなに欲張っても、どうせ全部失うだけ。だったら最初から、たった一つを選べばいい」

「……」

「それともアルは自分の掌が、全部選べるほど大きいと思ってるの?」


 ミーシャの言葉を受け、アルは自身の掌を眺める。

 そこにはぽっかりと穴が開いており、真っ赤な血が滴り落ちていた。


 それはまるで、アルの掌から大切なものがこぼれ落ちていくようで――、


「……人にはね、生まれながらに決まっている”才能”と、それに準じた”役割”があるの」


 ふと、アルの掌がひんやりとした感触に包まれた。

 それは、ミーシャの手。ミーシャの細くて白い手が、アルの掌を包み込むように添えられていた。当然、出血しているアルの掌に触れればミーシャの手も汚れる。ミーシャの白い指に鮮血が伝い、赤く染めていく。


「何を……」


 しかし、ミーシャはまったく気にしていなかった。

 普段であれば絶対に嫌がるようなその行為を、ミーシャは平然と行った。


「何人もそれからは逃げられない。私も、リーシャ姉ぇも、メア様も――アルもそう」

「才能……役割……?」

「ん。アルは、自分が才能のある人間だと思う?」


 才能。それはアルがかつて持っていたもので、今はもう持ちえないもの。

 それを誰よりも理解しているアルは、ミーシャの問いかけに対してかぶりを振った。


「ん、そう。アルには才能がない。だから、”役割”もそれに準じたものが与えられてる……少なくともそれは、エルトを助けて、メア様の隣に立つような役割じゃない」

「……」

「アルはどう思う? 孤独で自分を持たない少女を救って、居場所を作ってあげて、そのうえで自分の愛する女性の隣に立つために誰よりも強くなる……そんなの、才能のない人にできると思う?」


 ――それを願うのはあまりにも、分不相応ではないか。


 ミーシャはアルの瞳を真っ直ぐ見据え、告げた。


「アルは、自分に才能がないのを理解してる。それでもメア様の隣に立つために、才能がないなりに努力してる」

「……何で、それをお前が」

「見てれば分かる。……まぁ、私には、ね」

「お前は、一体……」


 アルのその気持ちも決意も、アルしか知らないものだ。

 アルという存在を構成する、心の奥底にある想い。


 それを正確に見透かすミーシャが……否、目の前の存在が、理解不能の怪物のように思えて仕方がなかった。

 いつもは何を考えているか分からない紫紺の瞳が、まるで深淵のように思えた。


 アルは初めて、ミーシャ・セーロスという存在の底知れなさに恐怖した。


「アルには、その”役割”が精一杯。叶うかどうかは分からない。ううん、少なくとも私は叶わないと思うけど……それでも、一つの夢のために我武者羅に努力する。それがアルみたいな人の、才能がないけれど本気で夢を見る人の”役割”」

「俺の、役割……」

「ん。決して、脇目を振って一番大切な存在以外も助けるような、そんな”役割”じゃない。そんな”才能”はない」


 そこまで言うと、ミーシャは嘲笑するような笑みを浮かべ、


「……だってそんなの、英雄でしょ。アルは才能のない人が英雄になれると思う?」

「……それは」

「ん、無理。英雄は、生まれながらに英雄になれると決められた人じゃないと無理。だから……」


 ミーシャは言いながら、アルの掌を自身の胸元に持っていく。

 それを、まるで大切なものかのように抱き、スッと目を伏せた。その様子はどこか、縋るような、仲間を望むような態度にも思えた。


 そして、ミーシャはその紫瞳をアルに向け――、




「だから――アルも、自分の”才能”にあった”役割”を生きなよ。夢が叶うかどうかは分からない。けれど、きっと、それが一番後悔しない生き方だから」




 そう告げるミーシャの瞳は――実に、空虚だった。




「(あ――そうか、お前も……)」


 その瞳を、その伽藍洞の瞳を、アルはよく知っていた。


 兄妹になろうと、そう誓ったあの日。

 記憶喪失だと語ったエルトの瞳には、何も映っていなかった。

 

 何を考えて生きてきたのか。

 何のために生きてきたのか。

 何を思って生きてきたのか。

 何を感じて生きてきたのか。


 何もわからない。

 だから、自分が何なのか分からない。


 そう告げたエルトは、結局記憶喪失ではなかった。

 けれど、今なら分かる。


 たとえ記憶喪失ではなかったとしても、あの日、あの場所で語ったことは嘘ではない。


 エルトはきっと、第五魔王の道具として、自分というものを排して生きてきた。

 ただ冷淡に、淡々と、与えられた任務をまっとうする。それだけを生きる意味として、生きる理由として過ごしてきたのだ。


 その結果、自分という存在が分からなくなった。

 瞳には何も映らなくなり、虚空だけが浮かんでいた。


 ミーシャが浮かべる瞳は――それと、そっくりだった。


「(俺はやっと、お前という存在を少し知れた気がするよ)」


 ――きっと、エルトとミーシャは似ているのだ。


 自分を第五魔王の道具だと割り切り、その瞳に何も映さずに生きてきたエルト。

 己の決められた”役割”をまっとうする、それ以外の生き方を知らないミーシャ。

 

「(俺はお前のことを何も知らない。今までどうやって生きてきたのか、何でそんな考え方をするようになったのか。でも――)」


 ――その生き方は選ばないと、アルはとっくに決めている。


「(俺は何を悩んでいたんだろうな。答えなんて、とっくの昔に決まってたはずだろ)」


 そう、才能を捨てて記憶を選んだ、あの日から。


 エルトに対して才能を選んだ、あり得たかもしれない自分を重ねたように。

 ミーシャもきっと、あり得たかもしれないアルなのだ。


 剣鬼としての圧倒的な才能を持つものの、メアに対する愛情を失い、本当に自分のしたいことも、なりたいものも、隣に立ちたい相手も忘れてしまう、そんなもう一つの自分と。


「(でも、違う。そうじゃない。大切なのは、才能なんかじゃない)」


 本当に大切なものは、自分の心(ここ)にある。

 アルは自身の心臓に、心に手をあてながら、小さく息を吐いた。


 そして、真っ直ぐミーシャを見据え、言った。


「違うよ、ミーシャ。俺にとって一番後悔しない生き方は、そんな生き方じゃない」

「……」

「大切なのは、何を成せるかでも、何を成すかでもない。ホントに大切なのは――自分が何を成したいかだ」


 アルの言葉に、ミーシャは瞳を揺らさない。

 分かっている。ミーシャの心の奥底に眠っている本心、それを縛りつけ、封じ込めているものはそんなに容易く崩れはしない。こんな言葉で揺らぐような安い信念ではない。


 ミーシャにはミーシャなりの人生があって、経験があって、今このような生き方を選んでいるのだ。


 それを変えるということは、ミーシャという存在を根本から変えるということ。

 それだけの結果を、アルは見せられていない。それだけの意志を、アルは行動に移せていない。


 今のアルは、口先だけの男だ。

 何者にも揺さぶられない強い意志も、すべての意見を押し通せる強さも、あらゆる者を納得させられるだけの結果も出していない。


 それでも、アルが抱く信念だけは、本物だ。


「俺はメアの隣に立ちたい。アイツの夢を、一番近くで支えてあげたい。それを成せるくらい、強くなりたい」

「……」

「でも、それと同じくらい、エルトを救ってやりたい。空っぽの瞳に何も映さず、感情なんて全部排して、自分をただの道具だと割り切るアイツを連れ戻して……妹として、俺の隣で、色んなものを見せてやりたい。経験させてやりたい。世界はこんなに広いんだぞって、まだまだ知らないことがいっぱいあるんだぞって、アイツに知ってほしいんだ」

「……」

「俺にとって、メアに対する想いも、エルトに対する想いも、どっちも大切なものだ。優劣なんてない。どっちも同じくらい、大切なものなんだ。どっちか一つを選んで、もう一方を切り捨てるなんて、俺にはできない」


 それは、傲慢な考えなのかもしれない。

 成せることでも、成したことでもない。成したいことを優先するというのは、強欲な考えなのかもしれない。


 少なくとも今、アルの言葉を正面から受けるミーシャからすれば、傲慢で強欲で、身勝手な生き方だと思うだろう。成せるはずもないと、自分から破滅に向かうだけだと、無意味な生き方だと思うだろう。


 それでも構わない。


 少なくともアルは、そういう生き方をしたい。

 成せることだけを選択して、成したことだけを誇って、自分に見合った人生を生きる。そんなつまらない人生を、アルは生きたいとは思わない。


 何より――そんな生き方で、メアの隣に立ちたくはない。


 無理だと分かっていても、約束を果たすために魔神を目指すと、そう誓ったメアの隣に立つことは、アルにはできない。


「(メアの隣に立つためには、メアと同じくらい――いや、それ以上に我儘じゃないとな)」


 故にこそ、アルはミーシャにも、そんな生き方をしてほしかった。

 けれど、それを成し遂げられるほどの力は、今のアルにはない。


 だから――アルは行動する。


 エルトを救って、メアの隣に立てるくらい強くなる。

 成したいことを、成すための努力をする。そして、絶対に成し遂げる。


 そこまで至ってようやく、アルはミーシャを救うことができるのだ。


「……そう」


 そこまでアルの言葉を静かに聞いていたミーシャが、小さく溢した。


「……随分、我儘なんだね。でも、怖くはないの? 全部を選ぶということは、時には何も選ばないのと同義になる……どっちも選んだ結果、どっちも失うことになるかもしれない」

「あぁ、怖いよ」


 ミーシャの問いに、アルは即座に返した。

 それは流石に予想外だったのか、ミーシャがほんのわずかに目を見開いた。


「当たり前だろ。エルトを助けられなかったら、二度とメアと会えなかったら。そう考えると、めちゃくちゃ怖いよ」

「……なら、なんで?」


 ミーシャの言葉を正面から肯定するようなアルの言いように、ミーシャは心底理解できないといった表情を浮かべていた。


「それが、人生だからだ。怖い怖いと思いながら、それでも踏ん張って進んでくんだよ」

「――」

「与えられた”役割”をまっとうするために、苦悩も苦労もない人生を歩むなんて……そんなのつまんないだろ? そんな平坦な人生より、自分が本気でやりたいと、成し遂げたいと思うことに全力で取り組む。たとえ怖くても、大切なものを失いそうになっても、な。そうして成し遂げたことこそ、ホントに価値があるんじゃないのか?」


 少なくともメアの隣に立った時、アルはそう思いたい。


「だから、俺は自分の信念を曲げない。どれだけ怖くても、どれだけ困難でも。諦めて、空っぽになって、自分の信念を曲げる方より、ずっとマシだからな」

「……信念?」



「あぁ――一度決めたことは、死んでも貫き通す。それが俺の信念だ」



 それが、一度死んでもなお、メアの隣にい続けたいと願ったアルの信念だ。


「だから、俺はエルトを助けるよ。兄として、妹を助ける。一度決めたことだ」

「……」

「そんでもって、強くなって、メアの隣に立つ。それも、決めたことだからな」

「…………そう」


 アルの告げた決意に、ミーシャは短く返した。

 しかしその表情は不満気で、心底納得していない様子だ。


「……大した力もないくせに、我儘なんだね。私はアルのこと、もう少し大人だと思ってた。全然理解できてなかったみたい」

「だったら見てろよ、これからな。自分の成したいことを全力で成し遂げる、俺(ガキ)の姿を」

「……メンドイなぁ」


 もはやアルを説得するのは無駄だと悟ったのだろう。

 アルに対して「もう少し大人だと思ってた」と告げるミーシャは、どこか意趣返しのような意図を感じた。


 しかしそれに対しても笑って返すアルを見て、ミーシャは気が抜けるような呑気な言葉を吐いた。そこにいたのはいつも通りやる気のない自堕落なミーシャで、先ほどまでの剣呑な雰囲気を滲ませるミーシャは消えていた。


 そんなミーシャを見て、アルもまた肩の力を抜いて告げた。


「ありがとなミーシャ。お前のおかげで、俺は改めて自分を見つめ返せた」

「……」

「俺は、もうブレない。絶対に自分の信念を貫き通す。だから――」


 アルは改めて、ミーシャの紫瞳を見据えて、言った。

 





「――俺はいつか、お前も救ってみせるよ……ミーシャ・セーロス」


「…………ん、期待しないで待ってる」

 


 そして、期待している(期待していない)と、ミーシャは返した。











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感想・誤字報告、お待ちしております。

少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。

嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。






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