Ep.43 歓迎会
――そんなこんなで自己紹介も終わり、歓談の時間となった。
あの後アルはそそくさと壇上を降り、極力人目につかないよう端っこの方に移動していた。ついでに持ってきたドリンクを片手に、談笑する隊士たちを眺める。
壁に寄りかかって体重を預けつつ、アルは深くため息をついた。
「やりすぎたかな……」
意志表明を行ったこと自体に後悔はないし、悪いとも思っていないが、流石にあそこまで空気がどよめくとは思っていなかった。その大半は侮蔑や敵意ではなく、困惑や驚きの感情だっただけマシではあるものの、いくらアルでも居心地が悪かった。
結局リズの登場によって流されたものの、あのままリズが来なかったら微妙な雰囲気のまま歓迎会が続くところだった。それは準備してくれたメアたちにも申し訳ないし、針の筵のまま過ごすことになっていただろう。そういう意味ではリズには感謝している。
ちなみにリズは自分の好奇心で部下たちに無理をさせたということでメアとリーシャに怒られている。ああ見えてメアたちには頭が上がらないようで、しょんぼりした表情をしながら正座しているのがチラリと見える。
そんなことを考えていると、アルに近づく影が二つ。
ルストとガレオンだった。
ルストは先ほどのアルの意志表明を思い出しているのか、呆れたような視線を向けてくる。
「まったくだ。すげー空気だったぜ。流石の俺もちょっと引いたね。マシだったのは『輝剣』の連中くらいか? それにしたって驚いてたけど」
普段は飄々としておりコミュニケーション能力の高いルストをもってしても、先ほどの空気は好ましくなかったらしく、嫌そうな表情を浮かべていた。
対してルストの隣に立つガレオンは巨大な骨付き肉を片手に持ちながら、豪快に笑っていた。
「そうかぁ? オレは好きだったけどな、さっきの宣言! めちゃくちゃ漢らしいじゃねぇか! やっぱ漢なら目指すモノはでっかく! そんでいて声高に叫んでなんぼだぜ!」
ガレオンはアルの意志表明に対して好意的らしく、「最高の自己紹介だったぜ」と笑っている。
「でもお前の同僚は殺気立ってたじゃねぇか。大丈夫か? アル、闇討ちとかされねぇ?」
「物騒なこと言うなよ」
「あぁ? 何言ってんだ、闇討ちなんてするわけねぇだろ」
ルストの言うように、アルの意志表明に対して『武神の鼓』の隊士たちだけが明確に殺気立っていた。もしかしたらリズの乱入がなければ、今頃アルは喧嘩を吹っ掛けられていたかもしれない。そう思ってしまうほどに。
しかし同じ『武神の鼓』の隊士であるガレオンは「何言ってんだコイツら」と言わんばかりの視線を向けてくる。
「確かに殺気立ってはいたけどよ。あれはアルの宣言を聞いて思わず熱くなっちまっただけだろ。オレたちも負けてられねぇ! ってな。一緒に特訓することはあるかもしれねぇけど、闇討ちなんかしねぇわ」
「そうだ、そういえば『武神の鼓』ってそんなのばっかりだった」
ガレオンの当然のような言いぶりに、ルストは呆れるような視線を向ける。
ガレオンの言うことが真実なのであれば、『武神の鼓』の隊士たちはアルの意志表明に腹を立てて怒っていたわけではなく、触発された結果闘志が漏れ出ただけだったようだ。そのことにひとまず安堵するアルだが……そんな戦闘狂ばかりの『武神の鼓』に対して辟易するルストの気持ちも分からないではなかった。
アルはあくまでメアの隣に立つために、メアの夢を支えるために強くなりたいのであって、戦い自体が好きなわけではないのだ。
すると、アルたちに向かって駆け寄る小さな少女が一人。
「アルく~ん!」
「アンリ、それにステラも」
相変わらず元気な様子で駆け寄るアンリと、それをゆっくり追うステラ。二人はアルたちの傍に来ると、対照的な表情を見せた。
「もう、びっくりしたのですよ~! 魔神だなんて、急に凄いこと言うものですから、アンリはもう、こう、驚いてしまったのですよ!」
「ふふ、慌てるアンリちゃんは可愛かったわ。けれど、私は嫌いじゃなかったわよ? 真っ直ぐでこう、男の子って感じがしてかっこよかったわ」
「……確かにかっこよくはありましたけど……あんまり心配させないで欲しいのですよ」
不満気な表情を浮かべながら、驚いたという様子を全身で表現するアンリ。対してステラは、慈しむような視線を向けながら微笑んでいる。仲の良い二人でも、アルの意志表明に対する意見は正反対のようだ。もっとも、アンリの場合はアルに対する心配の度合いが強いのだろうが。
アンリはアルが『輝剣』の隊士たちに打ちのめされていたのを何度も見ている。それがアルに対する悪感情から来たものだと知っていたので、今回の件をきっかけにまた以前のようになるのではないかと思ったのだろう。
呆れられるならともかく、アンリのように純粋に心配してくれる様子を見るとアルもいたたまれなくなり、
「ごめん、心配かけて。これからはもうちょっと気を付けるよ」
「……もう、本当に気を付けてくださいなのですよ。今回はこれで許してあげるのです」
そう言ってアンリは自らの頭を差し出した。
それが何を要求しているのかは明白で、アルは苦笑を浮かべながらも大人しくアンリの頭を撫でた。
そうしてアンリを撫でながら、しばらく談笑していると――不意に、言い合いのような声が聞こえてくる。何かと思い声のする方を見ると……そこには二つの勢力が対立していた。
片や見るのも嫌になるようなおっさんの群れ。
片や麗しい美少女や綺麗な美女の集まり。
この時点で後者の味方をしたくなってしまうアルだったが、悲しきかな。おっさんの群れはアルの同僚、『輝剣』の隊士たちだった。女性の集まりの方は恰好的に『星の導き』のプリーストたちだろう。
何で言い合っているのかは分からないが、できれば関わり合いになりたくない――そう思うアルだったが、騒動の中心にいるのが可愛い妹ともなれば話は別だ。もきゅもきゅと無表情に料理を食べ続けるエルトを中心に、『輝剣』と『星の導き』が対立していた。
どうしてそうなったのか見当もつかないが、とりあえずエルトを救出するために向かうアル。アンリたちも気づいたようで、自分の部下たちが何やら騒がしくしているということでアルとともに向かった。ちなみにルストは野次馬根性でアルに着いていき、ガレオンはもっと料理を食べるとのことでどこかへ行った。
会場全体が喧騒に包まれているために何を言っているのかまでは聞き取れなかったが、近づくにつれて両者の言葉が鮮明になる。
「ふざけるな! エルトちゃんは俺たちの妹にするんだ!」
「そうだそうだ!」
「俺たちが先に知り合ったんだぞ! ここは譲れ!」
「バカじゃないの? こんなおっさん連中の妹だなんて可哀想にもほどがあるわ!」
「そうよ、エルトちゃんは私たちの妹にするの!」
「そうですわ! エルトちゃんを厭らしい目で見るあなたたちがエルトちゃんの兄だなんて悍ましい!」
「厭らしい目では見てねーよ!!」
どうやら想像以上にくだらない理由で争っているようで、『輝剣』と『星の導き』、どちらがエルトを妹にするかで言い合っていたようだ。『輝剣』のおっさんたちは言わずもがな、『星の導き』のプリーストたちも、普段からアンリを可愛がっている様子を見るに、可愛い子を愛でるのが好きなのだろう。
非常にくだらない、くだらなさすぎる理由に、アルは呆れかえった。
当たり前だ。そんなこと議論するまでもなく――、
「ふざけんなお前ら! エルトは俺の妹だっつーの!!」
エルトは死んでもやらん! と表明するように、アルはエルトを抱きかかえた。
「あっ! アルてめぇ!」
「ずるいぞコラ! ちょっとは俺たちにも分けやがれ!」
「そうですよ! ほらほらエルトちゃん、こっちにおいで~」
唐突な本命の登場に、外野たちが騒ぎ立てている。
中にはエルトに語りかける者もいたが、当の本人はまったくもって無反応だ。それどころか、エルトは手に持ったパンのような食べ物をアルの口の中に突っ込んだ。
「これ、おいしいよ。あげる」
「んむっ、ホントだ。ありがとなエルト」
エルトを抱きかかえながらパンを食べさせてもらうという勝者の行為に対し、外野の連中は羨ましいような恨めしいような表情を浮かべている。それを見て清々しい気持ちになったアルは更に煽るように、エルトの頭を撫でながら勝ち誇ったような顔を向けた。
「くそ~!! なんでアルばっかり!」
「羨ましいぞー! 代わりやがれ~!!」
「そうですわ! でもエルトちゃん可愛いですわ~」
「微笑ましいですね」
血涙を流す者、絶叫する者、諦める者。
反応は人それぞれだったが、エルトはアルの妹であるということは理解させられたようだ。そのことに対しアルがご満悦な様子を見せていると、それまで見守っていたステラが手をたたいた。
「はいはい、そこら辺しなさい。今日はお二人が主役なんですから、優しく見守ってあげなさい」
窘めるようなその言葉に、部下である『星の導き』の隊士はもちろん、『輝剣』の隊士たちも大人しく引き下がる。
そうして散り散りになって行く中、『輝剣』の中でもデリーやマッキン、ジェイルといった馴染みの面子は残っていた。もっとも、ジェイルとロブは他の連中を外から見ていただけだったが。
「よ、一発かましたな新人。痺れたぜ」
「僕は驚きましたよ。何もこんな大勢の前で宣言しなくても……うぅ、まだ胃が痛い」
「何でお前がダメージ食らってんだよ……ってかお前らはあんま驚いてないのな? マッキンはともかく」
ルストやアンリを筆頭に、アルの意志表明を聞いた面々は大なり小なり驚きや困惑の表情を覗かせていた。しかしデリーたちは宣言したことの驚きこそあれ、そこまで不思議には思っていないようだった。
そのことを不思議に思うアルに対して、ジェイルが代表して言った。
「そりゃあね、今更驚きはないさ。僕たちは普段から君が死に物狂いで特訓に打ち込む様を見てるからね。むしろ魔神に負けないくらい強くなるって聞いて、納得したくらいさ」
「はは、魔神を目指すならあれだけ必死にトレーニングするのも頷けるってもんだ」
どうやら普段からアルのトレーニングを見ている『輝剣』の隊士たちからすれば、魔神にも負けないくらい強くなるという宣言も受け入れられるものだったようだ。『輝剣』に入ったばかりの頃だったら間違いなく馬鹿にされていただろうし、改めて認めてもらえているという実感を得たアル。
「まぁ『紅蓮の牙』の隊長には驚かされたけどな」
「それに気に入られたことにも驚きましたよ……まぁあんまり羨ましくないですけど」
「何で? 美人だろ?」
「それはそうですけど……絶対に振り回されますよ。疲れるのはごめんです」
「貧弱だなぁ」
そうして話していると、不意にアルの肩が叩かれる。
見ればそこにはミルフレティアが。
「……ちょっと」
顔を貸せ、と言外に言ってくるミルフレティア。アルはデリーたちに視線を向けると、行ってこいとばかりに頷きを返された。
アルは大人しくミルフレティアに着いていき、向かった先は喧騒から少し離れた端の方。何の用事かとミルフレティアに視線を向けると、彼女は何やら言いづらそうに口をもごつかせ、視線を逸らしている。
ミルフレティアらしくない態度に疑問符を浮かべていると、ようやく口を開き、
「……アル、貴方を気に入ったのは私が先。リズリットよりも、私が先」
「……? あぁ、知ってるけど」
「……ならいい」
それだけ言うと、ミルフレティアはそそくさと去って行ってしまった。
一体何がしたかったのか、何が言いたかったのかまったく分からないアルは首をかしげるが、後を追っても答えは聞き出せないだろう。ひとまず疑問をしまっていると、アルを大きな影が覆った。
「グラニス?」
「あぁ、今少しいいか?」
「大丈夫だ」
変わらず端正な顔立ちの美丈夫は、アルの隣に立った。
「こうして二人で話すのは久しぶりか?」
「そうだな……初めて会った時以来か?」
稀に会って話すことはあるものの、大抵の場合アル以外にも誰かが傍にいるため、二人で話す機会というのはそうそうない。そう考えると、随分と久しぶりのような気がして、アルは思わず笑みをこぼした。
グラニスと話すのは嫌いじゃない。
落ち着いた雰囲気で話していて心地良いし、その存在を間近で感じることで自分がまだまだ弱いことを知らしめさせてくれるからだ。グラニスを見ると、油断も慢心もさせてくれない。
しかしグラニス本人はそんなことを思われているとは露ほども知らず、アルを横目で捉えながら言った。
「……強くなったな。あの時よりも、もっと」
その力強い言葉に、アルは僅かに目を見開いた。
常に律してきた心が歓喜に震えるが、それでも浮足立つつもりはないと、アルは必死に押し殺した。
「……いや、まだまだだ。さっきも言ったろ? 俺が目指す強さには、まだまだ足りない」
「魔神にも負けないくらい強くなる、か……大きな目標だな」
そう言うと、グラニスは遠くを見つめるように虚空に視線を投げた。
「かつての俺が目指した強さよりも、もっと大きくて、もっと遠い目標だ。だが、そうだな。お前なら……不可能ではないかもしれん」
「グラニス……」
「少なくとも、この数ヵ月でのお前の成長を見れば、そう思ってしまう。それほどまでに、お前は成長した。強さはもちろん、その心も」
いつしかグラニスの瞳は真っ直ぐにアルを捉えていた。
紅蓮の瞳に見据えられ、アルは息を呑んだ。そして、
「なら、それはグラニスのおかげでもあるんだ」
「俺の?」
「あぁ。折れそうになった時、俺を立ち上がらせてくれた恩人――その一人だよ、グラニスは。だから、ありがとう」
グラニスからすればその感謝の真意を知ることは不可能に近い。
今世だけではない。前世でのグラニスの言葉と、その在り方も含めて、アルが立ち上がるきっかけになったのだ。アルの正体を知らないグラニスがその答えに辿り着けるわけもないし、万が一アルがアルフレッドだと気づいたとしても、きっと理解できないだろう。
これはアルが勝手に感謝しているだけなのだから。
実際グラニスはアルの言葉を受けて少し考える様子を見せるものの、納得の行く受け取り方が見つからないのだろう。不思議な表情を浮かべている。しかし、それでいいのだと、アルは思った。
アルが深くを語るつもりはないと気づいたのだろう。グラニスは考えることをやめ、代わりに薄く笑みを浮かべた。
「そうか……俺が何らかの形でお前の役に立てたのなら、喜ばしいことだ。その感謝は有難く受け取ろう」
「あぁ。そうしてくれ」
そう言いながら、お互いに頷き合った。
「……? ふっ。では、俺は去るとしよう。邪魔をするつもりはないのでな」
「邪魔?」
何やら意味深な言葉だけを残し、グラニスは立ち去った。
直前に何かに気づいたかのような表情を見せていたグラニスだが、何か関係があるのだろうか?
そう考えるアルの鼓膜を、何よりも聞き覚えのある声が震わせた。
「アルくん~! 楽しんでる~?」
「メアか。あぁ、おかげさまで」
見ると、ブンブンと手を振りながら駆け寄ってくる黒衣の少女、メアがいた。
「(アイツ、そういうことか)」
そしてやっとグラニスの言葉の意味を悟り、苦笑をこぼした。
抜き身のナイフのようだった昔とは大違いだ。随分と気の遣える男になったようで、その変わりようには驚かされる。更にはアルの気持ちにも気づいているようで、もはやアルの知るグラニスはどこにもいないのだろうか。
「(そういえば妻子持ちだったな)」
あまりの衝撃から記憶から飛びかけていたが、今のグラニスは妻子持ちであったことを思い出す。そう考えれば、あの落ち着きようにも納得がいくというもの。
アルが内心でグラニスの変化を噛みしめていると、メアはワイングラスを優雅に傾けながら、アルの隣に並んだ。
「どう? ウチにはもう慣れた?」
「まぁな。もう半年以上経つし」
「そっか、もうそんなに経つんだね……早いねぇ」
「魔族ってそこら辺の感覚雑だからな……それに、色々あったし」
時が経つのは早いもので、アルがメアに助けられ、アルメアにやってきてから半年以上の月日が経っている。当初は慣れないこともあったアルだったが、今ではすっかりクローリー軍の一員だ。もっとも、アルの場合は一方的とはいえ顔見知りが多かったので、そこまで馴染むのに時間を要さなかったこともある。
それに、アルにとってこの半年間は怒涛の連続だった。
メアと再会して、その差を感じたり。
ミルフレティアに殺されかけて、己の弱さを自覚したり。
努力の果てに、『輝剣』のみんなに認めてもらえたり。
偶然の出会いから妹ができたり。
特に『輝剣』での出来事はアルファストという存在を根底から変えるもので、一心不乱に剣を振っていたらいつの間にか半年以上も経ってしまった。
けれどそのおかげで、アルは着実に成長できている。
それは肉体的にも、精神的にも。
「ボクとしてはびっくりだけどね。たった半年で、みんなとあんなに仲良くなるんだもん」
「見てたのか?」
「まあね」
羨むように言うメアの視線の先には、相変わらずエルトを囲う『輝剣』と『星の導き』の面々がいた。さっきと違うのは、エルトを守るようにステラが抱えていることだろうか。その隣にいるアンリはいつも自分が可愛がられる側なだけに初めて庇護欲を感じたのか、エルトに料理を食べさせてあげていた。
「(自己紹介の時はどうなるかと思ったけど、案外受け入れられてるようでよかった)」
実際にエルトと接することで、口数が少ないだけで悪い子じゃないと分かったのだろう。エルトという少女の人となりを知れば、自然と小動物的愛らしさを抱くというもの。少々兄バカ的思考が入っていることは否めないが、実際にああして可愛がられているということはあながち間違いでもないのだろう。
そしてアル自身も、この半年以上の月日の中でかなり多くの人たちと親交を深めた。
前世の仲間たちはもちろん、リーシャにミーシャ、『輝剣』の隊士たち、ミルフレティア、ルスト、ガレオン、コング、グラニス、セラにルカ、メイドたち。それ以外にもたくさんの人々と交流し、関係を構築してきた。
間違いなくアルファストに転生してから一番濃密な半年間だった。
「みんな良い奴だからな」
「そうだね、ボクもそう思う。けど、それはアルくんもでしょ?」
「俺か?」
「そうだよ……正直ね、あんなにミルがアルくんに入れ込むなんて思わなかった。ううん、それ以上に――あんなに頑張るなんて、思わなかった」
そう告げたメアは、その赤瞳をアルに向けた。
「――本気、なんだね。あの時言ったこと」
あの時――それが指す言葉を、アルは瞬時に理解した。
初めてメアと二人でアルメアに繰り出したあの日。
誰よりも身近で誰よりも遠い、剣鬼の像を前にした、その場所で。
黄昏の下で、メアの瞳を見据えながら真っ直ぐ口にした、あの言葉。
「あぁ――俺の意志は、何一つ変わらないよ。あの日、あの場所で言った通り……そして、さっき宣言したように。俺は剣鬼を越えて、魔神にも負けないくらい強くなって――キミの隣で、君の夢を支える。それが、俺が努力し続ける理由だから」
何度か口にしたその決意を、改めてメアに向けて放つ。
アルの真っ直ぐな赤瞳に捉えられ、メアの赤瞳が僅かに揺らいだ。
それは単純な言葉では言い表せない、様々な想いがない混ぜになった複雑な感情。少なくともメアは今、何を言うべきか、なんと答えるべきか――それを決めることはできなかった。
アルはそれを理解し、安心させるように表情を崩した。
「だから、キミは待っててくれ。今すぐに理解してほしいとも、受け入れてほしいとも思ってない。これは間違いなく、俺の我儘だから。キミは悩まず、そのまま走り続けてくれればいい」
「……いいの? ボクは……」
「大丈夫。全部、分かってるから」
「――」
メアの不安も期待もすべて理解したうえで、アルは優しく頷いて見せた。
すべてを見透かしたような、それでいてすべてを許すような、穏やかな眼差しを向けて。
「――分かった。アルくんがそう言うなら、ボクは待つよ。そして、見てる。アルくんを、見てるね」
「あぁ。そうしてくれ。キミが見ててくれるなら、俺の力は百万倍だ」
揶揄うように、おどけるように告げられたその言葉に。
メアは、揺れ動く瞳を抑えつけるように、笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はい、エルトちゃん。あ~~んなのですよ」
そう言って差し出されるそれを、エルトは無表情のまま口に含んだ。
瞬間、口の中に広がる極上の甘み。
聞くところによると、これはでざーと? のあいすくりーむ? とかいう名前の食べ物のようだ。白くねっとりとした見た目は食べるのを些か躊躇してしまうが、いざ食べてみると冷たくてまろやかな甘みが特徴的で非常に美味であった。今ではエルトのお気に入りの一つだ。
「あまい」
――ここに来てから、知らないことばかり。
エルトは口の中でとろけるアイスクリームを味わいながら、ふと思った。
出てくる料理は知らないものばかりで、そのどれもが美味しく、エルトを虜にしていった。
風呂にもまともに入ったことがなかったし、エルトの白髪は、今ではとても自分のものとは思えないほどにサラサラだ。
ベッドは体が沈むほどにふかふかで柔らかく、硬い床の感触しか知らないエルトからしたら新鮮な寝心地だった。
「……」
チラリと、周囲を伺う。
今もエルトの後頭部に感じる柔らかさは、自分を抱きかかえるステラ・エレオノールのもの。
そのあどけない顔を緩ませながら、エルトにこれでもかと餌付けをしてくるのはアンリ・ファーニ。
二人は『星の導き』と呼ばれるクローリー軍に属する部隊の隊長と副隊長だ。
更に向こうに視線を向ければ、先ほどから懲りずに言い争いを続ける二つの集団が。
一つはここ最近エルトも間接的に関わるようになった『輝剣』の隊士たち。アルが所属している組織ということもあり、『輝剣』の訓練に顔を出しているのだが……何故か隊士たちはエルトを構おうとしてくる。
もう一方は『星の導き』のプリーストたち。
彼女らとはこれまで関わりがなかったのだが、何故かエルトのことを気に入ったようで、執拗に可愛がろうとしてくる。
――こんなの、知らない。
一人の生き物として可愛がられるという経験のないエルトにとって、誰かに可愛がられるのも、自分を取り合って喧嘩が行われるのも、すべて知らないことだった。
そしてそれらは、エルトにとって少なくない温もりを与えてくれた。表情にこそ出ていないものの、エルトの心を暖かくしてくれた。
そして、なにより――、
「――」
エルトはキョロキョロと周囲を見渡し、目当ての人物を見つけた。
その人物は会場の喧騒からは少し離れ、端の方にいた。隣にはここアルメアの主にしてクローリー軍の総帥であるメア・クローリー。何を話しているのかまでは分からないが、二人の間には穏やかな雰囲気が流れていた。
――おにぃ……アルファスト。
自分を助け、自分を妹と呼んだ男。
彼は赤の他人であるエルトのことを本当の妹のように思い接している。そんな彼と一緒にいると、エルトは知らないことばかり体験するのだ。
誰かと一緒に食事をしたのも、誰かと一緒にお風呂に入ったのも、誰かと一緒に眠りについたのも。エルトにとっては初めての経験で、そのどれもがエルトに知らない感情を齎した。
料理が美味しいのはもちろん、誰かと一緒に食べる食事がこんなに美味しいなんて知らなかった。
誰かに体を洗ってもらうのも、誰かとくっつきながら湯船に浸かるのも、こんなに気持ちが良いなんて知らなかった。
誰かと抱き合って眠るのが、こんなに心地よいなんて知らなかった。
そのどれもが、アルと一緒にいたからこそ知ることのできた初めての感情。
そして何より、アルと一緒にいるだけで、エルトは――。
「……」
その感情を自覚するよりも先に、エルトは心の奥底に押し込めた。
これ以上はいけない。
これ以上一緒にいると……これ以上エルトの心が”知らないこと”を知ってしまうと……エルトはきっと元に戻れなくなる。
――だから。
「――もう、終わりにしよう」
エルトは誰にも聞こえないほどの小さな声で、そうこぼした。
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感想・誤字報告、お待ちしております。
少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。
嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。




