Ep.40 ルストの恋愛パニック②
「というわけで、首無し死霊のルーシィちゃんで~す」
「はい! あの! ご紹介?に預かりました、ルーシィといいます! よろしくお願いします!!」
リリアンヌの紹介を受けて、ルーシィと名乗る少女は緊張した面持ちで言った。そして勢いよく頭を下げると同時に首がガタつき、慌てて押さえた。
「首無し死霊って確か……」
「そ、アンデッドの一種。首がないのが特徴だね」
アルも実際に見たことはなかったが、名前くらいは聞いたことがある。
しかし、アルの知る首無し死霊とはリリアンヌの言うように、首のない胴体だけのアンデッドだったはずだ。ルーシィは確かに首が簡単に取れるものの、一応首はある。
不思議な表情を浮かべるアルの様子を見て、ルーシィは大袈裟に身振り手振りを交えながら補足するように言った。
「一応すべての首無し死霊にも最初は首があるんです。で、でも……見てもらった通り、あまりにも簡単に取れちゃうので、いつの間にか無くしちゃってて。それで一般的に見つかる個体の多くは首がない状態なんです」
「そうだったのか」
首無し死霊の知られざる生態に感嘆の声を上げるアル。
何度も同じことを聞かれたのだろう。緊張からか上ずった声を上げていたルーシィだったが、慣れた様子で説明をする。いつの間にか首をなくしているという文言には少し驚いたが。
とはいえ、ルーシィがアンデッドということを知り、アルはなぜリリアンヌが彼女のことを呼んだのかを理解した。
「アンデッドってことはルストと同じ『黄泉の竜』に?」
「は、はい! いつも隊長にはお世話になってます!」
アルの予想通り、ルーシィはルストの部下のようだ。
つまりリリアンヌが言っていたアルとは違う面でルストを知る人物というのは、部下として上司のルストを知っているという意味だったのだろう。
得心した様子のアルを見て、リリアンヌがそれを肯定するように言った。
「ルーシィには同じ隊の部下と上司っていう視点から、ルストくんについてアドバイスが欲しかったんだよね。私たち結構仲良いし、丁度いいかなって」
「なるほどな、それは分かったけど……あらかじめ説明してくれてもよかったんじゃないか? 特にルーシィが首無し死霊だってこととか。心臓止まるかと思ったぞ」
いきなり首が取れる様子を見て驚かされたアルは不満気な表情をリリアンヌに向ける。先ほどまで大笑いしていたリリアンヌはバツが悪そうな顔をしながらも、
「ごめんって、笑っちゃったのは悪いと思ってるよ! それに説明はしようと思ったけど……来て早々ずっこけるなんて思わないもん。私だってびっくりだよ」
「あ、その、ごめんなさい」
リリアンヌの呆れるような視線を受けて、ルーシィは肩を小さくして謝った。緊張気味の様子や、やや内向的とも思える態度を見て、アルは思わず小動物のような印象を受けた。
「ルーシィってやっぱり……ドジだよねぇ」
「え、そ、そんなこと、ないもん……」
「でも何もないところで転んでたじゃん」
「うぅ……」
リリアンヌの言葉に萎縮しながら縮こまるルーシィ。二人の間では慣れたやり取りなのだろうが、小さく声を絞りだすルーシィの様子が流石に可哀想に思えて、アルは助け舟を出す。
「まあまあルーシィもわざとじゃないんだし。それよりさ、ルストの『黄泉の竜』での様子とかどうなの? 恋愛に活かせそうなのとか」
「う~ん……そうですね」
アルの問いを受けたルーシィは口元に指を置きながら思案する。
「予想通りだとは思うんですけど、隊長は普段から誰に対しても明るく優しく接してますね。その、厳しいとかはそんなにないです。お友達のような態度だと思います」
「そっか……女性に対してはどう?」
「そ、そうですね……正直、ちょっと軽いところはありますけど、訓練中はそこまで差はないです……少なくとも、緊張して喋れなくなるようなところは見たことがありません」
「そうだよなぁ」
ルーシィの所見はおおよそアルと同じだ。
少しばかり軽くて気安い態度が目立つが、基本的に明るく優しいコミュニケーション能力の塊の様な男だ。それは自らの部下たちに対しても同様のようで、むしろ隊長という立場を少なからず意識しているのか、女性に対する態度もマシらしい。
初めて会った時も堅苦しいのは苦手と言っていたし、部下に対しても友人のように気安く接する様子は簡単に想像できる。
しかし、アルに想像できるということは目新しい情報はないというわけで。難しい顔をしながら考えるアルの様子を見て、ルーシィが申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……お役に立てなかったですよね」
「いや、そんなことないよ」
「……あ、そういえば」
そこでルーシィは思い出したかのように声を上げる。
「以前、隊長が言ってたのを思い出しました……確か、あれは珍しく隊長がみんなに向けて教訓を語ったときです……『自分は辛い時すぐに逃げる癖がある……だから、わざと逃げられない状況に自分を追い込んで、乗り越えるきっかけにする』みたいなこと言ってた気がします」
「……わざと逃げられない状況か……」
「すみません、お役に立つ情報かは微妙ですけど……」
ルーシィの言葉を聞きながら、アルはあのルストがそんな含蓄ある言葉を部下たちにかけていることに驚きを隠せない。もちろんルストが『黄泉の竜』の隊長であることは知っているが、実際にその様子を見たことがないため、想像しにくいのだ。先ほども部下たちに友人のように接していると聞いてイメージ通りだと思ったし、真面目に上司をしているルストがどうしてもイメージできない。
そんな微妙に逸れたことを考えていたアルの隣で、リリアンヌが思いついたように声を上げた。
「そっか、今までは大して会話をしないままその場が流れてたから進展がなかったんだ。……逃げられない状況に、話をせざるを得ない状況に追い込めば……」
そんなリリアンヌの言葉にアルは首をかしげながら、
「でもどうやって? まさか二人を閉じ込めるとか?」
「う~ん、それも悪くはないけど、状況を作るのが大変だよねぇ……まずは軽めにいこっか」
「まずはって何だよ……まさか何回も続けるのか? これ」
「当然! 二人がくっつくまでやるよ! なにせ私たちは……『恋のキューピット同盟』なんだからね!」
まるで何回も作戦を繰り返すような口ぶりにアルは恐る恐る尋ねるが……リリアンヌはさも当然のように声を上げながら宣言した。
「……?」
「え、わ、私もですか~!?」
そんなリリアンヌに対し、エルトは不思議そうな表情を浮かべながら自らを指さし、ルーシィは悲鳴のような声を上げた。
「もっちろん! この四人で、あの二人をくっつけるんだよ!」
「……まぁ、いいか」
心底楽しそうに笑うリリアンヌを見ていたら断るのも悪いかと思うようになったアル。何より、リリアンヌほど積極的ではないとはいえ、あの二人に上手くいって欲しいと思う気持ちと、見ていてヤキモキするという気持ちが存在するのも事実。やりすぎないようにすればいいかと思い、アルは思いの外あっさりと承諾する。
エルトはアルがやるなら自分もやるといった様子。ルーシィは最初からリリアンヌに意見しても無駄だと思っているのか、早々に諦めている。
しかし、あの二人をくっつけるべく画策するのはいいのだが、アルとしては一つだけ懸念があって……、
「ルストはいいとしても、リラの方はどうなんだ? リラ嫌がってるのに無理やりくっつけるって言うのはなぁ」
ルストは見るからに分かりやすい態度だったのでいいが、リラがルストに好意を抱いているかは不明だ。見ている限りでは嫌っているという風には見えなかったが、かといって好いているようにも見えなかった。
アルの疑問にリリアンヌも同意するように難しい表情を見せた。
「そこなんだよねぇ……たぶん、憎からず思ってるとは思うけど……リラってそういうの表に出さないし、いっつもニコニコしてるから分かりにくいんだよねぇ」
「そ、そうですね……リラちゃんの恋愛話は聞いたことがありません」
長年友人として付き合いのある二人でも分からないのだ。当然ながらアルに分かるはずもなく、どうするべきか思案する。
「う~ん……でも、大丈夫だと思うよ。私の知ってるリラだったら、例え好きじゃなかったらどれだけ無理やりくっつけようとしても流されないと思うし。普段はにこやか~な感じだけど、その辺の一線は明確に引いてる子だからねぇ」
リラは誰に対してもにこやかで丁寧な物腰だが、芯の強い一面もあるようだ。付き合いの長いリリアンヌがそういうのならばそうなのだろう。
「じゃあやりすぎなければ大丈夫か」
「そだね」
「じゃ、問題はどうやって逃げられない状況を作るかだけど」
一応は懸念は解消されたということで、先ほどの議題に戻る。
リリアンヌは逃げられない状況というが、それを意図して作るのは中々に至難の業だ。リラはともかく、ルストは一部隊の隊長を務める男。物理的に逃げられない状況を作り出すのは困難だ。かといって精神的に逃げられない状況を作るといっても、それはそれで難しい。
頭を悩ませるアルに対し、リリアンヌが自慢気な表情で言った。
「そこは私にいい考えがあるんだ」
「良い考え?」
「うん。そうだな~……ルーシィでいっか。ルーシィに二人を呼び出してもらうんだよ。二人に大事な話があるから部屋に来てくださいって。そのうえで、ルーシィが遅刻して二人っきりの空間を作るの」
「……なるほど。大事な話があるって条件があれば、そう易々と逃げられないか」
即興で考えた策にしては悪くないと思い、アルは感心するように言った。
「でも、なんでルーシィ?」
「ルーシィなら遅刻しても不思議じゃないでしょ? それに完全な個室に二人きりにするのはルーシィの部屋が一番いいんだよ。私は城に住んでないし、アルはミーシャちゃんとか来る可能性あるでしょ? その点ルーシィなら城に部屋があるし、友達も少ないから尋ねてくる人もいないしね」
「……遅刻しても不思議、じゃない……友達が、少ない……」
リリアンヌの口から語られるのは想像以上に合理的な理由だったが、如何せんルーシィの精神にダメージを与えるようなものだった。現にルーシィは目尻に涙を溜めながら項垂れている。
そんなルーシィを尻目に、リリアンヌはビシッと指を天高くつき上げた。
「よし! じゃあ作戦も決まったことだし、いざ決行! 今日はリラ17時上がりだから決行はその後すぐ!」
高らかに宣言するリリアンヌは、心底楽しそうだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……これ、本当にバレないか?」
「大丈夫大丈夫。リラは気配とか探れないし、ルストくんは緊張でそれどころじゃないよ」
「……まぁ、そうか」
アルたちは現在、ルーシィの部屋に訪れていた。
もちろんその辺に座っていては一発でバレるので、できるだけバレずに身を隠せる場所――大きめのクローゼットの中に隠れていた。外からでは分からないように僅かに隙間を開けて、外の様子が窺えるようになっている。
しかし、いくら大きめとはいえ、クローゼットの中には当然衣類が収納されており、人が立てるスペースは広くない。そのうえクローゼットの僅かな隙間を覗こうと思ったら身を寄せるしかなく……結果的に、非常に密着するような形になってしまった。
「てか、狭いな」
「仕方ないでしょ、こうしないと見れないし」
「でも、俺たちに挟まれるエルトが潰されそうになってる」
「……狭い」
現在クローゼットに身を隠しているのは三人。アルとエルト、リリアンヌだ。ルーシィは二人を呼んでいるという建前で、直前で用事があって部屋を開けるので先に入っててくれという体になっている。そんなルーシィがクローゼットから出てくるのはあまりにもおかしいので、ルーシィは一時間ほど経ったら部屋に来るように指示してある。
さすがに何時間も遅刻するのはルーシィといえど疑われるし、二人にも悪いということで、タイムリミットは一時間となった。アルとしては仲が進展するかは微妙なところだと思ったが、リリアンヌ曰く二人が一時間も二人きりになったことはこれまでなかった(多分)とのこと。
そういうわけで三人身を寄せ合っているのだが、真ん中にいるエルトがアルとリリアンヌに押し潰されそうになって抗議の声を上げている。アルとしてもできるだけエルトが重ならないよう体をずらしているのだが、そうすると今度はリリアンヌの体がアルに押し付けられる。
ステラやルーシィほどではないが、全体的に整ったバランスの良い肉体がアルの体に密着する。体のあらゆる部分が柔らかく、ふんわりと良い香りが漂ってきて、アルは極力意識しないように努力する。
そんな時間がしばし経ち、最初に部屋に訪れたのはリラだった。
リラは何度もルーシィの部屋を訪れたことがあるようで、勝手知ったる様子で椅子に腰かけた。仕事終わりということで疲弊しているのか、軽く息を吐きながら首や肩を揉みほぐしていた。
それから少し経ち、ルストがやってくる。
ルストはリラを見た途端固まってしまい、入口で立ち尽くすが……リラに促され、緊張した様子で座った。リラから微妙に距離を取った位置で。
「……何でそんなに離れているんですか?」
「え? い、いや、そんなことないと思うぞ、うん」
「そうですか?」
絶妙に開けられた距離感にリラも疑問を抱いたようだが、ルストは肩を跳ねさせながら上ずった声で答える。
それから訪れるのは、当然のごとく沈黙。
ルストは気まずい沈黙に耐えかね話題を振ろうと四苦八苦しているが、気の効いた言葉が出てこないのか、口を開いては閉じてを繰り返している。対してリラは澄ました顔で座り続け、自分から話を振る様子はないようだ。
そんなリラの様子に、アルは少しばかり違和感を覚えた。
普段のリラならば、空気を読んで和むような会話を展開するはずだ。にこやかに場の空気を和ませるのが得意な少女であるはずだが、その様子はまったく見えない。
しかしルストを気にしていないというわけではないようで、たまに視線を向けている。そして目が合うたびにルストが顔を真っ赤にして背けるのを見て……ほんの少し目を細めていた。
その表情を見て、アルは以前リラがちらりと覗かせた小悪魔的な感情を思い出して――、
「ねぇ」
「っ……!?」
耳元に吹きかかる息にゾワリと背筋に悪寒が走り、咄嗟に声が出るのを我慢する。
見ると、リリアンヌがアルの耳元に口を近づけて声をかけたようだ。ルストたちにバレないように最大限近づいたのだろうが、意識外から急に耳に吐息がかかったら驚くというもの。
アルはリリアンヌに恨みがましい視線を向けるが、本人は気にしていないようで、
「ねぇ、どのくらいたったかな?」
「え? あぁ、三十分くらいじゃないか?」
「三十分かぁ……まったく喋らないね、あの二人」
「あぁ」
特別用事があるわけではなかったようだが、あまりにも会話をしない二人にしびれをきらした様で、呆れるようにクローゼットの外を見ていた。
リリアンヌの言いたいことも分かる。
あの気まずい空気はアルたちにも伝播して、暗くて狭い空間で身動きもとれないことも相まって居心地が非常に悪い。
「……このままじゃあ何時間経っても意味ないんじゃないか?」
流石に二人だけの空間に一時間も放置すれば会話くらいはできるようになるかと思ったが、アルたちの見通しが甘かったようだ。
今の状況を見る限りでは、例え一日中二人きりでも進展はなさそうに思えた。
そんなことを思っていると、ついにルストが勇気を出した。
「……ル、ルーシィの用事って、なんだろう、な」
それはこの部屋を訪れてすぐに話題にするようなことだった気もするが、とにかくルストが初めてまともにリラに声をかけたのだ。
アルとリリアンヌは聞き逃さないよう、クローゼットの隙間に耳を傾けた。
「私は何も聞いていませんが……ルストさんも?」
「あ、あぁ。大事な話があるから待っててくれって……で、でも、心当たりはないんだよな」
「そうですか。私も心当たりはありませんね」
それははたから見ればぎこちなさに溢れていたが、それでも会話が成立している状況に、アルたちは感動すら覚えた。
「……もしかしたら、恋愛の相談とかだったりして!」
「……」
「……い、いや、ごめん。なんでもない」
少しでも会話を弾ませようとしているのか、ルストはわざとらしく声を上げて言うが、明らかにテンションがおかしい。リラも突然の大声に驚くように目を瞬かせていた。
「涙ぐましい努力……」
「でも、完全に空回りしてるね」
「あぁ」
だんだん可哀想な人を見る目になるアルたち。
すると、しゅんと意気消沈するルストに、リラは微笑んだ。
「いえ、すみません。それは予想していなかったので驚いただけです。そうですね……そうなると、アドバイスできるかは不安ですね」
「……」
「……」
「……リラは、その、そういう経験は、あるのか……?」
アドバイスできるか不安というリラの言葉に対し、ルストはしばし瞠目する。そして意を決したようで、リラにかなり攻めた質問をする。捉えようによっては貴女に好意を抱いていますよと言っているような質問に、アルとリリアンヌは小さく声を上げた。
そしてルストの問いを正面から受け止めたリラは、ほんの一瞬驚いたような表情を浮かべ――見る者すべてを魅了するような、妖艶な笑みを浮かべた。
「さあ、どうでしょう?」
嬉し気に目を細め、ほんの僅かに弧を描く口元。一見すればただの素朴な微笑にも見えるそれは、しかしルストを射止めて離さない不思議な魅力があった。何よりルストを映すその瞳には、隠しきれない喜色が見えた。
まるでルストを揶揄っているかのようなその笑みは、ルストの本心をすべて見透かしているかのように思えて、アルはリラの小悪魔ぶりに戦慄を禁じ得なかった。隣のリリアンヌも同様のようで、感心するような引いているような絶妙な表情を浮かべている。
「うっわぁ……えげつないなぁリラってば。あんなん正面から向けられたら惚れちゃうじゃんね」
「まさに蠱惑魔って感じだな」
「リラのあんな表情見たことないよ」
実際ルストはリラの返答の意味を理解していない様子で、ただただ眼前の少女に見惚れている。ぼーっと呆けた顔を晒すルストの頬は赤く染まっており、誰が見てもリラに好意があるのが丸わかりだ。
そうして数十秒もの間見つめ合うような形になった二人。
そんな沈黙を破ったのは、騒々しく開けられた扉の音だった。
「すみませんっ! 遅れちゃいましたっ!」
バタン! と叩きつけるように開けられた扉からは、見るからに焦った様子のルーシィがやってきた。
「そういえばもうすぐ一時間か」
「あ~、もう少しこのまま見てみたかったなぁ」
前半の三十分からは考えられないほど、今の二人の間にはぎこちなくもどこか甘酸っぱいような空間が広がっていた。だからこそ、事前の打ち合わせ通りとはいえその空間を打ち破ったルーシィに対し、リリアンヌは非難めいた言葉を向けていた。
ルストもルーシィの登場に気を取り戻したようで、自分がリラに見惚れていたことに気づいて気まずそうな表情を浮かべている。リラはリラで先ほどの表情を引っ込め、スンと澄ました顔をしていた。
そんな二人にやや不思議そうにしながらも、ルーシィは慌ただしい動作で駆け寄り――、
「わぁあっ!!??」
脚をもつれさせ、勢いよく飛び跳ねた。
「おいっ!?」
しかし流石は『黄泉の竜』の隊長。
反射神経はアルたちの比ではないようで、転けそうになるルーシィに咄嗟に駆け寄るルスト。ルーシィを受け止めようと体を滑り込ませるルストだったが……ルーシィはそんなルストが見えていないようで、目をつむりながら両手を振り回していた。
「ちょっ!?」
「きゃっ!?」
ルーシィの手に弾かれたルストは勢いよく押しのけられ――後方にいたリラに衝突した。
「――おぉ」
「――わぁ」
そして目の前に広がった光景に、アルとリリアンヌは思わず声を漏らした。
椅子ごと押し倒されたリラだったが、ルストが咄嗟に抱きとめたようだ。しかし重力には逆らえず、リラを抱えたまま地面に転がっている。
リラの頭の後ろに手を回し、覆いかぶさるように地面に寝転ぶルストとリラ。
二人の顔はあとほんの数センチで衝突するほどに近く、お互いの吐息すら感じられるほど。
「――」
「――」
ルストの瞳とリラの瞳が正面から交錯し、お互いを捉えて離さない。
まるで時が止まったように、二人は動かず、目の前の存在だけを意識していた。
ルストがリラを押し倒している――そんな今日一番の山場に、リリアンヌは歓声を上げようとするが、アルが咄嗟にリリアンヌの口を覆い防いだ。
「――! ――!!」
「静かにっ、バレるだろ……!」
「……」
しばらくはアルに口元を覆われながらもごもごとしていたリリアンヌだったが、しばらくすると落ち着いたようで、やや荒い息を吐きながら沈黙した。
同様にルストたちも二人の世界から帰ってきたようで、
「ッ!? わ、悪いリラ!」
我を取り戻したルストは、勢いよくリラの上から飛び退いた。
対してリラは何も言わず、表情を隠したままゆっくりと起き上がった。その様子を見て怒ったと思ったのだろう。ルストが恐る恐る、再度謝った。
「そ、その、ごめん。つい……」
それは押し倒したことについての謝罪なのか、はたまたすぐにはどかずリラに見とれていたことに対する謝罪なのか。ルスト本人も未だに半ば夢心地のようで、とにかく謝らなければという思いだけが先行したようだった。
「……」
上体を起こしたリラは床に座りながら、俯いている。その態勢からは表情は窺えず、ルストの顔色が徐々に悪くなっていく――しかし、
「――すみません、少し驚いてしまって、固まっていました」
顔を上げたリラの表情は、驚くほどにケロっとしていた。
いつもと何ら変わらない優し気な表情。そのことにルストは安堵しつつも、まったく意識されていないことを悟り、やや悲しみも抱いた。しかし、
「ありがとうございます、ルストさん。庇ってくださって」
そう言って微笑むリラを見て、満足したのかルストもまた笑みをこぼした。
「いや、なんてことないよ。むしろこっちこそ、押し倒しちゃって。怪我はない?」
「はい、大丈夫です」
そう言って笑いあう二人を見て、リリアンヌが呟いた。
「なんか良い感じじゃない?」
「あぁ。アクシデントとはいえ、急接近したのが利いたのかな? ルストのやつ、良い感じに緊張がほぐれてる」
先ほどの気まずさが嘘のように柔らかい雰囲気で話し合う二人を見て、アルは安心したような笑みをこぼした。そんなアルをすぐ近くで見上げたエルトは、不思議そうな表情を浮かべながら、
「……おにぃ、嬉しい?」
「ん? ……まぁ、友達が好きな相手と良い感じになってたらな。なんだかんだ嬉しいかな」
アルの視線の先には、まるで普段のように自然に会話をしているルストがいた。リラ相手に緊張しているルストはいつもと違いすぎてヤキモキしたものだが、今のルストはアルのよく知るルストだ。
リラとの仲自体は急激に縮まったとまではいえないものの、ルストが普段の気質を取り戻せただけでもアルとしては嬉しいものがある。それに……、
「(絶対本人には言わないけど……)」
いつものルストの良さが発揮できれば、きっとリラにも好きになってもらえる。
そんな照れ臭いことを思いつつ、絶対に言葉には出さないように胸の内にしまった。
「……あの、ふぇ?」
そして――状況が掴めず、置いてけぼりにされているルーシィの情けない声が響いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――――――はぁ」
アルメア城を出て自宅に戻ったリラは、自室に入った途端、肺の中の空気をすべて吐き出すように息をついた。
次いで全身の力が抜け、全体重を扉に預ける。しかし僅かに震える脚では体を支えることもできず、ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。
「――」
その白い手を、自らの心臓に添える。
――ドク、ドク、ドク。
その鼓動は胸越しでも分かるくらい自らの手を震わせた。
部屋の中にはリラ一人しかおらず、静寂が満ちている。そんな状況でリラの鼓膜を震わせるのは、煩いくらいに早鐘を打つその鼓動だけだった。
リラは深呼吸をし、心臓の鼓動を落ち着かせるように瞑想する。しかし、どうしてもあの光景が脳裏に過る。
交錯する瞳。
如実に感じ取れる息遣い。
もう少しで重なる唇。
まるでお互いの鼓動すら聞こえるのではないかと思えるほどに接近した距離。
そのすべてがリラの脳内を支配し、つい先ほどの光景を鮮明に思い出す。
それによって心臓の鼓動は落ち着くどころか、より激しさを増した。
――見せられない。
リラはルストが自分に好意を抱いているのを知っている。
そのうえで上手く接することができずに、毎回のように緊張しているのを知っている。
すべてを理解したうえで、あえて知らないふりをしているのだ。
その方が面白いし、ルストの反応をより楽しめるから。普段は飄々としているルストが緊張でパニックになっているのを見て、リラは常に思う――可愛いと。そのギャップがたまらないと。
緊張してがちがちになるのも。
言葉をうまく紡げずどもってしまうのも。
視線を向けると顔を真っ赤にして目を逸らすのも。
そのすべてが愛くるしく、少しでも長く見ていたいと。
そう思うからこそ、リラはルストからの好意を気づいていないふりをしているし、自分から会話を繋ぐようなことはしない。ルストが必死に頑張っているのが可愛いのだから。
――見せられるわけがない。
そう。リラ・クラレットはそれでいいのだ。
ルストの好意を受け流し、何も知らないように接して、微笑んで、たまに含みのある態度を取るくらいでいいのだ。それがリラにとっての、ルストの楽しみ方だ。
元来相手を揶揄うことに、取り乱す相手を見ることに、快感を覚える性質の少女。微笑みの奥にその本質を隠し、稀に覗かせる少女こそが、リラ・クラレットなのだ。
そうやって生きてきたし、今後もそうやって生きていくつもりだ。
素朴なリラの抱える唯一のアイデンティティ。
だから――見せるわけにはいかない。
今のリラの顔を見られては、そのすべてが崩壊する。
今までの自分が根底から崩され、まだ見ぬ自分が顔をのぞかせる。
ルストと接すれば接するほど、それも悪くないと思ってしまう自分がいて。それを必死に押し殺すように、リラは表面上を取り繕う。何でもない風を装って、できるだけ感情を押しとどめて。
――けれど。リラだって、一人の女の子なわけで。
リラは絞りだすように、小さくこぼした。
「……あんなことされると……我慢できなくなるじゃないですか」
――リラの頬は、林檎のように赤く染まっていた。
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感想・誤字報告、お待ちしております。
少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。
嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。




