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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
再会編

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Ep.4 アルファスト・オーセイン






「――」

「――」


 何を、言っているのだろう。


 ほんの微かな気怠さの中、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 初めは掠れてまともに映らなかった視界が、徐々に鮮明になっていく。それまでは朧気なシルエットでしかなかった二つの影が、輪郭を帯び、形を成していった。


「――」

「――」


 そこにいたのは、二人の男女。

 アルを覗き込むような姿勢で話すその男女の表情は、とても幸せそうな色に彩られていた。


 視線はアルに落とされ、その瞳に浮かぶのは途方もない慈愛の感情。

 初めて見た人物にも関わらず、彼と彼女が心から感動しているのがありありと感じられた。


「――」

「――」


 開かれた口からは言葉らしきものが発せられるが、それをアルは理解することができない。

 知らない言語――というわけではない。そもそもアルの鼓膜を震わせるのは意味のあるような言葉の羅列ではなく、ノイズがかかったかのような不鮮明な音の塊でしかなかった。


 問題なのは言語の方ではなく、自分の耳の方だろう。


「(――俺、は)」


 アルは自身の記憶を確かめるように、目覚めたばかりの脳内で思考した。


「(俺は、アルフレッド。剣士で……メアの恋人だ)」


 それは人によっては、端的すぎる情報。

 しかしアルフレッドという人物を表すのに必要な情報は、それだけだった。


 剣とメア。


 自身を構成する最も大きな二つの要因を噛みしめ、アルは自分の記憶が何一つ欠落していないことを確信する。


「(じゃあ、やっぱり俺は――)」


 アルの記憶ではつい先ほど出会ったばかりの女神、カミラの言葉を思い出す。


「――ぁう」


 絞りだすように発せられたのは、そんな声ともいえない声だけだった。

 同時に右手に力を込めれば、持ち上げられた自身の右手が視界に映る。


 それは、自分(アルフレッド)のものとは似ても似つかない手。

 短く、細く、しかし肉付きはよいむちっとしている。色は白磁のように白く、玉のような肌には傷一つついていない。


 まるで生まれたての赤子のような手だった。


「(これが、俺の手……)」


 未だ心の片隅に存在していたカミラに対する疑念が、スッと消え去る。

 アルは割れ物のような小さな手を握り、確信した。


「(俺は、ホントのホントに転生したんだ――)」


 それも、前世(アルフレッド)の記憶を持ったまま。





 アルフレッドが死んでからおよそ百年が経ち――その日、アルフレッドの二度目の人生が始まった。











◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆











「ふっ!」


 短い気合の声と共に、一本の斧が振るわれる。

 垂直に振り下ろされた斧は薪をカチ割り、綺麗に二等分に分かれた。


「ふぅ……父さん、今日はこれで終わりかー?」


 額に浮かぶ玉のような汗を拭いながら、背後で割り終わった薪を集めている父親に声をかける。


「ん? おぉ、もう片付いたのか。それで最後だから今日は終わりだな」

「おっけ~」

「しかし相変わらず速いなぁ。僕の時は夕方までかかってたのに」


 父親はアルの周囲に散らばる割られた薪たちを見ながら、やや驚いたような表情を浮かべていた。

 その体はかなり細く筋肉らしきものはほとんど見られない。白い肌と髪も相まって、どうも不健康な印象を受けてしまう。そんな見た目通り、彼は力も体力も多いほうではない。


 最初のうちは彼が薪を割る担当だったのだが、最近では交代した方が速いことに気づいて今の体制に変化した。それに伴い速度も上昇し、彼が薪を割っていた頃に比べて随分と速く終わるようになっていった。


「じゃあ、森に行ってくる」

「今日も行くのか? 森にはモンスターも出るから、気をつけてな。日が沈むまでには戻ってきなさい」

「分かってる」


 心配そうな表情を浮かべる父親を尻目に、すぐ傍に転がっていた木剣を手に取る。それを腰に携えると、一分も惜しいとばかりの様子で森に向かって駆けて行った。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 


 






 才能を捨てた代わりに、記憶を持った状態で生まれ変わる――輪廻転生。


 そんな今でも信じがたい奇跡を体験してから、早くも十七年の時が過ぎた。


 転生したのだと自覚してしばらくは、現実感がなかったものだ。

 女神カミラと出会ったことと、交わした言葉。それらすべてが都合の良い夢で、今も本当の自分は生死を彷徨っているのではないか。あるいは、とうに死んでしまっているのではないか。


 そんな恐怖がアルを苛み続けた。


 しかし、十七年……それだけ長い時間を再び過ごしていれば、これが夢でもなんでもなく、現実の出来事なのだと理解せざるを得ない。


 アルフレッドとして生きた記憶、クローリー軍の一員として過ごしていた記憶、そして……メアと愛し合った記憶。

 それらは間違いなくアルの中に存在していて、しかし、アルフレッドとは別の人間として生きている。




 アルファスト・オーセイン。




 それが今生で授かったアルフレッドの名前だ。

 偶然か必然か、前世の名前であるアルフレッドと似た名前だ。

 家族や親しい友人は前世での愛称と同じく”アル”と呼ぶので、混乱せずに済む。


 オーセインというのは苗字ではなく、アルが生まれた村に住む一族すべてに共通している部族名のようなものだ。正式には”白華族”という部族名があるので、ほとんど苗字みたいなものだが。


 白華族は共通して雪のような真っ白な髪と血色の瞳をしているという特徴があり、アルも例に漏れず同様の見た目をしている。父親がそうであったように。所謂アルビノというやつだ。恐らく原理は違うものだろうが。


「(しかし、随分と容姿が変わったもんだ)」


 アルは駆けながら、近くを流れる川に視線を落とした。

 そこには前世(アルフレッド)とは似ても似つかない容姿の少年が反射して映っていた。


 白髪赤目の少年。

 顔立ちは十七歳にしてはややあどけなく、整ってはいるがイケメンというより可愛らしいという感想が先行する。166cmという決して高いとは言えない身長もその印象に拍車をかけているのだろう。


「(黒髪黒目の長身イケメンだった前世とは正反対だな)」


 前世(アルフレッド)は今世(アルファスト)とは正反対の漆黒の髪と瞳を持っていた。顔立ちも目鼻立ちがはっきりとした凛々しい寄りの顔立ちで、切れ長の目が特徴だった。身長は179cmとかなりの長身だったこともあり、未だに小柄な体格に慣れない。


 黒髪黒瞳の長身のアルフレッド。

 白髪赤目の細身のアルファスト。


 どちらも恵まれた容姿はしているので、どちらが良いかは好みでしかないだろう。

 ちなみにアル本人は前世(アルフレッド)の頃の方が気に入っていた。自身の容姿には密かに自信があったのだ。……メアが褒めてくれていたから、というのも大きな理由だろうが。


 そんなこんなで、アルファスト・オーセインとして生まれ変わったアルは、白華村で二度目の人生をそれなりに謳歌していた。


 唯一の不満点は、白華村がかなり閉鎖的な村であるが故に外の情報がほとんど入ってこない点だろうか。

 白華族は一族だけで人里離れて暮らしているらしく、具体的な地理こそ分からないがかなり辺鄙なところに村があるらしい。


「(ホントは一刻も早くメアを探しに行きたいけど)」


 アルとて、はやる気持ちはある。

 本来ならば、今すぐにでもメアを探して会いたい。メアと離れた日々を暮らしていくにつれ、メアに会いたいという思いが日に日に強くなっていってすらいる。


 しかし、今のアルファストにはアルファストの生活がある。

 何より、十七年もアルを育ててくれた両親を置いて「恋人を探してきます」なんて言えるわけもない。せめてもう少しアルが成長して、一人前の大人になるまでは白華村に留まるつもりだ。


 それに、焦る気持ちはそこまでない。

 転生して当初はかなり焦ったものだが、成長するにつれ自然と知った現在の暦は”剣聖歴14462年”。アルが死んだのが”剣聖歴14350年”だったので、百年ほどしか経っていないのだ。


 魔族の寿命は長いし、メアの年齢を考えると余裕で存命しているはず。

 もちろん寿命だけが死ぬ理由ではないものの、メアは魔王だ。彼女を害することのできる存在などかなり限られているし、リーシャやグラニスといった仲間もいる。早々死ぬことはないはず。病気に関しても、大抵はアンリが対処できる。


 そういった理由もあり、アルは焦らず白華村での生活を続けているのだ。


「――よし、着いたな」


 走ること10分ほどで辿り着いたのは、村から少し歩いたところにある森の中の開けた広間。

 アルはその空間の中央に佇むと、腰に携えた木剣を正眼に構えた。


「――グルルルル」


 訓練用の木剣を構えたところで、一匹の狼がガサガサと音を立てながら現れる。


「今日はグリード・ウルフか」


 比較的広域で散見する深緑の狼型モンスター、グリード・ウルフ。

 獰猛な性質で、他の生物を食らうことしか考えていない強欲者。それゆえ警戒心というものが存在せず、他の生物を見つけたら実力差など考えず即座に襲い掛かるという厄介さを持っている。


 この場所に来た目的は、当然特訓だ。


 この森にはそれなりにモンスターがいるので、毎日訓練がてらモンスターを狩ることで村も平和になるし、俺自身も成長できるという一石二鳥な日課である。


「グルウウウウウ!!」


 しばらく低い唸り声を上げながらアルを睨みつけていたグリード・ウルフだったが、遂に我慢できなくなったのだろう。力強く踏み込んだグリード・ウルフは、素早い身のこなしでアルの眼前に迫った。


「ハァ!!」


 しかし、直線的な動きしかしてこないグリード・ウルフの攻撃は非常に読みやすい。

 アルはグリード・ウルフの動きを事前に予測し、半身逸らすことで側面に回る。そのまま木剣をグリード・ウルフの横腹に突き刺し、力いっぱい斬り払った。グリード・ウルフが突進していたこともあり、その勢いも相まってかなりのダメージを与えることができた。


 とはいえ、所詮は訓練用の木剣だ。

 切れ味はそこまでなく、横腹から少なくない血を流すグリード・ウルフは未だ存命。不意のダメージによって体勢を崩しながら着地したものの、すぐにアルに向き直った。


「……ちっ!」


 一撃で仕留めきれなかったことに対して小さな舌打ちを漏らすアル。

 しかしすぐに剣を構え直し、グリード・ウルフを見据える。


「……グルルルルル」

「……」


 グリード・ウルフは予想外の一撃をくらった影響か、すぐには飛び込んでこずアルを警戒するように様子を窺っている。


 一歩、二歩。


 アルの隙を窺っているのか、低い唸り声を漏らしながらアルの周りを歩くグリード・ウルフ。

 アルはグリード・ウルフから目を離さないよう視線を送りながら、気を緩めることはしない。


「……いや」


 しかし、このままでは埒が明かない。

 アルはそこで、あえてグリード・ウルフから視線を切った。彼奴に背中を晒し、明確な隙を見せつける。


 すると、当然のごとく。

 アルの隙を狙っていたグリード・ウルフはチャンスとばかりにアルに飛び掛かった。


「――かかったな!!」


 そしてそれはアルの想定内。

 即座に反転しグリード・ウルフを捉えたアルの木剣が、真っ直ぐ突進してくるグリード・ウルフの顔面に突き刺さった。木剣故に切れ味はないが、切っ先はそれなりに鋭い。正面から突進してくるグリード・ウルフの勢いもあって、木剣は血飛沫をまき散らしながら串刺しにした。


「……グルウ……」


 それから数秒間はもがいていたグリード・ウルフだったが、ほどなくして完全に動きを停止させる。

 アルはグリード・ウルフが絶命したことを確認すると、木剣を引き抜き、付着した鮮血を振り払った。


「……ふぅ。やっぱり……」


 アルは地面に横たわるグリード・ウルフの死体を見つめ、軽く息を吐いた。


 アルファストに転生して初めて剣を握ったのは、五年も前になる。

 十二歳の頃、村の兵士が所持していた訓練用の木剣を手に取り、アルは強い違和感を覚えた。そのまま大人たちの目をかいくぐり、森に入り――死にかけた。


 その時の相手は、同じグリード・ウルフ。

 危険ではあるもののモンスターの中ではそれほど脅威度は高くない、一般的なモンスター。前世(アルフレッド)の頃は瞬きの間に細切れにすることができていたほどの、脆弱なモンスターのはずだった。


 グリード・ウルフと対峙した当時のアルは、そこで初めて、かつてカミラが言っていた『剣の才能を失う』という言葉の意味を、ようやく理解したのだ。


 まだ子供の肉体故に、身体能力が著しく低下しているのは致し方ない。

 しかし、そんなことが些細なことだと思えてしまうほどに、アルが失ってしまったものは大きかった。


 かつてはゆったりとした緩慢な動作に見えていたグリード・ウルフの動きが、全く目で追えない。欠伸をする暇すらあった相手は、今では瞬きの間に眼前に迫ってくるのだ。

 そしてそんなグリード・ウルフへの対応も、実に稚拙なものだった。前世(アルフレッド)であれば瞬時に接敵を感じ取っていたはずの第六感もロクに働かず、考える前に動いていた肉体は鉛のように重く動かすことができなかった。


 そして何より――剣を握ったアルには、何の剣筋(ビジョン)も見えなかった。


 アルフレッドは完全なる感覚派だった。

 有り余る才能に身を任せ、深くは考えずとも直感に従って剣を振るえば敵が死んでいった。それでよく理論派の師匠には小言を言われたものだが。


 アルフレッドには、剣を握れば自然と無数の剣筋(ビジョン)が見えたものだ。剣をどのような角度で、どのような強さで、どう振るえば良いのか。考えるよりも先に、それを直感していた。アルの剣才が示すまま、その道筋に従っていれば良かった。


 ――しかし、アルファストには、剣才などない。


 生まれ変わって初めて、敵に向かって剣を構えたアルが認識できたのは――今にもアルを殺さんと迫りくるグリード・ウルフの牙だけだった。


 その後、木剣とともにアルが消えたことに気づいた兵士が駆けつけてくれなければ、アルの第二の人生は早々に終わっていただろう。


 アルは理解していなかった。

 かつての自分(アルフレッド)が、どれほどの才能を持っていたのか。そしてどれほど、その才能に頼りきりになっていたのか。


 失ってはじめて気づくとは良く言うが、アルの状態は正にそれだった。


 その日死にかけて、アルがようやく自覚したのだ。

 かつて当然のように備えていた剣才は綺麗さっぱり消えてなくなり、今のアルは多少知識と経験があるだけの初心者(ビギナー)なのだと。


 ――それでも、アルは俯くことはしなかった。


 当然だろう。

 それはアル自身が望んだことであり、何より大切なメアともう一度出会うため代償だ。自覚した今なお、もう一度『才能か記憶か』と問われれば迷わず記憶を選ぶと言い切れる。


 それからアルは頼み込んで兵士の木剣を譲ってもらい、森に繰り出すようになった。

 当然その兵士や両親には引き留められたが、アルとしてはどうしても譲れないことであったために無理やり了承してもらったのだ。


 もう一度メアに出会い、好きだと伝える。

 その目的は変わらないが、それはそうと今のような情けない状態で会うわけにはいかない。


 アルはメアの隣で、メアのために剣を振るいたいのだ。

 そのためには、現状のアルでは何もかもが足りない。剣鬼(アルフレッド)に並ぶとまではいかずとも、せめて勘を取り戻し、少しでも近づけるように努力は続けなければならなかった。

 

 それから五年間、この森を訪れてモンスターと戦うのが日課になっていた。

 感覚を取り戻すには、命のやり取りを伴う実戦が一番手っ取り早いと思ったからだ。


 ――しかし、


「……はぁ」


 アルは木剣を見つめながら、もう一度深く息を吐いた。


 五年間、毎日のように剣を振るってはきたものの、一向にあの頃のように戻れる気はしない。もちろん十二歳の頃に比べればかなりマシにはなっているものの、アルが追いかける背中(アルフレッド)には到底追い付けていない。


「……先は遠いな」


 とはいえ、アルはまだ十七だ。

 今世も無事魔族に生まれたことで、寿命ならあと数百年もある。焦らず鍛錬を続ければ、いつかはアルフレッドに追い付ける――と、思うしかない。


 アルは気を取り直すと、素振りでもしながらモンスターが現れるのを待つことにした。

 それから二時間ほど。空の色が赤く染まりだしたことを確認したアルは、大人しく家に帰った。






 ――これが、今世のアル……アルファスト・オーセインの日常である。家族や友人たちと過ごし、父親の仕事や母親の家事を手伝い、余った時間で鍛錬を行う。極々ありふれた、取り留めのない日常。




 ――しかし、前世(アルフレッド)がそうであったように、日常とは唐突に終わりを告げるもので。




 ――数日後、








 ――白華村が、壊滅した。








気ままに人物紹介


【アルファスト・オーセイン】

本作主人公。アルビノ少年。

転生によって”つよつよアル”から”よわよわアル”にジョブチェンジした。






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感想・誤字報告、お待ちしております。

少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。

嘘です、シテクダサイ。







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