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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
再会編

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Ep.3 才能か記憶か






「――ここ、は……」


 気づけばアルは、見知らぬ空間に立っていた。


 いや、『立っていた』というよりも『浮いていた』という表現のほうが的確かもしれない。


 アルが漂うその場所は、ひたすらに闇が広がっていた。

 空気も、熱も、音も、何一つ存在しない、静寂の世界。


 その静寂の世界には、ぽつり、ぽつりと小さな光が浮かんでいた。

 眩い光、仄暗い光、大きい光、小さい光、近い光、遠い光。

 無数に広がるその光だけが、無窮の闇を照らし、世界を描いていた。


「(凄いな……まるで星空の中にいるみたいだ)」


 何度も見上げた大自然の極致。

 壮大で、雄大で、どこまでも続く無限の宙。

 届くはずがないと分かっていても、つい手を伸ばし、望んでしまう遥か彼方。


「(メアと二人で夜空を見るの……好きだったな)」


 どこまでも続く無窮の星空に照らされる、二つのちっぽけな命。

 まるで世界にアルとメアの二人しか存在しないような気がして、その瞬間だけは、お互いのことだけを考えて身を寄せ合ったものだ。


「(…………)」


 気づけば、アルは手を伸ばしていた。


 望んだのは星か、はたまた愛する少女か。


 しかし、伸ばした手は空を切り、何も掴むことはできなかった。

 それどころか、地面などないこの空間においては、歩くこともできず、感じる浮遊感に身を任せることしかできなかった。


「(どうなってんだよ)」


 完全に身動きが取れない状況に、アルは忘れていた疑問を取り戻す。


 ここはどこなのか。

 自分はどうなったのか。

 メアは、仲間はどうなったのか。


「(ここで目覚める前は……確か)」


 記憶を辿り、ヒントを模索する。


「(――ぁ)」


 瞬間、アルの脳裏に漆黒の獣が過る。


 そうだ。なぜ、忘れていたのか。

 記憶の靄が晴れるように、アルは直前の記憶を取り戻す。


 アルたち全員でも敵わないと確信するほどの、圧倒的強さを感じさせた漆黒の暴獣。

 剣越しに幾度となく感じた、牙の鋭さと爪の重み。

 殿を務めたものの、結局敵わず。最後にはアルの肉体を貫いた大爪。


「ッ――!」


 思い出すと同時、感じた寒気に腹部をさする。


「(大丈夫……怪我はない。治った、ってわけじゃないよな)」


 脳内を巡る嫌な予想に、アルはゴクリと喉を鳴らす。


「(――やっぱり、俺は――)」








「初めまして、アルフレッドさん」








 無窮の銀河に、雫が滴った。


 それは滲むように広がっていき、雄大な景色を侵食する。

 真っ黒なキャンバスに一滴の白濁液を垂らしたように、じわじわと景色を蝕み、止まる。


 銀河に浮かぶ白濁した空間はまるで別世界のようで、異物感が強くこみ上げる。


「失礼、驚かせてしまいましたね」


 それは、女の声だった。


 鈴の音のように美しく、聞く者すべてを魅了する天上の声。

 完璧すぎるがあまり、いっそ不気味さすら感じるその美声は、白濁の空間から聞こえてきた。


「私はカミラ。女神カミラです。」


 ――女神。


 本来であれば「何をバカなことを」を一蹴する言葉。


 アルは無信仰者ではあるが、身近に敬虔な信徒がいたこともあり、女神という存在についてそれなりに理解しているつもりだ。


 信仰者にとって、女神とは絶対的な主であり、崇拝すべき天上の存在。

 

 しかし、たった今アルの脳内を過った予想が、女神の言葉を補強する。


 不可思議な空間と状況。

 荘厳な声音と雰囲気。

 そして――死んだであろうアルと、その前に現れた存在。


 すべての要素が噛み合い、状況証拠となり、眼前の存在が本物の女神であると結論付ける。


「ふふ……信じていただけたようで何よりです」

「おまけに心の声まで聞こえるのかよ……ホントに女神みたいだな」


 ついでのように披露された読心術(神っぽい力)に、アルは苦笑する。


「私の姿をお見せできればより真実味が増すのですが……」

「そうなのか?」

「えぇ。私の容姿はそれはもう、天上の女神という言葉が相応しいほどに可憐で荘厳で麗しいので」

「ナルホド」


 ふふん、と自慢気に答える声に、胸を張る美少女を幻視する。

 どうやら女神というやつは、想像以上に茶目っ気があるらしい。この光景を信仰している信者たちが見たらどう思うのだろうか……そこまで考えて、ふと思う。


 アルが生きてきた数十年、様々な宗教を見てきたが、カミラという神は聞いたことがない。


「(有名どころじゃ善神フエラリヴェアとか聖神アルテナ、禍神ブブゼラとかがいるみたいだけど……)」


 正直なところアルは神など欠片も信じてなかったし、興味もなかったのでそこまで詳しく知っているわけではない。たまたまアルが知らない宗教の神なのか、そもそも現世で崇められる神は全部偶像で、本物の神とは一切関係がないのか……。


 そんな思考は上塗りされるように、カミラの声でかき消される。


「しかし残念ですが、私の姿を生でお見せすることはできないので」

「どういうことだ?」

「現在は私の力の一部をそちらへ送ることで、疑似的に顕現している状態なのです」

「本体じゃないってことか?」

「はい。今あなたがいる場所はいわば現世と浮世の狭間なのです。上位存在とはいえ、一応生きてはいる私がその場所へ赴くことは、自分から死にに行くようなものなので……ごめんなさい」

「なるほどな。っていうか……さらっと言ったけどやっぱ俺死んだのか」


 女神がこの場に現れない理由は理解したが、それによってアルの当たっててほしくなかった予想が当たってしまった。


 アル――アルフレッドは死んだ。


「(――――)」


 予想はできていたし、覚悟もできていた、が。


 それでも自分が死んだという事実に、アルはしばし瞠目する。


「(自分が死ぬのは……正直そんなにショックはないな。むしろ因果応報だとも思うし。でも……)」


 瞼の裏に浮かぶのは、交友を深めた仲間たちの姿と……たった一人の愛する少女。


「(みんなに……メアに会えなくなるのは――耐えられないな)」


 全身を襲う寂寥感と喪失感に、アルは深く息を吐いた。


「………………それで。生と死の狭間にいるってことは、これからあの世に案内してくれるのか?」


 時間にしてどれくらい経っただろうか。

 かなり長い間瞑目していたアルだったが、どうにかすべてを呑み込み、話を続ける。


「そのことなのですが……アルフレッドさん。私はアナタに提案があってこの場所にお呼びしました」

「提案?」

「はい。本来は死してもこの空間に来ることはないのですが……その提案があったため、浮世へ行く前のアナタの魂を狭間に留まらせたのです。そう考えると、お呼びしました、という表現は少し適切ではありませんでしたね」


 カミラの提案という言葉に、アルは首をかしげる。


「単刀直入に言います。アルフレッドさん。私の力で、アナタを転生させることが可能です」

「――ッ!?」


 アルは息を呑む。


 転生、そんなことが可能なのか?

 胸の中で小さく疼く期待を押さえつけ、アルは平静を装う。


「というより、本来人は死ぬと輪廻転生する定めにあるので、誰しも転生はします」

「え……そうなのか。じゃあカミラは何を……?」

「私が提案したいのは、そのまま転生するのか、多少ズルをして転生するのか、ということです」


 カミラの要領を得ない説明に、アルはもどかしさを隠せない。


「すまん、もう少し詳しく説明してくれると助かる」

「すみません……私も他人に説明するのは初めてなので、どう言ったら分かりやすいものか迷ってしまって。そうですね……本来転生すると、前世の記憶は失うのです」

「あ、あぁ……それは、そうだろうな」


 そもそも転生とはそういうもの。アル自身も理解はしているが、少しばかり落胆してしまう。


「そこで私の言ったズルをすることで、記憶を持ったまま転生することが可能なのです」

「本当か!?」

「はい、理論上は、という但し書きが付きますが」


 沈みかけた心が、一気に活気を取り戻す。


 記憶を持ったまま転生できる……つまり、もう一度メアと会える可能性があるということだ。

 抑えていた期待という気持ちが膨れ上がるのを感じる。


「少し小難しい話になるのですが……そもそも魂には能力値、のようなものが割り振られているのです」

「能力値?」

「はい。分かりやすく数値化して例えると……料理の才能:10、頭の回転の速さ:2、身長の成長率:6、容姿:10のような感じです。実際は数えるのも億劫になるほどに細分化されているのですがね。そして、これはあくまで先天的なものでありますが、後天的な努力次第でどうとでも覆せるものではあるのですが……そうでないものもあります。それが――」


 カミラは一拍置いて続ける。


「記憶、という項目です。ほとんどの魂は0ですが、極稀に数値が割り振られている魂があります。聞いたことはありませんか? 少しだけ前世の記憶があるという話や、子供のころは覚えていたという話を」

「風の噂には……でも、眉唾だろ? 実際誰も信じてなかったし」

「その人がどうかは分かりませんが、そういった魂があるのは事実です。数値によって覚えている範囲や年数にばらつきはありますが……」


 なるほど、なんとなく話が見えてきた。


 アルは先ほどカミラが言っていた”ズル”という言葉について思案する。


「もしかして、カミラが言った”ズル”っていうのは……」

「はい。私の力で、割り振られる数値をいじることができます」

「やっぱりそうか!」


 いよいよ抑えつけていた感情が溢れてきて、アルは歓喜の声を上げる。


 カミラの言葉を信じるのなら、カミラの力で記憶の数値をいじることで、記憶を保持した状態で転生できるのだ。


「喜ぶのは少し早いですよ。先ほど言った通り、理論上は、です」

「理論上は……?」


 早まるアルを窘めるように言う。


「はい。記憶を”完全な形で”、”生きてる間中”保持しておくには、記憶の項目に膨大な数値を割り振らなければなりません、それこそ、凡人ではその他すべての項目から数値を分けたとしても足りないくらいに」


 冷や水をかけられたように、アルの心は冷めていく。


「お、俺もか!? 俺もダメなのか!? 俺の記憶以外のすべてを記憶に割り振っても、足りないのか!?」


 もう一度メアに会うためなら、アルはすべてを投げ捨てても構わない。

 本気でそう思い、必死に叫ぶアル。


 感情など見えないはずのカミラが、アルの一喜一憂ぶりに苦笑を浮かべるような気がした。


「言っていませんでしたが、そもそもすべての項目をいじるのは不可能です。”ズル”といったように、本来やってはいけないことなので。あまり魂に干渉しすぎると形跡が残ってバレます。……それはそうと、アルフレッドさん……愛する人が関係すると、途端に感情の起伏が激しくなりますね」

「……そ、そうか?」

「はい。悲しむのも少し早いです。第一、絶対に無理ならこの提案をアルフレッドさんに持ち掛けませんよ」


 言われて、ハッと気づく。


 カミラがわざわざこの話をアルにしている以上、何らかの方法か、あるいは抜け道があると考えるのが妥当だ。そんな単純なことに思い浮かばなかったアルは、自分自身がいかに冷静ではないのか思い知る。


「アルフレッドさん、アナタ本人も自覚しているでしょうが、途轍もない剣の才能がありますね?」

「え、あぁ。剣の腕は相当なものだと自負してる。まさか……?」

「そのまさかです。アナタの剣の才能は、アナタ自身が思っている以上に、凄まじいものです。数値にすれば、剣才:1,000,000といったところでしょうか? 凡人100人分くらいの魂が、剣の才能だけに注ぎ込まれているのです」


 例えがイマイチ分からないが、それでもアルの剣の才能が凄まじいということだけは理解できた。


 元より、剣才だけで生きてきたような人間だ。

 自分のことながら剣の才能は誰にも負けないと自負してきたし、今更驚くようなことではない。逆に言えば剣くらいしか能がないことも自負していたが。


「そして……この剣才の数値が、記憶を完璧な状態で保持するのに必要な数値とほぼ同等です。つまり――」





「――才能か、記憶か。どちらかを捨て、どちらかを選んでください」





 アルの人生において、最も重大で最も簡単な問いが突きつけられた。


「そんなの、考えるまでもない」


 アルの答えは、既に決まっていた。


「――本当にそれでいいのですか? 今まで持っていた才能がなくなるのですよ? 今まで自然に振れていた剣が振れなくなり、見えていた剣筋が見えなくなり、付随する身体機能も大幅に低下します。超人から凡人になり下がるのです。それに、耐えられますか?」


 カミラが諭すように語る。

 一見引き留めているように見えるが、そうなら最初から提案なんてしないだろう。


 問うているのだ。

 アルに覚悟があるのか。

 その選択をした先に、後悔はないのか。


「――約束をしたんだ」


 アルは宙を見上げ、こぼす。


 過去に想いを馳せるように、遥か遠くの景色を思い出すように、どこまでも続く星空の海に意識を投げる。




 ――俺が必ず、メアを見つける。


 ――メアを見つけて、もう一度好きだと伝えるよ。




 何気ない日常の中で交わした、かけがえのない約束。


 たとえ生まれ変わっても、変わらず愛し続けるための契り。

 

「後悔はするのかもしれない。けれど、約束したんだ。たとえすべてを投げ打ってでも、必ず好きだと伝えるって。そのためなら、何十回でも後悔してやる。その覚悟は、ある」


 一片の曇りもない、アルの心からの決意。


 その強すぎる想いにカミラはしばし黙りこくり――小さく笑った。


「えぇ、分かりました。アナタの意志を汲みましょう。…………これよりアルフレッドに第二の生を与える――」


 カミラが告げた瞬間、宙が、星が、大きくうねりを上げる。



 それまで静謐な光をもたらしていた星々は眩く輝き、アルを中心に大きく回転する。



 奔る光は軌跡を描き、多重の円を構築していく。




 ――それはまるで、星々で描かれた巨大な陣のようだった。




「星よ、彼の者に記憶を――万天の観測者。叡智を齎す記憶の在り処。幾千の眼。導くは我、カミラなり――」



 カミラの祝詞が宙に響く。



 荘厳な声に導かれるように、星々は動き、連なり、輝きを増していく。

 力の奔流が渦巻き、ねじれ、やがて収束していく。



 収束点はアル。



 あまねく力がアルに集い、重なり合う。



 あまりの激動にアルは全感覚が曖昧になっていくのを感じる。



 自分という感覚が覚束なくなり、ブレていく。



 死とはまた違う、自分がまったく別の存在になろうとしているかのような超新星的感覚に、アルは恐怖した。



「……それではアルさん。次に目覚めるときは新しい人生の始まりです。輪廻転生に少し時間を要するので数十年から数百年ほど経過するとは思いますが……まぁ魔族からすれば誤差ですよね」


 なんてとんでもないことをさらっと言う女神。

 しかし転生したものの、とっくにメアは寿命を迎えている、なんて展開にはならずにすみそうだ。


「――では、さようなら。機会があれば、またお会いしましょう。その時は――――」


 カミラの声が意識の隙間に溶けて消えてゆく。


 薄れゆく意識の中、アルは確かに誓う。


「(必ずメアを見つける。そして、もう一度好きだと伝えるんだ。絶対に)」


 ――だから、もう少しだけ、待っててくれ……メア。



 最愛の少女を思い浮かべながら、アルの意識は、完全に沈んだ。








ワー、ナンテヤサシイメガミナンダー。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



感想・誤字報告、お待ちしております。

少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。

嘘です、シテクダサイ。





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