Ep.38 アンリの楽しい魔法教室~星導術編~
「それでは、今日は『星導術』の授業を始めたいと思うのです!」
広く、荘厳な空間に可憐な声が響き渡る。
辺りには多くの木造りの長椅子が設置されており、そのどれもが前方を向いている。すべての椅子が見つめる先には小さな壇上があり、造花の十字架が飾られている。壁面はすべて純白で統一されており、等間隔で設置されたステンドグラスだけが煌びやかな光をもたらしていた。
アルが今まで訪れた中で、最も荘厳で最も清廉なこの場所は、アルメア城の隣に建てられた――礼拝堂だった。
そんな滅多に訪れることのない空間において、壇上に立つのはアンリ。
普段はしないメガネをかけ謎の棒を持つ彼女の後ろには、ホワイトボードが置かれていた。それはまるで教鞭を執る講師のようで、
「はいアンリ先生! 質問があります!」
「はいアルくん、何ですか?」
「そもそもこれは何の集まりなのでしょうか?」
「良い質問なのです」
生徒になりきって挙手しながら質問するアルと、メガネをクイッといじりながら先生呼びされたことにご満悦のアンリ。その様子だけを見れば、この場の状況を理解しているように見えるアルだが、実際は何も知らなかった。
なぜ礼拝堂に呼ばれたのか。なぜアンリが講師のような真似をしているのか。
ただ呼ばれて、エルトと二人のこのこやってきたものの、何も説明されず促されるまま座らされたアルには何も分からなかった。
「アンリはたまに、こうしてお仲間たちに色々教える勉強会を開催しているのですよ。題材は色々ありますが、アンリが得意な魔術関連が多いのです」
「そんなことやってたのか」
「はい。稀にゲストを呼んで全く異なることを教えてもらうこともあるのですよ」
アンリが勉強会を開催していたなんて、まったく知らなかったアル。しかしこの集まりの意図は理解したが、なぜアルとエルトが呼ばれたのかまでは分からず、
「でも何で俺とエルトが呼ばれたんだ?」
「結構長いことやってるのですが……そのせいか、最近は受講してくれる方が減ってきたのですよ。それは寂しいので、最近クローリー軍にやってきたお二人にぜひ受けていただこうと思ってお誘いしたのです」
「なるほど」
どうやらアンリが開催している勉強会の題材はある程度決まっているらしく、それを定期的に開催していたらしい。しかし以前にも聞いたが、試験が厳しくここ最近は新人がまったくといっていいほど入らないクローリー軍では既に受講済みの隊士が多く、受講者が目に見えて減少しているらしい。
撫でられるのは別として、普段から子ども扱いされることに不満を抱いているアンリにとって、講師として大人っぽく解説できる勉強会は好きな時間らしく、どうにかして受講者をかき集めているようだ。
では、そんな今回の受講者はというと――5人だった。
まずはアルとエルト。
二人はアンリから直々に呼ばれた身で、受講するのも初めてだ。エルトはともかく、アルは剣ばかりで魔術方面にはかなり疎いためありがたいといえばありがたい。勉強は好きではないが。
次にステラ。
彼女は常にアンリの傍にいるため、毎回欠かさず受講しているらしい。とはいえ、既に何回も聞いている話なので知識を得ることはなく、あらあらうふふと微笑んでいるだけだが。
次にガレオン
彼は見ての通り武闘派で、体を動かすことが第一の性格だ。それゆえに勉強は好まず、これまでは何かと理由をつけて逃げ回っていたらしいが、今回敢えなく捕まったようだ。
次にミルフレティア。
午前中にアルとともに自主練をしており、どうせならと付いてきた。アンリの勉強会にはたまに出席していたらしいが、今回の題材の講義は受けたことがないらしい。
「それで? そのせーどーじゅつ? ってのは何なんだ?」
心の底から勉強をしたくないのか、先ほどまでは諦め悪く逃げ出そうとしていたようだが、アンリの結界術の前では逃げられないと悟ったのか既にとっとと終わらせる方向へシフトしているガレオン。急かすようにアンリに問うが、アンリはまったく気にする様子もなく頷いた。
「はいはい、そう急かさないでください。ちゃんと進めますから。というわけで、今日のテーマは『星導術』です」
どうやらアンリが持っている棒はペンのようなものらしく、ホワイトボードにデカデカと『星導術』と書いている。
「魔術や結界術は聞いたことがあっても、星導術という名前は聞いたことがない方も多いのではないですか?」
その問いに、ステラとミルフレティア以外が頷く。
「私は、名前くらいは。でも具体的にどういうものなのかはあんまり」
「そうですか。では、一から解説していくのです」
そう言うと、アンリがホワイトボードをトントンと棒で叩く。すると、ホワイトボードいっぱいに書かれていた『星導術』の文字が勝手に消えていく。もしかしなくても魔道具なのだろう。
「まず、一般的な魔術や結界術との大きな違いは”使うもの”の違いです」
「使うもの?」
「はい。ではガレオンさん。魔術を行使するうえで絶対に使うものは何ですか?」
アンリに指名されたことで嫌な顔を浮かべるガレオンだったが、想像以上に簡単な問いだったためかホッとした様子で、
「なんだ簡単じゃねぇか。そんなの魔力に決まってんぜ」
「その通りです。百万点花丸なのです」
「激アマだな」
思わず突っ込んでしまったアル。
「一方で、星導術には魔力ともう一つ、絶対不可欠な要素があります。それは――星の力です」
そう言いながら書かれた小さな星が、無数に増えた。
「星導術とは、名前の通り、星を導く術です。自身の魔力で星の力を誘導し、術に転用する技術こそが星導術なのです。当然ですが、星の力を使う分、汎用的な術と比べると規格外の効果を発揮します」
魔力で星の力を誘導する……言葉だけ聞くと壮大だが、具体的なイメージがまったく湧かず、アルとガレオンの頭上に疑問符が浮かぶ。そんな二人を見て、アンリは無理もないと笑った。
「お二人の気持ちは分かるのですよ。実際、星導術は会得難易度が非常に高く、使いこなせる術師はごくわずかです。知名度が低いのもそのせいなのです。ですが……」
一拍置き、アンリはどこか自慢気な表情を浮かべて、
「『星の導き』の術師たちは、みんな星導術を使えるのですよ」
「マジかよ!?」
アンリの言葉に、ガレオンはやや大袈裟に声を上げた。アルもガレオンほど分かりやすく反応しなかったが、たった今難易度の高さを語られたばかり故に、驚きは隠せなかった。そんな二人に、ミルフレティアとステラが補足するように言った。
「……『星の導き』の術師、総勢28人……全員星導術を使える。クローリー軍の強さの一端は、間違いなくこの『星の導き』のおかげだから。間違いなくクローリー軍随一の精鋭集団」
「『星の導き』って名前も、星導術から来てるものね」
言われてハッと気づく。アンリが指揮する神聖大隊の名称である『星の導き』とは、星導術を指し示しているのだと。
「……じゃあ、星導術って何ができるの?」
それまで隣で黙って聞いていたエルトが疑問を発した。
確かに星導術の概要のようなものは分かったが、具体的に何ができるかは未知数のままだ。
「良い質問なのです。と言っても、星導術でできることは幅広いのですよ。ですが大半は、既存の術の効果を底上げするのに使っています」
「底上げ?」
「はい。通常の魔術などを星導術を介して発動することで、星の力をその魔術に込めることができるのです。必然的に、魔術の効果が上昇します。これが最もオーソドックスで、最も簡単な使用法なのです」
確かにアンリの言うように分かりやすい効果だ。ガレオンも理解できたのか、ウンウンと頷いている。
「ですが、星導術の真価を発揮する使い道は他にあるのです。それが――星の力を前提とした魔術を作ること」
すると、ホワイトボードに何やら幾何学模様が書き込まれていく。それは魔法陣のようなもの、ということぐらいしかアルには分からなかった。見れば、ステラ以外の全員が首をかしげている。
「そもそも魔術とはどういう原理で発現し、どうやって開発するのか……そこは省くのです。また今度勉強会の基礎魔術編を開くので、詳しい説明はそこでするのですよ。とにかく、通常の魔力のみでは到底成功しえないほどの強力な魔術、複雑な魔術、膨大なエネルギーを必要とする魔術などを開発し、星導術として行使する……これが最も星の力を有効的に使える方法なのです」
アルはどうにか食らいついているが、エルトとガレオンはキャパオーバーなようでポカンとしている。一方ミルフレティアはアンリの言っていることが理解できたようで、アルたちにも分かりやすいようにかみ砕いてくれる。
「つまり、最初から星の力を利用しないと使えないような……いわば欠陥魔術を作るってこと?」
「そうなのです。これの最大のデメリットは星導術としてしか使えないこと。メリットは既存の魔術を底上げするよりも遥かに効果が高いことなのです。実際――」
そう言いながら、アンリはホワイトボードに何かを書いていく。それは簡略化されたアルメアの街と、アルメア城、礼拝堂、宿舎……つまり、ここアルメアの都市図だった。最後にそれらを覆うように巨大な丸を書いていく。
「ここアルメアは、星導術を用いた巨大な結界に囲まれているのです」
初めて知った事実に「へぇ~」と感心するアルだったが、それを呑み込めば呑み込むほどあり得ないことだと気づき、額に玉のような汗を浮かべた。
「ちょ、ちょっと待ってアンリ。結界術って、そんな巨大な結界作れたか?」
アルメアは都市と城を合わせれば、直径30kmはくだらないほどの円型だ。アルとて結界術にそれほど詳しいわけではないが、昔アンリが使っていたのを見ていたし、他の結界術師もちらほらと見たことがある。
当然強度や条件、形によって変動はするが、以前アンリが言っていたのをアルは覚えている。
――実戦で使える強度を保って広げられる最大値は……10m四方が限界なのです。
稀代の天才術師であるアンリをもって、そのレベルなのだ。並の結界術師では、その半分でも行けばいいほうだろう。
それを知っているアルだからこそ、30kmという途方もない大きさの結界を作れる事実に汗が止まらなかった。
アルがアンリの言う結界のヤバさを理解したのが伝わったのだろう。ステラがアンリを褒めるように告げた。
「ふふ、そうよ。本来アルメア全域を囲う結界なんて、作りようがない。例えアンリちゃん以外の『星の導き』全員で協力したとしても、ね。でも、アンリちゃんにはそれができる……アルメア全域を覆うクローリー軍の防衛機構、《聖芒星結界》を」
ステラの言葉に、アンリを除いてこの場にいる全員が驚愕を露わにした。なぜなら、今の言い方では、まるで――、
「――アンリが一人で……?」
とても信じられないと思いながらも、口からこぼれた疑問はステラによって肯定された。
「えぇ、そうよ。アンリちゃんはたった一人で、《聖芒星結界》を保っているの。星導術を用いてね」
「まさか……」
「もちろん形だけじゃないわ。例えメア様でも破壊するのに長い時間を要する強度に加えて、都市の門や用水路といった外につながる場所を部分的に開閉できる自由さまで備えているの」
ステラの口から語られた事実に、アルは未だアンリという存在の才能を理解しきれていなかったことを悟る。
30kmという膨大な距離を囲うことのできる拡張性。
魔帝でさえ容易に破壊できない堅牢性。
用途に応じて自在に開閉できる伸縮性。
それらすべてを兼ね備えた結界を作ることのできる存在が魔界にどれだけいるのか。例え星導術を用いていたのだとしても――否、それだけの星導術を用いることができるという事実自体、アンリの才能を何よりも証明するものに他ならない。何せ、
「私たちも手伝ってあげたいんだけど……アンリちゃん以外、《聖芒星結界》を保つ星導術を使えないのよねぇ……」
精鋭ぞろいの『星の導き』の面々ですら、使用すること叶わないのだ。どれだけ高度な技術なのか、アルには想像もできなかった。
「だからアンリちゃん、あまりアルメアを離れられないのよ……結界維持のために定期的に術を行使しないといけないし、万が一の場合に結界を張り直せるのはアンリちゃんしかいないから」
申し訳なさそうに言うステラの言葉を聞いて、アルたちは遅れて理解する。
結界の維持や展開をたった一人で担っているということは、アルメアの防衛機構の多くを担っているということでもある。そんなアンリがアルメアを離れてしまえば、たちまちクローリー軍の防御力は低下してしまう。
《聖芒星結界》はアルメアを守る盾であるのと同時に、アンリをしばりつける牢屋でもあるのだ。
「……結界の存在は知ってたし、アンリがアルメアから離れられないという事情も聞いてた。けど、そんな事情があったなんて」
「なるほどなぁ……」
ステラに続いてミルフレティアとガレオンもアンリに同情的な眼差しを向ける。当然アルも同様の視線をアンリへ送るが……当の本人はあっけらかんと笑っていた。
「心配してくれて嬉しいのです。でも、心配はいらないのですよ。『星の導き』のみんなや、アルくんたち、たくさんの人が構ってくれますから。寂しいとか、外に出たいとか思ったことはそんなにないのです」
それが気丈に振る舞っているだけなのか、心からの本心なのかは、アルたちには分からなかった。それでも、クローリー軍のため、アルメアのために自分を犠牲にするアンリを見て、彼女の献身性を強く理解した。同時に、彼女にばかり負担をかけないよう、少しでも強くなって貢献するという意志が強く浮かんでくる。
少しばかりしんみりしてしまった空気を切り替えるように、アンリがパンと掌を打ちつけた。
「はい! では星導術の説明は以上になるのです。最後に何か、質問はありますか?」
アンリの問いかけに、ガレオンも空気を一新しようとしたのか、わざとらしいくらいに上ずった声を上げた。
「じゃあよ! 星導術には奥義とかねぇのか? なんか、こう、スゲーやつ!」
「奥義って……」
「……星導術ってそういうのじゃないと思うけど」
流石はガレオン。まるで子供のような脳筋すぎる発想に、この場に弛緩した空気が流れる。アルもミルフレティアも呆れたような笑みを浮かべ、ステラは微笑ましいものでも見るかのような笑顔を浮かべる。
そんな質問を向けられたアンリは「う~~ん」と唸るような声を漏らしながら悩んで見せた。
それも無理はない。先ほどの星導術の説明を聞く限りでは、必殺技や奥義のようなものではなく、あくまで有効活用することで多大な恩恵を得ることのできる要素でしかないように思えたのだから。
「ん~~~……奥義、かどうかは微妙なところですが。一つ、眉唾な噂はありますね」
「噂?」
「はい。一説によると、星導術には極めた先にある究極形が存在すると」
「おぉ! 究極形! なんかかっけぇな!!」
悩んだ末に出てきた言葉が、予想以上にそれっぽい話でアルは少々驚く。ガレオンも究極形という言葉にそそられたのか、露骨にテンションを上げていた。
「――《星神の摂理》。星の力だけを利用するのではなく、星そのものを使って術を行使することで、星々の生命エネルギー自体を術にできる……いわば、星の魔術といったところなのですよ。その力は甚大で、世界創生すら成し得ると」
世界創生とは……もはや結界どころではない壮大すぎる話に、アルたちは眉唾という言葉が事実であることを理解する。アンリもあくまで噂話という前置きで話していたし、ただの妄想だろう。
アルもエルトもミルフレティアも「まぁ所詮噂話だよな」というテンションで聞き流す中、ただ一人、ガレオンだけが興奮を露にしていた。
「世界創生……! すげぇ……!!」
どうやらガレオンだけは信じてしまったようで、瞳をキラキラさせながら「すげぇ! すげぇ!」と繰り返している。それはもはや、純粋な子供にすら見えてきた。
そんなガレオンを微笑ましい眼差しで見ながら、アンリはホワイトボードを真っ白に戻した。
「それでは、今日の授業はここまでとするのです。次回もよろしくなのですよ」
という言葉とともに、アンリの楽しい魔法教室は幕を閉じた。
普段剣しか振っていないアルにとっては珍しい話が聞けて面白かったし、次回も参加しようかな、などと思うアルであった。
『ホワイトボードの魔道具』
ペンとセット。
自動で消去できたり、書いた文字を動かせたり、簡単にコピペできたりする便利アイテム。
メアの執務室にも設置されている。
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感想・誤字報告、お待ちしております。
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嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。




