Ep.34 落ちた影
――みなさまは、街中で倒れ伏す人物を見たことがあるだろうか。
それは急病で倒れているのかもしれないし、誰かに暴行を受けて倒れているのかもしれない。いくらここ、盟黒都市アルメアの治安が良いとはいえ、実力主義の魔界であることに違いはない。更に倒れている場所が薄暗い路地裏ともなれば、その可能性も捨てきれないだろう。
いずれにせよ、急を要する事態であることは間違いないはずだ。
咄嗟に取れる対応としては、自分で介抱するか、衛兵を呼んでくるか。しかし、もし衛兵を呼んで何事もなかったら申し訳がない。つまり今とれる最善手は、ひとまず声をかけてみて、問題がありそうなら衛兵を呼ぶこと。これに尽きるはずだ。
「……」
しかし、アルには声をかける勇気も、ましてや衛兵を呼ぶ勇気もなかった。
なんなら目の前で倒れている人物を見ても、まったくもって急を要する事態には思えなかった。
なぜなら――その女性は、お尻を突き出す態勢でうつ伏せに倒れピクピクと震えていた。更に謎のうめき声を出しながら、口から大量の涎を垂らしている。はっきり言って、正常な人物には見えなかったからだ。
「(ヤバい奴に違いない……ここは見なかったふりを)」
しばし考えた後、関わるべき人物ではないと結論付けたアルは、入った路地裏を引き返すことに決めた。
たまの休日。
午前中にひとしきりトレーニングを終えたアルは、武器屋にでも言って剣を見ようかと考え街に赴いていた。もちろん金はないが――なんてことはない。なんとつい先日、アルは今世で初めて給金を貰ったのだ。
しかもかなりの金額。そこらの衛兵の五倍はある。魔帝の配下と考えれば妥当なのかもしれないが、それでも未だ一般隊士にすぎないアルに払うには破格の給料だ。このうえ宿舎と食堂を無料で利用できるとは、改めてクローリー軍の福利厚生は中々に充実している。
というわけで、アルはお金を握りしめて街にやってきたのだ。
まずは腹ごしらえでもと思い、以前リリアンヌにおすすめされたパスタ専門店に向かっていた……のだが。近道をしようと路地裏に入ったアルを待ち受けていたのは、倒れ伏す異常者だった。
「……やっぱり路地裏なんて入るべきじゃないな。メンドいからって近道したのが悪かった……」
そうぼやきながら今後は気を付けようと反省していたアルの脚に、急に重りがのしかかる。
「っ!? なんだ!?」
驚きながら足元を見ると、そこにはアルの脚にしがみつく女性――先ほどの異常者がいた。
「チョッチョチョ! チョット待ってください~~~!! アタイを、アタイを見捨てないで~!!」
顔中のありとあらゆる穴から汁を垂れ流したその異常者は、縋りつくようにアルの脚を離さない。突然のことに驚いたアルが振り払うように脚を動かすも、びくともしなかった。
「おい、離せ! とりあえず離れろ! ……って力強っ!?」
「嫌デス~~!! もう、もうアテがないんデスよ~~!! ゼッタイ逃がさないデス~~!!」
「わ、わかった! 逃げない、逃げないから! 色んなものがつくから! とりあえず離れてぇ!!」
「うわ~~~ん!!!」
色々と垂れ流しながらアルの脚に顔をうずめようとする異常者に対し、アルは恐々としながら必死に振りほどこうとする。力づくがダメなら言葉での説得を試みるも、当の本人は聞く耳を持たずアルに縋りつく。
それでもどうにか顔だけは近づけさせないよう、頭を押さえつけて引きはがす。
「ぐぐぐぐぐぐ!!! どっから出てんだその力っ!?」
「ダッテここで離したら死んじゃうんデスよ~~!! ナノデ死んでも離さないデス~~!!」
「だから逃げないって! とにかく離れて!!!」
「うわ~~~~ん!!」
「話が通じねぇ!?」
女性の事情は知らないが、どうしてもここでアルのことを逃がすわけにはいかないらしい。精一杯の力をもって、引きはがそうとするアルに抵抗している。
そのままどうにか離れたいアルと、死んでも離したくない異常者の戦いは続き――、
「……ぁ」
布越しに、びちゃりと嫌な感触が伝わった。
「ひゃぁぁぁーーーーーーー!!??」
「うわ~~~~~ん!!!!!」
……異常者が落ち着いたのは、それから三十分後のことだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……はぁ」
眼前の女性を見つめ、アルは深いため息をついた。
そこには女性の尊厳をこれでもかというほどにかなぐり捨て、一心不乱にパスタをかき込む女性がいた。食べ方など知ったことかとばかりに両手に持ったフォークでパスタを挟み、口に放り投げている。
チラリと横に視線を流せば、積み上げられた皿が五つほど。
数分前まで山盛りのパスタが盛られていたそれは、今や無惨な死体の山と化している。それを見て、アルはもう何度目かも分からないため息をついた。
「……はぁ」
「んむっ、どうしたんデスか? ため息なんてついて……もしかして食欲ないんデスか!? じゃあアタイが代わりに食べて上げるデスよ!」
「大丈夫だから!」
とうとうアルの普通盛りパスタすら狙ってきた女性にドン引きしながらも、それは死守するアル。女性は「ちぇ~」などと溢しながら、再び自分のパスタを食べ始めた。
見ているだけで満腹になる、などということはなく、アルも自身のパスタを口に運びながらここまでの経緯を思い出していた。
どうにか落ち着きを取り戻した女性は、開口一番「ご飯を恵んで欲しいデス……」と切実そうに懇願してきたのだ。
話を聞くと、貯蓄が底をついたらしくここ数日間何も食べていなかったらしい。表通りで物乞いをしたり屋台で懇願したりと色々したらしいが結局うまくいかず、苦肉の策として裏路地に捨てられているゴミでも漁ろうと徘徊しているうちに、空腹に耐え切れず倒れていたらしい。
道理で涎を垂らしながらピクピク震えていたわけだ……と不審者を見る目から可哀想な人を見る目に変わったアルに対し、女性はどうにか食事を恵んでもらおうと食い下がった。
アルとしては見ず知らずの女性に食事を奢るのは躊躇われたものの、このまま放置したらどこかで野垂れ死ぬのではないかと不安になってしまう。そうなれば流石に目覚めが悪い。第一に、女性は絶対にアルを逃がさないとばかりの目つきだ。ここで鬼ごっこを始めるのはいくらなんでも困る。
最終的に給料を貰ったばかりのアルの懐には余裕があったこと、都合よくこれから昼食を摂ろうとしていたことが後押しとなり、仕方なく食事を奢ることを決めたのだ。
――という経緯があり、アルは女性を引きつれ元々行く予定だったパスタ屋に来ていた。
アルが食べ終わり、女性も大皿六杯を食べてようやく満腹になったのか満足気な表情を浮かべていた。
「いや~ありがとうございましたデスよ~。ベリーベリーサンクスデス~! アナタはアタイの命の恩人デス!」
「……はぁ。まぁ満足してくれたなら結構だよ」
遠慮のえの字も知らないレベルで積まれた大皿を見てため息をつくアルだったが、ニカッと清々しいまでの笑みを浮かべる女性を見て、文句を呑み込んだ。
「(それにしても……普通にしてれば美人なのにな)」
アルは改めて眼前に座る女性を見て、そんな感想を抱いた。
今まで顔中を汁という汁で汚して迫りくる様子や、口元に大量のソースをつけながらパスタを食べる様子しか見てこなかったため分からなかったが、口元を拭ってまともな顔面になった女性はかなりの美女であった。
色素の薄い金色の長髪を後ろで括っている、いわゆるポニーテールという髪型だ。特徴的なのはその波打つ髪が非常に長く、女性の足元まである点だろう。それにとてもじゃないが食費に困っているとは思えないほどに艶やかな髪質をしていた。
顔立ちも端正で、やや釣り気味の目は睫毛が長く、綺麗な翡翠の瞳をしている。鼻と口も小さく整っており、絶妙なバランスを保っているそれは、まるで人工物のような美しさを誇っていた。
黙っていればクールビューティーにも見える彼女だが、悲しいかな。中身は残念だ。やけにテンションの高いカタコト口調も喧しさを助長させている。
勿体ない、そう思ったアルの考えを察したのか、女性はジト目を向けてきた。
「ムムムッ、何か失礼なこと考えてませんデスか?」
「い、いや。そんなことは……それより、聞いてなかったけど、君の名前は?」
「ワオ、そういえばそうデスね。デハ改めて! アタイはエムリット! デス!」
「エムリットね。俺はアルファスト。アルでいいよ」
「パーフェクトに了解デス、アル!」
誤魔化すように自己紹介の流れに持っていくアルだったが、どうやら彼女――エムリットはそれ以上追及する気はないようで、元気に名前を名乗った。
「それでデスね、アル! サスガにこれだけ御馳走してもらっては申し訳がないのデスよ」
「申し訳ないとは思ってたんだな」
「失礼デスね! アタイを何だと思ってるんデスか!」
「何って、ねぇ……」
出会い頭のなりふり構わない様子や、遠慮も女性としての振る舞いも投げ捨てて一心不乱にパスタを食べまくる様子などを見てきたアルからすれば、一般的な感性を持っていることの方が驚きだった。
そんなアルに心外だと言わんばかりに不満気な表情を浮かべるエムリットは、唇を尖らせながら続けた。
「ムー、せっかくお礼をしようと思ったのに……」
「お礼?」
「ハイ! アタイからのベリーベリー感謝のアカシなのデス! 超絶ウルトラでミラクルなお礼をプレゼントするのデスよ!」
「……うーん」
どうやらエムリットはそのお礼に自信満々の様子だが、どうにも信用できない。どうしてもロクな物ではない気がする……というか、そんなに良い物を持っているなら食費には困らない気がするのだが。
「……そもそも何でお金ないんだよ。働いてないのか?」
「シッケイデスね! アタイはちゃんと働いてますデス」
「じゃあ何してるんだ?」
「アタイはお店を持ってるデスよ。品揃えには自信があるのデス!」
「へぇ」
てっきり働くアテがなくてお金に困っていたのかと思ったが、どうやら違うようで、エムリットは自分の店を持っているらしい。
確かによくよく考えてみれば、エムリットの外見自体は綺麗に整えられていて、とても行くアテのない人物には思えない。最低限の生活環境はあると考えるのが自然か。
しかし、それはそれで疑問が出てくるもので、
「店を構えてるのに金がないのか……?」
そう問うと、エムリットは露骨にテンションを下げた。それまで快活な表情を浮かべていた彼女の雰囲気が、どんよりと沈んでいった。
「ムゥ……そうなのデスよ。せっかく自慢の商品を取り揃えているというのに、何故かまったくお客が来ないのデスよ……」
「客がこない? 本当に心当たりがないのか?」
「ハイ……本当になぜでしょう……アタイが聞きたいくらいデスよ……」
こういう場合は大抵店側に問題があるものだが、エムリットは本当に心当たりがないようで、むんむんと唸っている。
しかし、エムリットに貯蓄がない理由は分かったが、それはそれで心配になってくる。
「(まさか、客が来ない店の商品を俺にプレゼントしようとしてるのか……?)」
一体何を渡されるのか、そもそもどんな物が売っているのか。全く見当のつかないアルは戦々恐々として問うが、
「ちなみに何の店なんだ?」
「オゥー! それは実際に行ってみてからのオタノシミデスよ!」
「やっぱり行かされるのか……」
「オフコース! そうと決まればさっそく向かうデスよ!」
テンションを取り戻したエムリットは、声高にそう告げた。
対するアルは不安な気持ちを拭えないままため息をつくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ってここかよ!」
そんなこんなでエムリットに連れてこられた店は――以前メアと訪れた魔道具店だった。
「ワォ! アタイの店を知ってるデスか?」
「あぁ、前に一回来たことがあってな……その時はエムリットがいなかったけど」
「ナント! オキャクサマでしたか~!」
アルの勘違いということもなく、正真正銘、この店はエムリットの店らしい。
「(そりゃ客も寄り付かないだろうよ……)」
改めて見たその外観は、とてもじゃないが健常な店とは思えなかった。
禍々しい紫色の屋根に、何でできているのか見当もつかない謎の黒い外壁。よく見ると、黒い外壁には謎の紋様や文字が描かれていた。そのどれもがおどろおどろしい赤黒い血のようなもので書かれている。
そんな異様な外見のせいか、店全体にドス黒いオーラのような物が漂っており、さながらそこは魔女の実験場のようだった。
どこからどう見ても店には思えないし、店だとしても近づきたいとは思えない。
商品がどうこう以前に、外観が客を寄せつけていないのだ。
客が来ないというエムリットの言葉に「だろうな」という納得感を抱いたアルだったが、当の本人は何の疑問も抱いていないようで、微妙な表情を浮かべるアルを不思議そうな顔で見ている。
「どうしました? 入りますデスよ?」
「……あぁ。そうだな」
本気でこの外観が問題だと気づいていないのであれば、もはや何を言っても手遅れだろう。下手につついて喚かれても面倒だし、アルは言及するのをやめてエムリットの後を追った。
「相変わらず凄いな」
店内に入るのは二度目だが、相変わらず異世界のような雰囲気を漂わせる様相だ。薄暗い空間に、色とりどりな魔道具の色彩が浮かんでいる。
「来たことがあるなら知ってると思うデスけど、この『セクステット』は魔道具の店デス」
「ここそんな名前だったのか」
外に看板なども設置されていなかっただけに知らなかったが、この店は『セクステット』という名前らしい。そのネーミングセンスはアルには分からなかった。
「というわけで! アルにはここにある魔道具の中から一つ、好きなやつをプレゼントするのデスよ!」
どうだ、凄いだろ! 言わんばかりに胸を張って宣言するエムリットだったが、アルにとってはそこまで魅力的には思えなかった。なにせ、
「えぇ……でもガラクタばっかじゃん」
「失礼な! アタイの傑作たちデスよ!」
「でも売れなかったんだろ? 店の商品を売れば食費ぐらい稼げるはずだもんな?」
「ウ……」
痛いところを突かれたようで、エムリットは渋い顔をした。
実際アルの言うように、最悪エムリットには自身の魔道具を売って金を稼ぐという手段があった。しかしそれをしなかったのは……持ち込んでもロクな金にならないことを察していたからだろう。
まったく嬉しくなさそうにジト目を向けるアルの視線から逃げるように、エムリットは近くにあった魔道具を手に取った。
「ほらほら! 例えばこれなんか凄いデスよ! アルさんはお菓子とか食べますよね!?」
「まぁ、そりゃ」
「そして食べてるうちに飽きてきちゃって、後で食べよ~って置きっぱなしにしちゃって……気づいた時には時すでに遅し! しけっちゃって美味しくないよ~! なんてこともありますよね! クッキーとか!」
「……まぁ?」
「そんな時にはコレ! 『いつでも焼きたてクレスおばちゃん』デス!」
アルに見せつけるように突き出されたそれは、中央に穴の開いた球体の魔道具だった。白い外装には申し訳程度にお婆さんの絵が書かれており、どこか憎たらしい顔をしていた。
「この『いつでも焼きたてクレスおばちゃん』にしけったお菓子を入れると、中で特殊な光が当てられて……なんと! お菓子が復活するんです! まるで焼きたてのように! サックサクに!」
「……いや、いらん」
自信満々に効果を説明するエムリットに対し、アルはぴしゃりと言ってのける。
もちろんアルとてお菓子を食べる機会はあるが、あまり放置することはない。置いといてもいつの間にかミーシャに食べられている。むしろミーシャの方が必要としそうな魔道具だが、なおさら自堕落になりそうなので却下だ。
「じゃあじゃあ! この『英雄ボイストレーサー』はどうデスか!? このマイクに向かって喋ると、声がダンティーになります! 声に覇気がない方におすすめデス!」
「いらん」
「この『簡単時飛ばしくん』は!? 周囲の時計の針を三分遅れさせることができます! 毎回待ち合わせに遅刻しちゃう貴方におすすめ! 時間を超越したい方にも!」
「遅刻しないし、ただ不便なだけじゃん」
「じゃあこの『気まぐれ方位磁針』は!? 北は北でも、西北西、北西、北北西、北東北、北東、北北東の中からランダムで選んで指します! ちなみに真北は指しません! たまには寄り道したい貴方に!」
「迷うだろ、絶対」
次から次におすすめされる魔道具たちだったが、そのどれもこれもが絶妙にいらないガラクタばかりで、アルは呆れたような視線を向ける。
「ム~……じゃあこれは? 『これで貴方も火の用心』デス。火傷しにくくなるのデスよ。よく料理する方におすすめデスね」
そう言って掲げられた魔道具は腕輪の形をしており、銀色を基調としたそれは青い紋様が描かれている。中央には深い青色の宝石のようなものが取り付けられていた。
「(ん~……俺は別にいらないけど……これまでの中じゃあマシな方か? リリアンヌにでもあげるか。良い店も教えてもらったし)」
以前教えてもらったことだが、どうやらリリアンヌは料理の練習中らしい。姉であるゴリアンヌに教えてもらいながら練習しているようだが、中々ゴリアンヌのように美味く作れないとぼやいていた。火を扱う以上火傷することもあるかもしれないし、アルよりは有用に使えるだろう。
そう考えてアルは『これで貴方も火の用心』を指さした。
「じゃあ、それで」
「えぇ? これでいいんデスか? 言っちゃあなんデスけど、アタイの傑作の中じゃあつまんない方デスよ?」
「いいや、それがいい。ぜひそれをくれ」
「えぇ~……んじゃあまあ、これで」
何故かエムリットが釈然としない表情を浮かべているが、アルとしてはそこらへんのガラクタよりはマシな方だ。むしろエムリットの感性で面白いと思える要素が少ないほうがまともな魔道具なのではないのかとすら思える。
エムリットから手渡され、アルはとりあえず自分の腕に付けておく。
「あんまり素直に言いたくはないけどありがとうと言っておくよ」
「それあんま感謝になってないデスよ……まぁ元々はアタイからの感謝の印なんで、お礼なんていらないんデスけどね」
アルは見返りを求めて助けたわけではないので貰えるだけありがたいと考えお礼を述べるも、エムリットはあっけらかんと返した。
「じゃあ俺は行くよ」
「ハイ! 今日はサンクスでした~! 次はお客として来てくださいね~! ベリーベリー歓迎するのデスよ~!」
「気が向いたらな」
「あとまた奢ってください~! お金がないのは変わらないので~!!」
「……気が向いたらな」
本当に感謝しているのか怪しい言葉を告げられ、アルは苦笑を浮かべながら店を出るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――みなさまは、街中で倒れ伏す人物を見たことがあるだろうか。
……繰り返しになってしまったので、質問を変えよう。
――みなさまは、街中で倒れ伏す人物を見たことがあるだろうか。一日に”二回”も。
エムリットとの掛け合いに疲れてしまい、一刻も早く部屋に帰りたいと、そう思ってしまったのがいけなかった。あれだけもう路地裏に近づくのはやめようと誓ったのにも関わらず、近道という誘惑に耐え切れず、アルは再び路地裏に脚を踏み入れてしまった。
その結果がこれだ。
人は間違いを繰り返す生き物だと言うが、まったくもってその通りだと思う。少なくともアルにとってはそうであった。
――しかし。
「な……!?」
一応様子を見ておこうと倒れ伏す存在に意識を向けると、アルは目を見開いた。
倒れ伏すのは少女だろうか。具体的な年齢までは分からないが、その体格は華奢で小さい。ともすればまだ幼女とも捉えられる大きさだ。
問題なのはその様相。暗がりのせいで分かりにくいが、全身のいたるところに軽くない傷を刻んでいる。衣服もところどころ破れ、血で赤く染まっていた。
どう見てもただ事ではない状態に、アルはすかさず駆け寄った。
うつ伏せに倒れる少女を抱きかかえると、少女は傷だらけの顔に苦悶の表情を浮かべていた。体は小刻みに震え、浅い呼吸を繰り返している。
「大丈夫か!? 聞こえるか!? 意識は!?」
アルが切羽詰まった声を上げると、少女は僅かに目を開き、うわ言のような声をこぼした。
「……ぁ、け……て……」
「何だ!? 何があった!?」
「……た、す……けて……」
どうにか言葉とも言えない声を絞り出すと、少女はそのまま目を閉じてしまう。その後はいくら声をかけても反応はなく、完全に気絶してしまったようだ。
「くそッ!」
もはや悠長にしている余裕はなく、アルは急いで城に連れ帰ることに決めた。どこにあるかも分からない診療所を探すよりも、『星の導き』に頼ったほうが確実だ。
アルは少女を背負うと、城に向かって駆け出した。
――この出会いが少女の運命を大きく変えることを、アルも、少女自身も、まだ知らなかった。
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嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。




