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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
白影編

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Ep.33 秘密の特訓






 時は早朝。

 今日も今日とてアルは朝早くに起き、練兵場にてトレーニングに精を出していた。


「九十六ッ! 九十七ッ! 九十八ッ! 九十九ッ! 百――!!」


 計百回の素振りが終わり、心地良い疲労感に身を任せて地面に倒れ込もうとして――後ろから支えられる。


 その人物はアルを後ろから支えると、密着するように体を寄せた。その白くて細い手をアルの腕に添わせ、吐息がかかるような至近距離で囁かれる。


「……違う、もっと腕の関節はしなやかに。振って終わりじゃなくて、振って戻すまでを一つの動作としてやってみて」


 耳元に吹きかけられる吐息に、アルの全身にゾクゾクとこそばゆい感覚が走る。

 それだけじゃない。アルの腕を這う細指のしっとりとした触感も、密着することでアルの背中に感じる熱も、僅かに香ってくる女性特有の香りも、そのすべてがアルの集中を乱し、精神を削っていった。


「(ダメだ……こんなんじゃ……!)」

 

 どうにか意識しないようにとにかく正面を見据え、彼女の言うように剣を振るうことに集中する。


 彼女がアルから距離を取ったことで、ぬくもりが失われる。

 それが「やってみろ」という合図であることをアルは理解し、かき乱された意識の中でどうにか理解したアドバイスを実戦に移す。


 もっと腕の関節をしなやかに。

 振って終わりではなく、振って戻すまでを一つの動作に。


 それらを意識し、アルが振るった剣は――見違えるほどに、速かった。


「うぉ……!」


 たった今振った一振りがとても自分の剣筋とは思えず、アルは感嘆の声を漏らした。

 もちろん彼女のそれと比較すると天と地ほどの差があるとはいえ、明確に上がった剣速には驚きを隠せない。もちろん感動も。


「凄いな……! たったこれだけのことを意識するだけで、こんなに……」


 思わず上ずった声を上げながら、アルは件の少女に視線を向けた。


「……ただ努力するより、必要なことを意識しながらやったほうが効率がいい。それに、まだまだ序の口。改善点はたくさんあるし、何度も繰り返すことでようやく成果が出るから。……まぁ、嬉しいのは分かるけど」


 そこには相も変わらず冷淡な瞳を浮かべながらも、うっすらと口元に笑みを浮かべた少女――ミルフレティア・クーハがいた。その小さな口から放たれる言葉も、今までのものとは比べ物にならないほどに柔らかくて優しげなもので。


 氷のようなミルフレティアしか知らないアルは、未だに目の前の少女が本物のミルフレティアだとは信じられない気持ちでいっぱいだった。


「(一体何があったのか……訳が分からん)」


 一体何が彼女を変えたのかは分からないが、最近のミルフレティアのアルに対する態度は驚くほどに軟化していた。もちろん訓練に関して厳しいところは変わらないが、それ以外が本当に同一人物か疑うほどに変わったのだ。


 挨拶を交わしてくれるようになったどころか雑談すら向こうから振ってくれるようになったし、頻繁に笑顔を向けてくれるようにもなった。この前なんて小さく手を振りながら「……おやすみ」などと言ってくれるくらいだ。


 訓練中だってそうだ。分からないところがあればすかさず教えてくれたり、アルの訓練に対して逐一”ここが良い””ここが悪い”とアドバイスをくれる。トレーニングが終わったアルにタオルと水を手渡しながら労いの言葉をかけることも増えてきた。


 極めつけには――、


「まさか、隊長が自主トレを手伝ってくれるなんてなぁ……」


 そう。早朝の練兵場に二人でいることからも分かるように、ミルフレティアはアルの自主トレーニングを手伝っているのだ。

 どうやらアルが早朝にトレーニングをしていたことは前々からバレていたらしく、ある日やってきたミルフレティアが「……私が教えてあげる」と言い放ちマンツーマンで指導してくれるようになったのだ。


 当初は地獄のトレーニングが朝から……! と戦々恐々としていたアルだったが、二人で訓練を行うミルフレティアの様子は少しばかり違っていた。厳しいメニューをアルに課すというよりは、アルの訓練の様子を見ながらアドバイスをしてくれるような感じなのだ。それこそ、先ほどのように体を密着させることも多い。


「(文字通り手取り足取りってやつだな)」


 などと内心思っていると、先ほどのアルのぼやきを聞いていたのかミルフレティアが、


「……邪魔?」

「い、いや! 驚いてるだけで、邪魔だなんて! むしろ助かってるよ! めっちゃ!」

「……そう」


 心なしか寂し気に伏せられた目を見て、アルは必死に否定する。そんなアルに対して素っ気なく返事をするミルフレティアだったが、よくよく見ればその口元には微笑が浮かべられていた。表情もどこか嬉しそうに見える。


「(ホントに隊長かよ……)」


 思わずドキリとしてしまったアルは、そっとミルフレティアから視線を外した。


 表情自体は今まで通りほとんど能面なのだが、意識していないと気づかない程度に小さな表情変化をすることが多くなっていた。そして、ミルフレティアと接する機会が増えたアルもまた、その些細な表情変化を感じ取れるようになったのだ。


 するとミルフレティアは意外なことに、当初の印象からは少し違って見えることに気づいた。確かに氷のような表情を浮かべていることが多いミルフレティアだが、実際のところ表情変化が乏しいだけで、それなりに感情を発露しているのだ。平坦な声音も相まって冷淡に思えるが、実は可愛らしい人なんじゃ? とも最近は思い始めてきた。


 ともかく、ミルフレティアの変化は謎だがアルからすれば好ましいことには違いない。少なくとも、とげとげしい態度で接されるよりは友好的なほうが嬉しいものだ。


 ようやく得られたのかもしれないミルフレティアからの信頼を噛みしめていると、当の本人は自らの木剣を構えながらアルに言った。


「……前にも言ったと思うけど、私の《高速剣技》は並大抵の努力で身に着けられるものじゃない……ううん、身につけられても、極められるものじゃない」


 言いながら、ミルフレティアは木剣を振るった。

 それは――正しく流星群。たった一秒の間に視認できないほどの速度で繰り返される突きに、アルは何度も見たはずなのに息をのんだ。


「……何回に見えた?」

「い、いや……分からない」

「正解は、三十発。……今の私には、一秒で三十発が限界」


 一秒間に三十発の突きとは、一回の突きを何秒で繰り出しているのか。

 アルには想像もできないほどの絶技だが、ミルフレティア自身は納得していないようで、


「……五十年以上剣を振り続けてる私でも、三十発が限界。それだって、極められたなんて微塵も思ってないし」

「……」

「ましてやこの《高速剣技》は私の体格に最も合ったスタイルを模索した結果だから……アルファストが身に着けても、私以上の速度を出すことは難しいと思う。骨格とか、筋肉とか……何より、アルファストは突き主体の戦い方じゃないし」


 そこまで言われて、アルは気づいた。


 半年以上アルが食らい続け、つい最近その詳細を教えてもらった、ミルフレティアの《高速剣技》。

 初めて話を聞いた時には恐ろしい剣術だと思ったが……それはミルフレティアが、どうやったら自分がもっと強くなれるかを模索した結果なのだ。


 細くて力は弱いが、速度と柔軟性はあるミルフレティアに合致した剣技。細やかに動き回りながら、最小限の動きで最速の一撃を放つことのできる、突きに特化した剣術。


 二人だけの特訓が始まった当初、気軽に「教えてほしい」などと言ってしまったアルだが、今にして思えば浅慮な発言だったと後悔が滲んでくる。

 とはいえ、ミルフレティア自身はそう重くとらえてはいないようで、


「でも……突きを使わないわけでもないし、普通の袈裟斬りや薙ぎにも応用自体はできると思う。私は《高速剣技》をメインで使ってるけど、アルファストはあくまで技術の一つとして身につけておいて損はないと思うよ。剣速が上がるのは確かだし。《高速剣技》を身につけたうえで、アルファストに合った剣技に昇華させるでもいいしね」


 自身の剣士としての人生を賭けて開発した《高速剣技》を、まるで簡単に扱うミルフレティアにアルは驚きを隠せなかった。どうしてアルに教えてくれるのか、どうしてアルの手段の一つと言い切れるのか、どうしてアルがそれを発展させることを良しとするのか。


 今更ながらミルフレティアの努力の結晶を気軽に扱おうとしてしまったアルは沈んだ表情を浮かべる。そんなアルを見て、アルの考えを見抜いたのか、ミルフレティアはくすりと笑みを溢して告げた。


「……簡単じゃないよ。私が、アルファストになら教えてもいいと思ったから教えるの。そして……アルファストなら、この《高速剣技》を更に、私でも辿り着けなかった次元(レベル)に昇華させてくれるんじゃないかって……期待、してるから教えるの」


 真っ直ぐアルを見据えながらそう告げるミルフレティアの表情は、どこか見覚えがあって……、


「(……あぁ、そうか。この顔……デリーたちと同じなんだ)」


 アルの弱さを知っていると。

 アルの努力を知っていると。


 アルのこれまでを理解し、認めてくれたデリーや隊士たちと同じ、暖かい眼差し。


「(隊長も、俺の努力を知ってくれたってことなのか……これも、俺の努力の結果、か……)」


 密かに憧れていた剣士が、アルの努力を知って、理解してくれていた。そして、アルに自身の技を託すに値すると、いずれ成長させてくれると、そう期待してくれている。

 それが何より心地よくて、アルは思わず笑みを溢した。


「……だから、ここでの訓練は二人だけの秘密。私が《高速剣技》を伝授してるのなんて、アルファストしかいないから。バレたら大変」


 やや揶揄うように口元に人差し指を添えるミルフレティアは、とても可愛らしかった。


「……あぁ、分かったよ隊長。そしてありがとう。俺は必ず《高速剣技》を自分のものにして見せる。そして……いつか必ず、自分だけの技に進化させてみせるよ」


 ミルフレティアの期待にこたえられるように。

 そして何より、強くなるために。


 アルは今まで以上に鍛錬に打ち込むことを決意し、力強い瞳でミルフレティアを見据えた。


 そんなアルの決意に、満足気に頷いたミルフレティアだったが……ふと、不満気な表情を浮かべる。


「……その隊長っていうの、やめて」

「え? じゃあ、ミルフレティア……?」

「……ミルでいいよ。メア様は、そう呼ぶ」

「え、そうか? ……じゃあ、ミル」

「うん」


 突然の言葉に驚きつつも、アルがミルと呼ぶと、ミルフレティアは改めて満足気な表情を浮かべて頷いた。


 しかし”メア様はそう呼ぶ”、か。”親しい人は”ではなくメア単独を指しているということは……もしかしたら、ミルフレティアを愛称で呼ぶのはアルとメアの二人しかいないのでは? 実際ミルフレティアが”ミル”と呼ばれているところは見たことがないし……。


 アルはそこまで考えて、深く考えるのはやめた。もしかしたら急にミル呼びになったことで、他の隊士からミルフレティアとの関係を疑われるかもしれないが……その時はその時だ。


「じゃあ、私もアルって呼ぶね」

「え、あ、あぁ。もちろん、いいよ」

「うん……じゃあ改めてよろしく、アル」

「あぁ。よろしく頼むよ、ミル」


 小さく微笑むミルの手を握り、アルも笑った。






 ――こうしてアルとミル二人の、秘密の特訓は始まった。











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嘘です、シテクダサイ。泣いて喜びます。






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