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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
白影編

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32/65

Ep.32 幕間~炎影~

短いです。






 ――そこは、”魔王の城”であった。


 目を見張るほどに広大な広間は薄暗く、闇に支配されている。

 両端に設置された数多もの篝火だけが唯一の明かりで、それにより炎影が揺らめいている。


 空間の最奥には見るも豪奢な大椅子――玉座が設置されており、そこに座る存在を不規則に揺れる影が隠していた。


「――識別名”L”、こちらに」


 静謐な空間に響くのは、どこまでも冷淡な声。

 無感動で、無感情で、無機質で、およそ人の発したものとは思えないほどに均された声だった。


「よく来たな、L。……貴様に任務を与える」


 相対するは異形の怪物。


 ピッシリと着こなされた上品なスーツに、仰々しいマントを羽織っているその恰好は上流階級の人物であることを窺わせる。玉座にふんぞり返り、頬杖をついているその様からも、かなりの立場にいることが分かる。


 特徴的なのはその頭部。

 見るからに人間のそれではない頭部は漆黒の体毛に覆われており、額からは二本の角が伸びている。細められた瞳孔は横長に伸びており……その様相は、山羊のようであった。


 上品な召し物を身にまとった二足歩行の山羊頭は、眼前に跪く存在の声を聞き、上機嫌に笑った。

 何の感情も感じられないその声音こそが、自らの計画がうまくいっていることの証左でもあり、山羊頭にとってこれ以上の僥倖はない。


「……殺し、でしょうか」

「そうだ。しかし対象は決まっていない」


 自らに与えられる任務、それは”殺し”以外には有り得ないことを知っている少女は、半ば確信しながらも問う。そして返ってきた予想通りの肯定に目を伏せかけ……続く言葉に僅かに目を見開いた。


 対象の決まっていない殺し。まさか無差別殺人をさせようというわけではないだろうし、少女は自身を見下ろす存在の思惑を汲み取れずに疑問を抱く。

 もちろん表には出さぬように、彼の神経を逆撫でしないように、至って平静を保つ。そうすれば、彼はベラベラと自身の計画を語りだした。


「ここ数十年の間に魔帝になったガキがいてな……まったく忌々しい。私よりもずっと後に魔王になったくせに、私よりも早く魔帝になるなど。到底許されることでない」


 その存在のことを思い浮かべているのだろうか、彼は怒りに震えるように拳を握った。


「…………」


 そして少女は、当然のように何の反応も返さなかった。

 肯定も、否定もしない。どちらをしても彼の神経を逆撫でするだけだし、彼も相槌を求めて話しているわけではない。


 ……それを理解するのに、少女は幾度も血反吐を吐いたが。


「……しかし、正面からやり合ってもこちらが不利なのは確か。故に、貴様を送ることにした」


 言葉ではそう言いながらも、自身が正面からでは勝てないと心底認めたくないのか、苛立ちを抑えきれないようにコツコツコツと玉座を指で叩いていた。


「正面戦闘など馬鹿のすること。真に賢い王は知略にこそ長けるのだ。……それをあの小娘に教えてくれる」


 それまで少女に語りかけているようで、すべて自分一人で語っていた山羊頭は、少女に視線を送った。


「貴様の任務の内容は簡単だ。それは――」

「……」


 跪きながら、頭上に降ってくる言葉を一言一句逃すまいと聞いていた少女は、与えられた任務の内容に目を見開いた。

 思わずその真意を窺おうと顔を上げたくなる衝動を抑え、ひたすらに頭を垂れ続ける。


 ……自分はただ、黙って従えばいいだけ。真意を知る必要はない。 


 思わず覗きかけた心を押し殺し、少女は淡々と告げた。


「……承知しました」

「……分かっていると思うが、逃げようなどとは思うなよ」

「……」

「”ソレ”の凶悪性は、貴様も良く知っているだろう?」


 山羊頭の言葉にいつかの光景を思い出し、少女は全身に悪寒が走るのを感じる。

 気づけば全身が小刻みに震え、視界がかすみ、呼吸が浅くなる。カチカチと歯が鳴る音だけが少女の鼓膜を震わし、恐怖心で胸が満たされる。


「(……もう、嫌だ)」


 少女は無意識のうちに己の首元に手をやり、さすっていた。


「貴様は私から逃げられない……ゆめ、忘れるな」

「………………承知、しました」


 そんな少女の状態など視界に入っていないように言い放った彼の言葉に、どうにか声を絞り出して答えた。


「もうよい、行け」

「……失礼します」


 震える体をどうにか押さえつけ、少女は重々しい足取りで部屋を出た。


 廊下の明かりが少女の視界を焦がし、大きすぎる扉が音を立てて閉まる。そこでやっと、闇の世界との繋がりが断たれ、少女は思わず蹲った。




「……もう、嫌だ」




 ――少女の声を聞く者は、どこにもいなかった。





 






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