Ep.28 盟黒都市アルメア 後編
――それから二人は、思うままに食べ続けた。
「これは? コロッケ?」
「うん、『アクアバイソンのコロッケ』だよ~」
「アクアバイソンかぁ~、食堂でも出てくるけど美味いよなアレ」
「そだね、特にゴリアンヌが料理するから余計に絶品だよ~。でもこれも負けないくらい美味しいよ!」
「ホントか!? どれどれ……」
かぶりつくと、ザクザクの衣の中にはホクホクの芋が練られている。程よい塩気を感じるコロッケはそれだけでも美味いが……『アクアバイソンのコロッケ』の本領はここからだった。噛みしめれば噛みしめるほど、ミンチにされたアクアバイソンの肉から肉汁が溢れてきて、コロッケの旨味を加速させた。確かにアクアバイソンはそのジューシーさが持ち味ではあるが、それは小さな挽肉になっても健在のようだ。
二人並んで食べていたのだが、瞬く間に完食してしまった。
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「卵焼き? 串に刺さってるけど……」
「そそ、これは『恵鶏卵の卵焼き串』だよ!」
「卵焼き、串?」
卵焼きの存在はもちろん知っているが、それを串に刺すという行為が理解できず、アルは不思議そうな表情でそれを見つめた。
卵焼きは綺麗な黄色で、プルプルと揺れている。
「ほらほら、食べてみて!」
メアに促され、アルは卵焼きを口に運んだ。
その瞬間アルの口内に広がったのは、じんわりとした優しい甘さだった。
「ん、甘っ……!」
ただの甘い卵焼きではない。砂糖で無理やり甘くした味付けではなく、卵本来の甘みを最大限引き立たせるような味わい。更に滑らかな舌触りも加わることで、まるでパンケーキでも食べているかのような錯覚を覚えた。
「えへへ、驚いたでしょ。恵鶏卵って言ってね、すご~く甘みが強い卵があるんだ。それを加熱することで余分な甘みが飛んで、上品な甘さだけが残るんだよ~」
「ん、そうなのか。知らなかったな」
「それにその卵焼きは、天鉾牛から絞ったミルクから作った生クリームも使ってるからね、舌触りもいいし、甘みも引き立つんだよ~」
「ほへ~」
メアの解説に対し、気の抜けた声を出しながら『恵鶏卵の卵焼き串』を食べ続けるアル。
卵焼きが美味しい理由は分かったが、しかし串に刺す理由がわからん……とおじさん臭いことを考えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「天鉾牛の生クリーム使用って、さっきのと同じ?」
「そそ、どうぞ~」
「さんきゅ」
メアから渡されたのは、『天鉾牛のアイスクリーム』。
先ほどの卵焼き串にも使用されていたという、天鉾牛のミルクから作られた生クリームが使用されているらしい。
「天鉾牛って確か……牧畜用の牛、だったっけ?」
「うん、一応扱い的には魔獣だけど、温厚だからね~」
記憶を辿り、うろ覚えだった存在を思い出す。
見た目こそ天を突くように逆立った角が特徴的な雄々しい見た目をしているが、まったく人を襲うことのない温厚な性格で有名な牛だ。広く牧畜用として普及している。
「天鉾牛から採れるミルクはね、すっごく濃厚でクリーミーなんだ~! それにとっても甘いんだよ!」
「そうなのか」
「うん、天上のミルクが採れることが名前の由来ってくらいだもんね~」
「あれ、俺の記憶だと天を突く角が由来って聞いたけど」
「そーなの?」
お互いの意見が合わず顔を見合わす二人。とはいえ、アルもほとんど覚えていないため確実な記憶ではないのだが。それはメアの方も同じようで、二人して首を傾げた。
「そんなことよりアイス食べよっか。解けちゃうし」
「そだな」
メアに同意し、艶やかな白いアイスクリームを一舐めする。
すると、先ほどの卵焼きとは打って変わって濃厚な甘みがアルの脳を溶けさせた。
ねっとりとしたアイスクリームから感じる甘みは極上の甘み。しかし最も驚くべきは、その甘みは最初のインパクトが強いものの、食べていくうちにスッと溶けるように消えていったことだ。嫌な甘ったるさがまったくなく、むしろ後味はスッキリするほどの特殊な甘さ。
「凄いなこれ、いくらでも食べられそうだ」
「でしょ~」
アルの言葉に相づちを打ちながら、ペロリとアイスを舐めるメアを見やる。
小さな舌を出しながら、アイスクリームを舐めるその姿は、なんというか……、
「(可愛いな……)」
小動物のような仕草に、思わず庇護欲が刺激されるアルだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――それからもいくつもの食べ物を食べていき、二人が満足する頃には14時を回っていた。
「いや~食べたね~」
「あぁ、流石にお腹いっぱいだよ」
ついつい食べ過ぎてしまい、アルは膨れ上がったお腹をさすった。
メアが紹介してくれる店はどこも美味しく、いくらでも食べられてしまった。そんな調子で次から次に食べていってしまい、やがて満腹を感じた頃には既に限界を迎えていたのだ。
「それで、今はどこに向かってるんだ?」
『多来福通り』を出て、少し歩いたあたり。景色はガラッと変わり、露店は一つも見当たらない。喧騒も先ほどに比べたら穏やかなものにはなっているが、それでも賑わいはあった。
どう見ても住宅ではない建物が並んでいる。色とりどりで、個性のある建物が多いそれは、
「ここは商店街。特に飲食店以外が多いね。で、今ボクたちが向かってるのは……」
そう言いながらメアが視線を向けたのは、二人が歩く先にある一つの店。華美な装飾の施されたその店は、可愛らしくはあるが少しばかり高貴さを漂わせていた。
「ここはボク行きつけの服屋だよ! アルくん、私服とかほとんど持ってないでしょ?」
「え? まぁ確かに」
そもそもアルはこの身一つでメアに拾われたうえに、当時来ていた服は血や泥などの汚れで使えない状態になっていたのでとっくに捨てている。よって今のアルは支給された服を着回しているのだが、その数は多くない。もっとも、貰えるだけありがたいのでアルは特に気にしていなかったのだが、
「特別に! ボクが見繕ってあげるから!」
「いいのか?」
「もっちろん! ほら、入ろう!」
「あぁ……」
少しばかり高そうな店に、やや気後れしながらもアルは入った。
メアの言う通りその店は服屋のようで、清潔な店内にはいくつもの服が並んでいた。
入店するアルとメアに気づいたのか、恐らくは店主らしき人物が近づいてくる。
「あら、メア様じゃない。今日もお買い物?」
「まあね~」
行きつけと言っていただけあり、その人物はどうやらメアの顔見知りのようだった。親し気に声をかけるその女性は、メアの隣にいるアルの存在に気づくと、興味深そうな視線を向けた。
「……それで、そっちの男の子は? もしかしてメア様のカレシ?」
「違うよ~! この子はアルくん、最近ウチに入った子!」
特段照れる様子もなく否定したメアは、アルを紹介する。すると店主らしき女性は「ふ~ん」とどんな感情なのか分からない声を漏らしながら、アルのことをじっくりと観察した。
「中々いい男じゃない。本当にカレシじゃないの?」
「違うって~!」
「ふ~ん。でもメア様が男を連れてくるなんて、今までなかったじゃない?」
「今日はこの街を案内してるの~!」
どうやら店主らしき女性はアルをメアの彼氏ということにしたいのか、疑う様子を見せ続ける。
流石のメアも居心地の悪さを感じたのか、話を断ち切るように言った。
「そ、れ、で! 今日はアルくんにいくつか服を見繕いに来たの!」
「……あ、そう。じゃあ好きに見てって。品揃えには自信あるから」
「え、あぁ、うん」
有無を言わさぬメアの勢いにこれ以上追及しても無駄だと察したのか、女性は諦めるように視線を外した。そしてアルに向かってそう告げると、店の奥に引っ込んでしまった。
「まったく……」
「あの人は店主?」
「そう。店主のマルシャール。普段はあんなんじゃないんだけど、人の恋愛話が好きなんだよ……」
疲れたように肩を落とすメアだったが、気を取り直すようにアルの手を取った。
それからメアは、アルに似合う服を見繕っていった。
正直アルにファッションなどは欠片も理解できないため、基本的にメアの着せ替え人形となっていただけだったが。
結局アルは一時間ほどされるがままになり、シンプルな服を数着購入した。
メアがお金を払っている時のマルシャールの視線はあまり思い出したくはない。「コイツマジか」という声が聞こえてくるほどに、アルを見る目は冷たかった。
そんなこんなで店を出ようとした時、メアが視線に映りこんだ服を見て声を漏らした。
「あっ、あれ可愛い……」
メアの視線の先には一着のドレスがあった。
ドレスといってもパーティーなどに着用するような大仰なものではなく、あくまで普段使いできる程度に装飾されたドレスだ。
基本的にメアは黒色を好むが、その例に漏れず目先のドレスも黒を基調としたものだった。ところどころ白色と赤色が差し色となっているデザインで、非常に可愛らしい。
「試着してったら? 着るだけならタダよ」
「それ店側が言うんだ」
「お得意様だしね。それに私もメア様が来てるとこ見たいしね」
マルシャールの言葉に対し、メアは迷う様子を見せていた。
恐らくは、着てみたいが今日の目的はアルを案内することであるがゆえに、自分の都合で時間を取って良いのかと考えているのだろう。
メアの表情から大体の考えを察したアルは、
「俺のことは気にしなくていいよ。着てみたいんだろ?」
「……うん。じゃあ、少しだけ。ごめんね?」
「良いって」
メアは申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、ドレスを手に取って更衣室へ向かった。
アルとマルシャールもそれに続き、更衣室の近くまで歩いていく。
「……それで、本当なの? メア様のカレシじゃないって」
「……またその話か? メアの言う通りだよ、俺とメアはただの上司と部下。それ以上でもそれ以下でもない」
「ふ~ん……それにしては……」
マルシャールが恋愛話好きというのは本当のようで、メアが口を割らないと判断した彼女は今度はアルに目を付けたようだ。メアがいない隙を狙ってすかさず尋ねてくる。
「じゃあ、君はどう思ってるのさ? メア様のこと、好きじゃないの?」
「そりゃ好きだよ。恩人だし」
「そういう好きを聞いてるんじゃないって分かるでしょ~?」
「……」
食い下がるマルシャールにグイッと近づかれ、アルは後ずさった。
どうやら軽く流す程度では許してくれないようで、アルから確りとした返答を聞くまでは逃がさないという強い意志を感じる。
何が彼女をそこまで駆り立てるのか……不思議に思いながらも、アルはどう答えるか逡巡する。
「(好きじゃないって否定するのは簡単だけど――)」
一呼吸置き、アルは口を開いた。
「好きだよ、一人の女性として」
「あら――」
アルはマルシャールの瞳を真っ直ぐ捉え、はっきりと告げた。
その言葉を受けたマルシャールは軽く目を見開き……感心するように笑みを浮かべた。
「……なるほどね。アンタ、私が思った以上に良い男じゃない」
「……そりゃどうも」
「その好きな女に金は出させるみたいだけど」
「仕方ないだろ! こっちは無一文なんだから!」
揶揄うような言葉に対し、アルは否定することしかできなかった。
「二人とも、何してんの~?」
ふと、横合いにそんな声がかけられる。
見れば、着替えが終わったようで更衣室のカーテンを開くメアの姿があった。
「(聞かれた……!?)」
一瞬ドキリと緊張が走るも、それなりに距離があったことでメアまでは話の内容が聞こえていなかったようだ。コテンと首をかしげながら、メアはアルたちの前に歩み寄る。
「あら~、メア様可愛いじゃない~! お人形さんみたいね~」
マルシャールの言葉にアルも改めてメアを見やる。
メアの小さな体を包むそのドレスは黒を基調としたカジュアルめなドレスで、ところどころ白いフリルがあしらわれた可愛らしい衣装だ。
ノースリーブとなっているため肩は露出しており、白くて華奢な肩が露わになっている。少し視線を上に流せば、首元には赤いリボンがあしらわれたチョーカーがある。
スカートの丈は膝上までで、ほっそりとした脚をなぞればこれまた漆黒の艶やかなブーツ。やや無骨なブーツそのものが、逆にメアの華奢な体格を強調している。
上品な程度に装飾のあしらわれたそのドレスはメアによく似合っており、彼女の可愛らしさを底上げしている。
「……かわいい」
思わず漏れた言葉を聞いて、横にいるマルシャールはニヤニヤと不躾な視線を送ってくる。一方メアは褒められ慣れているのか、僅かに恥ずかしそうな表情を浮かべながらも笑って感謝の言葉を紡いだ。
「えへへ、そう? ありがと」
「どうする? 買ってく?」
「う~ん……どうしようかなぁ。気に入ったのは気に入ったんだけど……同じようなの持ってるしなぁ」
ぼやきながら悩む様子を見せるメアに、アルは内心確かにと頷いた。
メアは黒い服、殊更今のようなややゴスロリチックなドレスを好んで着ている。前世からそれは変わらず、何度か見せてもらったメアのクローゼットには似たような黒いドレスがいくつも並んでいた。
正直アルにはさほど違いが分からないのだが、本人には明確に違いがあるらしく、深くは触れないようにしていた。
「(まぁ可愛いし)」
結局可愛ければ何でもいいのだ。
アルがそんなことを考えているうちにメアは購入することに決めたようで、どうせならとそのまま着ていくことにしたらしい。
街中を歩くにはやや派手ではあるものの、悪目立ちするほどではない。そもそも普段からメアは似たような恰好でぶらついているだろうから、今更気にする必要もないか。
そんなこんなで装いを新たにしたメアとともに、アルは商店街をぶらついた。
アクセサリーショップを冷やかしたり、本屋で魔法の本を買ってもらおうか本気で悩んだり、寝具屋でもう一つ枕があったほうがいいのでは? と天啓を得たり。
メアと賑やかに店を回りつつ、次の場所へと向かった。
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「ここは職人街だよ。武器屋とか鍛冶屋、魔道具店なんかがあるね」
「へ~」
メアの紹介につられて周囲を見れば、その様相は先ほどとはまるで違っていた。
生活感と賑わいで溢れていた先ほどまでの街とは違い、重々しい機械音や空に立ち上る白煙などが目立つ。建物は見た目にこだわったものがほとんどなく、無骨な建造物が並んでいる。
「あ、ほらあそこ。でっかい工場があるでしょ?」
メアが指さす先には、物々しい建物が並ぶ職人街においても一際大きな建物があった。
「あそこでウチに卸す量産型の武具を作ってくれてるんだよ」
「そうなのか、俺も世話になってるしな」
立ち合い等はほとんど木剣を使っているとはいえ、一人での訓練の際には稀に真剣を使っている。言わずもがな実戦で使うのは真剣なので、少しでも真剣を使う感覚を覚えておくためだ。木剣に慣れすぎて真剣を振る感覚を忘れましたなどということになれば目も当てられない。
それにアルは目利きができるわけではないが、長年剣を振ってきたのだ、良し悪しくらいは分かる。クローリー軍に卸されている剣は目が覚めるほどの傑作というわけではないが、量産型と考えれば十分すぎるほどの品質を持った剣だ。よほど腕のいい鍛冶師たちを雇っているのだろう。
「あそこの工場長は凄腕の鍛冶師でもあってね、もしもオーダーメイドとかあれば行ってみるといいかも!」
「……機会があればな」
気軽に言うメアだったが、自分の飯代すら払えないアルがオーダーメイドの武器を注文するなど、どれだけ先のことか。
とりあえず今は覚えておくだけ覚えておこう、と考えつつ職人街を歩いた。
そうしていくつかの店を紹介されつつ辿り着いたのは、怪しげな商店だった。他の建物同様飾り気はないものの、色が独特で、紫色の屋根に黒い外壁をしていた。陰気臭いその外観のせいか、店内からおどろおどろしい黒いオーラが漏れているような気さえしてくる。
アルが顔をしかめながら躊躇していると、メアは迷うことなく店の中に入った。
「ちょ……」
あまりの豪胆ぶりに一瞬呆気に取られるが、どうにかメアの後を追い店に入った。
「おぉ……」
そして飛び込んできた景色に、思わずアルは感嘆の声を漏らした。
そこはまるで不思議の家のようで、別世界に入ったかのような錯覚を覚えた。
ところせましと雑多に置かれた謎の道具たちは、それぞれ色とりどりの光を放っている。店内の照明が薄暗いのも相まって、暗闇の中に様々な色彩が浮かんでいるように思えて不思議と見入ってしまう。
そんなアルの様子を見て、メアは悪戯っ子のように舌を出しながら笑った。
「へへ、驚いた? 凄いでしょここ。外観からは想像できないよね~」
「あぁ。何の店なんだ、ここ?」
「ここは個人経営の魔道具屋。すっごい質がいい魔道具とか珍しい魔道具がいっぱいあるんだけど、人が中々来ないから穴場なんだよね~。まぁ見た目があんなんだからね~」
メアの言葉に、アルは内心「そうだろうな」と肯定する。
しかし、店のそこかしこに置かれた道具は魔道具だったようで、見覚えがないのも頷ける。
「あ~でもダメだ~、今日は店主いないみたい」
きょろきょろと店内を伺っていたメアが、残念そうに漏らした。
しかし、アルには理解できなかった。普通に入口は空いていたし、誰もいないなんてことあるのだろうか。
「え、でもカギとか閉まってなかったよな?」
「ん~まぁここの店主も相当変わってるからねぇ……基本カギとか閉めないんだよ。だから入ってみないと開店してるのかどうかわかんないの」
「ええ……」
店の外観から店主が変わっているというのは理解できなくもないが、それにしたって閉店しているのにカギをかけないとは、不用心にもほどがあるだろう。そう思いアルが内心引いていると、
「……まぁこんな外観だし、あんまり客来ないからねぇ」
そういう問題か?
とも思ったアルだったが、それがこの店のやり方というのなら、アルの口出すことではないだろう。
ともあれ店主がいないのでは買い物もできない。
今度改めて……来たいとは思わないが、出直すかと思い踵を返すアルだったが、何かが足にぶつかって転がっていく。
「ん? これは……?」
コロコロと転がるそれを拾って見ると、何やら豪奢な万年筆だった。
これも魔道具なのか? と不思議そうに万年筆を眺めていると、それに気づいたメアが覗き込んでくる。
「何見てるの~?」
「あぁ、これ。床に落ちててさ」
「あぁ~! それ知ってる。確か……『これで君も有名画伯くん』だったかな?」
「何だそのネーミングセンス……」
意味の分からない名前を真面目に思い出すメアに、アルはツッコミを入れた。
「前に店主の子から紹介された魔道具なんだよ~。効果はね、これを使えばすっごい上手な絵が描けるんだって」
「へぇ……凄いじゃないか。何で万年筆なのかは分からないけど」
万年筆とは本来絵を描くためのものではないような気がするが、それはそうと結構凄い効果を持った魔道具だな、と感心していると……、
「でもカバの絵しか書けないけどね」
「……は?」
「それ以外には効果ないんだって」
「ガラクタじゃねぇか!」
「ははははっ、でも面白いよねぇ~」
特定の絵、しかも何故かカバの絵にしか効力を発揮しないなど、言ってはあれだがゴミ同然だ。一瞬ここの店主を見直しかけたアルだったが、即座に撤回する。
「……もしかしてここで売ってる魔道具って、全部こんなんばっか?」
「大半はね。ちょっとヘンテコな効果の魔道具ばっかりだけど、逆に滅多に見ないから面白いんだよね~」
そう言いながら楽しそうに笑うメアを見て、アルは確信した。
メアがこの店によく来る理由は良い商品を求めではない。面白い商品を見たいから来ているのだ。
「(そりゃ客もいないわけだよ)」
外観だけでも入りづらいというのに、入ってもガラクタばかり。これが実は掘り出し物を売っている穴場的な店だったらアルも感心したものだが、外も内もダメダメな店では救いようがない。きっとこの店に訪れるのは、メアのような好奇心旺盛な客だけだろう。
とにかくアルはもう来ることはないだろうなと思いながら、その店を後にした。どうやらメアはもう少し見てたかったようだが、今日はアルへの案内なのでアルの意志を優先したようだ。少し名残惜しそうな表情を浮かべたまま、アルの後をついていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――最後はここだよ~」
時刻は18時を回り、空は橙色に染まっている。
その後も街をぶらぶらと歩いた後、メアが最後にやってきた場所はアルメアの中心地だった。
「これは――」
そこは、大きな噴水広場だった。
中央の巨大な噴水を囲うように広場が広がっており、椅子や露店などが点在している。周囲には元気に走り回る子供や、眠っている子供を抱きかかえる両親、静かに座る年配の夫婦などがいた。
そして何よりアルの目を引いたのは、噴水に設置された一つの石造。
精巧に造られたそれは、一人の剣士を模したものだった。
服装は見るからに着流しの和装。材質が石のため色はないが、着物に描かれた柄まで緻密に彫って再現されている。長い髪は無造作に後ろに流され、一つにまとめられている。表情は笑みを浮かべているものの、どこか自慢気にも見える、少しばかりイラっとくる顔だ。そしてその右手には、一振りの剣を持っている。
それは、かつて何度も見たことのある男のもので――。
「あれはね、剣鬼像っていうんだ」
石造を見つめるアルに並び、メアは言った。
そちらに視線を向けると、メアは言葉では言い表せないような複雑な感情を込めた瞳で、その石造に視線を向けていた。
「……昔ね、ボクの大切な人に《剣鬼》って呼ばれた人がいたんだ。その人はボクがクローリー軍を立ち上げた時からずっと一緒で、隣で支え続けてくれた……」
「……」
「今のボクがいるのは、間違いなくその人のおかげ……だから、その人がずっと、今でも仲間なんだって……そういう想いで、あの像を建てたんだ」
言葉を紡ぐメアの視線は石造に向けられていたが、実際はその向こう側――もう届くことのない、かつての思い出を見ているようで、アルは言葉を返せず黙り込んだ。
「ううん、それだけじゃない……何より、あの人がいたことを誰にも忘れてほしくなかった。だからあんな風に目立つように、像を建てたんだと、今なら思う」
「……」
「魔族の寿命は長いからね……あの人のことを覚えている人は大勢いる。でも、記憶は風化していくものだから」
そこまで言うと、メアはアルに視線を向けた。
「ボクの夢はね、魔神になることなんだ」
「……そう、なのか。うん、メアになら叶えられるよ、きっと」
そんなこと昔から知っているし、信じている……そんな言葉が口をついたが、どうにか押し込め、率直に本心だけを語った。
そんなアルを見て、メアは僅かに目を見開いた。
「……不思議だね。アルくんの目、ちっとも疑ってないみたい。本気でボクが魔神になれるって思ってる」
「そりゃもちろん。それにメアは魔帝だろ? 目標は目前なんじゃないか?」
「……ふふ、そうだね。気づけばここまできた……でも、魔帝と魔神は一つしか差がないけど、実際はそれ以上に埋めようもない差があるんだよ。そもそも大抵の人たちからすれば魔神は目指すものじゃない。気づけば存在していたもの。……魔神なんて目指すのは夢のまた夢、魔帝になれただけでも十二分に凄いって、普通は言うんだよ」
実際に何度もそのようなことを言われ続けてきたのだろう。メアは少し寂しそうな表情を浮かべながら笑った。
「でも、アルくんは否定しないし疑ってもいないんだね」
「……俺は、本気で信じてるから」
メアからすればどの口が言っているんだとなるだろう。軽々しくそう言うアルに腹を立ててもおかしくない。
メアからすればアルはたった数カ月前に出会ったばかりで、その間に交わした言葉の数も多くはない。当然信頼関係なんて立派なものは築けてもいないし、アルがメアの努力を知っているなんて露ほどにも思っていないはずだ。
それでもアルは自らの本心を語り、メアもまたそれを受け入れた。
「うん、それはアルくんの目を見れば分かるよ……昔ね、あの人も同じように言ってくれたんだよ。しかも、その時のボクは魔帝なんて立派な称号も持っていない、正真正銘ただの小娘だったはずなのに」
「……」
メアは《剣鬼》との出会いを想起しているのか、黄昏に染まる夕焼けに視線を投げた。そしてアルもまた、メアとの出会いを脳裏に浮かべていた。
「蹲って、顔を伏せて、閉じこもって……何も成すことができずに、ただ泣いていただけの、小さな小娘の戯言。それを信じるって、笑って言い切って……それから――」
――俺がキミを魔神にしてみせる。
メアの言葉の続きが、アルには分かった。
それはかつて、他でもないアル自身が言った言葉だから。
メアを信じていた。絶対に魔神になれると。
自分を信じていた。絶対に魔神にしてみせると。
アルがメアの手を取ったその瞬間から、二人の物語は、始まったのだから。
「……ボクは絶対に魔神になる。けれど、ボクたちだけで魔神になったら、きっとあの人とその思い出は置いて行っちゃう気がするんだ。だからその時に、誰もあの人を忘れないように、あの人もボクたちの仲間なんだってみんなが知っておけるように、剣鬼像を設置したんだよ」
魔神になるのは、果てしなく遠い道のりだ。
それをメアは理解している。理解しているからこそ、その果てしなく遠い道のりにおいてアルフレッドの存在が遠くに置き去りにならないように、一緒に歩んできた仲間なんだと言えるように、あの像を建てたのだとメアは言った。
その言葉を聞いて――アルは相反する二つの感情に苛まれた。
一つは激情。
メアはアルのことを覚えていてくれるのか? 今も変わらず想ってくれているのか? ……心のどこかで、少しでもそう思わなかったと言えば嘘になる。メアの気持ちを疑うつもりは毛頭ない。けれど、アルも生き物だ。どれだけ取り繕っても不安を抱いてしまうもの。
だからこそ、メアが今もアルフレッドのことを忘れずにいてくれていたことが、アルにとっては何よりも嬉しくて、心の奥底から歓喜が渦巻いている。
そしてもう一つが――罪悪感。
ここまで思ってくれているメアに対し、アルは真実を打ち明けられずにいる。メアに悲しみと重みを強いてしまっている。できることならば、今、隣にいる自分こそがアルフレッドの生まれ変わりなのだと声高に叫びたい。そしてメアが抱える重みを解き放って、自由にしてあげたい。
……けれど、アルの意志は変わらない。
メアを魔神にしてみせる。
そのためには、今のアルでは何もかもが足りない。強さも、立場も、経験も。そしてメアに寄りかかって得られる強さに意味などない。メアに頼らず、アルが自分で手に入れた強さにこそ意味があるのだ。そうして初めて、メアを魔神にすると胸を張って言える。メアの隣を歩いていける。
「(一度決めたことは、死んでも貫き通す)」
揺らぐ意志を叩き直すように、アルは心の中で告げた。
「メア」
「うん?」
アルの呟きに、メアが視線を向ける。
アルはその深紅の瞳を真っ直ぐ見据え、言い放った。
「俺、強くなるよ。メアの夢の手伝いができるように……その《剣鬼》と同じくらい、いいや、それ以上に」
「……アルくん」
アルの言葉と瞳から強い決意を感じ取ったのか、メアは僅かに目を見開いて――笑った。
「うん。期待、してる」
「あぁ。絶対に」
夕焼けに照らされるメアの笑顔は、大きな寂寥感と――少しの期待に彩られていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
感想・誤字報告、お待ちしております。
少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。
嘘です、シテクダサイ。




