Ep.18 クローリー軍の愉快な仲間たち⑥
「――すみません、お見苦しいところをお見せしました」
先ほどまでの弱々しい態度はどこへやら。スンと澄ました表情で謝罪を述べるセラだったが……そのあまりの変わりように、アルはもちろんルストも微妙な表情を浮かべることができなかった。
当初は優雅な振る舞いこそがセラの素なのだと思っていたが、自身の性別を誤解されて泣き顔を見せる様子を見てしまった今なら分かる。恐らく優雅な振る舞いも、上品な所作も、すべては取り繕ったものなのだろう。
セラ・アスタロトという人物の本性は、表情と感情が豊かな一人の少女に他ならない。
もっとも、アルにはそれを指摘する気は欠片もない。
元はと言えばアルがセラの性別を間違えたことが原因なのだ。
中世的な容姿や服装、一人称や喋り方などを総合してセラを男性だと断じたのだが……正直なところ、アルとしては誤解してしまっても仕方がないのでは? と思わないこともない。せめて服装や言動をもう少し女性的なものに寄せてくれれば、アルとてセラを男性だとは思わなかっただろう。
とはいえ、それは全て言い訳に他ならない。
結果的にセラを傷つけ泣かせてしまったのであれば、それはアルの責任なのだ。
セラを立ち直らせるために既に何度も謝罪はしたがアルは改めてセラに謝意を示した。
「いや、元をたどれば俺がセラを男性だと誤解したせいだから。本当にすまなかったと思ってる」
「もう何度も謝っていただきましたし、大丈夫ですよ。僕の方も普段はあれほど取り乱すことはないのですが……その、タイミングが、少し」
セラ自らも情緒の不安定さを自覚しているようだったが、その原因については言い淀む。アルとて言いづらいことを聞き出したいとは思わないので、さりげなく話題を変える。
「セ、セラはよくここに来るのか?」
「え、はい。休暇の際にはよくここに来ます。こうして自然に囲まれながら好きな紅茶を頂くのが、僕にとって一番の至福なので」
アルのヘタクソな――もとい、さりげない気遣いをセラは察し、気を取り直すように口を開いた。紡がれる言葉はややぎこちなかったが。
「凄いよな、ここ。紅茶は……ちょっと分かんないけど、俺も自然に囲まれながら昼寝をするのが趣味だからさ。落ち着くんだよな、こういう場所」
「ふふ、気が合いますね。よければ紅茶も試してみてください。今度おすすめの銘柄を紹介しましょうか?」
「ホントか? 紅茶とか上品な飲み物は飲み慣れないからなぁ。飲みやすいものだと助かる」
自分の趣味の話になったおかげだろうか。発せられる言葉からはぎこちなさが薄れ、穏やかな声音に落ち着いた。
見れば、先ほどまでは無理して作られた笑顔には不自然な強張りが見て取れたが、今では自然な微笑を浮かべていた。
「(我ながら調子のいい話だけど――)」
女性だと知ったうえで見るセラの穏やかな微笑みは、とても美しく見えた。本当になぜセラを女性だと思っていたのか、アルは数十分前の自分が理解できず、殴りつけたい気持ちが浮かんでくる。
それまでの張りつめた空気が霧散し、弛緩した穏やかな雰囲気に包まれる。それを感じ取り、少し離れたところで二人のやり取りを眺めていたルストがやって来る。
ゴリアンヌとの一件で気遣いのできない男、という印象があったルストだったが、どうやらアルの想像以上には気遣いができる男だったようだ。不用意に話を蒸し返さず、場の話題に乗っかる。
「セラって今日は休暇なのか?」
「はい。メア様より休みを頂いています」
「ん? 今日はみんな休暇じゃないのか?」
みんな休みだからこそ案内人を見つけるのに苦労していたアルは、ルストの質問の意図が読めず尋ねる。
「一斉休暇はあくまで大隊の隊士たちに対してだからな。メイドは今日も働いてただろ?」
思い返せば、道中出会ったリラやリリアンヌ、ゴリアンヌたちは普段通りに仕事をしていた。
「メイドたちはシフト制だから、一斉の休暇はないんだよ。で、セラは隊士でもメイドでもないし本来一斉休暇は関係ないはずなんだが……ってかそれ以前に、今更だけどセラってどこに属してるんだ?」
本当に今更過ぎる疑問ではあるが、確かに”参謀兼秘書”という特殊な役割を担うセラの所属元は分かりにくい。明らかにメイドではないし、隊士かと問われると微妙だ。
二人の疑問に対しセラは顎に手を当てて、
「……さあ?」
あっけらかんと、そう言い放った。
「かなりぶっちゃけた話になるんですが、僕はメア様にスカウトされた立場なので、正式な配属とかはないんですよね。参謀と秘書という役割も、僕をクローリー軍に所属させるためだけに新設した立場ですし……」
自分の立場を詳しく理解していないというセラにも驚きだが、それ以上に、一応は組織の長という立場ながら適当に役割を新設するメアに呆れの感情を抱く。当時のリーシャは相当に頭を抱えただろう。
「(思い返せば昔っからそんな感じだったよな……)」
クローリー軍創設初期は本当に何の役目も決まっていなかった。そもそも軍と呼べるのかすら怪しかった。
アルとメアが出会い、リーシャが加わり、それから仲間が増えていき……人数が50を超えたあたりだっただろうか。流石に収拾がつかなくなり、リーシャ主導のもと組織の編成が行われた。その時ですらメアは乗り気ではなかった。
「(メアは上下関係とか作りたくなかったってのと、人を縛り付けたくなかったって言ってたな)」
大前提、メア自身は仲間たちのこと対等だと思っており、上下関係を築くつもりは欠片もなかった。更に元来自由を愛する習性のあるメアは誰かを所属で縛りたくはなかったらしい。
とはいえ魔神を目指すメアにとって軍を率いるのは必要な話であるし、軍を組織する以上上下関係や契約とは逃れられない定め。結局リーシャの説得の末に大隊を編成していた。
ちなみにアルはセラをどうこう言える立場ではない。
アルに生前与えられていた”親衛隊長”という立場も正式には大隊には属しておらず、実質メアの側近のような形で独立していたのだから。
「普段は僕から休暇を希望したり、メア様から気を遣って提案してくれたりしてくれてるんですが……今回の休暇は、その、ちょっと……」
そう言い淀む姿はつい数分前に見たばかりのもので……思いがけず話を蒸し返してしまったようだ。
当のルストは気づいたら地雷を踏みぬいた事実に困惑しており「俺が悪いの……?」と言わんばかりの表情をアルに向けた。
対するアルは同情するようにかぶりを振る。
セラの事情を知る由もないアルたちにはどう頑張っても避けることのできない地雷源。もちろんセラが悪いことなど欠片もないが、このままでは何をやっても地雷を爆破することになると悟った二人は、ここは一度退散するのが賢明だと結論付けた。
「いや、言い辛いなら無理しなくていいよ。少し落ち着いた方がいい。さっき辛い思いをさせちゃったばかりだし……あんまり長居するのも悪いしそろそろ行くよ」
「そうですか……気を遣わせてしまってすみません」
セラ自身も自分が冷静ではないことは理解しているようで、アルの言葉に同調するように目を伏せる。その表情からは申し訳なさが溢れており、アルも罪悪感を抱いてしまう。
結局初対面はお互いに微妙な印象を与える結果となってしまい、ここまでわりかし順調に関係を築いてきたアルは反省するのだった。
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「城の案内っていっても、もうないんだよなぁ……」
ぼやくような呟きに、アルは首をかしげる。
「こんなに広いのにか?」
「広いっていっても、ほとんどは寝室とか客間だからなぁ……。宝物庫とか謁見の間とかはメア様の許可がないと入れないし。浴場、食堂、練兵場、室内庭園……あとは展望室くらいなもんか?」
「展望室?」
「そ。今更だけどこの城って左右に塔があって、その中央に本館がある構造になってんだけどよ。左の塔の最上階が展望室になってんだ。結構見晴らしいいんだぜ」
アルとて城の構造を完全に把握しているわけではないが、城内を歩き回ることで分かったことはある。
この城は五階建てになっており、ルストの言うように左右の塔と中央の本館が合体しているような造りになっている。
基本的に寝室や客室といった部屋は本館に設置されており、練兵場や浴場、室内庭園といった広大な広さを必要とするエリアは塔内に作られている。例外として食堂は本館の隅に置かれており、後ろに続く塔内なは直通の食糧庫になっているらしい。
ちなみに室内庭園は右側の塔の最上階に造設されているため、左側の塔の最上階にあるという展望室は真反対だ。
ルストに導かれ、アルは最後の城内施設へ赴いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こりゃ絶景だな」
最後に着いた先は、西塔の最上階。
室内庭園と同様円形に広がるその場所は、中央にアルたちが上ってきたばかりの螺旋階段があり、それを囲うように数段盛り上がった展望デッキがあった。
壁は一面硝子張りになっており、東西南北360°外の景色を見渡すことができる。
硝子壁の前に立ち、外の光景を拝むアルの目には――黄金の景色が映っていた。
「お、丁度日が沈み始めたみたいだな」
ルストの言葉通り、太陽は遠くに広がる山脈に半分ほど姿を隠し、穏やかな黄金色が大空を染め上げていた。
視線を左に流すと、視界いっぱいに広がる平原。
草が風に揺れ、僅かにうねるその生命の息吹を辿っていけば、唐突に色が変わる。緑から青へ。黄金の空を反射し暗く染まる水面は、ところどころ陽光が射し込みキラキラと輝いていた。
硝子張りゆえ風景を遮るものは何もなく、視界一面に広がるその雄大な景色に、アルは自分が吸い込まれそうな錯覚を抱く。自然に体が前に傾き、右手を硝子壁に添え体重を支える。
アルが散策を開始したのは昼頃だったが、色々と巡っているうちに想像以上に時間が経っていたようだ。
ルストは狙っていたわけではないようだが、それでもベストなタイミングで展望室を案内してくれたルストに対し、アルは感謝の念を抱いた。
「今日はありがとなルスト。助かったよ」
「気にすんな、俺も楽しかったしな。……つっても、あんま案内できなかったと思うけど」
「そんなことないよ」
アルの感謝を正面から受け止めるのがくすぐったかったのか、ルストは軽く肩をすくめることでおどけて見せる。
確かに大々的に紹介してくれたのは練兵場と室内庭園、そしてこの展望室の三つだ。
しかしルストは歩きながらも、寝室や客室といった細かい場所の紹介をしてくれていたし、城の構造からちょっとした注意点、暗黙の了解などアル一人では知りえないことを教えてくれた。アルとしては十二分に助かったのだ。
そんな気持ちを正直に話すと、ルストは少し面映ゆそうに視線を外に投げ、頬を掻いた。
「そっか。まあそういうことなら素直に受け取っとくよ」
「おう、そうしてくれ」
それに――アルは城内の案内以上に、ルストとくだらない話をしながら散策するのが楽しかったのだ。まるで同年代の友人ができたようで……アルは、久しぶりに気兼ねなく過ごせたような気がした。
マガチカの襲撃と、それに伴う家族や友人との死別。
メアとの再会と、思い知らされた現実。
古馴染みとの再会と、その度に向けられる『初めまして』の眼差し。
アルは自分でも気づかぬうちに、心も体も疲弊しきっていた。
前は向くし、諦めない。けれど傷つかないわけではない。
だからこそ、最愛の人でも、前世の友人でもない、何のしがらみもなく笑いあえるルストの存在が、今のアルには何よりもありがたかった。
当然そんなことまでは口に出さない。
それでもルストへの感謝はしっかりと告げ、アルは夕日に背を向けた。
「――じゃ、まあ……これから頑張りますか」
同性の友達って大切ですよね。
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嘘です、シテクダサイ。




