Ep.15 クローリー軍の愉快な仲間たち③
そこが食堂であることはすぐに分かった。
第一に、扉がないこと。
食堂の入口に扉はなく、大きく開放的なアーチ状となっている。当然中の景色は丸見えで、部屋の外からでも数多く並ぶ長机と椅子が見える。全長10mはあろうかというほどの長机の上には清潔な白いクロスが敷かれており、食器類が並んでいた。
第二に、アルの鼻腔をくすぐる香り。
扉がないからだろう。食堂の外にいるにも関わらず、食欲をそそる香りがアルの鼻腔を刺激する。呼応するように空腹感がアルを襲い、すぐにでも食堂に入りたい衝動に駆られる。
「ゴクリ」
無意識のうちに生唾を飲み込み、足早に食堂に入る。
食堂は外から覗くよりも数倍は大きく、窺うことのできなかった机や椅子がまだまだ並んでいた。
左奥に目を向ければ厨房らしきスペース。調理中なのか、カチャカチャという物音と、立ち上る良い香りだけが静寂な食堂を支配していた。
「……厨房以外に人はいないか……?」
食欲に支配されそうになったアルは、本来の目的を思い出し周囲を観察するが……残念ながら誰もいなかった。
僅かに落胆するも、気を取り直す。ひとまずは腹ごしらえだ。
そう思い厨房に向かおうとするアルの肩に、ポンッと軽い衝撃が走る。
まるで肩を叩かれたような感覚にアルは振り返ると、そこには見知らぬ少年が一人。
「お? 休日の食堂、それも昼に人がいるなんて珍しいと思えば……知らない顔だな」
少年はアルに用があって肩に手を置いたわけではないようで、アルの顔を見て僅かに驚く様子を見せる。
「あ、あぁ。数日前にメアに助けられてな、ここで世話になることになったんだ」
「ほー、道理で知らんわけだ。つまりは新顔ってわけだな」
少年はふんふんと頷きながら、アルの全身を観察するように見やる。その顔は純粋な好奇心に彩られており、特別不快感は感じなかった。
「ちょっと可愛い感じだけど、良い顔してんなぁ。羨ましいぜ」
少年が気になったのはアルの容姿だったようで、整ったアルの顔を見て羨むように溢した。
確かに今世のアルは長い睫毛や大き目の瞳と、可愛いらしくも整った顔立ちをしており、一般的にイケメンの部類に入るだろう。アル本人はそのことを理解しつつも、前世の顔立ちのほうが良かったと思っているが。
「まぁ俺の顔がいいのは否定しないけど、そっちも十分イケメンだろう?」
少年はアルの顔を羨んでいるようだが、卑下するような顔立ちはしていない。むしろ十分すぎるほど整っているとアルは思った。
年のころはアルと同程度。
やや吊り上がった目尻と短めの眉、形のいい鼻梁に口元と、はっきりとした目鼻立ちをしている。
リリアンヌと比べると色が濃く、黒みがかった緑髪はゆるく整えられつつ後ろで結われている。体付きはアルと同じくらいの中肉中背だ。
やや血色が悪いのと、少しばかり軽い印象を受ける容姿を除けば、十分にイケメンだろう。
初対面の人間に真正面からイケメンと呼ばれて照れたのか、少年は面映ゆそうに頬を掻いた。
「お、おぅ……どっちも予想外の返しだな。本音とはいえ正面から肯定されたのも、褒められたのも初めてだわ」
「それで、キミは?」
「あぁ、そういえばまだ言ってなかったな」
アルの指摘に少年は一つ咳払いを挟むと、軽い調子で、
「俺はルスト。一応『黄泉の竜』っつー部隊の隊長やってる」
何の気なしに告げられた正体に、アルは驚く。
それもそうだろう。たまたま会った初対面の人間が隊長だったなど、どんな偶然だと言いたくもなる。しかもアンリに続いて、だ。
アルの驚いた様子を見たルストは「あ」と声を漏らして続けた。
「つっても、変にへりくだったり敬ったりしなくていいぜ。そーいうの柄じゃないんだよ。普通に接してくれればいい」
心底嫌そうに告げるルストを見て、アルは内心共感する。
今でこそ一隊士ではあるものの、アルフレッドの時代は一応クローリー軍の幹部のような扱いだったのだ。当然部下はいたが、アルは基本畏まらなくていいと伝えていた。
「そうか? 実は敬語とか苦手だから助かるよ」
「お、お前もか? そーなんだよ、なんっつうか堅苦しくて、するのもされるのも苦手でさ」
「分かる、自然体で接するのが一番やりやすいよな」
思わぬところで価値観が一致し、二人は笑いあった。
「俺はアルファスト。アルでいいよ」
「アルね、おっけー。俺もルストでいいぜ」
「了解」
アルは自分の自己紹介も済ませ、ルストとがっちり握手を交わす。
大隊の隊長という役職についているとは思えないほどフレンドリーなその性格に、アルは内心仲良くなれそうだと安堵する。
もう少し雑談でも――そう思い口を開くその瞬間、食堂中に響き渡るほどの大声が割って入る。
「アンタらいつまで入口につっ立ってんだい!! 飯食いに来たんだろう!? 早く着な!!」
唐突な大声に全身をビクンと跳ねさせ、咄嗟に振り向く。
声の発生源である厨房の奥ではアルの倍はあろうかというほどの巨体を誇る人物が、お玉を持つ手を掲げていた。
距離があるためシルエットしか分からないが、それでもなお一目で分かるほどの筋骨隆々ぶり。何より驚くべきは、その大鬼を彷彿とさせる巨躯を包むメイド服。
「あれは……?」
「おっと、女将がお怒りだ。続きは飯食いながらにしようぜ?」
失礼ながら控えめに言って怪物……恐れ慄くアルだったが、対してルストは慣れた様子で肩をすくめるのみ。
アルを促しながら厨房のほうへ歩いていく。
近づくにつれ明らかになるその様相。
極限まで鍛え抜かれた肉体はアルの二回りほど大きく、お玉をがっしりと掴む腕はアルの胴体ほどの太さ。顔つきは非常に濃く印象深い。太く凛々しい眉毛に力強い双眸、スラッとした鼻の下には口紅の引かれた分厚い唇。
薄緑色の髪はその相貌に似合わず両端でちょこんと括られている。
そして最大の違和感はそのメイド服。リーシャのようなシックなものではなく、比較的露出の多いメイド服からは、凛々しい腕や脚が丸見えだ。頭上には小さすぎるホワイトブリム。
ただゴツいだけの人物ならアルもたくさん見てきたし驚くほどじゃない。問題なのはその服装で、はっきり言って不審者にしか見えない。別の意味で身の危険を感じるアル。
あまりにミスマッチすぎる様相にアルはビビりながら歩み寄るも、アルを視界に捉えた怪物はニコリと人好きのする笑みを浮かべた。
「何だ、アンタ見ない顔だね? 随分かわいい顔してるけど新入りかい?」
「え、えと……ハイ。ソウデス。アルファスト……デス」
そのあまりの圧に苦手なはずの敬語すら出てくる始末。
「何だ細っちいねぇ! ほら、何がいいんだい? 特別サービスだ! 大盛にしてやるよ!!」
固まるアルを他所にガハハハと大笑いするそのメイドは、バシバシと遠慮なくアルの肩を叩く。カウンターからその巨体を乗り出す姿に、アルは襲い来るモンスターを幻視した。
「あーあ、ほら女将。まずは自己紹介してやらねーと。まるで魔獣に襲われる寸前みたいになってんぞ」
「誰が魔獣だい! 失礼なヤツだね!!」
「いてぇよ!」
気を遣って間に入るルストすらも、メイドの巨腕に叩かれる。
「でも確かにね! ほら、アタシはゴリアンヌ・プリッフィアだよ。名前と苗字が合ってないだろう? 自覚してるよ!」
「この女将は副メイド長なんだよ。ここの仕事全般こなしちゃいるけど、特に料理が得意だから調理場にいることが多いな。こんなゴツい見た目だけど、料理は絶品だぜ?」
「アンタは一言余計なんだよ!」
肩をすくめながら、若干揶揄うように告げるルストと、それを受け不満顔でツッコミを入れる怪物……もといゴリアンヌ。
そのあまりに豪快かつ異質な様相ゆえに驚いたが、ルストとのやり取りを見る限りでは悪い人物ではなさそうだ。むしろ面倒見のいい姉御のような……?
「(しかしゴリアンヌ・プリッフィアとは……。名は体を表すとはこのことだな……苗字はミスマッチすぎるけど)」
プリッフィアという似合わなさすぎる可愛らしい苗字に想いを馳せていると、ふと違和感を感じる。そう、まるで少し前に聞いたばかりのような……。
「プリッフィアって……まさかリリアンヌの!?」
「なんだい、リリアンヌとは知り合いかい? そうだよ、あの子はアタシの可愛い妹さ」
「――」
脳裏につい先ほど出会ったばかりの美しい少女の姿を浮かべ、もう一度ゴリアンヌを見やる。
片や深窓の令嬢という言葉が似合うお淑やかな美少女。
片や猛獣や珍獣の類を連想させる筋骨隆々の美丈夫。
どれだけ頑張っても、どれだけあがいても二人の姿が重ならない。面影の「お」の字も見当たらない。強いて、本当に強いて共通点を挙げるのなら髪と瞳の色のみ。それ以外は血縁関係など一切感じさせないほどに縁遠すぎる様相だ。
驚きのあまり固まってしまったアルを見て、ルストは腹を抱えて大笑いしていた。
「あっはっはっは!! 分かる! 分かるぞアル! リリアンヌとゴリアンヌが姉妹だなんて、どう考えても無理があるよな!」
「なんだいアンタら、本当に失礼だね! あの子がワタシに似ず可愛いらしいのは承知の上さ!」
二人の態度にご立腹の様子のゴリアンヌは、腕を組みながら鼻を鳴らす。
未だに衝撃から立ち直ったとは言えないアルだったが、リリアンヌを本当に大切に思っているだろうことがその言葉の節々から感じられて、どうにか考えを改めた。
いくら率直な感想とはいえ、初対面の人物に対して失礼すぎたかもしれない。
未だに大笑いしているルストを尻目に、アルは気まずさを隠しながら頭を下げた。
「いや……悪かったよ。ちょっと驚いちゃって。でも、馬鹿にしたわけじゃないんだ。ホントに。すまない」
「へぇ……」
素直に謝罪の言葉を並べるアルに、ゴリアンヌは感心するような声を漏らした。
「いいよ、気にしちゃいないからね。昔から言われてきたしもう慣れてるよ。それより、すぐに考えを改めて素直に謝れるなんて大した男じゃないか。そこのバカと違ってね! 気に入ったよ! アルファストだっけ? アルって呼ばせてもらうよ!」
「もちろん。これからよろしく頼むよ、ゴリアンヌ」
「あぁ、こっちこそ!」
アルを気に入ったという言葉に嘘はないと、そう証明するように快活な表情を浮かべるゴリアンヌ。
その表情を見て、アルは初めてリリアンヌとゴリアンヌが重なって見えた。
「いや、やっぱり似てるよ。裏表のない快活な笑顔とか、リリアンヌとそっくりだ」
アルの素直な呟きを拾い、ゴリアンヌは虚を突かれたように軽く目を見開いた。それから数秒パチクリと瞬きを繰り返し、スッと優し気な笑みを浮かべた。
「アル、なんとなくアンタのことが理解った気がするよ。その気持ちは尊いものだ、大切にしな」
「……?」
その気持ち、その言葉が差すものが理解できず、アルは軽く首をかしげる。
しかしゴリアンヌは深く説明するつもりはないようで、「気にしなくていいよ」と告げると先ほどまで笑っていたルストに目を向けた。
さしものルストもアルたちのやり取りを見て気まずそうな表情を浮かべている。その顔には薄っすらと罪悪感のようなものも浮かんでいる。
「ほら、アンタはなんて顔してんだい! ハナからアンタに細かい心遣いは期待しちゃいないよ!」
「ひ、ひでぇ……せっかく人が申し訳ないと反省してんのに」
「ハッ、アンタは悪い男じゃないけど、ちょっとばかりノリと勢いで行動する癖があるからね。もうちょっと周りを見て行動しな!」
「は、はい……」
「もっとも、リラに対しては……っと、これは藪蛇か。いけないいけない」
二人と出会ったばかりのアルには分からないが、ルストとゴリアンヌにはそれなりに一緒に過ごしてきた関係性があるのだろう。ルストの悪癖を指摘するゴリアンヌには母性のようなものを感じ、ショボンと反省するルストは頭が上がらない様子。恐らくだが、ルストをゴリアンヌが叱りつける光景は、これが初めてじゃないのだろう。
最後に言いかけた言葉は聞き取れなかったが、ゴリアンヌは話は終わりとばかりに大声で仕切り直した。
「ほら! そろそろ飯食いな! そこにメニューが置いてあるだろう? 好きなもんを注文しな、用意してやるから!」
ゴリアンヌが指し示す先にはカウンターに置かれたメニュー表があり、『日替わり定食』や『六角鹿のステーキ』、『ラピッド・フィッシュの塩焼き』など様々なメニューが書かれていた。
使っている食材こそ高級なものが多いが、料理自体は庶民の定食屋のようなものばかりで、アルは安心しながら注文した。
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嘘です、シテクダサイ。




