Ep.14 クローリー軍の愉快な仲間たち②
――ザー……ザー。
引き続き城内を練り歩くアルの耳に、奇妙な音が聞こえた。
「何の音だ?」
微かな水音のようなそれは、城の中で聞こえてくるのに些か相応しくない。あるとすれば……調理場、くらいなものだろうか。
行く当てもないアルは、水音に導かれるように進んでいった。
そうして辿り着いた場所は大きめな両扉で、片開きの扉しかない寝室ではない。勝手に他人の部屋に入るのは憚れるが、この扉の作りなら問題はないだろう。
アルは何らかの共同スペースであると予想し、ゆっくりと扉を開いた。
そこには複数台設置された大き目の謎の筐体と、その筐体の前で談笑する二人のメイドがいた。
「あら?」
開いた扉を視界の端に捉えたメイドの片割れが視線を向ける。
「アルファスト様? どうしてここに?」
アルを認識し驚いたように僅かに目を見開いたのは、ゆるふわな雰囲気を纏う少女――リラであった。
リラはもう一人の少女に向けていた体をアルに向け、不思議そうに小首をかしげる。
「数日ぶりかな、リラ」
「ええ、そうですね。アルファスト様には専属のメイドが付きましたから、そちらに任せきりでしたので」
アルは顔見知りの存在に安堵しながら部屋の中に入る。
「あー……なんでここにって質問には、その専属メイドも関わっていてだな……」
「どういうことですか?」
不思議そうな表情を浮かべるリラに、アルは今までの状況をかみ砕いて説明する。
専属メイドが付いたのはありがたかったのだが、肝心の専属メイドがミーシャだったこと。ミーシャが全く働く様子がなく、アルの部屋で怠惰を貪っていること。当然のように城の中を案内するという役目も放り出し、仕方なくアルが一人で城内を探索していること。そして、探索しているうちに聞き慣れない音が聞こえ、この部屋まで来たこと。
それらの話を聞いたリラは、納得するような共感するような微妙な表情を浮かべた。特にミーシャの名前が出てきた時に。
「……誰が専属メイドを務めるのかまでは聞いていませんでしたが……まさかミーシャさんだとは……」
「やっぱミーシャのこと知ってるんだな」
「はい……ミーシャさんのお世話も、私たちメイドの仕事の一環ですから」
「アイツ仮にもメイドじゃないのかよ……」
「ミーシャさんのメイドは名目上だけですから……」
リラにしては珍しく呆れのような感情の込められた声音に、普段からどれだけ苦労しているのかが伺えた。
「ですが事情は理解しました……その、もしよろしければなのですが……私がアルファスト様の身の回りのお世話をお手伝いしましょうか? 他の業務の合間を縫ってになってしまうので、あまり頻繁にはできませんが……」
やや同情気味の視線で告げられた提案。
その内容を理解し、アルにはリラが天使に見えた。
「(これが本物のメイドなのか……!?)」
ここ数日間、常にアルのそばにいた小柄なメイドを思い起こす。
一言目には拒否、二言目には要求、三言目にいたっては返ってこない。基本的にアルのベッドを占領し、気づけば床一面には私物の山。酷い時にはベッドの上にお菓子のカスを散乱させたり、寝転んだ態勢で無理やり飲料を飲もうとして溢したり。そしてその掃除すべてアルに丸投げ。
名ばかりのメイドだとは頭では分かっているものの、常にメイド服を着ているのもあり、アルの中でメイドの印象が傾きかけていた。
そんな時にアルのことを慮るような提案。
今のアルには、リラの背中から生える純白の翼と頭上に浮かぶ光輪が見えていた。何なら後光まで差しているような気がする。
リラが手伝ってくれるのであれば、アルの生活は劇的に楽になるだろう。
彼女の提案に今すぐにでも飛びつきたい衝動に狩られ……寸でのところで踏みとどまる。
現状ただでさえ好待遇のアル。そんなアルのお世話を、忙しいであろうリラに頼むというのか?
リラの業務量をアルは知らないが、それでも通常業務に加えアルの面倒を見るというのは彼女に少なくない負担を与えることは明白。
アルのことを慮ってくれる彼女だからこそ、アルはあまり迷惑をかけたくなかった。
「……魅力的な提案だけど、今回は遠慮させてもらうよ」
鋼の意志でそう告げる。
できるだけリラに気を遣わせないように言ったつもりだったが、言葉の節々に未練でも漏れていたのだろう。リラはアルの心情を察したように微笑を浮かべると、下手に食い下がる真似はせず素直に身を引いた。
「そうですか、残念です」
明らかに社交辞令とはいえ、言葉尻に「残念です」などとつけてアルに気を遣わせないその言動は、メイドのお手本のような心遣いだった。
リラの気遣い自分との差を感じ、どことなく歯がゆさを感じたアルは、話題を変えるように口を開く――その刹那。
横合いに聞き覚えのない声が挟まれた。
「もう、リラったら。そろそろ紹介してくれてもいいんじゃない?」
それはリラの隣にいたメイドからで、彼女はもう待ちきれないとばかりに身を乗り出してきた。
「あら、ごめんなさい。ついつい話し込んでしまいました……」
「うっそ。絶対分かってて放置してたでしょ。会話に入れない私を見て心の中で笑ってたに違いないわ」
「そんなことはありませんよ……ただ、居心地悪そうにそわそわしている様子は可愛かったですね」
「ほら! 見てたじゃないない! 気づいてたなら早く紹介してよ、もう」
揶揄うようなリラの対応に、相対する少女はぷくーと頬を膨らませた。
一見すると清楚でお淑やかという印象を受ける少女だったが、随分と可愛らしい一面があるようだ。
「ふふ、では紹介しましょうか」
「もういいわよ、自分でするわ」
「あら、拗ねちゃいました?」
そんな揶揄いを無視し、少女は改めてアルと向かい合う。
全体的に綺麗に整った顔立ちと、線の細いシルエットのせいで、お淑やかな清楚系お嬢様といった印象を受ける少女。しかし開く口からは快闊な言葉が出てきて、明るい性格の少女だということが分かる。
特徴的なのはエメラルドの瞳と同色の長髪。美しい翡翠色の髪は端正に編み込まれており、視線を落とすと大きく波打っている。
メイド服はリラのものよりも更に可愛く装飾されており、頭部の編み込まれた髪といい、彼女のオシャレさが前面に押し出されている。
深窓の令嬢のような容姿を持ちながら、彼女自身を表すような可愛らしいお洒落が散りばめられた、そんな様相。
分かりやすく綺麗と可愛いが同居した彼女は、先ほどまでのリラに接する態度から一変し、丁寧にお辞儀をした。
「お見苦しいところをお見せしました。私はクローリー軍で従者を務めております、リリアンヌ・プリッフィアと申します。以後、お見知りおきを」
先ほどまでの快闊さは鳴りを潜め、一人の従者として最大限の敬意を込めてアルに相対するリリアンヌ。彼女の容姿も相まって、非常に綺麗なその所作は、驚くほど様になっていた。
「あ、あぁ。俺はアルファスト。少し前からクローリー軍でお世話になることになった。これからよろしくな」
そんな彼女に気を取られ、一拍遅れて言葉を返すアル。
「それと……そこまで畏まらなくていいよ。俺なんてただの一隊士だし、堅苦しいのは好きじゃないから」
先ほどまでのリラに対する態度を見ていたからこそ分かるが、今のアルに対するリリアンヌは明らかに余所行きの態度だ。彼女もメイドである以上、そういった礼節は弁えているだろうし慣れているのだろうが、あまり肩肘を張って欲しくはない。
アル自身居心地が悪くなるし、何より礼節が欠如しているアルにそのような対応をしても意味はない。
社交辞令でもなんでもなく、アルが本心から言っていることを察したのだろう。リリアンヌはアルを見つめながら逡巡するも、すぐに小さく息を吐いた。
「……そう? なら、いつも通り接するわね。変わってるのね、アルファスト様?」
「アルでいいよ。様もいらない。リラもアルって呼んでくれ。」
「分かったわ、アル」
「ふふ、分かりました。アルさん」
アルとしては、できるだけ堅苦しい態度は取りなくないし、取ってほしくないと思っている。みんな仲良く、なんて幼稚な考えをしているわけではないが、可能な限り素で接し合いたいというのがアルという男の性分なのだ。
もっとも、世界はそう単純には行かないことばかりだが。
「それで、コレはいったい何なんだ?」
ひとまず自己紹介も済んだところで、アルはずっと気になっていたことを聞く。指差す先はアルの胸元ほどまである巨大な筐体。横幅もアルたち三人を並べてやっとというくらいには大きく、それが十台ほど並んでいる。
その謎の筐体からは件の水音が鳴っており、扉越しにも聞こえてくるほどの音は、部屋の中にはかなり大きく響き渡っている。
「これは洗浄の魔道具です。この中に水と石鹸、衣類を入れると、魔石の力で自動で洗浄してくれるんです」
「そんな便利な魔道具があるのか、知らなかったな」
「とっても高価な魔道具だからね~、あんまり見ることはないかも」
先ほどからアルが気になっていな謎の筐体の正体は、なんと魔道具だったようだ。しかも自動で衣類を洗浄してくれるとは、なんとも便利なものである。
「流石にこの城に済む人たち全員の衣類を手洗いしてたら、それだけで一日が終わっちゃうからね~。この魔道具があって助かってるよ」
言われて思う。
一般的な家庭であれば数人分の衣類を洗うだけで済むが、これほどの豪邸に住む大人数分を洗濯するとなると、とてもじゃないが手洗いなどしてはいられないだろう。他にも寝具やクロスなど洗わなければならないものは多数ある。
そう考えると、この魔道具が高価だというのも納得だ。何せ、金持ちしか使う機会がないのだから。
ちなみに浴場にも出水の魔道具があったが、この世界には魔道具と呼ばれる物が流通している。
魔道具とは簡単に言えば、魔石を原動力とした便利器具のようなものだ。灯火の魔道具や出水の魔道具といった安価で簡単なものから、転移の魔道具や封印の魔道具など、高価で複雑なものまで多岐にわたる。特に安価な魔道具は一般市民にも広く扱われており、灯火の魔道具なんかはどの家庭にも大抵おいてあるほど。
原動力となる魔石は自然に発生しており、主に洞窟や炭鉱といった場所に発生していることが多い。アルの記憶ではこの魔石の転用方法はいくつか発案されており、非常に高い価値を誇っていたはずだ。それこそ、手つかずの魔石の鉱脈を見つければひと財産築けるほどに。更に魔石は一定期間ごとに再発生するため、鉱脈を保持しているものはそれだけで莫大な財源を持つことになる。
「とはいえ数が数ですから、昼と夜の二回に分けて洗濯してるんですけどね。アルさんもこちらに衣類を持ってきて下されば洗浄しますので、いつでもお持ちくださいね」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
「……本来はミーシャちゃんが集めて持ってくる務めのはずなんだけどねー」
さしものリリアンヌも思うところがあるのか苦笑を浮かべる。
そんなこんなでしばらく談笑をしていると、不意に鳴り続けていた水音が消える。不思議に思い洗浄の魔道具を見ると、先ほどまで僅かに揺れていた筐体はシンと静まり返っていた。
「どうやら終わったようですね。すみません、アルさん。私たちはこれから洗濯物を干さなければなりませんので」
「本当はここの案内してあげたかったんだけどね~、ごめんね?」
どうやら魔道具の洗浄が終わったようで、二人は仕事の続きをしなければならないようだ。元々ここで談笑していたのも、洗濯が終わるのを待っていたようだったし。
申し訳なさげな表情を浮かべる二人に、アルは気にする必要はないと手を振る。
「いや、こっちこそ邪魔しちゃってごめんな。二人と話せて楽しかったよ」
「いえ、こちらこそ楽しかったです」
「またいつでも話そうねアルくん~」
小さくお辞儀をするリラと大きく手を振るリリアンヌ。
二人を尻目に部屋を出ようとすると、思い出したようにリラが声を上げた。
「そういえば、そろそろお昼時ですし食堂に向かわれては如何ですか? アルさんも昼食を摂りたいでしょうし、今なら食堂に誰かしらいるかもしれません。案内人を探すのであれば最適かと」
「確かに! お休みとはいえ、食堂なら誰かいるかもね~」
「なるほど、その考えはなかったな」
確かにリラの言うように、いくら休みとはいえ、腹ごなしに食堂を利用する人物がいてもおかしくはない。少なくとも、宛てもなくふらつくよりはよほど建設的だ。
「(それにちょっと腹も空いたしな)」
「食堂は一階の西側にあります。この部屋を出てすぐの階段を降りて、右に向かえば着くかと」
「何から何までありがとな、ホント助かるよ」
食堂の場所を知らないアルへの案内も欠かさないリラに、アルは感謝の念が絶えない。
ミーシャではなくリラが専属メイドだったら……そこまで考えて、流石にそれはミーシャに対して失礼か。と考え自戒する。
「(いや、普段のミーシャを見れば失礼でもないか)」
前言撤回。
やはりリラが専属メイドであったら、アルは何不自由なく快適な生活を遅れていただろう。監視という名目上仕方ないのかもしれないが、それでもミーシャをあてがったリーシャに恨み言を言いたくなる。
そんなことを考えながらアルは扉に手を掛けた。
「それじゃあ今度こそ行くよ。またな二人とも」
見送る二人を尻目に、アルは今度こそ部屋を出たのだった。
気ままに人物紹介
【リリアンヌ・プリッフィア】
クローリー軍のメイド。リラとは同期で親友。
一見するとどこぞの令嬢のようなお淑やかな雰囲気を持つ綺麗な美少女だが、中身は明るく快活な少女。好きなものはオシャレと可愛いもの。
エメラルドの瞳と長髪を持ち、髪は大きく波打っている。頭部は可愛らしく編み込まれており、毎朝セッティングに一時間かけているらしい。細身だが胸はそこそこある。
姉が副メイド長。とても仲が良く、姉のことが大好き。
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感想・誤字報告、お待ちしております。
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嘘です、シテクダサイ。




