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 行為の疲労でぐっすり眠っている娘を、私は見下ろした。


 ダニエルはズボンにシャツという格好で、床に座り、私の行動をじっと見つめていた。

 私は振り返り、聞いた。


「これからどうするんだ」

「まずは首を絞めて殺す。その後、ナイフで腹を切り裂く。もっと派手な方法で殺すときもあるが、今日は君がいるからな。確実な方法でやろう」


 夜が明けようとしていた。空が白み始め、スラム街をすっぽりと覆う霧の粒子が輝いていた。

 外は恐ろしいほど静かだった。深夜に満ちていた娼婦の声も、男たちの興奮した息遣いも、夢のように跡形もなく消え去っていた。


 そこには様々な体液や塵がこびりついた地面と、今にも崩れそうな家々とがあるだけだった。


 この地区だけが世界から取り残されたような感覚を私は覚えた。


「いつやるんだ」

「今からさ。娼婦たちが寝静まったこの時間が、一番やりやすい。外に出ても誰も歩いていないからね」


 まずはここで首を絞めようか。


 まるで今日の夕食を相談しているかのように、ダニエルは言った。私はそんな彼に安心を覚えていることに気づいた。 

 

 安心? 英国中を騒がせている連続殺人鬼に?


 彼は白手袋をしっかりと嵌めた。娘の上に跨り、がりがりに痩せた首に長い指を添える。娘はぴくりとも動かなかった。

 まさか、もう死んでいるのか。そんな非現実的な妄想が頭に浮かぶ。


 ダニエルは傍に立っている私に、悪戯っ子のような瞳を向けた。


「目を瞑っとくかい?」

「いや、大丈夫だ」

「では遠慮なく」


 ダニエルの指に力が込められた。娘の喉が深く沈んだ。

 最初は少し息苦しいというように眉を顰めているだけだったが、ふいにはっと目を見開いた。鳶色の瞳が涙で滲んでいた。

 娘の体が滅茶苦茶に動いた。指でシーツを引っ搔き、ダニエルの腕に必死に取り縋り、足が本人の意思を離れて暴れた。


 こう書いてはいるが、私が実際に見たわけではない。後からダニエルに聞いたのだ。

 私はあのとき、娘の様子に注意を払っていなかった。やっぱり目を瞑っていたのかい。そう笑ったダニエルに、私は口ごもった。


 目を瞑ってはいなかった。最初から最後まで、私はしっかりと見届けた。見届けたどころではない。ほとんど見惚れていた。しかし、それは娘に対してではない。

 私が見ていたのは、ダニエルだった。娘の首を絞めているダニエルから、私は目が離せなくなっていたのだ。


 人を一人殺しているとは思えないほど、彼の顔は冷静だった。

 瞳に広がる青空は、夏の晴天のようであった。恐怖や躊躇などというもので、一瞬たりとも揺らいではいなかった。呼吸は穏やかだった。唇は薄く開いていた。前髪が一筋、額に垂れていた。


 ギリシャ彫刻。

 私の脳裏に、白い光を浴びて立つ石像の姿が浮かび上がった。ほのかに明るんだ室内で女の首を絞めている彼は、私と同じ人間だとは到底考えられなかった。


 美しい。

 彼に目を奪われた瞬間、私の中で強烈な感情が渦を巻いた。憎悪に近いほどの嫉妬。

 私は、美しい彼に殺される娘に激しい羨望を覚えたのだった。


 今、これを書いていて私は失笑する。被害者である娼婦に嫉妬するなど、普通の感情ではない。狂っている。しかし、実際に思ってしまったのだ。憎悪。嫉妬。羨望。自分ではどうにもできないほど、あのとき私の心は激しく揺さぶられた。


 気づけば、娘は死んでいた。

 

 命という中身を失った容器が、冷たい床に転がっていた。数秒前にただ眠っていたとは違い、もうこの青白い指先が動くことは永遠に有り得ないのだった。


 余りにもあっけなかった。余りにも簡単に、私の目の前で一人の人間が死んだ。



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