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 人の情事、しかも一つ屋根の下で暮らしている相手のそういうことを見るのは、私に奇妙な感覚をもたらした。


 私は闇の中で蠢く二人を、ぼんやりと眺めた。

 二人から発せられる熱気。床が軋む音。娘の高い声。ドアを隔てて感じられる、娼婦たちの甘い匂いと男たちの興奮。

 それら全てをはっきりと感じながらも、私の思考はどこか違うところを漂っているのだった。


 頭と体が分離している、という表現が最も正確だろうか。理性と本能、と言い換えられるかもしれない。


 行為が終盤に差し迫ったころ、ダニエルがこちらを向く気配がした。何か言葉を発したわけではないが、どうやら私を呼んでいるようだった。


 私はジャケットを床に置き、近づいた。一歩近づくごとに、熱の膜に体が覆われる感覚がした。


 娘の上にのしかかったダニエルは、私の顔を見ると、微かに笑った。手招きする。シーツの上に乗らないように注意しながら彼の傍にしゃがみこむと、彼は自分の指を口にくわえた。


 ぷちり、と何かが破れる音がした。


 ダニエルは含んでいた指を離した。彼の唇と指の間を、一本の唾液の糸が繋げた。右手の人差し指の先が裂け、血が滲んでいた。

 彼の鋭い犬歯が皮膚を突き破ったのだった。


「……ああ、まずい。怪我をしてしまった」


 彼は掠れた声で呟いた。前髪が汗でぺたりと額にはりつき、いつもより幼く見えた。


「しかも、指だ。僕は仕立屋だから、指は大事にしないといけないのに」

「ああ、大変だな」


 分かりやすい芝居だった。私は話を合わせた。

 彼は私を見て薄く笑うと、「悪いが血を止めてくれないか」と指を振った。頷いた。

 彼の人差し指が私の唇を割った。


 口内で感じるダニエルの指は、思っていたよりも節くれだっていて硬かった。私は歯が当たらないように角度を変えながら、彼の指を吸った。指は縦横無尽に私の口内をまさぐった。

 翻弄される内に私はいつしか、かつてナイフで傷つけた右手の手首の傷跡に触れていた。


「……ダニエルさん?」


 娘の声が響いた。彼が動かないことを不満に思っているのが、分かりやすく声に現れていた。彼は私にしか見えない角度で肩を竦め、口から指を引き抜いた。


 私の唾液が暗闇に沈んだ部屋の中で、朝露のように煌めいた。


「悪かったね」


 娘に向き直る直前、ダニエルは私の襟元を引いた。

 彼の方に体勢を崩す私を片腕で支え、素早く私の唇にキスをした。


「では、再開しようか。体は辛くないかい」


 何事もなかったかのように娘に囁き、ダニエルは腰を沈めた。


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