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 オリヴァーはぱっと目を輝かせ、大事そうに受け取った。枚数を数えると、素早く懐にしまった。

 鼻筋のそばかすがひくひくと動いた。


「ありがとう」


 スラム出身の少年は軽やかな足取りで、仕事へ戻った。


「私が助けてもらったんだ。チップを払うとすれば私であって、君ではないだろう」

「そうか? 大切な人を助けてもらったんだ。礼をするのは当然のことだよ」


 ダニエルは当たり前のように言い、「それに」と続けた。


「スラムは泥濘と悲惨の煮凝りのような場所だ」


 ダニエルはグラスを傾けた。彼は喉仏を動かし、黄金色の液体を体内へ注いだ。


「生きるためには食べるものがいる。飲む水がいる。凍えないためには着る服がいる。他にも住む家、靴、仕事……何かを得るには、どうしたって金がかかる。スラムでは、その日を生き延びるための一切れのパンすら枯渇している。あんなはした金は、その場限りにすぎないよ」

「詳しいんだな」

「スラムにはよく出入りしているからな」


 娼婦と接触するためか。


 取り留めのない話で時間を消費した。


 途中で、一人の酔っ払いが私の腰に手を回そうとした。女と勘違いしたらしい。ダニエルが男の腕を掴み、ねじり上げた。男は悲鳴を上げて、逃げ去った。


 店内の喧騒がますます大きくなったとき、このパブのオーナーが私たちのテーブルの横に立った。


「よう、お二人さん」


 ダニエルが片手を上げた。


「やあ、マックス。忙しそうだね」


 他のテーブルにも目を配りながら、マックスは汗を腕でしごいた。


「有難いことにな。それよりダニエル、オリヴァーにチップを渡してくれたろ。それも大量にだ」

「おや、気づいていたのかい」

「あいつが一人の客相手に長話をするなんて、珍しいからな。気になって見てたら、あんたがオリヴァーに金を渡すのが見えたってとこだ」

「ノア君を助けてもらったからね。あれくらい安いもんだよ」

「えらく喜んでたぜ。あいつは苦労しているからな。お客さんに感謝して、食べ物でも服でも何でも買ったらいいって言ったら、幼馴染の妹に靴を買ってやるって決めてたよ。感謝するぜ」


 これは俺からの礼だ、とクリスプスの皿をマックスは置いた。私たちが彼の顔を見ると、眉を上げて言った。


「他の客が、頼んでおきながら食べずに帰りやがった。ずっと置いておくと油が染みちまう。お前さんたちで食ってくれ。お代はいらねえ」


 じゃあ、ゆっくりしてけよ、とマックスは立ち去った。


 ダニエルは「チップがポテトチップになって、帰ってきた」と愉快そうに笑いながら、クリスプスを指で摘まんだ。


 二時間ほど、心地よい時間を過ごした。


 騒がしい店内から出ると外は恐ろしいほど静まり返っていた。冷えた空気で満ちた街を、青白い月が照らしていた。

 風が吹いた。

 スラム街の方からやってきたそれは、ダニエルが言った汚泥と悲惨の匂いを含んでいた。


「不幸な人間に、死などちっともこわくない」


 ジャン・ラシーヌによる戯曲「フェードル」の台詞を、私は囁いた。


 ダニエルに支えられるようにして、夜のスラム街に足を踏み入れた。


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