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 私は窓の外に広がる闇を眺めた。青白い月光に照らされ、沈殿している闇は、何かもを抱え込む深さと広がりを持つ底なし沼であった。

 「恐怖」がそこで息を潜めていた。いつ私を呑み込んでもおかしくなかった。


 私は室内に視線を戻した。

 部屋の中には石油ランプの温かな光があった。


「英国での大々的な開催を、グロブナー氏は計画している。エヴァ・ミラーの為に会場も、人員も、細々とした事務処理も、全てグロブナー氏がバックアップするらしい」

「えらい熱の入りようだな」

「それくらい期待しているんだろ。名前を売るための展覧会なんて、時間と金を持て余した富裕層しかできない発想だな」


 しかし、それが私たちと何の関係があるのだ。


 私の疑問を見透かしたように、ダニエルが唇の端だけで笑った。


「展覧会を開くためには、大量の蝋人形を作らなければいけない。それに加えて、グロブナー氏はある提案をした。誰もが知っているような歴史上の偉人を、蝋人形にして展示すれば面白いのではないかってね。かつての女王陛下や、かの天才学者アイザック・ニュートン、他にも様々な著名人をモデルにして、エヴァ・ミラーは蝋人形を製作している。どうせ作るなら、本物と見紛うような人形を作りたいというのが彼女の願いらしくてね。ただ、一つ問題がある。天才蝋人形師の彼女ですら、作れないものがあるのだよ。しかもそれは、歴史上の偉人を再現するためには必要不可欠な代物だ」


 ようやく話が繋がった。私はコーヒーを一口飲んだ。

 心地よい苦みが口の中に広がった。


「必要なのは、君が仕立てる服か」

「流石だな。話が早い」

「凄いじゃないか。英国の数ある仕立屋の中から、君の店が選ばれるなんて。技術を認められた証拠だ」


 それとも、客を繋ぎ止めるお喋り屋(チャターボックス)のおかげか。


 どちらにせよ、彼の実力であることは変わらない。


「グロブナー氏ほどの貴族じゃなくとも、僕の客の中に富裕層の人はそこそこいるからな。ああいう連中は三度の飯より噂が好きだ。仕立屋『プロフェット&ナイト』の話は、しょっちゅう出ていたらしい。それがグロブナー氏の耳にも入っていたそうだ。どこかの仕立屋に服を頼むのだったら、『プロフェット&ナイト』にしておけ、とエヴァ・ミラーに言っていたらしい」


 ダニエルは最後の一口のローストビーフを咀嚼し、呑み込んだ。

 キッチンで素早く食器類を片付け、コーヒー片手に戻ってくる。コーヒー豆独特の豊潤な香りが、辺りに漂った。 


 彼は、肩が触れ合いそうなほど私の近くに立った。満足そうに食後のコーヒーを口に含んだ。


「しかし、君が出世したのは分かったが、その話が私にどう関係するんだ? 確か君は、私にも関係のある話だと言っていたが……言っておくが君の仕立ての手伝いは出来ないぞ」

「そんなこと頼みやしないさ。君にしかできない仕事があるんだ――縫石職人という仕事に、エヴァ・ミラーはいたく興味を抱いていてね。君さえよければ、ぜひ展覧会に参加してほしいと言っている……彼女は、蝋人形、君の手によって宝石を縫いつけてほしいのだよ」


 カップを口に運んでいた手を止めた。


 ダニエルはにやにやしながら「君、言っていただろう? 『蝋人形に宝石を縫いつけたら、美しいとは思わないか』ってね」と私の口調を真似て言った。


 返事をするのが一瞬遅れた。


「……最高だな」

「そうだろう? 喜ぶだろうと思ったんだ」


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