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大通りは、紳士やら商売人やら休暇を楽しむ家族連れやらでごった返していた。
晴天の下で路行く人々を気にも留めずに、馬車が駆け回る。車輪が回る度に、砂埃が巻き上がった。
オリヴァーは、エヴァ・ミラーをなるべく道の端に寄せて歩いた。
勢いを弱めることなく歩道に突っ込んできた馬車が、サイラスの右足を潰したことは記憶に新しい。
「ミラーさん、新しい服でも買うの」
オリヴァーは声を張り上げた。ロンドンは喧騒と活気に満ちている。
「私が着るわけではないの」
エヴァ・ミラーから返ってきた答えは不可解なものだった。自分が着るわけではない服を、わざわざ買いに行く? ミラーさんがそこまでするほどの相手なんていたか?
オリヴァーの疑問を見透かしたように、エヴァ・ミラーは「今は詳しく言えないの」と続けた。
「私の為に、ある大掛かりな計画が進行中でね。その計画の一環として、服を買いに行くのよ。他にも色々準備しなくてはいけない。関わっている人がかなりの大物だから、私の口からあまりべらべらと話すわけにはいかないの。計画がある程度進んだら、貴方にも話すわ。ぜひ招待させて」
計画。招待。何の話だろう。
エヴァ・ミラーの美しい横顔の向こうで、テムズ川が煌めいた。
今朝水を汲みに行ったときとは、まるで別人の顔で川は流れている。
陽光が、犬猫の死体やゴミが浮かぶ水面を照らしていた。その死体やゴミの間を縫うようにして、いくつかの船が進んでいた。
市場で扱う果物や野菜が、毎日のように運搬されてくるのだ。その他にも、様々なものが船には積まれていた。
かつて下水によって汚染され、大悪臭を放った川が、三十年を経てロンドンの豊かな物流を支えていた。
サヴィル・ロウ通りは、大通りとは真反対に静かだった。ほとんどの店が閉まっている。「プロフェット&ナイト」も例外ではなかった。
「確か、お店と自宅を兼ねているのよね。どこかに入り口はないかしら」
オリヴァーは店の周りをぐるりと歩き、二階に繋がる階段を発見した。
「俺が様子を見てくるから、ミラーさんはそこで待ってて。ダニエルさんがいたら呼ぶよ」
階段は壁に沿うようにして取りつけられていた。軽やかに駆け上がり、扉を何回か叩いた。返事はない。
ドアノブを掴んでそっと押すと、鍵はかけられていなかった。薄く空いた隙間から、体を滑り込ませる。
暗い廊下が続いていた。人がいる気配はなく、静まり返っている。掃除が行き届いているのか埃っぽくはなかったが、ずっといると気分が沈みそうな陰鬱さが漂っていた。
誰もいないのかな。だとしたら、扉に鍵がかかっていないのは明らかに不用心すぎないか。
オリヴァーはそっと足を踏み出した。一番奥に扉があり、その途中にも一つ部屋があった。
自分に近い方の扉を、まず開けた。
オリヴァーは光の中にあった。
一瞬そう錯覚した。光の破片が突如として目に飛び込んできたのだ。暗闇に慣れた目には余りにも眩しすぎる光だった。しばらく目を細めて光に慣らし、改めて部屋を見渡したオリヴァーは、目の前に無数の宝石が積まれているのを見て、息を詰めた。
「すげえ……」
赤、青、緑、黄色、黒、透明。色彩の氾濫であった。




