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 寄り添いながら街へ出ていく二人を見送ろうとしたところで、サイラスが振り返って言った。


「今度、お前の店に遊びに行くよ」

「ぜひ来てくれ。俺は一日中あの店にいるから」

「夜は無理だな。アイラを外に出すわけにはいかない」

「切り裂きジャックのこと?」


 アイラが無邪気な声を上げた。


「あんな奴に会ったとしても、私負けないよ。いつもお兄ちゃんの体を支えてるから、他の女の子より力はあるんだ。こうやってパンチしたら、膝を蹴ってやる」


 アイラはバケツがひっくり返らないように注意しながら、腕を前に突き出し、その後に足を上げた。数年前に路で拾ったスカートをずっと履いている。身長は伸びるから、膝小僧が剥き出しになっていた。裸足の足も、寒さで真っ赤だ。

 サイラスが窘めた。


「駄目だ。何度も言っているだろ。ああいうのは、舐めていると痛い目に遭う」

「だからって夜にずっと家にいるのは、何だかもったいないよ。ピュア―だって集めないといけないのに。それに、夜のスラムに来る男の人は皆お金を持っているから、娼婦のお姉さんたちのおこぼれに与ることだって……」

「アイラ、止めろ」


 サイラスが鋭い声で言った。アイラははっとして口を噤んだ。オリヴァーの顔を見上げて、居心地が悪そうに視線を逸らす。

 無理に笑みを作った。


「そうだぞ、アイラ。サイラスの言うことは聞いたほうがいい」


 オリヴァーの母親は、三年前に何者かによって殺された。


 厳しい冬の日だった。真っ昼間でも気温が二℃を超えないほどの寒さであった。歩くだけで肺が凍り、かじかんだ裸足がじんじんと痛んだ。


 彼の母親は、凍った路地裏に仰向けに倒れていた。腹が裂かれ、内臓が外に飛び出していた。


 たった一人の家族を失ったオリヴァーの世話を焼いたのは、サイラスとアイラの母親だった。


 彼女も、オリヴァーの母親が殺された一年後に死んだ。腹上死だった。オリヴァーの母親も、サイラスとアイラの母親も、娼婦だった。死体は子供三人で、並べて埋めた。


 娼婦連続殺人鬼の話がロンドンを埋め尽くしたとき、オリヴァーは真っ先に、母親の死にざまを思い出した。まずは首を絞めて殺す。その後に腹を鋭利な刃物で裂き、内臓を傷つける。

 ここ数か月で犠牲となった娼婦たちと同じ方法で、母親の死体は痛めつけられていた。


 スラム街――特に、切り裂きジャックの獲物である娼婦が集まるイーストエンド――の近くにあるマックスのパブで、働いていることに深い意味はない。復讐という単語が頭に過ったこともあったが、非現実的な妄想は、日々の細々とした雑務に忙殺されるうちに自然と消え去った。


 俺はスラム出身のただの餓鬼だ。スコットヤードじゃない。


 オリヴァーは、サイラスとアイラの背が見えなくなるまで見送った。汚水が溜まったバケツを持つ。


 そろそろ店に帰らなければいけない時刻だった。


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