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「どうしたんだ、その手」
サイラスが素っ頓狂な声を上げた。茶色の瞳が見開かれている。
オリヴァーは火傷の手をひらひらと振った。
「間違って、熱した鍋に触れたんだ」
最初のような激痛は収まっていたが、代わりにじりじりと炙られているような鈍痛が広がっていた。
「痛そう……」
オリヴァーの両手に、アイラがそっと触れた。痛みが走る。指先が勝手に震えた。
弾かれたようにアイラは手を離した。
「ごめんなさい。私、痛そうだと思って、それで……」
「いや、いいよ。少しピリピリしてるだけだ。それだけ」
バケツから服を取り出し、雑に絞って腕を通した。濡れた布が肌に貼りつく感触が鬱陶しい。鈍い色になった水に、両手を突っ込む。そのままじっと耐えた。
「水につけるだけで大丈夫なのか」
サイラスの言葉に、肩を竦める。
「薬なんてないしな」
「マックスさんだったら、医者に行っても怒られないんじゃないか」
「その薬代は、あの人持ちだ。そこまで迷惑はかけられないだろ」
空が白みはじめていた。路地の向こうから、街が起き上がる声が聞こえていた。霧は未だに濃い。
スラム街の奥から、くず拾いやモク拾いやらがわらわらと集まってきた。夜明けと共に街に繰り出し、釘を打った棒で落ちているものを拾うのだった。
アイラは、犬の糞が入っているバケツを抱え込んだ。世の底辺が詰まったスラムでも、ヒエラルキーはある。くず拾いやモク拾いは、「汚れ落とし」探しを見下している。
バケツをひっくり返そうと考えていたくず拾いは、アイラを見て舌を打った。代わりに、敏捷な動きができないサイラスの背中を蹴った。
「やめろ」
オリヴァーはそこらに転がっていた石を、男の頭めがけて投げた。狙いは外れたが、くず拾いの連中はそれ以上のちょっかいはかけず、稼ぎの為に街へと出ていった。
背中を軽く摩ったサイラスも、大儀そうに立ち上がった。
「俺らもそろそろ行くよ」
「久しぶりに話せるんだ。まだいいだろ」
「それは俺も残念だけどね。アイラが腹を空かせてるんだ。稼がないといけない」
サイラスの言葉に合わせるように、アイラの腹から音が鳴った。オリヴァーはズボンのポケットから、パンの欠片を取り出した。昨晩の客の食べ残しを取っておいたのだった。
「食べていいよ」
アイラに渡すと、頬に赤みが差した。小さなパンの塊の半分をサイラスに渡し、残りを無我夢中に食べ始める。
「悪い」
「俺は、客の食べ残しを貰える。それにお前らが餓死でもしたら、俺が嫌だ」
「オリヴァー。お前に、世界一の幼馴染の称号を授けよう」




