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「何それ」
僕たちはその本を覗き込んだ。古びて色が褪せた表紙には、可憐な貴婦人がいた。
「色々なドレスや洋服が載っている本なの。ほら、この表紙の人が着ているドレス、素敵でしょ」
レースがたっぷり使われたドレスは、確かに羽を広げた白鳥のようだった。
「この他にも、パーティー用のドレスや普段着用のドレスについても、イラストが載っているのよ」
ミアがページを捲るたびに、豪奢に着飾った貴婦人たちが次々と現れた。
ポーズや背景は一人一人異なるが、皆一様に軽く伏せた目を僕たちに投げかけている。何を訴えているのか、その瞳はどれも潤んでいて、僕は見ているうちに気味が悪くなった。
テオも同じかと思ったが、反対に「美しいな」と身を乗り出した。
「まるで違う世界の住人みたいだ」
「そうでしょ」
「ああ……このフリルがたっぷりついたドレスの人は、花の妖精だな。春の陽に照らされた花畑を、ふわふわ舞っている。この体にぴっちり張りついたドレスの人は、城の女王だ。大量の使用人がいて、まるで物でも扱うような態度で命令する」
「テオくん、このイラストだけでそこまで想像できるの」
ミアは心から感嘆したようだった。フィンも「さすが」と言った。
「さすが、大作家エリアスさまの兄上でいらっしゃる」
「からかうなよ、フィン」
「別にからかっちゃいないさ。俺はありのままの事実しか言っていない。いつもそうだ」
「嘘つけ」
テオがせせら笑った。
「冗談と揶揄いしか、語彙がないくせに」
「何だと」
テオが逃げ、フィンが追いかけた。二人が体を捩るたびに、床の埃が舞った。窓から射しこむ天日に照らされ、細かく光る。その様は、まるで童話の中で主人公を助ける魔法の粉のようだった。
それを何となく目で追っているうちに、誘導されるようにして僕の視線はある一つのイラストに止まった。
一人の貴婦人が大きく広がった扇で口元を隠し、少し下を見るようにして立っている。波打った髪が輪郭に沿って垂れ、暗い翳を落していた。恥じらっているように見えるが、その白い胸元は大きく空いていた。ドレスに覆われた胴体も首も指もすらりと細く、魚の骨のように華奢だった。
掴んだらぽきりと折れてしまいそうな、危うさと儚さをもった女性だった。
僕は、その夫人の鎖骨を凝視した。
ひっそりと浮き出た鎖骨に、大ぶりの宝石が輝いていた。
こう書いているが、実際は宝石ではなかったかもしれない。イラストは白黒だったのだから。しかし、そのときの僕は宝石と信じて疑わなかった。いや、そのときだけでない。正直に言うと、今でも信じている。あれは宝石だった。
シャンデリアの光を浴びて燃えるように輝くガーネットが、そのイラストの中にはあった。
ガーネットは婦人の肌から直接生えていた。
「どうしたの」
ミアの声がすぐ近くで響いた。僕は宝石に目を奪われるあまり、彼女が持つ画集に向かって身を乗り出していたのだ。
ミアを見た。至近距離で見る少女の顔は、恐ろしいほど整っていた。
「この人、鎖骨のところに宝石がある」
「どの人?」
「今開いているページの人。ほら、鎖骨に宝石が乗っかってるだろ」
ミアはしばらく本を眺めた後、はっきり言った。
「宝石なんてないわ」
「何を言っているんだ。あるじゃないか。すぐそこに」
「いいえ、ないわ。そもそも、この人はドレス以外何も身に着けていないじゃない」
愕然とした。慌ててページを見直し、貴婦人の隅から隅までをじっくり眺めた。もう一度確認した上で、僕はミアの言葉が真実であることを悟らずにはいられなかった。
彼女の言う通り、貴婦人が身に着けているのはフリルが豪奢なドレスだけだったのだ。




