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「同じものを着けなおしますか。それとも、別の宝石に変えますか」

 私の問いに「同じものを」と夫人は返した。


 宝石を縫いつける間、夫人はじっと耐えていた。真っ赤な唇を血が出るほどに噛み締め、全身を震わしながらも、声一つ漏らさなかった。私はそんな夫人を見ながら、淡々と縫い進めた。励ましの言葉をかけるより、なるべく早く仕事を終わらせるほうが、客にとっては有難いのだともう分かっている。


 私は、まず糸を針の穴に通す。糸はひどく細い上に半透明だから、慎重に取り扱わないとすぐにどこかへ飛んでいってしまう。対照的に針は極太だ。皮膚を貫き、場所によっては骨まで断つのだから、当然といえば当然だが。客の好みに合わせて取り寄せた宝石を木箱から取り出し、縫いつけるべき所に一旦固定する。全ての宝石があるべき場所に収まれば、あとは皮膚と宝石を縫い合わせるだけだ。


 仕立屋が瀟洒な布を縦横無尽に縫い合わせて服を形作っていくように、私は人々の皮膚を宝石が息づく豊かな土壌に変える。


 縫石職人。私だけができることだ。


 針を皮膚に突き刺すごとに、糸を引っ張るごとに、骨の髄まで響く痛みが走るのだと教えてくれたのは、同居人だった。私が宝石を縫いつけた最初の客でもある。

 「縫石屋」の看板を掲げてから、暫く経つ。宝石の魅力に取りつかれた芸術家気質の人々から、ただ単に自慢をするためだけに一生分の痛みを背負う貴族まで、客層は幅広い。私だけの技術ということもあって、稼ぎを他の職人に取られることもなかった。


 グロブナー家は、重要な顧客の一人だ。


「美しいわ」


 夫人は溜息とともに言った。夫人の腕を飾る宝石は、どれも夢の中のように輝いている。

 特に、縫いつけたばかりのアメジストとルビーは自らの力で発光しているようだった。

 高貴ながらも、無邪気さを併せ持つ乙女の魂のようなアメジスト。ゆらゆらと蠢く炎を内に飼っているルビー。


「絵画や音楽といった芸術は分からない私でも、宝石の美しさだけは理解できる。いえ、感じ取れるといったほうが正しいかしら。貴方に初めて縫いつけてもらったときから、もう夢中よ。たまに宝石が生きているように感じるの。私と共に呼吸している。太古の魂が宿っているのだわ。土に埋もれて、まだ発見されていなかった頃からの記憶が詰まっているのよ、きっと。貴方もそう感じない?」

「……感じます。宝石は実際、生きていますから」


 今にも千切れそうな糸で皮膚に縫うその一瞬ごとに、宝石が息を吐いているのが分かる。歓喜の声が漏れるのが聞こえる。生きているのだ。ただの硬度が高い鉱物などではない。

 客のそれぞれの皮膚によって、鮮やかな色を微妙に変えるのがその証拠だ。


 しかし、それを全て伝えられるほど私の口は上手く動かなかった。無礼だと罵られても仕方がない私のそっけない言葉に、夫人は「そうよね」と深く頷いた。


 午後のお茶に誘われたが、私は固辞して、グロブナー家を後にした。


 深い深い霧が毎日のように街を覆った年であった。一八八八年。もう三年も前のことだ。三年。そんなに経ったのか。時間が進む早さに恐怖を覚えるなど、もうすっかり年寄りのようだ。年寄り。実際、そうかもしれない。

 世間が三年の月日を歩む間に、私は精神の夢を十年彷徨っている。戯言だ。縫石職人としてのノアは、周りの人々と同じように三年間何事もなく過ごしてきたではないか。いや、それは私の見せかけの姿だ。ただの「皮」だ。本当の私は、今でも道標のない闇で迷っているのだ。そこでは負った傷が癒えるどころか、ますます深く引き攣れて……馬鹿馬鹿しい。

 

 馬車の中で、私はグロブナー家の応接間で見たあの人形の面影を探し求めた。生まれて初めて目にした蝋人形は、私に得も言われぬ衝撃と一種の深い共感を与えていたのだ。


 何度も窓に額を押しつけて、応接間の窓を、可能なら窓の向こうにいる裸の男を見ようとしたが、霧が全て覆い隠してしまっていた。


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