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 イラストはべドラムを上から見た図だった。広大な敷地だ。入院患者用の棟、職員用の棟がいくつも点在している。中央には中庭が広がり、教会や庭園まであった。

 もともとは修道女と信者のための小修道院だ。十四世紀の頃には病院として生まれ変わり、暫くすると精神病も扱うようになった。


 精神病患者のための第二の家、と表向きでは謳っているが、実情は監獄とほとんど変わらない。


 治療の環境は一貫して劣悪で、患者は家畜と同じように扱われる。毎月第一火曜日には、べドラムの入場料は無料になる。患者を見世物にするためだ。貴族などの見物客は患者たちの奇妙な振る舞いや暴力行為を見物し、時には長い杖を持参して、患者を突いて興奮させる。

 勿論、こんなことは本には書かれていない。オスカー・ターナーが手掛けた建造物が、精神患者の収容施設――正確に言うなら監獄――として使用されているなど、書物に記すべきことではない。


 では何故僕が知っているか。実際に見たから、という答えが最も正確だ。

 べドラムのすぐ近くに、孤児院がある。


 ジャクソン孤児院。


 僕はそこで少年期のほとんど半分を過ごした。十三歳でテイラー氏に引き取られるまで、毎月第一火曜日になるとベドラムの入り口に列ができるのをよく眺めていたものだ。

 石造りの建物の中に何がいるのか、そのときは想像もつかなかった。テイラー氏のもとで教育を受け、世界の片端がようやく見えるようになった頃、あの中にどういった人々がいるのかを知った。


 あの建物群がオスカー・ターナーの作品の一つだということを、僕はこのとき初めて知った。


 同時代評には「氏の建築家としてのこだわりが、よく表現されている作品だと言えよう。彼の悪戯っ子のような可愛らしい遊び――建物の内部にいくつか仕掛けられた隠し扉や隠し通路も、存分に発揮されている……」などと書かれていた。


 べドラムのイラストは、僕にあまり恋しくもない昔を思い出させた。


 僕にとって、あの孤児院はただの通過点だ。懐かしむ過去がある訳でもなければ、既知の友人もいない。覚えていることといったら、どう考えても栄養不足の食事と、堅い寝床だけだ。

 僕にとっての真の故郷は英国ではない。青葉が生い茂り、川の澄んだせせらぎが耳を打ったあの森。裸足でいつまででも駆け回った、幼く純粋な数年間。


 僕の過去はそれだけだ。


 過去。その言葉が頭に浮かんだとき、僕は真っ先に君のことを考えた。ノア、君の過去を僕は知らない。君がどういう青年期を送ってきたのか。何処にいて、誰と、何をしていたのか。何も話してくれたことはない。僕も無理に聞き出そうとしたことはなかった。


 いつか聞かせてくれるか。君のことを僕は知っておきたいのだ。

 君と僕は運命共同体なのだから。違うか。


 べドラムのイラストの下に記されていた住所を、僕は書き留めた。意外にもここからさほど遠くなかった。日帰りで行こうと思えば行ける距離だ。

 本を棚へ片付けようとしたとき、微かな風に煽られて一枚のページが僕の前に広げられた。そこには、ある建物を正面から見たイラストが描かれていた。

 古びた屋敷だ。英国の建築物ではなかった。石造りの二階建てで、屋敷の前には庭が広がっている。後ろには鬱蒼とした森も見えた。

 一見、どこかの貴族が優雅な生活を送るために建てた瀟洒な屋敷のように思われる。だが窓には鉄格子が嵌められ、扉にも厳重に鍵がかかっているのが見て取れた。


 イラストの上に印刷された、建造物の名称に視線をやらずにはいられなかった。


 The Schneider’s house ――シュナイダー家邸宅


 見なかったことにして本を閉じた。


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