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 私は立ち上がり、小屋を飛び出した。縺れる足を必死に動かし、人をかきわけ、濁った霧の中を遮二無二走り抜けた。


 自分が今どこを走っているのかも、そのときの私の中にはなかった。ただあの汚い見世物小屋から、悪意と嘲笑を振りまく観客から、美しい畸形から、少しでも離れたかった。


 何分走り続けただろうか。 


 衝撃が体を襲った。馬車に轢き殺された野良猫のように、私の体は宙を舞った。地面に叩きつけられ、一瞬息が詰まった。

 視界の端に誰かの足が映り、誰かにぶちあたったのだと悟った。


「……おい、大丈夫か」


 聞いたことのある声だと思った。私がぶつかってもよろめくことも転ぶこともしなかったその人物は、困惑しながらも私が起き上がるのに手を貸してくれた。


 震える私の腕を、私やダニエルよりも一回り小さい手が掴んだ。

 ぶれる視界の中で動いた手は、傷だらけだった。


「すげえ震えてる」


 私の耳の近くで呟かれた声は、少し掠れていた。私の瞳を覗き込んだ顔に、ひどく見覚えがあった。

かつてスラムに住んでいたという少年の表情には、昨晩のような警戒心は見当たらなかった。


「……覚えてる? 俺、オリヴァーだけど。ほら、昨日の晩会っただろ。あんたのテーブルに酒を運んだ」

「……ああ」


 それ以上、話せない。口が動かなかった。私は貝だった。外界と関わりたくない。一人でいたい。

 人々よ、私の中に入り込まないでくれ。


「……まじで大丈夫か、あんた。顔白いけど。気分悪い? 家まで送ろうか」

「……いや、大丈夫だ……」


 のろのろと顔を上げた私の視界に、オリヴァーの顔が映った。傷だらけの顔。鼻筋にそばかすが散っていることを、私は初めて気がついた。芯が強そうなその顔には、心配の感情が窺える。心優しい少年の後ろに、誰かの人影が見えた。

 一人? いや、二人だ。一人のように見えた影は、腰の部分から二つに割れた。双子か。ひどくよく似ている。黒髪が揺れている。伸びやかな歌声が通りに響いている。愛らしい少女たちの体はぴったりと結合している。


 ヒルトン姉妹……。


「あ、おい!」


 私は吐いた。


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