94. 宮廷の悩み
読んで下さってる皆さん、本当にありがとうございます。
もう少しで第一部が終わります。どうぞよろしくお願いいたします。
――王宮内の大会議室には、国王をはじめとする大臣や重臣たちが集っていた。
議題は、カテリーナの聖女認定についてであった。
聖女の認定は、極めて大きな政治的影響力を伴う。
歴代の聖女たちは、強力な神聖魔法や桁外れの魔力を有していたため、ひとたび認定されれば、多くの民衆がその力を求めるようになる。
しかし今回の件は、魔人討伐と奇蹟の発現という一度限りの出来事に基づくものであり、現時点では再現性がなかった。
さらに、その奇蹟がカテリーナ自身によるものかどうかすら判然としていなかった。
加えて、国内の貴族たちの反発も無視できなかった。
カリスティア王国では、「高貴なる血統の責務」という魔法文化の伝統が根付いており、魔力を持たぬ者を聖女とすることは、恣意的な判断として強い反発を招く恐れがあった。
さらに聖女の認定は、諸外国に対し「聖女を擁する国家」であることの宣言にもなる。
歴代聖女の存在は周辺諸国にとって大きな脅威であり、援助要請や王族との婚姻の打診など、外交上の影響も極めて大きかった。
とはいえ、認定を見送る決断もまた容易ではなかった。
すでに民衆や貴族の間ではカテリーナの噂が広まりきっており、これを否定すれば憶測を呼び、期待している民衆の反発を招く可能性があった。
宮廷では、彼女の処遇を巡って議論が紛糾していた。
「伝説ともいえる女神さまの奇蹟が起きた以上、認定をすべきではないのか?」
「しかし、魔力はほとんどなく、治癒魔法すら使えぬのだぞ」
「空を飛び、自らの力で魔人を討ったのだ。これもまた奇蹟といえるのではないか?」
「ではその奇蹟は、次にいつ起きるというのだ」
「……そもそも、聖女の基準が定まっていないこと自体が問題なのだ」
過去の歴史や記録を紐解き、議論が尽くされたが、結論は出なかった。
聖女の認定をしてもしなくても、その後の影響があまりにも大きいため、結論を出す決め手に欠けていたのである。
そんな中、一人の大臣が口を開いた。
「本来、身内の者を認定の議論に加えることは許されないが……ここは兄であるアレクシオスを召し、意見を聞いてみてはどうだろうか」
「確かに。話を聞くだけでも価値はありそうだな」
その言葉を聞き、国王が立ち上がった。
「……うむ。余もアレクシオスの意見を聞いてみたい」
この一言で、アレクシオスの召喚が決まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
呼び出されたアレクシオスは会議室へと案内され、国王と重臣たちの前に進み出た。
「お呼びにより、参上いたしました」
その礼儀作法は完璧であり、端正な容姿も相まって、場にいる者の目を引いた。
その姿に、多くの者が母である大聖女アナスタシアを思い起こしていた。
「そう堅苦しくせずともよい。この通りの有様なのだ」
国王は柔らかな笑みを浮かべた。
室内には聖女の記録や奇蹟の伝承に関する資料が散乱していた。
「単刀直入に問う。そなたから見て、妹のカテリーナは聖女だと思うか」
あまりに直截な問いだった。
アレクシオスは一瞬息を呑んだが、悟られぬよう静かに呼吸を整え、ゆっくりと答えた。
「恐れながら、私には判断いたしかねます。女神より聖女であるとの神託を受けておりませぬゆえ」
「……ふーむ」
国王は期待外れの答えに、少しため息をまじえたような言葉を発した。
「過去の聖女認定におきましても、神託や血縁などによるものはなく、功績や奇蹟の結果に基づいて行われてきたと認識しております」
「……ならば聞こう。そなた自身は聖女の認定に賛成なのか? 反対なのか? どちらなのだ?」
またしても直球の質問だった。
一同がその返答に注目し、ごくりと息を呑んだ。
「……陛下、ならびに重臣の皆様。差し出がましいこととは存じますが、実はある考えがございます」
「よい、余が許す。遠慮せずに申してみよ」
「カテリーナは現在、宮廷大学の受験生にございます。もし合格し学生となった場合、学業専念への配慮を理由として、聖女の認定は卒業まで先送りするというのはいかがでしょうか」
その返答に対し、重臣たちから「おお」という声が上がった。
「……なるほど。民には配慮のためと説明ができ、貴族には時間をかけて判断をしていくのだと説明ができる。また、学生の身分であれば、対外的問題も生じにくいということか」
「ご明察にございます」
大臣の一人が声を上げた。
「陛下、これは妙案です。聖女の認定は保留し、魔人討伐の表彰のみを行えばよいのです。それであればどこにも波風は立ちません!」
多くの者が頷いた。
「……よし。では、それで進めよ。学長のマギストロスに使いを出し、すぐに合否を確認させよ」
重臣たちが動き出した。
膝をついたままのアレクシオスは、胸中で呟いた。
――これで、よろしいのですね……女神さま。
その表情には、わずかな安堵が浮かんでいた。
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