92. 他人の評価
読んで下さってる皆さん、本当にありがとうございます。
もう少しで第一部が終わります。どうぞよろしくお願いいたします。
戦いの最中――観客席からすべての顛末を見届けていた影があった。
目立たぬよう、それでいて一部始終を見渡せる位置で、その男は椅子にもたれ掛かっているような姿で留まっていた。
しかし、深く被ったフードの奥の口元は歪んでいた。
「……なるほど、なるほど」
男の視線の先には、墜ちて絶命した魔人の姿があった。
「魔人への変化は、死してなお戻らぬか」
低く、愉悦を含んだ声だった。
「一度あちら側へ堕ちれば、もはや引き返せぬということだ」
彼は満足げに頷く。
「器としては粗末だったが……貴重な魔人の遺灰を飲ませた甲斐があったというものよ」
ゆっくりと顔を上げる。
「……しかし、あの娘は何者だ? ほとんど魔力を感じなかったが……。
そういえば申し込みの日も、こちらの存在に気付いていたな……」
ほんの一瞬だけ、思考が止まる。
だが――
「……まあいい」
すぐに切り捨てた。
「今はまだ、些事よ」
男は懐から小瓶を取り出し、一気に飲み干した。
――ガタッ。
体から力が抜け、呼吸が荒くなる。
そして、みるみるうちに顔色が変わっていく。
――その男は、完璧な“被害者”となった。
ほどなくして、救助に来た騎士たちがスタジアム内へとなだれ込んできた。
「こっちにも生存者がいるぞ!」
騎士たちが駆け寄ってくるのが見えた。
――魔法を使えば、気取られる可能性がある。
だから――運ばれる。無力な人間として。
動けぬ“被害者”となったその男は、やがて担架に乗せられ会場を後にした。
去り際に、誰にも見えない角度で――
その口元だけが、笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「聖女さまだってよ!」
「見たやつが言ってた! 本当に光に包まれたらしい!」
「いや違う、女神さまが降臨されたんだ!」
「あの大聖女さまの娘だろ!? やっぱり血筋か……!」
その噂が広まる速度は、信じられないほど早かった。
急に現れた魔人を少女が倒したという武勇伝は、国民の好奇心を強く刺激するものだった。
噂は誇張され、脚色され、もはや止まる気配を見せなかった。
誰もが語り、誰もが聞いた話を信じていく。
そして――
「え、えぇぇぇーーーーーーー……?」
当の本人だけが、その状況を理解できていなかった。
「ちょっと待って。な、何それ……私はそんなじゃないっ!」
カテリーナは衛士たちから話を聞き、その広がり続ける噂にただ困惑することしかできなかった。
「……カテリーナ、庶民の服に着替えて宿へ戻ろう」
アレクシオスが真剣な面持ちで言った。
魔人との激戦を終えたカテリーナは、本日は簡単な聴取のみで解放され、同じく魔力の限界まで治療にあたっていたアレクシオスと合流していた。
二人とも多大な疲労が考慮され、明日は休養に当てられることになっていた。
「な、なんで、こんなことに……」
目立たぬ格好に変装してスタジアムを出たが、街のあちらこちらで「カテリーナ」という名前が聞こえてくる。
その度にカテリーナはビクリとしていた。
自分の知らぬところで、自分が“何か”へと変わっていく。
その事実が、カテリーナには何よりも恐ろしかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後――
王立宮廷大学。
重厚な扉の奥では、数々の議題を終えたのち、合格者選抜会議が行われていた。
荘厳な長机を囲むのは、王国最高峰の知性と呼ぶに相応しい人間たちだった。
「……筆記試験および実技試験の合計点は以上の通りです。また、不適格と判断された者については、点数に関係なく、判定者とその理由が明記されています。皆さま確認をお願いします」
受験の担当官が説明を行うと、教授たちは一斉に受験生たちの資料を確認していった。
「……特にご意見がなければ、総合順位に基づき、合格者を決定いたしますがよろしいでしょうか?」
「――異議がある!」
教授たちの視線が一斉に集まった。
その視線の先で、紫のローブを纏っている男――ネオフィトス・エレウテリオス。
宮廷大学教授にして、紫の魔導師団長。
王国屈指の魔術理論家であり、研究者であった。
「このカテリーナ・ルクサリスという学生についてだ」
皆が一様に怪訝な表情を浮かべる。
「私は――この者の入学に反対だっ!」
その一言で、会議室の空気は一変した。
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