第六十八週 通り過ぎてしまった!(月曜日)
月曜日、祝日。
わたしは友達のアヤメちゃんと一緒に遊びに出かけた。
二人きりである。
ツインテールのアヤメちゃんと訪れたのは動物園。
カピバラやアルパカ、コビトカバを始めとする動物のかわいい写真を撮っていったよ。
「いろいろ撮影できたけど、さすがにオカピはいないみたいだね、こんしまちゃん」
「そうだね……いつかオカピも実際に見てみたいね」
休憩スペースでジュースを飲みながら話す……!
「ところでアヤメちゃん知ってる……? 最近イヌの新種が発見されたみたいだよ……」
「あ、アヤメもネットニュースで見た。だけどイヌじゃなくてネコでは?」
「……しまった、そうだっけ」
「南アメリカ大陸のボリビアで新しく発見されたネコ。名前は『ティルカヨ』だったはず」
「ティルカヨ……」
とってもいい名前……ッ!
「なんかめでたいよね……アヤメちゃん」
「まあ、うん。ただ『新種』とか『新しく見つかった』というのはあくまで研究者の視点なわけだよね。そのティルカヨにとって自分は新しいとかそういう意識は別になくて、以前からそこに暮らしてただけなんだよね」
ジュースをあおるアヤメちゃん。
どこかアヤメちゃんはティルカヨに独特の思いをいだいているのかもしれないね。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
動物園から出て、近くの公園にわたしたちは寄ったよ。
木陰のベンチに座ってからアヤメちゃんがひと息つく。
スマートフォンに保存した画像を見返す……っ!
「見て見て、こんしまちゃん。このカピバラのすべてを見とおしたような目」
「……これは宇宙の真理をさとってる瞳だね」
「じゃあ今度はこのコビトカバの背中――」
「どれどれ……むむ、世界が実はこの子の背中に存在していたとかいう神話を作れそう」
「まさかのコビトカバ信仰」
そんな調子で写真を見せ合ったよ。
しばらくしてアヤメちゃんが少しうつむく。
「ごめん、こんしまちゃん。ちょっと早めに動物園から出ることになっちゃって」
「……気にしないで。そのおかげでのんびりアヤメちゃんと語れてるんだから……」
「ありがと」
ためらったあと、口をひらきなおすアヤメちゃん。
「実は、さっき動物園で中学時代の知り合いを見かけちゃって。それで、離れたくなった。まあこんな偶然もあるもんなんだね」
木漏れ日を受けとめるように手の平を上向ける。
「ずっと前に言ったと思うけど、別にその子たちからいじめられてたわけじゃない。もしかしたら向こうもわたしに気づいたら気さくに声をかけてくれるかもしれない。だけどそれがとても怖かった」
「そっか……」
「こんしまちゃんは昔の知り合いに会ったら声をかける派? クラスメイトに対して片道年賀状を律儀に送るくらいだし、きっと――」
それから慌てて片手を振った。
「って、ごめん。動物園にも行ったのにわたし、自分勝手にこんなこと」
「アヤメちゃんがわたしに話してくれたの、とってもうれしいよ……」
あらためてわたしは質問に答えるよ。
「まず今のクラスメイトには声をかけるかな……もちろん相手がデート中のときとかはスルーするけどね。で、昔のクラスメイトには気づいても声をかけない……ぬる~っと通り過ぎる」
「なんか意外。いや、そうでもないか。こんしまちゃんって妙にドライなとこあるし」
「嫌いになったとか忘れたとかじゃないよ……ただ、今のみんなには今の時間があるわけだから……よほどつらそうにしてるとかじゃない限り、そこにわたしが不用意に干渉しないほうがいいかなって。たとえば昔連絡先を交換した人から数年ぶりにいきなり連絡が来たら少し怖いよね……そういう感じ?」
「じゃあ向こうから声をかけられた場合は?」
「普通に話すよ……」
「だったら、自分から声をかけたとき相手が迷惑そうにしてたらどうするの」
「そのときはすぐに切り上げる……今、その人にとってわたしは必要ないわけだから」
「けっこう考えてるんだね。こんしまちゃんのほうが年上みたい」
アヤメちゃんは動物の写真をちらちら見ている。
「人と知り合うってしんどくない? 知り合いと会うのってもっとしんどい」
「そういう部分も確かにあるね……」
「たとえば?」
「……そうだね、このあいだの授業や去年の読み聞かせのときもそうだったけど、小学校や幼稚園を訪問する前に先生が言ってたよね。線引きはしっかりしてくださいって……。結果的にわたしたちは小学生や幼稚園の子どもたちと知り合いになったわけだけど……アヤメちゃんはその子たちと外で偶然会ったときに声かける?」
「いいや、向こうから声をかけられない限り、絶対に声をかけないと思う。そもそも保護者からすれば、ただ授業で一緒になっただけの高校生にあんまり馴れ馴れしくしてほしくないはずだし。わたしが担任の先生とかそういう立場だったら話は別だけどさ」
「うん……わたしもそう。結局のところ知り合いが増えても、みんなと仲よくできるわけじゃない……かえってさびしくなったり切なくなったりする」
「なんか、ヤになんない?」
立ち上がるアヤメちゃん。
「今、仲よくしているみんなとも、そういう関係になるわけだよね。偶然だれかと再会しても、お互い知らないフリをして通り過ぎるようになる。自分は無視されているんだっていうやるせなさと、自分も無視してるんだっていう罪悪感と、相手も同じやるせなさと罪悪感をいだいているんじゃないかっていうやりきれなさがトリプルで襲ってくるよ。そんな感じで通り過ぎるたびに神経が摩耗してくようだよ。勝負してるわけでもないのに」
それから自動販売機のほうに歩いてお茶を買ってきてくれた。
アヤメちゃんにお礼を言ってからわたしはペットボトルをかたむける。
のどをうるおしたのち、そのツインテールを見つめた。
「じゃあアヤメちゃん、一緒にティルカヨになろう……!」
「ヒトなのに?」
「しまった……ティルカヨはネコだった」
「だけどおもしろそう」
「よかった……」
わたしは胸をなで下ろして言いたいことをまとめる。
「……つまりネコじゃなくてヒトも新種になっていいんじゃないかって話」
「ヒトの新種なんているの?」
「いるよ……だって、新種というのは新しい種というよりは、研究者に新しく発見された種だから。アヤメちゃんが教えてくれたとおり自分は新しいとかいう意識はなくていいし、以前からそこに暮らしてただけでも『新種』という定義は成立する……!」
ペットボトルの底を太ももに置いて続けるよ。
「今まで知らなかった自分を見つめなおす必要もないんじゃないかな……ただ、自分は新しく発見された新種のティルカヨのようなものだって思えば知り合いのそばを通り過ぎることもラクになるかなって」
「もう少し詳しく」
「知り合いと遭遇したとき、自分はそのときの状態で『初めて発見』されるわけだよね……」
「初めて? 再発見じゃないのかな」
「相手も自分も、そのときその場所で会うことを想定していなかったはず……とすれば、ここで以前に知り合ったときのデータと目の前の本人とを照合する運びになる。そこにはズレが生じるね……。おおげさに言うと生息年代と生息地の不一致だよ……『今、目の前にいるヒトはあのときあの場所で出会ったヒトと見た目が酷似しているけれど実際は別の種ではないか? このヒトは実は新種じゃないか? ティルカヨじゃないか?』って感じで考える」
「なんか一種の思考実験みたい」
アヤメちゃんがペットボトルを両手でゴロゴロ転がす……っ!
「といっても実際のアヤメは新しくもなんともないけれど」
「それでいいんだよ……だってティルカヨだって研究者からしてみれば新種だけれど、ティルカヨ自身にとっては新種じゃない。同じように、ヒトも新種であって、かつ新種じゃないと言えるんじゃないかな……? とくに想定していなかった時間と場所に出現した相手は……これまで見えていなかった新種である可能性が高いよね。その可能性を完全に否定することはできない……」
木漏れ日がわたしのペットボトルもキラキラと照らしている。
「だから知り合いとすれ違うときは切なさや罪悪感を無理にいだかなくていいんだと思う……。ただお互いに『このヒトは新種のティルカヨだ。わたしも新種のティルカヨだ。わたしたちは知り合いじゃなくてティルカヨ同士なんだ』と思い合えばいいんじゃない……? たとえ『ティルカヨ』だって心でくり返しても、新種という呼び方自体が当事者にとって知ったことじゃないわけだから……相手や自分を否定することにはならない」
「相手と自分、両方ともティルカヨになれるんだよね?」
「お互いに通り過ぎる際、どちらも新しく発見された新種として成立しうるからね……」
「相手が知り合いとして普通に話しかけてきたら?」
「そのときは『ティルカヨじゃなかった』と思いなおせばいいよ……」
アヤメちゃんにこつんと肩をぶつけてみた。
「手始めに、わたしのことティルカヨって思ってみて……アヤメちゃん」
「新種のこんしまちゃんね。ならこんしまちゃんもアヤメをティルカヨってことにしてよ」
「うん……お互いに自分のこともティルカヨと認識してみようね」
「やってみる」
ネットでティルカヨの画像を検索したあと、しばらく二人で目を閉じてイメージするよ。
(わたしはティルカヨ。アヤメちゃんもティルカヨ。ティルカヨティルカヨティルカヨ……)
で、立ってから向かい合う。
ティルカヨと思い込みながらすれ違い、通り過ぎてみる……!
二足歩行でもティルカヨだ……っ!
そして振り向き、わたしは尋ねる。
「どう……?」
「あんまり効果があるような気がしない」
「しまった……」
「いや、相手がこんしまちゃんだったからってのもあるし、少しはプラシーボ効果的なものが働いたせいか、ちょっと気がラクになった気がする。ありがとう」
「やった……」
「ティルカヨを反すうするのがいいというよりは、こんしまちゃんがわたしのことを真剣に考えてくれたことがうれしかったんだ」
アヤメちゃんはツインテールをくしけずりつつ、ほほえんだ。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
公園をあとにして、二人で歩道をテクテク進む。
「そういえばアヤメちゃん……ティルカヨも動物園で見ることができるのかな」
「今のところは無理じゃない? これからはしっかり保護されるだろうし」
「だよね……生息地はどこだっけ」
「南アメリカ。この発見――まあ正確にはネコの新種としてみとめられたのを機に、ボリビアへの旅行者も増えるのかもね」
「けっこう遠い……あ」
わたしは重大なことに気づいた。
「……しまった」
「へ?」
「ティルカヨは日本にいないネコなんだよね……? だったら日本国内で通り過ぎるときに知り合いと自分をティルカヨと思うのは無理があるんじゃ……」
こんなところにティルカヨがいるわけない! と思われるかもしれない。
そんな不安を打ち明けたところ、アヤメちゃんが「だいじょうぶ」と返してくれた。
「いるわけがないにしても、そこにいるならしょうがない」
「そっか……ありがとう、なら安心だね」
それからわたしたちは動物園から出てくる人たちの波のあいだをするする抜けた。
そのなかにアヤメちゃんの知り合いがいたかどうかは分からない。
でもみんな新種のヒトのように見えた。
わたしもアヤメちゃんもティルカヨのような新種として通り過ぎた。
だけどわたしとアヤメちゃんにとっては、けっして自分は新種じゃない。
もうすでに見つけているし、見つけられている。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:四回(累計二百八十一回)
次回「第六十九週 推理要素のあるしりとりをしてしまった!(日曜日)」に続く!(十月二日(金)十九時から二十三時五十九分のあいだに更新)
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それにしても発見された新種のネコが「ティルカヨ」という名前なのがなんか響きとしていいですよね~。




