第六十三週 浴衣を着てしまった!(水曜日)
その日、授業が午前中に終わったあとわたしは教室にしばらく残った。
で、鵜狩くんとアヤメちゃんを花火大会にさそったよ。
「ここの近くで実施されるお祭り的なやつだけど……わたし、三人で行きたいな……」
「待った、こんしまちゃん」
アヤメちゃんが小さくかぶりを振る。
「わたし、じゃまじゃない? もちろんさそってくれたのはうれしいし、アヤメも一緒に行きたいって気持ちはあるけど……付き合っている二人のあいだに挟まるみたいで気が引けるというか」
「だいじょうぶ……花火大会ではわたしと鵜狩くん、友達モードだから……」
これは事前に鵜狩くんにも確認していたこと……!
アヤメちゃんも小学校のころからの大事な友達。三人で楽しい時間を過ごしたい。
鵜狩くんもうなずく。
「俺もアヤメと行きたい」
「……友達として、だよね」
「ああ」
「ならアヤメも花火を見るよ。さそってくれてありがと、鵜狩くん、こんしまちゃん」
話がまとまった。
ここでボリュームのあるおさげの女の子・間地柚季さんが声をかけてきた。
「菖蒲さん・こんしまちゃん・鵜狩……ちょっと話が聞こえてたんだけど、三人は今度花火大会に行くのかな」
「そうだよ……」
わたしたちは首を縦に振ってから、間地さんも一緒に来るかどうか聞いてみた。
対する間地さんがおさげをかわいくゆらす……!
「いやいや、さそってくれたのはマジでうれしいけどわたしはすでに別の子と約束してるから。それより三人は花火大会で浴衣を着るのかな」
「しまった、忘れてた」
「うっかりしてた、考えてなかった」
「わたしも……そもそも浴衣が似合うかどうか」
「むしろ菖蒲さんが一番似合うと思うんだけどな~。というわけで、よかったら当日わたしの作った浴衣を着てみない? 試作品だからいろんな人に着心地を試してもらいたいんだよ」
わたしたちは間地さんの言葉に甘えることにした。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
花火大会当日の水曜日。
早めに授業が終了したあと、間地さんが浴衣を貸してくれた。下駄もセットだった……っ!
「よごれても簡単に洗える浴衣ではあるんだけど、今回は洗わずにあしたそのまま学校で返してくれればいいから」
間地さんの作った浴衣は着るのも簡単。
トップス部分とボトムス部分が二つに分かれている構造である……!
プルオーバータイプのトップス部分は帯付き。
トップスと同じ柄のボトムスはタイトすぎないスカートになっているよ。
どちらも身につけると、はた目には普通の浴衣に見える……ッ!
スカート丈が比較的短いからそこは普通じゃないけれど――。
ものすごく動きやすいから普段着にもできそう。
下駄もただの下駄じゃない。
スリッポン下駄である。
最初から鼻緒と足袋が装飾として外につけられているけれどそれらは伊達で、足を入れる内部はスリッポンタイプの靴と変わらない。
このスリッポン下駄も、はた目からは通常の下駄にしか見えないよ。
浴衣だけじゃなくて下駄にもこだわりが感じられてすごい……ッ!
さてわたしの浴衣は無地に近い白っぽい柄。
対する鵜狩くんの浴衣は黒い……っ!
「鵜狩くん……忍者の装束みたいでかっこいい……」
「うれしい。こんしまちゃんもきれいだね」
「き、きれい……っ」
うれしすぎる……本当にありがとう間地さん。
でも……!
「しまった……きょうは友達モードだった」
モードを切り替え、鵜狩くんの浴衣をあらためて観察した。
わたしの貸してもらったものと同じで簡単に着られるけれど、男の子用ということでボトムス部分はスラックスっぽくなっている。
というより構造はキュロットスカートに近いみたい。
パッと見ただけでは浴衣として違和感がない……っ!
しかも鵜狩くんは薄い青のひんやりマフラーを巻いてきてくれた。
このあいだの誕生日にわたしがプレゼントしたものだね。
それをつけている鵜狩くんを見て、ますますうれしい気分になった。
浴衣とマフラーの組み合わせってけっこうビジュアル的にも映えるんじゃないかと思う。
そしてアヤメちゃんの浴衣は紫……っ!
スカート部分がわたしのものよりもヒラヒラしている。
きょうのアヤメちゃんがつけている髪飾りも紫。
ツインテールも似合っているよ……!
アヤメちゃんがわたしと鵜狩くんに聞く。
「アヤメの髪、こんな感じでよかったかな。それとも浴衣ならもっとちゃんとしたほうがいい……?」
「髪はアヤメちゃんの好きな感じでいいと思うし……アヤメちゃんのツインテールを見るとわたしも元気になるよ……。紫の浴衣とも合ってて素敵だよ……」
「俺もいいと思う。アヤメっぽくて。忍者っぽいのもいい」
「……うんっ、二人ともありがとう。なんかリラックスできた」
ツインテールのひと房をくしけずるアヤメちゃん。
「こんしまちゃん、鵜狩くん……せっかくだから勝負しない?」
「やる」
「わたしも……」
「そうこなくちゃ。じゃ、花火大会で一番楽しめた人が勝ちってことで」
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
今回わたしたちが見に来た花火大会は「カラ花火大会」と呼ばれている。
短い時間に何発も立て続けに花火を上げるんじゃなくて、長い時間を使って途切れ途切れに花火を一発ずつ上げていく形式だ……!
大会全体で見れば、花火が上がっていない時間のほうが圧倒的に長い。
しかも花火は一定間隔で打ち上げられるのではなく、タイミングは完全にランダム。
よって、花火が上がっていない夜空にすら「今にも花火が上がるんじゃないか」という雰囲気が漂っている。
見えない花火――「カラ花火」がそこにあるような気がする。
予算の関係でそうなっているんだけど、思いのほかカラ花火大会は好評だ。
ランダムで打ち上げられる花火に向かって三回願い事を言えば願いがかなうというウワサまである。
屋台をめぐるわたしたちの浴衣も、不意にほんのり明るくなった。
アヤメちゃんが屋台の一つを小さく指差す。
「あ、金魚すくい」
「だね……アヤメちゃん、やろっか……」
わたしがそう答えると、アヤメちゃんはためらう様子を見せる。
その理由を小声で話してくれた。
「なんていうか、わたし……金魚すくいってちょっと苦手なんだよね。金魚をうまくすくえないとか金魚がかわいそうとかそういう意味じゃなくて、すくった金魚一匹一匹のいのちに責任を持てないんだよ」
「アヤメちゃん……しっかり金魚と向き合っているんだね」
「あ、だけどアヤメ。あの看板をよく見てみて」
鵜狩くんが屋台の看板を読み上げる……!
「えっと、『リリース前提メカ金魚すくい』って書いてある」
「……あ、ホントだ。じゃ、アヤメもやってみようかな」
近づくと、長方形の小さなプールのなかで赤や黒、きれいなまだら模様の「メカ金魚」たちが泳いでいた。
金魚をすくうポイは通常のもの。
すくった金魚を持ち帰れない代わりに、その数に応じて景品がもらえる仕組みだ。
たくさんすくえば景品も豪華になるとのこと……っ!
わたしはプールの前にしゃがんで屋台の人に質問する。
「メカ金魚さんたちはまるで本物みたいですが……どうやって動いているんですか」
「ソフトロボティクスですよ」
屋台の人はイスに深く腰かけたまま静かに答えた。
「この子たちはみんな、やわらかロボットなんです」
「えっ、すごい技術が使われているんですね」
アヤメちゃんが興奮している……!
そういえば去年の高校の文化祭でアヤメちゃんと一緒にオバケ屋敷に入ったときも、ソフトロボティクスの話をしたっけ。
ともあれポイを持ってメカ金魚すくいを始める……!
結果は鵜狩くん三十匹、アヤメちゃん七匹、わたし一匹。
アヤメちゃんも安心して楽しめたようで、すくって容器に移していたメカ金魚たちをそっとプールにリリースした。
鵜狩くんは景品として用意されていた豪華なお菓子を選んで、それをアヤメちゃんとわたしに分けてくれたよ。
それから……タコなしイカありタコ焼きや、やわらかハチミツりんご飴などを食べ歩く。
射的もあった。
ただし銃っぽいものを使うやつじゃなくて、折り紙手裏剣で景品に当てるやつ……!
景品にはコビトカバやオカピのぬいぐるみがある。
百パーセント当てることができる鵜狩くんはセルフ出禁を選択。
手裏剣が当たらなかったわたしは参加賞のポケットティッシュを獲得した。
アヤメちゃんは後ろを向き、左手から手裏剣を放つ。
その手裏剣はみごと、オカピのぬいぐるみに直撃――することなく、背中にぽふんと乗ったんだよ……っ!
屋台の人はオカピのぬいぐるみを紙袋に入れてアヤメちゃんに渡した。
紙袋から顔を出すかわいいオカピのぬいぐるみを見ながらアヤメちゃんが言う。
「これ、みくりちゃんにあげるんだ。トナカイ落札ゲームをやったとき、ゲームセンターでぬいぐるみを取るのが趣味ってみくりちゃん言ってたし。喜んでくれるかな」
「絶対喜ぶよ……」
矢良さんのことも気にかけているようで、やっぱりアヤメちゃんはとっても優しい。
ここで花火があたりをほんのりと照らした。
「アヤメ、こんしまちゃん。そろそろ花火がよく見えるところに行こう」
鵜狩くんの提案と共に、わたしたちは移動を始める。
でも道から外れて高台に来たところで、アヤメちゃんが歩調をゆるめた。
「……やっぱりアヤメがいたら、悪いんじゃ……」
「そんなことないよ、アヤメは俺たちの友達なんだから」
右手を差し出す鵜狩くん。
わたしもアヤメちゃんの前で左手を伸ばした。
「アヤメちゃん……わたし、一緒に花火に願い事したいな……」
「願い事……そっか、そうだね。ありがとう鵜狩くん、こんしまちゃん」
アヤメちゃんがほほえみ、歩調を戻す。
みんなで高台の手すり前に立つ……っ!
あ、花火が見えた。ここだ……!
「これからもアヤメちゃんが幸せでありますように」
三回くり返した。
鵜狩くんも、「これからもアヤメが幸せでありますように」と願った。
だけどアヤメちゃんが指摘する……っ!
「あの~、二人とも。花火、上がってないんだけど」
「しまった。カラ花火だった……」
「うっかりしてた。幻視だったみたいだな」
町の光を底にためた暗闇ばかりが空にある……!
間もなく上がった本物の花火に、アヤメちゃんが願う。
「こんしまちゃんと鵜狩くんが幸せでありますように」
手裏剣みたいな花火に向かってしっかり三回、口にした。
わたしと鵜狩くんもさっきカラ花火に願ったことをくり返したよ。
といってもなんか恥ずかしかったからみんなで顔を赤くした。
ついでアヤメちゃんがツインテールをなびかせて、わたしと鵜狩くんに笑みを送る。
「二人とこうやって過ごせて、楽しかった。どのくらい楽しかったかと言うと、こんしまちゃんと鵜狩くんの想像も超えていると思う」
いったん荷物を置いて、わたしたちの手を握った。
鵜狩くんが小さく笑ってアヤメちゃんを見る。
「だったら花火大会で一番楽しめた人が勝ちって勝負は、アヤメの優勝だな」
「アヤメちゃん、やったね……っ」
「うん、やったよ」
ふふっと声を漏らすアヤメちゃん。
「そうだ、みんなで写真を撮らない? 次の花火に合わせて」
「じゃあアヤメちゃんが真ん中だね……っ」
アヤメちゃんが幸せそうだと、鵜狩くんもわたしもうれしくなる。
だから次の花火に、三人であらためて願ったよ。
いつまでも友達でいられますようにって。
でもこれは願いじゃなくて誓いじゃないかとみんなで言い合って笑ったんだ。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
翌日、わたしたちは間地さんに浴衣と下駄を返してお礼を言った。
花火大会で撮った写真を送ると、間地さんはマジマジとそれを見て満足そうにうなずいた。
「うん、いい顔だね」
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:三回(累計二百六十四回)
次回「第六十四週 気まずい空気を愛してしまった!(金曜日)」に続く!(八月二十八日(金)十九時から二十三時五十九分のあいだに更新)
いつも「今週のしまったちゃん」をお読みくださりありがとうございます。評価やブクマ、感想等も励みになります!
それにしても花火って派手なものも控えめなものも、どっちもきれいですよね~。




