第六十二週 六か月早くお兄ちゃんになってしまった!(木曜日)
ついに来た。
きょうは八月十三日――すなわち鵜狩慶輔くんの誕生日である……!
ちょうど半年前の二月十三日に鵜狩くんから教えてもらったことだね。
わたしこと紺島みどりの誕生日がその二月十三日だから八月十三日生まれの鵜狩くんはわたしの六か月上のお兄ちゃんになる……っ!(まあ二月十三日はお姉ちゃんの誕生日でもあるんだけど)
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
木曜日の午後。
わたしは小さな山のなかにある鵜狩くんちを訪ねた。
出入り口の前に立ち、木製の扉をノックする。
すると扉があいて鵜狩くんがシュッとしたあごと素敵なツリ目を見せてくれた……っ!
「あ、こんしまちゃん。上がって」
「おじゃまするね、鵜狩くん……」
もちろんこの時間に訪問することは事前に連絡していたよ。
ちょっと広めの和室に案内されたわたしは座布団に腰を下ろして鵜狩くんと向かい合った。
バッグから例のものを取り出す……!
「鵜狩くん、十七歳の誕生日……おめでとう」
「ありがとう、うれしいよこんしまちゃん」
笑顔で鵜狩くんはわたしからの誕プレを受け取ってくれた。
気に入ってもらえるかドキドキしながらわたしは言う。
「ここであけてほしいな……っ」
「うん」
短くうなずいて鵜狩くんが包装をていねいに外していく。
き、気に入ってくれるかな……?
その正体は、薄い青のマフラーだ。
両手でマフラーをふんわり持って、鵜狩くんがわたしを見つめ返す。
やわらかくほほえんでくれた……っ!
「かっこいいな。本当にありがとう」
「そう言ってもらえてわたしも選んだ甲斐があったよ……」
喜んでもらえた。やったね。
「……でもできればツッコミがほしかったかも。夏なのにマフラーか~い! ……てな感じで」
「うっかりしてた。こんしまちゃんがプレゼントを選んでくれたことがうれしすぎて」
「鵜狩くんがうれしすぎるならわたしもうれしすぎるよ……っ。そして実はそのマフラーは新商品の『ひんやりマフラー』なんだよ……巻いてみて」
「ああ……って、これは!」
首元をマフラーで覆った鵜狩くんの表情がちょっとゆるむ。かわいい……。
「ひんやりして気持ちいいな……」
「特殊な素材でできているみたい……。夏だと涼しくて……冬につけても少しあったかいんだって。洗濯機で洗ってもだいじょうぶだよ……」
「そんなに素敵なマフラーを」
あごに近い部分を少し持ち上げる鵜狩くん。
「大切にするよ、こんしまちゃん」
「鵜狩くん……っ」
どうしよう、顔がほてってきちゃった……。
ここで鵜狩くんがちょっとだけわたしのほうに身を寄せる。
「こんしまちゃん。このマフラー、今だけ俺以外の人に巻いてもいいかな」
「へ……? ……いいけど、だれに」
「そんなの一人しかいないよ」
マフラーを静かに外し、それをそっと……ふんわりとわたしに巻いた。
ますます熱くなるわたしだったけれど、ひんやりマフラーがその熱を冷ましてくれた……。
鵜狩くんの体温が残っているせいか、少しぬくい。
いっそのこと一緒に巻かれようと言いそうになるのをこらえる。
もしそうなったらマフラーが発火しかねない……ッ!
涼しいのにあったかい……指先でマフラーにふれただけで、体中にその不思議な温度が伝わるみたい……。
「って、しまった……。鵜狩くんの誕生日なのにわたしのほうが楽しんでた……」
「いいんだ。こんしまちゃんが楽しいなら、俺も楽しいから」
「わ、わたしもそうだから無限ループだね……っ」
ついでわたしもちょっとだけ座布団を動かして鵜狩くんに近づいた。
このタイミングで――。
ホーホケキョ~。
――という音が縁側のほうから鳴り響いた。
鵜狩くんちの縁側は、ウグイス張りでできている。
ちょっと特殊な造りらしく、通常のものよりもにぎやかな音が出るのだ……!
そちらのほうに目を向けると、ちっちゃなつま先が戸のはしっこから少し突き出ているのが分かった。
「もしかして、クウガくん……?」
「バレましたか、こんしまちゃんお姉さん」
「元気な姿を見られてうれしい……」
「まだつま先しか見せていませんけど」
「しまった」
「あいかわらずこんしまちゃんお姉さんはおもしろいですね」
クウガくんが縁側から姿を現す。
あごが丸っこくてかわいいクウガくんは鵜狩くんの弟で、現在小学四年生の男の子だよ。
コップを載せたお盆を持っている。
「暑いし、冷たいお茶はいかがですかー」
「気が利くね、クウガくん……っ」
「ありがとうクウガ」
わたしと鵜狩くんはクウガくんからお茶を受け取ったよ。
一緒にいようってさそったけれど、クウガくんは歯を見せて笑う。
「いやいや、さすがのおれでもアニキとのたんじょうびデートをじゃまするほどやぼじゃないですって。おと……じゃなくて父上と母上は外出中ですし、のぞきもしません! じゃ、どろんっ!」
次の瞬間、お盆を残してクウガくんが消えた……!
目をパチクリさせてわたしはクウガくんの成長ぶりに驚いた。
「クウガくんも日々立派な忍者になっているんだね……」
「そうなんだよ。クウガはすごいんだ」
鵜狩くん、自分のことをほめられたときみたいにうれしそう。
クウガくんのことを本当に大切に思っているんだね……そんな鵜狩くんも素敵だよ。
ただ、クウガくんが消えた畳の上になにかが落ちている。
「……忘れ物かな。さっきまではなかったし……」
それは長方形の白い紙だった。
子どもが作る「肩たたき券」に似ている……っ!
表側には「一日だけお兄ちゃんと呼んでいい券」と書かれている。
裏返すと、クウガくんの筆跡とおぼしきメッセージがあった。
『こんしまちゃんお姉さんへ。きょうはアニキのたんじょうびですが、おれはこんしまちゃんお姉さんのたんじょうびもいっしょにいわいたいと思います。いつか分かんないので』
そっか、クウガくんにはわたしの誕生日を言ってなかったね……。
『で、このあいだぐうぜん出会ったまふゆお姉さんに相談したところ、「一日だけお兄ちゃんと呼んでいい券」をあげるのがいいんじゃないかというアドバイスをもらいました』
お姉ちゃん……クウガくんに変なことを吹き込んでないよね……?
『これはアニキへのタンプレにもなるんだとか。じゃ、えんりょなく使ってくださいね。鵜狩クウガ』
ともかくクウガくん、誕生日プレゼント、ありがとね……。うれしいよ……っ。
あとでちゃんと口に出してお礼を言わなくちゃ。
でも「一日だけお兄ちゃんと呼んでいい券」とはいったい……?
言葉のとおりに捉えれば、この券を持っている人はその日限定で「お兄ちゃん」呼びをすることが可能になる……ッ!
やわらかな表情でお茶を飲む鵜狩くんに、わたしは券を示す。
鵜狩くんは券の名前を確認して首をかしげる。
「変わった名前の券だな。クウガのいたずら――でもなさそうだけど」
「……あの、鵜狩くん。せっかくだからこの券を使ってもいいかな」
「どういうふうに使うんだ」
「はい……」
券を手渡す。
鵜狩くんが少し考えたあと口をひらく……!
「お兄ちゃん」
「わ、わたしが……お兄ちゃんっ」
「うっかりしてた。これ、俺が使う券じゃないな」
「しまった……わたしもうっかり」
わたしは鵜狩くんから券を返してもらったよ。
券をひざに置いて、お茶でのどをうるおしたあと、鵜狩くんと目を合わせる。
「お、お……っ」
なんか想像以上に照れくさい。
「……その前に鵜狩くんってわたしからそういうふうに呼ばれて嫌じゃない?」
「ずっとは抵抗あるけど」
ほおを染める鵜狩くん……!
「い、一日だけなら、こんしまちゃんからお兄ちゃんと呼ばれてみたい……」
「正直だね……わたしもずっとはアレだけど、きょうだけは特別そう呼ぶのも悪くないって思う。だってわたしも鵜狩くんのこと、そういうふうに思ってた時期があるし……っ」
あらためて券を構えて深呼吸。
息を吸って、はいてー……いざ。
「お、お兄ちゃん……っ」
体がこれ以上ないほど熱くなっているけれど、今のわたしにはひんやりマフラーがついている……っ!
鵜狩くんはいっそう赤くなって顔を横に向けちゃった。
「ごめん。予想を超えて破壊力がありすぎて」
「しまった……じゃ致死量にならないうちにここでやめる……?」
「いいや、まだだいじょうぶ」
「なら続けるよ……! ……鵜狩お兄ちゃんっ」
「ごふっ」
「……鵜狩お兄ちゃん!?」
よろめく鵜狩くんをわたしは身を乗り出して受けとめた。
「またしまった。これ以上は危険域に突入しちゃうかも……っ」
「それでも俺は、まだ聞きたい……」
「いいね……こうなったらわたしもまだまだ言いたいもん……」
なんかいつもクールで頼りになる鵜狩くんがここまでかわいい姿を見せるのは初めてなような気がする。
小学校のころからわたしにいろいろなものをくれた鵜狩くんにわたしもいろいろあげることができたらうれしいな……。
「でもしまった……わたしが本当に妹なら名字で呼ぶのは不自然だね」
わたしのほうを向いている片耳に口元を近づけてささやく。
「きょ、きょうすけお兄ちゃん……っ!」
やっぱり名前を呼ぶのは恥ずかしいのでごまかす。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……お兄ちゃんっ――」
「~!」
言葉にならない声を発して鵜狩くんが身もだえした。
そっとわたしが「うれしい……?」とたずねると、鵜狩くんは黙ってうなずいた。
耳の熱さが空気越しにわたしのくちびるにも伝わってくる……!
「しまった……やりすぎちゃった。だから……」
さらなる小声を、耳の穴に送り込む……っ!
「わたしに仕返ししていいよ、お兄ちゃん……」
「こ、こんしまちゃんっ。じゃあ……」
鵜狩くんは背筋を伸ばす。
片耳を向けたわたしのそれに口を寄せた。
「みどり」
「ひゃああ……っ」
一発で致死量に至った。
なんて仕返し……! このままじゃさしものひんやりマフラーも発火しちゃう……っ!
って、わたしの名前を呼び捨てにしたせいで鵜狩くん自身ももだえてる!
なんとかしないと……あ、そうだ。
わたしの首のひんやりマフラーを静かにほどいて鵜狩くんの首に巻きなおした。
マフラーを介して鵜狩くんのぽかぽか体温がたくさん伝わってくるよ……!
「鵜狩くん、あらためて十七歳の誕生日おめでとね……っ」
「……あ、俺こそあらためてありがとな。こんしまちゃん」
鵜狩くんの体はほどよく熱かったので、きっとひんやりマフラーも発火せずにその全身を涼しくさせてくれるだろう。
おや……? 鵜狩くんの表情がまたまたゆるんだ。……本当にかわいい。
ひんやりマフラーの薄い青の生地をなでつつ、わたしは聞く。
「わたしがお兄ちゃんと呼ぶの、どうだった……?」
「すごくよかった」
「ならよかった……でも毎日はダメだからね」
「うん、俺も毎日は嫌だ」
「じゃあお兄ちゃん呼びはきょうで終わりかな……」
「そうだね……いや」
鵜狩くんはマフラーのなかでかぶりを振った。
「……あしたじゃない、あと一日くらいなら」
「わたしも同じこと思ってるよ……」
お互いさまみたいだから笑い合う……っ!
ちょっとマフラーに顔をうずめて照れを隠している鵜狩くん。もしかして鵜狩くんもわたしの体温、感じているのかな……っ。
意識すると、また体温が上昇してきた。
「だっ、だけど六か月後……っ、わたしの誕生日の二月十三日を迎えたら同い年になるから、お兄ちゃん呼びができるのはその期間だけだよ……!」
「……来年以降でも有効?」
「もちろん……っ」
このとき――。
ホーホケキョ!
――という音が再び鳴った。
クウガくんが手を振りつつ、縁側から現れた。
「こんしまちゃんお姉さん、アニキ。いいふんいきじゃんっ」
「あ、クウガくん……『一日だけお兄ちゃんと呼んでいい券』ありがとね……素敵な誕生日プレゼントだったよ」
「そりゃよかったです。提案してくれたまふゆお姉さんにもかんしゃですねー。ちなみに再発行はまだまだ先になるでしょうっ!」
ついで片手で口元を押さえて笑顔でお兄ちゃんのほうを見る……っ!
「で、アニキもよろこんでくれたの~?」
「うんっ。ありがとうクウガ」
「うっしゃ!」
自分のことのように喜んでいる。
クウガくんもお兄ちゃんの鵜狩くんのことが――慶輔くんのことが大好きだってことが伝わってくる。
「それとこんしまちゃんお姉さん。父上と母上が帰ってきました」
「え、じゃあ、あいさつしないと……っ」
「俺が紹介する。知らせてくれて助かったよ、クウガ」
「まあねっ。おれはゆうのう忍者だし!」
「クウガくん、本当に優秀だね……。でもお父さんお母さんと会うとなると、ちょっと緊張する……」
「だいじょうぶだよ、こんしまちゃん。二人とも(忍者の修行以外では)とっても優しい人だから」
「そうなんだ……っ」
そのあとわたしは、帰ってきた鵜狩くんのご両親とローテーブルを囲んであいさつを交わした。
バッグには暑いなかでも傷む心配のないお菓子も入れてきたのでそれを渡す。
「ご家族みんなで召し上がってください……」
「それなら五人で食べましょう」
鵜狩くんのお父さんとお母さんが同時にそう言った。
わたしは首をかしげる。
隣には鵜狩くんとクウガくんがいるけれど、家族で食べるなら「五人」ではなく「四人」では……?
疑問に思っていると、鵜狩くんがひんやりマフラーに手を添えながら優しく声をかけてくれた。
「こんしまちゃんも一緒だよ」
「……あっ」
微笑するご両親とクウガくんに見つめられながらわたしの口から言葉が漏れる。
「しまった……わたし、きょうは鵜狩くんの家族だもんね。お兄ちゃん……っ」
直後、鵜狩くんがテーブルに突っ伏した。
「しまった。不意打ちしちゃった……!」
「そういうところも好きだよ、こんしまちゃん」
突っ伏した鵜狩くんの両耳が真っ赤になっていた。
ご両親とクウガくんは笑いをこらえている。
……でも一日だけお兄ちゃんと呼んでいい券はまだわたしの手元にあるし、一日ということはまだその期限も切れていないはず。
だからセーフだよね……? うん、そうに違いない。
もちろん、これはきょうだけの特別。
あったかくて涼しいマフラーにふれながら、赤い耳に小声を入れる。
「いつまでもお兄ちゃんなのは嫌だからね……六か月後に必ずわたしは追いつくよ」
「うん、待ってる」
鵜狩くんは顔を上げ、目を見てハッキリそう言った。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:九回(累計二百六十一回)
次回「第六十三週 浴衣を着てしまった!(水曜日)」に続く!(八月二十一日(金)十九時から二十三時五十九分のあいだに更新)
「今週のしまったちゃん」をお読みくださりありがとうございます。評価やブクマ、感想等も励みになります。
それにしても、夏にマフラーを巻くのがはやる時代がいつか来るかもしれませんね~(来るのか……?)




