第六十一週 再び冷鉱泉につかってしまった!(土曜日)
この世には涼しい温泉もある……!
名前は冷鉱泉。
それを知ったのはちょうど去年の今ごろ。
友達の矢良さんとアヤメちゃん、それからお姉ちゃんと一緒に冷鉱泉につかったんだよ……っ!
もちろん今年も行ってみる。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
土曜日の午後。
アヤメちゃんとわたしはお姉ちゃんの車にゆられて、山の中腹にある冷鉱泉施設を訪れたよ。
元気なセミの声を聞きつつ、バタフライ屋根の木造平屋と対面する……っ!
わたしたち以外のお客さんもチラホラいるね。
去年よりも盛況みたいで、アヤメちゃんも喜んでいる。
入り口のそばにある「冷鉱泉をバズらせろ!」という看板もやっぱりいい感じ……!
打ち水をしている、きれいな霜髪を持つ女の人がわたしたちに気づいた。
「いらっしゃいませ。……ところで、みなさんはもしかして去年もここにいらしたかたでは?」
「はい、暑くなったのでもう一度この冷鉱泉につかろうかと思いまして」
答えたのはお姉ちゃん。
きれいな霜髪の人は、ふふっと笑った。
「ありがとうございます。でも去年は閑古鳥が鳴いていたのに、今年はお客さんがちょっと増えていて驚いたでしょう。おかげで、今度こそ施設をたたもうというわたくしの計画も頓挫してしまうかもしれません」
「喜ばしいことです。ただ、どうやってお客さんを?」
アヤメちゃんが質問したよ。
「もともと、ここは素敵なところですし……もしかして本当に冷鉱泉がバズったんでしょうか」
「孫娘ががんばってくれたんです。ティック・タック・テック・トックにも顔を出して冷鉱泉をアピールしてくれています。それで先月にプチバズしたんですよ。とくに冷鉱泉の炭酸水を飲むだけのショート動画がなぜかウケました」
「わたしもうれしくなります。今後もお客さんが増えていきそうですね」
「本当に……そうなるといいです。ですが去年みなさんがいらっしゃっていなかったら、わたくしは冷鉱泉経営をやめていたことでしょう。その節は本当にありがとうございました」
お辞儀をしたあと、きれいな霜髪の人は視線を左右にやった。
去年わたしたちと一緒だった矢良さんが今年はいない――それが気になるみたい。
矢良さんについてはわたしがふれる。
「わたしたちの友達の……ポニーテールの女の子は長期入院中なんです……」
「……そうだったんですね」
「来年は一緒に来ます……」
それからお姉ちゃんとアヤメちゃんとわたしは建物のなかに入った。
きれいな霜髪の人はいったん休憩スペースにわたしたちを案内して、コップに冷鉱泉の炭酸水をついでくれたよ。
とくにアヤメちゃんはとってもおいしそうにゴクゴク飲んだ……ッ!
その様子を見て、きれいな霜髪の人はうれしそうに笑ったんだ。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
冷鉱泉施設には、何人か新しいスタッフさんの姿があったよ。
ともかくわたしたちは露天風呂に入る……!
やっぱりセミの声に交じって風鈴の音も響いているのが最高だね。
洗い場で体を清めてから、日差しを防ぐ入浴用の帽子をかぶる。
ゆっくりつかると、冷たくてシュワシュワした涼しさが身を引き締めてきた……っ!
「りょ~……」
気持ちよすぎたから、思わず声が出た。
でも同時につかったアヤメちゃんとお姉ちゃんも「涼」を感じたみたいで、わたしと同じ鳴き声を上げちゃったよ。
「しまった」
三人一緒にその言葉を続けて笑い合ったんだ……。
お姉ちゃんが肩までつかって息をつく。
「菖蒲ちゃん、みどり~。いやあ~、水温もちょうどよくて癒やされるね~」
「そうですね~……」
「そだね……」
できれば毎日入りたい気分……。
そんなわたしたちのそばで、若い女の人がちゃぷんと冷鉱泉につかったよ。
確か去年、「おばあちゃんと一緒に働いている」と言ってた人だね。
つまりティック・タック・テック・トックに顔を出している孫娘さん……っ!
「お久しぶりです、みなさん。今年もいらしてくださり、感謝の念に堪えませんっ」
あいさつを交わしたあと、孫娘さんは小さく舌を出した。
「いえいえ、わたしはサボってるんじゃないですよ。きょうはお仕事がお休みなんです。ああ、しかし……っ!」
冷たい冷鉱泉のなか、孫娘さんが燃えている……!
「もっとこの冷鉱泉をバズらせるためには、なにをしたらいいんでしょう。わたしは、ここが大繁盛しているところをおばあちゃんに絶対に見せたいんです!」
「お休みの日も冷鉱泉のことを一番に考えているんですね」
お姉ちゃんは感心している。
「ん~、広報活動を続けていればいつか大バズリすると思いますよ。ポテンシャルも充分ですし」
「最近はきょくしょびも多いもんね……」
なんとなく、わたしはそう言ってみんなをキョトンとさせちゃった。
「しまった。酷暑日だった……」
「やっぱり暑いのもポイントなんでしょうかねー。需要が生まれますし」
孫娘さんは帽子のつばをちょっとかたむけた……!
ここでアヤメちゃんが水面下から右手を突き出したよ。
「そういえば、ここの反対側の山の中腹には温泉施設がありますよね」
「はい。きょうは営業しているはずです。あっちのほうにお客を取られて……く~、悔しいっ!」
「思ったんですけど、この状況って逆に――」
「――失礼」
アヤメちゃんが言いかけたところで、また別の女の人がわたしたちのそばにつかった。
孫娘さんと同じ年ごろの人だけど……赤っぽい髪が活発そうなイメージを連想させる。
「ふん。ちょっとは客が増えたみたいじゃないか、ウサギちゃん」
「カ、カラスちゃんっ!」
本名かは分からないけれど、二人はお友達なのかな?
「敵情視察とはやるね、カラスちゃん」
「そーだろ! 最近までいそがしくてなかなか会えなかったけど、ウサギちゃんとはたくさん語りたいことがある。でもその前に――」
「やる気なの……?」
「あたしの自己紹介をしよう。おまえのお友達のみなさんがポカンとしているなか、勝手にお話を進めるわけにはいかんからな」
カラスちゃんと呼ばれた人がわたしたちに頭を下げた。
「初めまして。あたしは反対側の中腹にある温泉施設の看板娘です。そこのきれいな顔のウサギちゃんとは大親友です。カラスちゃんと気軽にお呼びください」
「あ、これはどうもカラスちゃん。紺島まふゆです」
「こちらこそ初めましてカラスちゃん……紺島みどりです……」
「菖蒲佳代子です」
「よろしくお願いします。まふゆさんとみどりちゃんは姉妹なんですね。菖蒲ちゃんもとってもかわいらしいです」
「も、もうカラスちゃんったら、大親友だなんて……っ」
孫娘さんは、顔を伏せて照れている。
「あ、これからはよかったらみなさんも、わたしのことをウサギちゃんと呼んでくださいっ」
「はい……」
うなずくわたしたちにはにかんだ表情を見せ、孫娘さん――ウサギちゃんはカラスちゃんに視線を向けなおした……っ!
「で、カラスちゃん。きょうは敵情視察だけじゃないんだよね?」
「ウサギちゃんに会いたかった」
「そ、そう。わたしだってカラスちゃんと……」
「ありがと。でもちょっと不安でもあってさ」
「え……?」
「実はうちの温泉施設の客足が徐々に遠のいちゃってて」
水中で両手の指をからませるカラスちゃん。
「きっと最近暑くなってるから夏に温泉に入りたいと思う人が減ってるんだ。このままじゃダメだから、打開策を求めてウサギちゃんの冷鉱泉でリフレッシュしようと思ったわけ。まだまだみんなには知られていないけど、ここはとっても素敵な冷鉱泉。だからこそ、なにかヒントがあるんじゃないかと考えた……っ。悪いか……?」
「全然。そっか、カラスちゃんもお客さんを呼び込みたいんだね」
「どどど、どうするっ。このままじゃおまえと共倒れになるかもしれんっ!」
「一大事……!」
集中するためか、ウサギちゃんが冷たい水を手でもみもみしている。
しばらく瞑目したあと、カッと目を見ひらく。
「カラスちゃん、わたしさあ……これまでずっとあなたの温泉施設を超えることばかり考えてた」
「あたしもだっ! 客の数では勝っていても、ウサギちゃんとこの冷鉱泉は唯一無二だからな」
「ありがとう。でもそれだけじゃ足りなかったのかもしれない」
「むむっ。どういうことだ」
「手を組むことも必要ってこと」
「だ、だけどさすがに価格カルテルみたいなことをやったらお客さんの不利益になるからダメだろう……っ」
「そのとおり。もちろんカルテルは結ばない。値段については公正に競争させてもらう」
わたしたちもウサギちゃんの戦略に耳をかたむけていた……!
「だからとりあえず実験の意味も兼ねて、やることは一つ。お互いにお互いを紹介し合うんだよ。この冷鉱泉施設では『反対側の中腹に温泉施設がある』とお客さんに教える。代わりにあなたの温泉施設でも『反対側の中腹に冷鉱泉施設がある』とお客さんにアピールしてほしいの。当然強制するのはダメだけどね」
「……なるほどっ」
カラスちゃんが水面をパシャリとたたく。気持ちよくて冷たいしぶきがわたしの顔にも少しかかった。
「冷鉱泉で涼んだお客さんは反動でぬくいお湯につかりたいと思うかもしれないし、逆に温泉であったまったお客さんは冷たいシュワシュワの水ですっきりしたいと考えるのが道理だもんな! そうすればお客さんも二重でハッピーだし、温泉も冷鉱泉も同時ににぎわうことになる。すごいぞウサギちゃん!」
「さすがカラスちゃん、わたしの意図をすぐに理解したね。しかもこの戦略のミソは互いにお客さんを呼び合うことだけじゃない。そもそも温泉と冷鉱泉が同時に存在する場所というのはすごく希少性がある。これを魅力としてアピールしていけば――」
「勝てるな!」
それからウサギちゃんとカラスちゃんが両手を握り合ってぶんぶん振った……っ!
ついでわたしたちのほうに申し訳なさそうな目を向ける。
「ごめんなさい。自分たちだけで盛り上がってしまって……」
「そんなことはありません。大変興味深いお話でした」
お姉ちゃんとわたしは本心からそう言ったよ。
ここでアヤメちゃんが質問する。
「……これからお二人は、もう勝負することもないんでしょうか」
「いや、協力できることは協力するけれど、譲れないことだってある」
「おうっ。ウサギちゃんとあたしは大親友にして最大のライバルだ」
「そうですか、なんか……いいですね」
アヤメちゃんは冷たい水を両手ですくって、パチンとうなじに当てるのだった……!
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
冷鉱泉から上がったあとは、反対側の温泉にも行くことになった。
ウサギちゃんがそのことをおばあちゃんである霜髪の人に話すと、霜髪の人はにっこりきれいに笑ったよ。
カラスちゃんはウサギちゃんを、お姉ちゃんはアヤメちゃんとわたしを車に乗せて温泉施設のほうに向かった。
温泉は意外と熱くなくて、むしろ上がったあとはサッパリしたよ。
しかも、また冷鉱泉につかりたくなっちゃった。
というわけで、セミの声を聞きながらもう一度冷たい場所に戻ることになる……っ!
車に乗り込む前に、ウサギちゃんとカラスちゃんが経営戦略を話し合っていた。
「そうだ、当日限定で二回目以降を安くすれば冷鉱泉と温泉を行き来する人も増えるかも」
「賛成。あと……いっそのこと、車なしで移動できる直通の道があればもっといいな」
互いに汗をぬぐいつつ、静かに言葉を交わしている。
来年はもっとお客さんの増えている冷鉱泉が見られそうだね……!
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
☆今週のしまったカウント:二回(累計二百五十二回)
次回「第六十二週 六か月早くお兄ちゃんになってしまった!(木曜日)」に続く!(八月十四日(金)十九時から二十三時五十九分のあいだに更新)
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それにしても夏の冷鉱泉はとくに涼しそうですよね~。




