第五十九週 息切れしてしまった!(火曜日)
夏休みがいつから始まるかは地域や学校によってまちまちだけど……。
わたし・紺島みどりの通う高校では、夏休みのあいだも一定期間登校して平日の午前中に授業を受ける必要がある……!
そんなの夏休みじゃないじゃんって言う人もいるけれど、わたしはなんかお得な感じがするからわたしたちの高校のやり方は嫌いじゃないよ。
午後は自由だし、この時間を使ってなんかおもしろいことをやれたらいいよね……っ!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
火曜日の午後。
夏休みのあいだも開放されている学食でお昼ごはんを済ませたわたしは、クラスメイトの男の子・鳥松月次郎くんに声をかけられたよ。
「こんしまちゃん、今から帰り?」
「帰ってもいいし帰らなくてもいい感じかな……」
鳥松くんのかっこいいもみあげを見ながらわたしは答えたんだ……!
「もしかしてパンチングサッカーをやりたいの……?」
パンチングサッカーというのは鳥松くんが考案したスポーツ……っ!
ボクシンググローブを用いたハンドありサッカー。わたしはこのパンチングサッカーで前に鵜狩くんと勢さん、そして鳥松くんと一緒に熱戦をくり広げたことがある。
でも鳥松くんはかぶりを振ったよ。
「今回は実際に存在するスポーツだ。こんしまちゃんは『カバディ』って知ってる?」
「カバディカバディカバディカバディ……のカバディ?」
「そう。そのカバディ。とりま、時間あるならやってみない? ルールも簡単にしてみたから」
「せっかくだし、やろっかな……。でもどうしてカバディを……?」
「来月におれ、ボランティアとして伏木と一緒にちょっと遠くのグループホームを訪ねることにしてるんだ。そこでスポーツをやる流れになってるんだけど、どうもそのグループホームに住んでいるみんなはカバディをやってみたいんだって。だからそのリハーサルをしたいんだよ」
「わたしもカバディに興味があるし、協力は惜しまないよ……」
具体的にどんなスポーツなのかはよく分かんないけど、なんかおもしろそうだよね。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
体操着の短パンをスカートの下にはいて、体育館に向かう。
うちの高校では部活動じゃなくても申請が通れば、体育館の一部のスペースを使うことはみとめられているよ。夏休みであっても……!
すでにそのスペースで、五人のクラスメイトが待っていた。
男の子二人・女の子三人だね。みんな制服で、体育館シューズをはいていたよ。
男の子は鳥松くんと伏木守久くん。
女の子は勢さくらさんと加布里璃々菜さんと子々津絵千香ちゃん。
話を聞いてみると、勢さんはいつものノリと勢いで、加布里さんは単純に興味があったから、絵千香ちゃんは今度家族とやってみたいってことで参加したんだって。
それから鳥松くんと伏木くんが簡単なルール説明をしてくれたよ。
きょうは三人対三人だけど、本来のカバディはもっと多い人数でやるみたい。
「――ただ、そのグループホームに住んでいるみんなは激しい運動ができないってことだから、ちょっとルールを変える」
そう言って鳥松くんは大豆ボールを手に持った……!
節分のときに使ったやつだね。当たっても痛くないボールだったはず。大豆って名前だけど大きさはラグビーボールくらいかな。
ここで加布里さんが質問したよ。
「鳥松くん鳥松くん。確かカバディって球技じゃないよね。なぜにボール?」
「カバディでは相手にタッチしたり相手の動きをとめたりする行為がみとめられるんだけど、その代わりとして使うんだ」
大豆ボールを投げ上げて、それをキャッチする鳥松くん。
「とりま実際にやってみよう」
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
わたし・加布里さん・鳥松くんチームと勢さん・絵千香ちゃん・伏木くんチームに分かれて対戦することになったよ。
十個のコーンを置いてコートを作る……!
互いに接する両陣地――その四角形のカドに六個のコーンを置いたあと、各陣地の奥のほうに「ボークライン」を示すコーンも二つずつ配置したよ。
これも実際のカバディのコートを簡略化したもので、本当はロビー? とかそういうエリアも作るらしい……っ!
まずは伏木くんが攻撃をおこなうよ。
この攻撃は「レイド」と呼ばれるんだって。
攻撃プレイヤー「レイダー」は一人。そのあいだ攻撃側のほかのみんなは自分の陣地で待機だよ。
レイダーは相手の陣地に入ってだれかにタッチしたあと自陣に戻ることで得点することができる。
だけどレイダーがやらなきゃいけないのは、それだけじゃない……っ!
「カバディ」
わたしたちの陣地に入る前に伏木くんがその言葉を口にした。
「カバディカバディカバディ――」
こちらの陣地に入ってからも唱え続ける。
これこそがカバディの真髄……ッ!
レイダーは自陣に帰還するまで息継ぎなしで「カバディ」と唱え続けなければならないんだ……!
休みなくカバディと言い続けることを「キャント」と呼ぶよ。
カバディとくり返しながら迫りくる伏木くんには、とっても迫力がある……!
ただし鳥松くんの考えた特殊ルールにより、伏木くんは大豆ボールを両手に持っている。
加布里さんが指摘したとおり、カバディはボールを使う競技じゃないんだ。
今回は安全性を重視するためにボールを用いているだけだよ。
伏木くんはカバディを途切れさせることなく鳥松くんに近づき、ボールを投げた。
タッチできる距離まで接近したあと下手投げでふわりと放ってボールを当てる――これをレイダーのタッチとする。
これならグループホームのみなさんも無理することなくカバディを楽しめそうだね……!
本来のカバディであれば複数人にタッチすることもできるみたいだけど、今回のカバディではボールを一人に当てた時点でレイダーが自陣に戻ることになるよ。
でもレイドを受ける守備側のみんなも指をくわえているわけじゃない。
レイダーの動きをとめる「キャッチ」をおこなえるよ。
守備側は「アンティ」と呼ばれる。ただし鳥松くんルールではお互いに相手の体にふれるのはダメってことにしてるみたい。
レイダーの手放したボールを下手投げでそのレイダーにぶつければ、キャッチ成功と見なすんだって。(これも本来のルールじゃないから注意だよ)
キャッチに関しては、ボールを遠くから投げてもいいってことにした……!
カバディと唱えて逃げる伏木くんの近くにいる加布里さんに、鳥松くんはボールを投げた。
それを受け取った加布里さんはすかさず伏木くんにボールを当てたよ。
これで守備側のキャッチ成功。攻撃側のレイド失敗。
この場合アンティのほうに一点が入ってレイダーの伏木くんはコートから出なくちゃいけなくなる。
キャッチされる前にレイダーは自陣に戻る必要があるんだ。
本来のカバディだったら指先一つでも自陣に戻ったという判定になるみたいなんだけど、激しいプレーにならないよう鳥松くんはスライディングを禁止したよ。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
これで鳥松くんチームと伏木くんチームは一対ゼロ。
一方のレイドが終わったあとは、さっきまで守備側のアンティだったほうにレイドの権利が移る……!
わたしがレイダーとなって、勢さんと絵千香ちゃんのいるコートに入る……!
大豆ボールを持って突進する。
でも鳥松くんが後ろから声をかけて教えてくれた……!
「こ、こんしまちゃん。キャントは?」
「しまった……」
カバディと唱えること――すなわち「キャント」なしで相手陣地に入ってしまったので、「キャントアウト」になっちゃった。
カバディのレイドにはカバディの声がないといけない。だから相手チームの得点になる。
これで一対一。本当だったらキャントアウトのわたしはコート外に出なくちゃいけないんだけど、初めてだからってことで特別にもう一度レイダーを務めていいって流れになったよ。
ただし得点したチームはその得点に応じてコート外のプレイヤーを呼び戻せるみたい。
だから伏木くんが復帰する……!
「カバディカバディ……」
今度はカバディと唱えながら相手陣地に侵入できた。
でもアンティの勢さんと絵千香ちゃんは左右に分かれる。伏木くんはボークライン中央奥で待ち構えている。
わたしはだれに「タッチ」すべきか、大豆ボールを持ったまま考える……!
「カバディカバディカバディ……」
キャントは息継ぎなしでおこなう。ずっと唱えていられるわけじゃない。
カバディという声が途切れればキャントアウトになるので、レイダーにもタイムリミットがある。
じゃあタッチできずにキャントアウトするくらいなら、その前に自陣に戻ってやり過ごそう……って話にもなりそうだけど、それだとつまらない……!
だからこそカバディの各陣地の奥には「ボークライン」が設けられている。
だれにもタッチしなかったレイダーがこのボークラインも越えずに自陣に帰還したら、そのレイダーはコート外に出なくちゃいけない。同時に相手チームが一点を獲得することになる。
本当によくできたスポーツだと思う……!
ここに心理的駆け引きも生まれている気がする。
わたしの後ろの陣地には味方の加布里さんと鳥松くんがいるけれど、レイダーは味方からアドバイスを受けたらダメってことになってるから今は自分でなにをすべきか判断しなくちゃいけない。
「……カバディ」
キャントを続けつつ、わたしは向かって右にいる絵千香ちゃんに攻撃をかける……っ!
タッチできる間合いに飛び込み、ボールを放る。
「カバディッ!」
気合いの入った声が出たよ……!
でも絵千香ちゃんはあっさりボールを正面からつかみ取り、わたしに放り返した。
背を向けたわたしにボールが当たったから、レイド失敗。相手はキャッチ成功により一得点。わたしはコート外。
「しまった……」
レイダーがタッチするために近づくほど、アンティもまたキャッチを成功させやすくなる。
このヒリヒリしたハイリスクハイリターンの駆け引きが、カバディのだいご味の一つなのかも……!
そして息切れするなかで、わたしはもう一つのことにも気づいちゃった……!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
一対二の状態から、鳥松くんチームと伏木くんチームの攻防が激化する。
カバディはコート内の人数が変動し続けるスポーツ。それにより、試合がスピーディーかつ流動的に進行していく……ッ!
レイダーとなった勢さんがカバディと言い続けながら鳥松くんに「タッチ」し、「キャッチ」を受けることなく自陣に戻ってレイドを成功させた。
レイドが成功した場合、タッチされたアンティ側のプレイヤーはコートから出ることになる。
これにより得点は、一対三。
鳥松くんがコート外に出て、わたしたちの陣地には加布里さんだけが残された……!
コート外のプレイヤーがいない伏木くんチームの数が増えることはないけれど、これで人数も一対三。
たぶんだけど、カバディにおいては数が多いほうが有利。
レイド側であればレイダーの選択肢が増え、かつローテーションでレイダーを休ませやすくなる。
アンティ側であれば数の力でレイダーをけん制・かく乱しつつ、一斉に取り囲むなどしてキャッチの成功率を上げることが可能……!
しかもどちらかのチームのプレイヤーがすべてコート外に出た場合、「ローナ」となる。
このとき全滅したチームは全員がコートのなかに戻るけれど、相手チームは二点を獲得しちゃうんだ……!
加布里さんはそのローナをさけるため、あえてタッチにこだわらずにボークラインを越えてから自陣に戻ったよ。ナイス判断だね……!
そして絵千香ちゃんがレイダーとなり、キャントしながら加布里さんに襲いくる……!
加布里さんはコート内を逃げ回った。
体力を消耗した絵千香ちゃんはキャントアウトをさけるために引き返そうとしたけれど、そのとき加布里さんが絵千香ちゃんの前に立ちはだかって逃走経路をふさいだ。
絵千香ちゃんは大豆ボールを投げて加布里さんに「タッチ」しようとした。
でもその前に息切れしてキャントアウト……! 加布里さんのおかげでわたしの所属する鳥松くんチームに一点が入り、絵千香ちゃんはコート外へ。
わたしが加布里さんの隣に復帰し、人数は二対二。得点は二対三。
再びわたしはレイダーとなる……!
「カバディカバディ……」
勢さんと伏木くんのいる陣地に踏み込む……!
まずは焦らずボークラインを越えた。(あとで鳥松くんは「最初におれの設定したルールだとボークラインを越えるときにキャッチされるリスクがなくなってしまうから、アンティ側がレイダーの手放していないボールにふれた場合もキャッチ成功ってことにしようかな。レイダー側もボールをかかえ込むように持っちゃいけないってことにすればよさそうだね」と振り返ってたよ)
「カバディカバディカバディ……」
ボークラインの手前にいる、向かって左の伏木くんをねらうか……。
それともボークラインの奥で横歩きをしている右側の勢さんに照準を定めるか。
「カバディカバディカバディカバディ……」
わたしは勢さんのほうにつま先を向けた。
正面ではなく横からボールをぶつける体勢に入る。
でもわたしはボールを手放さず、後退して今度は伏木くんのほうに迫った。
ボークラインのほうから左斜め前に寄るかたちで、伏木くんを追い込む……!
体力でわたしは伏木くんに勝てないけれど……。
「カバディ……」
すれ違いざま、ボールを当てて「タッチ」した。
伏木くんはすぐにそのボールでわたしを「キャッチ」しようとしたけれど、すでにそのときわたしは自陣を踏んでキャントを終了させていた。
さっきわたしが伏木くんを追い込んだのは、タッチしやすいよう逃げ場をふさぐためでもあった。
でもそれ以上に、伏木くんをわたしたちの陣地に近づけたかった。
基本的に守備側のアンティはコートの奥に退避する。
そうしておけば相手のレイダーはタッチ後すぐに自陣に戻れなくなる。したがってアンティ側はキャッチによってレイダーを抑えやすくなる……!
でも逆に言えば、アンティを奥から手前に誘導することに成功すればレイダーはキャッチされるリスクを大幅に削ることが可能……っ! タッチしたあと、キャッチされる前に自陣に帰還しやすくなるから。
加えて伏木くんに「タッチ」する際、わたしはもう一つのことを意識したよ。
レイドに失敗したとき、息切れするなかで気づいたもう一つのことを……っ!
それは勝負どころであっても、焦って息を荒らげないこと。
カバディの声を強めれば気合いは入るかもしれない。
でも、それだけ息切れが近くなる。キャントアウトのリスクを負う。
だからどんなときでも、カバディという途切れない声を――キャントを乱しちゃダメなんだ。
だれをどういうふうに攻撃するかクールに判断すべきときも。
チャンスを前にしても、ピンチにおちいっても、心が熱くなりそうなときも。
キャントが乱れれば勝利が遠のく――これもカバディの真髄なのかも……!
カバディというスポーツは「カバディ」という言葉をくり返すキャントのなかに……なんか、こう……自分の心としっかり向き合い続ける……なんだろ……哲学みたいなものを内包しているのかもしんない……っ!
守備をするアンティ側は、その哲学を上回る戦術を行使する必要がある。
カバディとは、そんな思いと思いのぶつかり合い……ッ!
めまぐるしく変動する戦局のなかで自分の思いをつらぬけたほうが勝つ、とても熱いスポーツなんだね……!
そう思うと、今まで全然カバディのこと知らなかったけど、ものすごくおもしろいスポーツだなあと感じたよ。
「……こんしまちゃん? こんしまちゃんや~い」
「しまった……」
加布里さんの声でわたしは目が覚めた。
「ちょっとカバディの深淵につかってた……」
「すでにそこまでハマったん? わたしにはまだまだ分かんないなあ」
でね、得点が三対三になったあともわたしたちは六人でカバディを続けたよ。
最終的には、八対十で負けちゃった……!
今回はボールを使った特殊ルール――相手の体にふれることがなく動きもそんなに激しくない、いわば「ソフトカバディ」だったけれど、そのなかでカバディのおもしろさにふれることができた気がする。
ただ……帰り道で、いつの間にかわたしは心のなかで「カバディ」ってくり返しちゃってた。
これについては、しまった案件ではないんだけど……。
(カバディカバディカバディカバディ――)
ひととおり、唱え終わって思ったよ。
心のなかなら息継ぎなしで、キャントがどれだけ続くかな? ――って。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:三回(累計二百四十五回)
次回「第六十週 心理テストが外れてしまった!(月曜日)」に続く!(七月三十一日(金)十九時から二十三時五十九分のあいだに更新)
「今週のしまったちゃん」をお読みくださりありがとうございます。評価やブクマ、感想等も励みになります!
それにしても「レイダー」や「キャント」などカバディの用語はなんかカッコいいですよね~。




