第五十七週 短冊の裏に隠してしまった!(火曜日)
天の川の裏側ってどうなっているんだろう。
わたしたちが見ている天の川は地球から見たものだけど、銀河系の外から眺めたらまた違うようにも見えるんじゃないかと思うんだ。
そして裏から見た天の川の向こうに地球が沈んでいる。
でも地球から見た天の川の底にもわたしの知らない星が隠れている。
きっと百年ほどじゃ裏側にはたどりつけない。
……そんなことを、手元の短冊を何回もひっくり返しながら考えちゃった。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
火曜日の朝。天気は雨……!
わたしは校舎の入り口を通過したあと、左の壁に設置されているものを見たんだ。
そこには笹が立てられてた……っ!
確か去年はなかったよね……? たぶん新しい生徒会の人が提案したものだと思う。
笹のそばには長机とイスが並べられていたよ。
机にはペンと短冊の束が用意されてる。
そういえばきょうは七月七日の七夕だなあ……って、感慨深くなっちゃった。
ここで……笹に注目していたわたしに、軽めの天然パーマの女の子・穂七瀬さんが話しかけてきた。
「ほほー。こんしまちゃんも願い事書くんだ?」
「立派な笹だからね……」
「あれ竹じゃない? 葉脈がちょっと違うし」
「しまった」
その笹もとい竹には、いくつか短冊がつるされていたよ。
机に置かれた短冊の隣に「一枚だけなら持ち帰ってもいいですよー 生徒会」と書かれた紙が貼りつけられていたから、わたしも穂さんも教室に短冊を持っていって願い事を書くことにしたんだ……っ!
各短冊の上部にはヒモがついていた。
これならつるすのも楽ちんだね……!
ただし生徒会の注意書きには「トラブルをさけるために、個人を特定できる情報は書かないでねー」ともしるされていたから肝に銘じておかないと。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
休み時間を使って、手元の短冊を表にしたり裏にしたりする……!
天の川の裏側のことを考えたのもそのときなんだ。
わたしの右隣に座る鵜狩くんが、短冊に視線をそそいだよ。
「こんしまちゃん、願い事は決めた?」
「うん……だけど、ちょっと思い付いたことがあるの……」
イスを鵜狩くんのほうに向けて短冊をずいっと突き出したよ……ッ!
「短冊にも、表と裏があるよね……?」
「確かにな」
「だから表にも裏にも願い事を書ける……そこで短冊の表側には表の願いを、裏側には裏の願いを書くとおもしろいんじゃないかって考えたんだ」
「表はそのままの願いとして、裏の願いって?」
「ちょっと公言しにくい願いかな……たとえば表の願いで『世界平和』を標榜しながら、裏の願いでこっそり『世界征服』を掲げる感じ……」
「いいアイデアだね」
どうやら鵜狩くんも短冊を取っていたみたいで、わたしのものと同じサイズのそれを一枚だけ出す……!
「俺もやってみたい」
「じゃあ一緒に『裏七夕』しよ……っ!」
ペンを回したあと、わたしは短冊の表に願い事を書いたよ。
――友達と仲よく過ごせますように。
そしてひっくり返して裏の願い事に取りかかる……!
ちょっと逡巡……ッ!
カウンセラーになれますようにって書こうとしたんだけど、これは野望や目標であって願い事とは違う気がしたから。
わたしの、人には言えないような願い事ってなんだろうとあらためて考えてみた。
一年前なら「彼と付き合えますように」って書いてたかも……?
鵜狩くんのほうをちらりと見ると、鵜狩くんもすでに表の願い事を書き終わって裏側にペンを当てていたよ。
視線に気づいた鵜狩くんはわたしに目配せしてくれた。
見てていいってことみたい。
――現代に忍者が公然と復活しますように。
さすが鵜狩くん……!
とっても夢のある願い。でも忍者は忍ばなきゃいけないから短冊の裏に隠したわけだね。
この願い事を参考にして、わたしも裏にペンを走らせたよ。
――天の川の裏側を見られますように。
わたしも目配せを送って「見て」って伝えたら、鵜狩くんは「いつか見られるといいね」と答えてくれたよ。
それから鵜狩くんが短冊を裏返して表の願いを見せる……ッ!
――これを見た人も見なかった人も全員が幸せでありますように。
直後、赤くなってうつむいちゃった……。
「うっかりしてた。こっちを表にするのは、なんか恥ずかしい」
「そんなことないよ……素敵だよ……」
「ありがとう。こんしまちゃんにそう言ってもらえると安心する」
いつもどおりの鵜狩くんになって顔を上げて笑ってくれたよ……!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
こうして鵜狩くんとわたしは短冊の裏表に二つの願い事を書いたんだ。
ちょうどここで、長い下まつげを持つ赤金しろみちゃんと太い首を持つ筈井友春くんがやってきた。
短冊の裏に、ちょっと言いにくい願いを書いてたって伝えたら……二人とも「お~」と驚いたよ。
「友春~。わたしたちも、やろやろー」
「そうだね、しろ。さっき僕たちも下から短冊を取ってきたし」
すぐに願い事を書いた二人は、わたしと鵜狩くんにも表と裏を見せてくれた……!
まず、表の願い事。
――肉まんを食べても太りませんように。
――いいホラーゲームに出会えますように。
二人はもうこれ以上ないくらい仲よしだから、特別に恋愛のことで願ったりはしないみたい。なんかいいね……!
で、裏の願い事は……。
――友春と、もっと仲よくなれますように。
――しろと、もっと仲よくなれますように。
互いに照れるしろみちゃんと筈井くんを見て、鵜狩くんもわたしも「お~」と言っちゃった。
「しまった……読めなかった。だけど、これもいいね……!」
でも個人名は控えたほうがいいみたいだったから、あとで名前の部分を「彼氏」と「彼女」に変更したんだよ。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
時間は進み、ごはんを食べたあとの昼休み。
アヤメちゃんも短冊を取ってきて、ペンを手に握ったよ。
「でも裏七夕かあ。こんしまちゃんも粋なこと考えるね……」
「ちなみにアヤメちゃんだったら、どんなふうにアレンジしてた……?」
「アヤメだったら――わたしだったら、言いにくいことよりは『否定のかたちをした願い』を裏面に書くことを思い付いてただろうね。つまり『○○しますように』が表だとすれば、『○○しませんように』が裏になる。たとえば『卒業できますように』と『落第しませんように』を表と裏に書く」
「表裏一体だね……」
そのとき鵜狩くんは料理部に顔を出しに行っていたから、アヤメちゃんとわたしの二人で話してたんだ。
――みんなと卒業できますように。
表にそう書いたアヤメちゃんは、前髪を持ち上げてわたしと目を合わせた。
「こういう目標みたいなのを願い事にするのって、もしかしてよくない……? 『それは自分で努力することだ』って言われそう」
「願うのも悪くないんじゃないかな……受験の合格祈願みたいに……自分で努力したうえで未来をつかみ取ろうとしているってことで。人事を尽くしてなんとやらだよ……っ! それにアヤメちゃんはアヤメちゃんだけじゃなくてみんなのことも思ってる……。素敵な願いだね……」
「……そ、そう? もちろんみくりちゃんとも一緒に高校を出られるといいな」
続いて、裏の願いを考えるアヤメちゃん。
「こんしまちゃんの裏側の願いはなんだったの」
「天の川の裏側を見ること……」
「そ、壮大。だったらわたしは、これでいく。否定のかたちにもしない」
――冷鉱泉がバズりますように。
やっぱりアヤメちゃんも、とってもいい願いを持っているね……!
でも、なにか考えついたのか短冊を裏返したよ。
「ここでアヤメオリジナルルールを発動してもいい?」
「発動していいよ……」
「短冊の表と裏を入れ替える」
「ということは、冷鉱泉が表に……みんなとの卒業が裏になるの……?」
「少しでもバズらせたいなら目立つところに書く必要があるからね」
今年の夏も暑いし、冷鉱泉ブームは近い未来に訪れそう……っ!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
放課後になったけど、まだ外は雨だよ……。
短冊を持って一階の竹の近くに来たら、穂さんとぶつかりそうになっちゃった……。
「ごめんね……穂さん」
「こっちこそごめん、こんしまちゃん」
そのあと、竹から離れた壁際に寄ったんだっけ……。
つるされた短冊をちらっと見て、わたしは言葉を継ぐ……!
「それで短冊なんだけど……わたしは天の川と友達について願うよ。穂さんはどんな願い事を書いたの……?」
「表側には『無限にタケノコの皮をはげますように』って書いたよ」
穂さんはポケットから短冊を取り出して、その願い事を見せてくれたよ……っ!
「タケノコの皮をガサガサシュルシュルはいでいくのは気持ちいいんだよなー。でもこれじゃ、皮をはぐんじゃなくて『だいじょうぶだよー』って言ってタケノコの皮を励ましているみたい」
「しまった」
「こんしまちゃんが言うんだ?」
「しまった……ごめんね、穂さん。わたし思わず……」
「いいんだ、いいんだ。むしろこんしまちゃん、かわいいね」
「ありがとう……だけど穂さん、表側にタケノコの皮に関する願いを書いたってことは……裏側にもなにか書いたってことだよね……?」
「そう。実はしろみちゃんと筈井くんの会話を聞いて、こんしまちゃんの裏七夕を知ったんだ」
短冊をひっくり返す穂さん。
――友達ともう一度話せますように。
「……穂さん。これって……?」
「いろんな意味を込めたつもりだけど、一番はみくりんのこと。……先月、みんなで色紙に寄せ書きをしたよね」
「したね……病院に持っていったら矢良さんも喜んでたよ……」
「うん。ただ、そのときワタシ、『ワタシも自分らしくいくよ!』って書いた。だけど長期入院になったみくりんに対してこの言葉は本当に適切だったのか気になって。……ララララ・ララララ・ラララインでもみくりんの本音をなかなか聞けなくて。だから『話せますように』っていうのは物理的というよりも心理的な意味」
「だいじょうぶ……矢良さんは穂さんが自分を優しく元気づけているのをちゃんと分かってるよ……。だってわたし、病院で色紙を渡したときに矢良さん自身から聞いたもん……。矢良さんは自分の目で見て、一人一人のメッセージにコメントしてくれたよ……穂さんの言葉には『七瀬ちゃんらしいなっ。あたしも自分らしくいくから、負けてられないよっ』って言ってたよ……」
「え、そうだったんだ。教えてくれてありがと。それこそみくりんらしいね……っ」
穂さんは瞳をちょっとだけ潤ませてほほえんだよ。
「だったら、裏の願い事はもう……」
そして首を小さく横に振ったんだ。
「いや、やっぱりこの願い事は変わらないや」
「いいね……っ。じゃあ短冊つるそう……穂さん。表側の願い事が外を向くようにね……」
わたしたちは、余っている枝にヒモをくくりつける……!
すでに鵜狩くんやアヤメちゃん、しろみちゃんや筈井くんの短冊も表の願いを見せていたよ。
ほかのクラスメイトの短冊もあった。
表に書かれた願い事も素敵だけど……。
普段は見えない裏側から見た七夕もまた、きれいなんじゃないかって思うんだ。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:四回(累計二百四十回)
次回「第五十八週 プラネタリウムで挟まれてしまった!(日曜日)」に続く!(七月十七日(金)十九時から二十三時五十九分のあいだに更新)
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それにしても竹と笹って似ていますよね~。




