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第四十九週 倒れてしまった!(月・火・水・木・金曜日)

 一週間(いっしゅうかん)一度(いちど)は「しまった」と言ってしまう高校生二年生・紺島(こんしま)みどりはこれまでほとんど学校を休んだことがない。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ※ ※


 月曜日の放課後。

 こんしまちゃんは病院に()き、クラスメイトの矢良(やら)みくりさんのお見舞(みま)いに(おとず)れた。


 ベッドのそばのイスに(こし)かける。

 現在、病室にいるのは矢良さんとこんしまちゃんだけだ。


 ポニーテールの矢良さんは左にいるこんしまちゃんと右にある窓を交互(こうご)に見て笑う。


「やらかしたな~。きょうの朝、(いえ)を出ようとしたら玄関(げんかん)(たお)れてねー」


 自分の病気のことを軽い感じで話す。


「それで病院に運び()まれて、お医者さんから今週は五日間ガッツリ休むように言われちゃったっ」

「体の調子はどんな感じ……?」


 重くなりすぎないように、ふんわりと聞いたこんしまちゃん……!

 矢良さんはすぐに答える。


「気持ち悪さは()けたかなっ。ただ、視覚がね~」

「確か(うす)い赤や青が重なって()えるんだったっけ……?」

「そうそう。あたしがそれ言ったのだいぶ前な気がするけど、よく覚えてるねっ、こんしまちゃんっ」


 ベッドのなかの足が少しだけ動いた。


「というわけで今のあたしの視界ではこんしまちゃんの顔が青っぽく、(かみ)が赤っぽく、制服が赤と青の中間くらいの色に見えてる。でも……なぜか自分のなかではその状況(じょうきょう)を受け()れてるんだっ。最初からそういう色合いだったんじゃないかな~って感じでっ!」

(はな)すのは平気……?」

「あ、そこはだいじょぶだからっ。むしろこんしまちゃんと話しているとめっちゃ気がラクになるよ~、きょうはお見舞いに来てくれてありがとっ」


 (まくら)と後頭部のあいだに両手を()え、息をつく。


「にしても、あたしそろそろ死ぬのかな~」


 矢良さんが()()()()()()のは、かかった人の数パーセントが十年とちょっとで()くなる病気。このままだと高校を卒業するのを待たずに死亡する確率もゼロじゃない。


「――ってあたしが言ったら、(かのえ)くん……なにも答えずに病室を出ていっちゃった」

飯吉(いいよし)くんもお見舞いに来てたんだ……」


 飯吉(いいよし)(かのえ)くんも、こんしまちゃんや矢良さんのクラスメイトである。


「きょうは飯吉くん、学校に来てなかったけど……やっぱり矢良さんのことを気にかけてるんだね……」

「どうだろ……というか、きょう『は』じゃなくて、きょう『も』じゃないの」


 言葉をにごし、矢良さんが上体を起こす。

 そんな矢良さんにこんしまちゃんがまばたきを送った。


「アヤメちゃんも鵜狩(うかり)くんも……心配してた。わたしが勝手に矢良さんの病院を教えるわけにはいかないけれど……二人(ふたり)のほかにもお見舞いに()きたそうにしてた人は多かったと思う……」

「……こんしまちゃん、わたしが死ぬかもしんないって教えたわけじゃないよね?」


()せてるよ……」

「なら安心っ。みんなの気持ちはうれしいけどさ~、あたし、あんまり今の自分を見られたくないんだよー」


 ついでベッドのわきに置いていたノートとペンを手に取る矢良さん……っ!

 ペンを右手でクルクル回す。


「うーん、なんか()こうかと思ったんだけど思い付かないっ」

「わたしがお題を出すよ……」


「お願いするねっ!」

「じゃあゴリラ」


「どこからの発想?」

「しまった……」

「いや、いいお題だとは思うよ~」


 矢良さんはノートをひらいてペンを走らせた……ッ!

 すぐにかわいいゴリラができた。虚空(こくう)を見つめているところがチャームポイントだ。思わず両目に吸い込まれてしまいそうだ……!


「今のあたし、色彩感覚ガバガバだから線画みたいになって申し訳ないね~」

「いやいや、やっぱり矢良さん、上手(じょうず)だよ……ゴリゴリのゴリラだもん……」


「ちなみにタイトルは『哲学(てつがく)ゴリラ』だよんっ」

「このゴリラさんは、なにを考えているんだろ……」


 ノートを見つめ、こんしまちゃんが考察にふける。


「……『ドラミングはグーじゃなくてパーだと周知されてきたけれど、どちらでもないチョキでドラミングしたら自分はスターになれるかな~』とか?」

「ちょっと注目されたあとすぐに忘れ去られそう」

「しまった……」


 ここで看護師さんが部屋に入ってきたので、こんしまちゃんは立ち上がった。

 矢良さんが、その去り際に声をかける。


「よかったら……時間があったらでいいから、残り四日間の放課後もここに来てくれないかな」

「うん……またね、矢良さん……」


 ほほえみ、こんしまちゃんは病室から出ていった。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ※ ※


 火曜日の放課後。

 約束どおり、こんしまちゃんは矢良さんの病室を訪れた。


 矢良さんは教科書を見ていた。勉強中のようであった。


「きのうこんしまちゃんが帰ったあと立合(たちあい)先生が来て、中間テストの範囲(はんい)とかを教えてくれたんだよ~」


 なお矢良さんは登校していないときも、授業が実施(じっし)されている時間はなるだけ自主的に勉強している。


「といっても息抜(いきぬ)きは必要だし、きのうの続きしよっか」

「ゴリラだね……」

「こんしまちゃんがお題を出してあたしが絵を描くやつ」


 きのうと同じノートとペンを用意する……ッ!


「お題ある? ゴリラ以外で」

「ならバナナとタマネギかな……」


「バナナはゴリラつながりって分かるけどなんでタマネギ」

「同じ食べ物だから……」

「なるほど」


 ササッとバナナ一本(いっぽん)とタマネギ(ひと)つを描く矢良さん。

 バナナはねじれている。タマネギは丸々と太っている。


「もっと複雑なお題でもいいよんっ」

「それじゃあ……隕石(いんせき)を片手で受けとめた瞬間(しゅんかん)、急に自分の前世はカニだったんじゃないかと気になり始めた人」

「りょーかいっ!」


 あまり考えず、矢良さんはまず丸くていびつな隕石を描き上げた。

 それからスーツ姿の壮年(そうねん)男性を追加する。


 男性は右手を挙げている。

 チョキのかたちで隕石を真下から受けとめているのだ……!


 横に垂らした左手もチョキを作っている。


「こんなもんかな~」

「すごく……カニだね……」


 ()めたあと、こんしまちゃんが言う。


「わたしも絵を描いていいかな……」

「どうぞっ」


 喜ばしげに、ペンとノートを(わた)す矢良さん。

 お礼を返すこんしまちゃんにさっそくお題を出す……っ!


「最初はシンプルにペンギンで」

「ペンギン……あらためてどんな鳥だっけ……」


 思い出しながら慎重(しんちょう)にペンを動かすこんしまちゃん。

 できあがったのは、ハニワにクチバシがついたような生物(せいぶつ)だった。


「新種の鳥だね……鳥かどうかもあやしいね……」

「あたしは、かわいいと思うなっ」


 かばっているんじゃなくて、本気で矢良さんはそう言った。


「次のお題はシロクマとペンギンがにらみ合っている構図」

「現実的にありえるの……?」


 まあリアリティよりも想像力を重視してこんしまちゃんはカキカキする。

 再びハニワにクチバシをつけたのち、やけに頭が大きいシロクマを右に並べた。


 ペンギンらしき生き物とシロクマっぽい生き物が見つめ合う……!


「タイトルは『きみ、だれ?』で……」

()やされるっ」


「ありがとね、矢良さん……そして三番目のお題は……?」

「自分を洗濯機(せんたくき)と思い込んでいる冷蔵庫(れいぞうこ)

「難問……っ!」


 箱形の冷蔵庫を描いて……その(とびら)をあけた状態にして……。

 風をあらわす曲線を引く。どうやら風は(うず)を巻き、なかの野菜や飲み物を冷やしているようだ。


「この冷蔵庫は食材を(あら)おうとして冷気を送り込むの……」

「いい発想だね~」


 ノートとペンを返してもらい、矢良さんはポンッと手をたたく。


「今度は逆でいこうっ」

逆立(さかだ)ち……?」


「お題から絵を描くんじゃなくて、絵からお題を推理するのっ」

()()がるヤツだね……」

「じゃ、あたしから~。あえて(くず)してみよっと」


 横長のだ円の右上と左上に三角形をつけて、だ円の右横と左横それぞれに三本ずつ横線を引く。


「これなにかなっ」

「ネコ……」

「あたりっ」

「やった……次はわたしだね」


 こんしまちゃんが描いたのは、頭巾(ずきん)で顔を(かく)し、巻物を持った人物だった。

 足もとから(けむり)っぽいのも出ている……!


 矢良さんは自信をもって回答する。


「答えは忍者(にんじゃ)っ!」


 こんしまちゃんと付き合っている鵜狩(うかり)くんが去年の自己紹介(しょうかい)のときに「忍者が好き」と公言していたのを矢良さんは覚えていた。そこから忍者を連想したのだ……ッ!


 でもこんしまちゃんは首を左右にフリフリする……!


「そう()えるけど、ちょっと(ちが)うんだ……」

「まさか泥棒(どろぼう)?」


「いいや……」

「これは正答率が低そうっ。この人の正体はいったい?」


「正解は『玉手箱(たまてばこ)をあけちゃったけどそのうっかりをごまかすために自分は忍術(にんじゅつ)を使っておじいちゃんになっただけですよ~とアピールしている浦島(うらしま)太郎(たろう)』でした……」

「といっても絵のなかに箱っぽいのはないような……?」

「あ、しまった……ごめんね」


 両手をひざに置いて(あやま)るこんしまちゃん。

 矢良さんは、忍者にしか見えない人物の絵をもう一回(いっかい)見たあと足もとの煙をツンツンする。


「煙に玉手箱が隠れているわけだねっ」

「あ、そ……そうかもっ」


 しきりにうなずき、こんしまちゃんは元気を取り(もど)した……ッ!


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ※ ※


 水曜日のまたまた放課後。

 矢良(やら)さんの病室に(はい)ると、こんしまちゃんの目にだれよりも整ったかたちの耳が飛び込んできた。


 クラスメイトの飯吉(いいよし)(かのえ)くんの耳である……!

 飯吉くんはこんしまちゃんをみとめると共に部屋から去ろうとした。


 それを矢良さんが呼びとめる。


(かのえ)くん。まだ、いてほしい」

「……みくりがそう言うなら、いいよ」


 そう答え、飯吉くんはベッドの足もとに近いほうのイスに(すわ)った。

 一方(いっぽう)、こんしまちゃんはベッドの左のイスに腰を下ろす。


「こんにちは、飯吉くん……わたしも矢良さんのお見舞いに来たの……」

「こんしまちゃん、こんにちは」


 前傾(ぜんけい)姿勢になり、ジト目で見つめる飯吉くん……っ!


「もしかして毎日みくりのとこに来てんの?」

「今週の月曜日と火曜日には一緒(いっしょ)にお絵()きしたんだよ……」

「お絵描きねえ。ボクには分からないな」


「ならさ~」


 口元(くちもと)を押さえ、矢良さんがニンマリ笑う。


「せっかくだから(かのえ)くんもカキカキしてよっ。お題、出すからっ」

「え、ボク絵心(えごころ)ないんだけど」


「問題ないって~」

「……あっそ、まあいいよ。で、お題は? 二人(ふたり)まとめて教えてくれる?」


 ノートとペンを借りた飯吉くんがこんしまちゃんと矢良さんを同時に見た。


 果たしてこんしまちゃんは「ティラノサウルス」を、矢良さんは恐竜(きょうりゅう)ネタに合わせて「プテラノドン」をお題として提示……ッ!


 飯吉くんは左手で自分の耳たぶをさわる。


「いいけどティラノサウルスとプテラノドンって同時期に存在してたの? 知らないけどさ」


 言葉のわりには(かれ)にあんまりトゲトゲしい感じはなかった。

 頭からしっぽまでをほぼ水平の状態で細長く描いたあと、短い前足と長い後ろ足をサッと付け加える。


 さらにその上空に(つばさ)を広げた翼竜(よくりゅう)を飛ばす。

 トサカも忘れず頭の後ろにつけている……!


 それを見て矢良さんが喜んで手をたたく。


「おっ、(かのえ)くん、特徴(とくちょう)(とら)えてるねー」

「それ……へたな人に言う『前衛的』とか『個性的』とか『わたしは好き』とかそういう感じの論評じゃないの?」


「いいや、飯吉くんはへたぴっぴじゃないよ……」


 こんしまちゃんもノートをのぞき込む。


一生(いっしょう)懸命(けんめい)描いたのが伝わってくる……」

「その『がんばったねー』もほかに()めるところがないときの常套句(じょうとうく)では? ま、別に悪い気はしないからいいよ……うん」


 窓のほうに目をやり、飯吉くんは照れていた。

 それから飯吉くんのほうが先に絵を描いてそのお題を矢良さんとこんしまちゃんが当てるという流れになった。


「こういう場合はへたなほうが……こんしまちゃん(てき)に言ったらへたぴっぴなほうが有利なのかもね」

「そうかも……」


 こんしまちゃんが軽くうなずいた。


「だけど、へたぴっぴはわたしじゃなくて……もともとは幼稚園(ようちえん)にいた子が言っていたことなんだ……」

「幼稚園? こんしまちゃんって弟か妹いたの?」

「わたしのきょうだいはお姉ちゃんだけだよ……。去年の十二月、附属(ふぞく)幼稚園の子どもたちに読み聞かせしたときに……ね」

「あ、ボクがサボったヤツか。そのせいであとでレポート提出させられたっけ」


 そう淡白(たんぱく)に言いつつ、飯吉くんがペンの(おと)を室内に(ひび)かせる。

 ここで矢良さんの表情が(けわ)しくなったものの、そのときは(くち)を閉じたままだった。


 ともあれ飯吉くんの()いた絵は、シンプルな星型「☆」だった。


「こんしまちゃん、みくり。これ、なにか分かる?」

「星じゃないのっ」


 やや不機嫌(ふきげん)そうに矢良さんが答えた。

 続いてこんしまちゃんが「わたしも星に見える……」と言う。


 対する飯吉くんは静かにかぶりを振る……っ!


「こんなかたちの星はこの世に存在しないよ。これはヒトデだってば」

「しまった、やられた……」


 予想外の答えだったのか、こんしまちゃんはびっくりしている。

 でも矢良さんは「あ」と()らして別の答えを(くち)にする。


「ミカンのヘタだったりしてっ」

「ヘタって……」


 顔の下半分(したはんぶん)を右手で押さえ、飯吉くんが目を(そむ)けた。


「ふふ、確かにヘタかもね」


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ※ ※


 木曜日の放課後の病室。

 ほおをふくらませて矢良(やら)さんがこんしまちゃんに声をかけた。


「きのうの(かのえ)くん、幼稚園での読み聞かせをサボったことに関してまったく悪びれてなかったね。出席日数も危ないっぽいし、ホントどうするつもりなんだかっ」

飯吉(いいよし)くんは……気にしてたと思う」


 イスをベッドに引き寄せ、こんしまちゃんが(おだ)やかに吐息(といき)を出す……っ!

 表情を落ち着かせ、矢良さんは横目でこんしまちゃんを見返した。


「そうかな。だって(かのえ)くん、こんしまちゃんのグループだったのにちゃんとした理由もなく休んでしかも(あやま)ってもないよね。ほかのメンバーは筈井(はずい)くんと(まい)ちゃんだったと思うけど、その二人(ふたり)にもなんも言ってないはずだし。とても気にしてるようには見えないよ。確かに過ぎたことと言えば過ぎたことだけど、なんかモヤモヤする」

「本当に気にしていなかったら、わたしが言った幼稚園の読み聞かせのことに対して……『なんのこと?』とか『そんなことあったっけ?』って答えたと思うよ……」


 さらに矢良さんの枕元に近づくこんしまちゃん……ッ!


「だけど飯吉(いいよし)くんは自分がサボったことをきちんと覚えてる……飯吉くん自身の心に、読み聞かせに参加しなかった記憶(きおく)がハッキリ引っかかっているってことじゃないかな……」

「こんしまちゃん……そだねっ。あたしも去年のことでネチネチしちゃってたかもしんないっ」


 そんななか、このタイミングで病室に新たな人影(ひとかげ)が現れる……!

 現れたのは――こんしまちゃんや矢良さん、飯吉くんのクラス担任である立合(たちあい)広夢(ひろむ)先生だった。


 立ち()がろうとするこんしまちゃんに、やんわりと立合(たちあい)先生が(はな)しかける。


「かしこまらなくてだいじょうぶですよ、紺島(こんしま)さん」


 先生は静かにあいさつしたあと、イスの(ひと)つに座った。


「矢良さん。中間テストも近いですし、なにか勉強で分からないところはありませんか。あるなら教えられる範囲(はんい)で先生が教えますよ」

「ありがとうございます、でもちゃんと勉強はしていますので問題ないです」


 ついで矢良さんは自分のポニーテールをくしけずりながら、疑問に思ったことを(くち)にする。


「……あの、先生。()()()思っていましたが、これは不公平じゃないですか」

「不公平?」


「あたしが倒れたからといって、先生が一生徒(いちせいと)のもとに来て勉強を教えているところがです」

「そこは安心してください」


 ゆっくりと聞き取りやすい声で立合先生が説明する。


「すべての生徒には勉強などについて教師に質問する権利があります。ただ、校外にいる時間が長い場合は質問する機会が相対的(そうたいてき)に減ってしまいます。だからその差をうめる必要があるんです。ご両親と学校には許可をとっていますし、試験内容を()らしているわけじゃありませんので問題ないですよ」

「そうですか、それならいいんです。その前にあたしの意思も確認していますもんね。むしろ本当にありがとうございます」


 続いて矢良さんは上半身(じょうはんしん)を立てて先生を見る。


「ただ……勉強『など』について先生に質問する権利があるということは、先生への質問は勉強『以外』のものでもいいんですか」

「もちろんです。立場上、答えられるかは分かりませんが」


「では先生側から見た(かのえ)くんの現状を(くわ)しく教えてください。具体的な出席日数はどんな感じです。成績も安全圏(あんぜんけん)ですか?」

「すみません、矢良さん。先生は生徒の成績などの個人情報を()らすことはできません」


 当然すぎる答えが返ってきた。

 まるで矢良さんはそんな返答を予想していたかのように、あっさり引き()がる。


「わたしこそ、すみません。困らせるような質問をしてしまって」

「いえいえ、友達のことを気にかけるのは、なにも間違(まちが)ったことではないですよ」

「……だったら、これだけは聞かせてください。先生のほうは(かのえ)くんのことを気にかけてくれていますか」

「はい」


 立合(たちあい)先生は姿勢を(ただ)した状態で迷わず答えた。


「ただ、これからどういう道に進むかを決めるのは本人です」

「本当にそのとおりです。答えていただき、ありがとうございました」


 深々(ふかぶか)と矢良さんは頭を下げた。

 このあとは、時間があるかどうかを確認したうえでなんとなく先生にもお絵描きゲームに付き合ってもらった。


 ずっと(だま)って話を聞いていたこんしまちゃんと一緒(いっしょ)にお題を出したりした……!

 わずか十分(じっぷん)程度の時間だったけれど、ノリノリで絵を()く立合先生はなんかかわいかった。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ※ ※


 金曜日の放課後。

 来週、中間テストなのでこんしまちゃんと矢良さんは病室で共に勉強していた……ッ!


 その途中(とちゅう)で、こんしまちゃんがぽつりと(くち)にする。


「矢良さん……矢良さんは今の自分を見られたくないって言ってたけど、わたしは矢良さんのこと、本当に立派(りっぱ)でかっこいいと思ってるよ……」

「ありがとっ。でも今の自分を見られたくないとあたしが口走(くちばし)ったのはウソかもしんないな~」


 枕をだきしめ、矢良さんが小さく顔をほころばす。


「あたしがお世話になっている病院をみんなに教えないのは自分を見られないようにしているからじゃなくて、本当は(こわ)いからだと思う。教えたのにだれもお見舞いに来なかったらショックだしさっ」

「確かに……そう考えると怖いね……」


「クラスメイトのみんなを信じることもできないのに、そのみんなのことを記録(きろく)につけているあたしも大概(たいがい)かなー」

「記録……『今週のしまったちゃん』ってタイトルの日記だね……」


 そのノートは矢良さんの家に保管してあり、こんしまちゃんも直接(ちょくせつ)読んだことはない。


「それは筆者の矢良さんがいるという記録でもあるんだったね……そういえば矢良さん、その記録、いつまで続けるの……?」

「こんしまちゃんとクラスメイトのみんなが中心だから、とりあえず卒業までって考えてる。ただ、ちょっと心配なところもあるんだよ~」


 次の言葉を待っているこんしまちゃんに矢良さんが目の焦点(しょうてん)を合わせる。


「まず、もしあたしが死んだら途中で終わる」

「そうならないように、なんとしても生きなきゃね……」


「うんっ、それはモチだよー。(やまい)は気からなんとやらだし、あたしも変に暗いことは想像しない。でも場合によっては今回以上に長期間(たお)れることもあるかも」

「そのときは無理をせず安静にすることが必要……」

「だね。とはいえ、もしそうなったら記録が途切(とぎ)れる。だからその()()()は、こんしまちゃん……よかったらでいいんだけど」


 いったん息をのみ、矢良さんがハッキリ言う。


「こんしまちゃん自身が『今週のしまったちゃん』を代わりにつけてくれない?」

「いいよ……」


 まるで飯吉(いいよし)くんの口癖(くちぐせ)だけど、その「いいよ」が了承(りょうしょう)の意味を持っていることは疑うべくもなかった。


「でも、そうすることになってもあくまでわたしは筆者の代役……いつか必ず矢良さんに筆を返す」

「ありがと。でも、もともとあたし自身の記録でもあるものをこんしまちゃんにつけさせたら本末転倒(ほんまつてんとう)になっちゃうと思う?」


「思わないよ……だって矢良さんの回復を信じたうえでわたしがみんなの記録を代筆するのなら……その事実こそが矢良さんが生きたまま変わらず存在している証拠(しょうこ)になるもん……」

「こんしまちゃん……まあ必ず代筆してもらうとは限らないけど、なんかそれを聞いたら安心しちゃった」


 矢良さんが枕を後頭部に()え、穏やかに目を閉じる。

 ただ、こんしまちゃんはいたずらっぽく笑い声を漏らす……っ!


「でもわたしが代わりに日記をつけることになったら、そのぶんいっぱい請求(せいきゅう)しなきゃね……」

「そりゃそうだっ。やってもらうわけだから」


 上体を起こし、すぐにまぶたをあける矢良さん……!


「果たしてこんしまちゃんはなにを所望(しょもう)するのかなっ」

「とっても素敵(すてき)なイラストを」


 こんしまちゃんが、矢良さんの左手に自分の右指をふれさせる。


「お題は――『倒れることがあっても倒れたままじゃないクラスメイトみんなの絵』……色もつけるの。そしてその中心には、矢良さんを」

「いいお題だねっ」


 視界に残る(うす)い赤や青を通して、矢良さんはこんしまちゃんのやわらかな表情を見つめた。

 そのとき微妙(びみょう)にクラッときた。こんしまちゃんに向かって倒れた。


 だけど優しく受けとめられた。

 何度も転び、倒れてしまった経験を彼女の両手が知っているような気がした。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ※ ※


☆今週のしまったカウント:四回(累計(るいけい)二百十一回)

次回「第五十週 遠くない未来を占ってしまった!(土曜日)」に続く!(五月二十二日(金)午後七時ごろ更新)

いつもお読みいただきありがとうございます。評価やブクマ等も励みになっています。


それにしても今回でちょっとだけ物語のゴールも見えてきましたね~。

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