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第四十八週 両手のやり場に困ってしまった!(木曜日)

 一週間(いっしゅうかん)一度(いちど)は「しまった」と(くち)にする女子高生・紺島(こんしま)みどりは一日(いちにち)のうちに何度も立ったり(すわ)ったりする。


 それ自体はとくにめずらしいことじゃない。

 無意識にくりかえす行動の一環(いっかん)だ。


 ただ……口癖(くちぐせ)もそうなんだけど一度(いちど)意識し始めると「……あれ? 普段(ふだん)自分はどんなふうに立ったり座ったりしてたっけ?」という疑問が脳裏(のうり)にむらむらと湧いてくる。


 今回はそんな自分を()り返るお話だ……!


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


 木曜日の昼休み。場所は高校の教室。

 そぼ()る雨を見つめ、こんしまちゃんがぽつりと言った。


「雨って堂々としてるよね……」

「そうだな、見習うべきところも多いかもしれない」


 右隣(みぎどなり)の席に座る男の子・鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんがうなずいた。

 そんな二人(ふたり)の会話を聞いたアヤメこと菖蒲(しょうぶ)佳代子(かよこ)さんが、こんしまちゃんの左前の席から言葉を引き取る……っ!


「堂々としてるって具体的にどんな感じ?」

「こんな感じ……」


 こんしまちゃんが立ち()がり、両腕(りょううで)(なな)めに()げた。

 アヤメは首をひねる。


「……(かさ)?」

「しまった……もっと分かりやすく表現するね……」


 両ひじを曲げ、上腕(じょうわん)を真横に、前腕(ぜんわん)真上(まうえ)に向けるこんしまちゃん……!


「伝わった……?」

「熱意だけは」

「わ、しまった……」


 見慣れない体勢のままこんしまちゃんが固まる……ッ!

 ここで、こんしまちゃんの(ひと)つ前の席に座る男の子がイスを引いて振り向いた。


「おもしろい立ち方だな」


 大きな舌を見せながらそう言ったのは、クラスメイトの見藤(けんとう)幸也(こうや)くん……!

 (かれ)はたった今、学食から(もど)ってきたのだ。


「どういう経緯(けいい)でそうなっているかは見当(けんとう)がつかないが、ポーズの研究でもしてたのか」


 見藤(けんとう)くんは鵜狩くん・こんしまちゃん・アヤメへと順に目をやった。


「確かに世の中にはいろんな立ち方があるようだし、検討(けんとう)するのも(たの)しそうだ。なあ菖蒲(しょうぶ)

「あ……う、うん。だね」


 戸惑(とまど)いながら返事をするアヤメ。

 二年生(にねんせい)になってある程度はクラスメイトとの距離(きょり)が縮まってきたものの、まだまだアヤメは本来一学年下(いちがくねんした)のみんなにコンプレックスをいだいている。


 友達の一人(ひとり)である矢良(やら)みくりさんは現在保健室。

 自分の名字を呼んだ男の子に対してちょっとアヤメはおびえていた。


 とはいえこんしまちゃんに鵜狩くんという友達もそばにいるので、少しは勇気を出せそうな感じもする。


 別に、無理に仲よくする必要はないと思う。

 同時に、無理に仲よくしない必要もないとも思うのだ……ッ!


「そうだ……勝負しない?」


 アヤメが見藤くんだけでなくこんしまちゃんと鵜狩くんにも視線を向ける……!

 ルールはアヤメオリジナル……と言いかけたが、自分をアヤメと呼ばない見藤くんがいることを考えてその言葉を飲み()んだ。


()()()()()一番(いちばん)心にビビッとくる立ち方をした人が優勝。ただし今回は長くなりすぎないように、動かせるのは両腕だけという制約を設けるの」

「腕以外のポーズはどうするんだ、アヤメ」


 鵜狩くんが当然の質問をぶつけた……っ!

 それを想定していたようで、アヤメはすぐに返答する。


普通(ふつう)の直立姿勢で統一(とういつ)しよう」


 ついでぎこちない笑顔(えがお)を見藤くんに向ける……!


「見藤くんも一緒(いっしょ)にやろっか」

「オレも?」


 すぐには答えず、自分が参加すべきか慎重(しんちょう)に検討する見藤くん……っ!

 このあと鵜狩くんとこんしまちゃんも「やろう」とさそってきたので、見藤くんは「ここはことわるべきじゃない」という判断をくだした。


「よし、その立ちバトル……乗った」


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


「ところでこんしまちゃん」


 アヤメがイスを右後ろに向ける。


「……そのポーズ(つか)れない?」

「し、しまった……()()ね」


 真上(まうえ)にやっていた前腕を下ろし、イスに座りなおすこんしまちゃん……!

 気を取り直して、まずは前哨戦(ぜんしょうせん)……っ!


 ルールを理解するため、立ちバトル本番の前にイスに座った状態で模擬戦(もぎせん)をおこなう。

 両腕だけを動かし、一番(いちばん)心にビビッとくるポーズを作るのだ。


 勝負を提案したアヤメがトップバッターを務める……ッ!

 見藤(けんとう)くん・鵜狩(うかり)くん・こんしまちゃんが見守るなかアヤメの両手がすーっと動く。


 アヤメはひざに両手を()せた。

 スカート()しに太ももを()さえる。


 だがアヤメは逡巡(しゅんじゅん)した。

 両手は重ねるべきなのか重ねないべきなのか、重ねるとしたら右と左のどちらを上にすればいいのか、手のかたちはグーかパーか……などなど。


 普段は自然にやっていても、あらためて考えると正解が分からぬ……!


(確かにビジネスマナーとしては答えがあるのかもしれない。といってもこのバトルは正しい姿勢を競うものじゃない。あくまで心にビビッとくるポーズをとることが肝要(かんよう)。だったら……)


 アヤメは手首をクロスさせた……ッ!

 右手首を左手首の上に置き、左の太ももを右手で、右の太ももを左手で押さえた格好……!


 パッと見たところ普通(ふつう)だけど、よく観察したらどこか奇妙(きみょう)なところがある。


「ど、どう……?」


 ジャッジを求めるアヤメ。

 ほかの三人(さんにん)は「ビビッとポイント」を提示する……!


 ビビッとポイントとは、心にビビッときた度合いを数値化したもの。

 今回はゼロから(じゅう)までの十一(じゅういち)段階評価を採用する。


 このポイントの合計値がもっとも高い者が優勝をつかみ取る運びとなる……ッ!

 個人のフィーリングに(ゆだ)ねているのでわりと適当だけど、まあその(ざつ)さも(ふく)めて楽しむ感じだ。


 見藤くんは七点、鵜狩くんは八点、こんしまちゃんは八点を提示した。

 その合計得点は二十三点……!


 一方で小学校からの友達ということもあって鵜狩くんとこんしまちゃんの自分に対する評価が(あま)めなんじゃないかとアヤメは疑う。


「あの、鵜狩くんにこんしまちゃん。もっとガチで採点していいよ」

「だいじょうぶ。すでにガチだから」


 鵜狩くんはツリ目を(やさ)しく細めた。

 こんしまちゃんも、ふふっと笑う……!


「当然わたしも……。これは血で血を(あら)う勝負だからね……」


 大げさではあるけれど、友達相手にもけっして()()()しないという意味合いは伝わる。


 さらにいつぞやの(しょく)レポ・ポエム・デスマッチのときのようにスリーポイントレビューを(はさ)もうとした鵜狩くんだったが、テンポよく進めるべく(かれ)の提案はアヤメによって却下(きゃっか)された。


 アヤメの次は時計回りで見藤くんの番になる。

 なおアヤメは手首をクロスさせたポーズをなんとなく継続(けいぞく)している……!


 そんなふうに座るアヤメをちらりと見て、見藤くんが(かた)上下(じょうげ)させた。


「前哨戦とはいえ、オレも手を()くわけにはいかないな」


 見藤くんは両の指をからませる……!

 左右の指の根もとをグッとくっつけたかたちだ。


 これで終わりかと思いきや、組み合わされた(ふた)つの手の平をうなじに持っていく。

 加えて両ひじを前方に()き出し、動きをとめた。


 対するほかの三人の判定は――。


 アヤメが六点、鵜狩くんが九点、こんしまちゃんが八点だった。

 よって見藤くんの合計得点は二十三点……! アヤメと並んだ。


 次は鵜狩くんのターン……!


 左腕(ひだりうで)をまっすぐ前に()ばし、そのひじの内側に右中指を当てた。

 右腕はカタカナの「フ」のかたちで水平を(たも)っている……っ!


 アヤメも見藤くんもほぼシンメトリーのポーズだったけど、ここで鵜狩くんが左右非対称(ひたいしょう)の体勢をとったことで戦局が動くやもしれぬ……ッ!


 結果はアヤメ四点、見藤くん六点、こんしまちゃん七点。

 合計点は十七点……! ポーズの芸術性よりも近くの人に手が当たったりするんじゃないかと心配されたために点数を伸ばせなかったのだと思われる……ッ!


 さて前哨戦最後にこんしまちゃんの番が(まわ)ってきた。


「とっておきを披露(ひろう)するよ……」


 こういう自分の技を見せ合う勝負においては、ほかの人の技を見極(みきわ)めておのれの技を選定する時間があるぶん後攻(こうこう)のほうが有利かもしれない。


 ただし後攻にもデメリットはある。

 ほかの人の技と比べられるプレッシャーは軽視できない。そして自分がやろうと思っていた技を先にやられた場合、予定の変更(へんこう)余儀(よぎ)なくされる。


 プレッシャー自体は感じていないが、本来こんしまちゃんは見藤くんとまったく同じポーズをとろうと計画していた。


 でも偶然(ぐうぜん)かぶったとはいえ、さすがに同じポーズを見せつけるわけにはいかない……!

 ゆえにこんしまちゃんは心の(おく)に秘めていた「とっておき」のカードを切ることにしたのだ。


 肩を回したあと、両腕を後ろにやる。

 手をやや丸めて内側に向けたまま、背中側に持ってきた腕を持ち上げた……!


 前傾(ぜんけい)姿勢になるも、腕は肩よりも上には()がらなかった。

 ぷるぷるしながらこんしまちゃんがジャッジを待つ。


 アヤメ二点、見藤くん四点、鵜狩くん六点という結果だった。

 獲得した得点は十二点……! 四人のなかで最下位だ。


「……しまった、よく考えれば座っている感じじゃなかったもんね」

「ちなみに鵜狩くん、かわいいかで点数つけたら?」


 フォローの意味も込めてか、アヤメが聞いた。

 鵜狩くんはノータイムで断言する。


「無限点」

「それを言うなら鵜狩くんのポーズも無限点だよ……とってもかっこいいよ」


 こんしまちゃんも、点数が伸びなかった鵜狩くんにそんな言葉をかけた。

 真剣(しんけん)勝負においては私情を抜きにして点数をつけるけれど、自分の気持ちを最優先にしたら好きな人相手の採点があまあまになってもおかしくない……ッ!


 見藤くんは大きい舌をちらちら見せながら笑っている。


 こういうわけで、二十三点を獲得(かくとく)したアヤメと見藤くんが同率一位(いちい)になった。


 ただし、これは座った状態でおこなった前哨戦にすぎない。

 (しん)の立ちバトルの(たたか)いは、直立した姿勢で実施(じっし)される……!


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


 四人はポーズを通常のものに(もど)す。

 まずはこんしまちゃんが起立……っ!


 さっきの前哨戦ではアヤメから時計回りに順番を(わた)していったので、立ちバトル本番一巡目(いちじゅんめ)ではこんしまちゃんから反時計回りでターンを回す……!


 昼休みの残り時間を考慮(こうりょ)して、本番は二巡(にじゅん)まで。

 まあしかし両腕だけを使えるポーズ対決なんだけど、いざ立ち姿を考え始めると深みにはまる。


 ……いわゆる「立っているときに両手をどうすればいいか問題」だ。


 ()つ足で生きる動物であれば後ろ足に合わせて前足も地面につければいい。

 でも二足歩行をする人間は直立した姿勢において両手を接地させることが難しい。


 ゆえに立っているときの人の手は基本的にブラブラしていることになる。

 どこにも落ち着いていない不安定な状態にあるのだ……っ!


 この両手をどうするかが問題……! なまじ自由に動かせる手であるからこそ処理(しょり)に困る。

 手をなんとかしなければ自分を落ち着かせることもできないし、またそれを見ているだれかの心もまたそわそわしてしまう。


 以上の命題についてこんしまちゃんは、どのような回答を見せるのか……?


 こんしまちゃんはわきを()めた。

 右手にグーを作り、左手をチョキのかたちにする。


 両の手首を内側に曲げ、グーとチョキを向かい合わせる……ッ!


「ひとりじゃんけんだよ……(たの)しい」


 パーも組み合わせると、ほかにもさまざまなバリエーションが想像できる。

 果たしてビビッとポイントは――。


 私情を(はい)した鵜狩くんが三点、見藤くんが四点、アヤメが二点。

 三十点満点中合計九点……ッ!


「しまった……心にビビッとくるには弱かったね……」


 容赦(ようしゃ)ない評価がくだされたのは、立ち姿として違和感(いわかん)があったからだろう。


 確かに立っているときにひとりじゃんけんをする権利はすべての人に保障されなければいけない……!

 しかし、その立ち姿における中心はあくまで「じゃんけん」だ。じゃんけんが主役になってしまい、肝心(かんじん)の立ち姿がサブに回ってしまっているのだ……ッ!


 反時計回りで鵜狩くんにターンを渡すこんしまちゃん。


 おもむろに立つ鵜狩くん……っ!

 鵜狩くんは右手を後頭部に()え、左手を頭頂部とおでこのあいだに置いた。


 左前腕部は垂直で、右前腕部は水平である。

 しかも左腕を両目が(はさ)んでいる状態……!


 両手を使った鵜狩くんの立ち姿に対する判定は――。

 こんしまちゃんが二点、見藤くんが一点、アヤメがゼロ点であった。合計ビビッとポイントは三点。


「うっかりしてた。確かにこれだと頭が痛い人だな」


 無駄(むだ)にスタイリッシュにも()えるところが点数を落とした可能性もある。

 もちろん人によっては「ええやん」とか「なんでこれが十点じゃないの」とか思ったりもするはずだ。こんしまちゃんも本当は無限点をあげたいけど、ここは心を(おに)にする……!


 続いて見藤くんが立ち()がった。

 左手をダラリと下げ、わきを()めたまま右手の平を顔に近づける。


 手首を左に(たお)して四本の指の手前で親指を上下左右に動かす。


 これは動きのあるポーズ。

 しかも……見える。なにも持っていなくても、見藤くんがスマートフォンを操作しているのが見える……!


 自由の(けい)(しょ)されている両手を落ち着かせるために「道具」を持つのは鉄板中の鉄板……ッ!


 しかも右手をふさぐとダラリと垂らした左手までなんかふさがったような気がする。たぶん……!

 なかなか(するど)い部分を()めてきた見藤くん……っ!


 ジャッジは……?


 こんしまちゃん九点、鵜狩くん六点、アヤメ二点。

 合計は十七点だけど、くしくも評価者によって点数が分かれた結果となった。


 ポーズに動きを採用し、かつ道具を利用するという発想は充分(じゅうぶん)に評価すべきポイントだ。


 が、立ち姿としてはありきたり。

 心にビビッとくるかと言われれば、確かに(きび)しめな判定がくだされても()()()()()()


 ここで一巡目(いちじゅんめ)の最後を(むか)える。

 すなわちアヤメの番……!


 ほかの三人のようにアヤメもイスから立つ。

 前髪(まえがみ)を軽くかき上げてから考える。


(たとえば電車で立つことになったとき……)


 具体的な場面を想定してイメージをふくらませる。


(人はどんな姿勢をとるのが正解なんだろう。両手をピンと伸ばして太ももの側面に当てる……ひじを曲げた状態で左右の手を(こし)に当てる……手を後ろに回す……体の前面で両手を重ねる……腕組みする……ポケットに手を()っ込む……カバンのヒモを(にぎ)り締める……スマートフォンといった道具を持つのもアリだけど片手だけを使用する場合、もう片方の手をどうするかという問いも発生する……つり革などにつかまった場合も同様……)


 (くち)には出さない。

 分析(ぶんせき)した情報を対戦相手に話せば利敵行為(こうい)になるからだ。


(とくに満員電車のときはスリとかに間違(まちが)われないためにスマートフォンやカバンのヒモ、つり革あたりを利用するのが無難になる。おそらく()き手でスマートフォンを持ち、もう片方の手でつり革をつかむのがベスト。手をピンと伸ばしたり手を後ろに回したりするのはなんとなく(えら)い人の話を聞くときにやる感じがするし……前面で両手を重ねるとかしこまっている印象を(あた)える……ひじを曲げて腰に手を当てたりポケットに手を()れたり腕を組んだりすることに関しては「偉そう」と感じる人もいるはずだよね……それ以前にポケットや後ろといった死角に手をやると武器を(かく)し持っているのではという疑いを誘発(ゆうはつ)するおそれもある)


 ビビッとポイント獲得のために必要な視点を整理する。


(だから理想的な直立時の姿勢についてだいたいの人の答えは一致(いっち)すると思う。もしかすればここに息苦しさを感じることもあるかもしれない……とすると、心にビビッとくる立ち姿を追求するには、この閉塞感(へいそくかん)()ち破る発想が必要不可欠なんじゃ……? とはいえあまりにも常識から逸脱(いつだつ)すれば……つまり奇抜(きばつ)すぎる体勢で他者に不安を与えたり腕を広げまくって周囲の人の邪魔(じゃま)になるポーズをとったりすれば()()()()()を買う。よって外しすぎることもできない……これを()まえて勝てるポーズは……!)


 両手の無聊(ぶりょう)をなぐさめるときに(たの)もしい相方(あいかた)――スマートフォンやつり革などがない場合どうすべきかをアヤメは考える。

 座っている場合は手をひざに置くという安定の技を使用できるが、立っている場合は両手の置き場所の選定難度が()()がる……ッ!


(これは(ふた)つの足で歩けるようになった人間の代償(だいしょう)……わたしたちは立っている限り、一生涯(いっしょうがい)両手のやり場に()り回されることになる……)


 ――などという、そんな哲学的(てつがくてき)なことも考える……っ!


 歩いているときは両腕を振ればいい。

 けれど立ち()まったときは腕を振る口実(こうじつ)を失う。


(いっそ、だれかと手を握り合うのは? いや、仲のいい相手じゃないと通用しない)


 このように考えると直立姿勢において両手をどうするかというのは、とても深い問題なのかも……?


 演説やプレゼンをする人がマイクを持ったり手を置ける台を用意したりジェスチャーをおこなったりするのも、この「立っているときに両手をどうすればいいか問題」が関係しているからじゃないかとアヤメは思った。


「アヤメちゃん……だいじょうぶ……?」


 こんしまちゃんが心配そうにアヤメを見つめる。

 鵜狩くんと見藤くんも同じ表情だ。


 長い分析を経て、アヤメの意識は現実に戻った……!


「ご、ごめん。ちょっと考えちゃってて」


 もはや問題が奥深(おくぶか)すぎて両腕を(しば)ることすら選択肢(せんたくし)(はい)ってくる勢いだ。


(手のかたちがグーだとパンチしようとしているみたい? チョキだと目つぶし? つかみかかる感じがするから手の平は外側に向けたらいけない? 腕を広げたらだれかに当たる? かといって腕をまとめすぎたら警戒(けいかい)している感じ丸出しで(いや)がられる? 手をフリーにしすぎても逆に警戒される? 制約が多すぎる……)


 こうやって考えに考え抜いてアヤメの出した答えは――。


 わきをギュッと締め、両ひじを曲げる……!

 前腕を上腕に限りなく近づけた。


 それから右手の平を自分の右肩に、左手の平を左肩に載せて軽くつかむ。


(正直……道具を持っていないときの立ち方はこれしかない……初見だと変に思われるかもしれないけれど、世の中のみんながこの立ち方を採用すれば違和感はなくなるはず……んー、でもあんまりラクな姿勢ではないような……これなら両手をちょっと丸めてダラリと垂らしたいなあ。右手を右わきに、左手を左わきに差し込むのもいいかも)


 結果、アヤメに与えられたビビッとポイントはいくらだったか。

 こんしまちゃん四点、鵜狩くん三点、見藤くん六点。合計十三点……!


 思ったよりも点数が伸びなかった。


 おそらく、こんしまちゃんと鵜狩くんはちょっと苦しそうなアヤメの心を読み取って心配したのだろう。

 見藤くんの点数が相対的(そうたいてき)に高くなっているのは、アヤメが検討に検討を重ねて導き出したポーズであることを見抜いたからだと思われる。


 みんなは今までのポーズを維持(いじ)したまま、ぽつりぽつりと(くち)にする。


二巡目(にじゅんめ)はもっと自由にやってみよう……」


 どうやら考えすぎていたのはアヤメだけじゃなかったようだ。見藤くんも鵜狩くんもこんしまちゃんも普段(ふだん)当たり前にやっていることを振り返ったせいで混乱していたらしい……!


 みんなは腕をダラリと垂らし、もう一度(いちど)着席した。


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


 立ちバトルの優勝を決める際に参照するビビッとポイントは一回目と二回目の合計得点じゃない。

 二回の結果のうち、より高いほうの点数である。


 今度はアヤメから時計回りで番を回す。

 もう考えすぎるのはやめようと決意したアヤメは立ち、両腕を勢いよく持ち上げた。


(今はまわりに気をつかわなきゃいけない人がいるわけでもないし、いろいろ気にしてもビビッとポイントは増えたりしない)


 さっきの「自由にやってみよう」発言から察するに、みんなの評価基準も変わっているはずだ。

 アヤメは両手をパーにする。


 左わきをゆるく締め、右わきを大きくあけて右ひじを上げる。 

 両手の平を顔面に向けたまま右手首を左下に(たお)す。


 ついで下になった左手と上になった右手の人差し指・中指同士の先端(せんたん)をくっつける。

 親指・薬指・小指はくっつけないが力を込めてピンと張る。


 薬指と小指は手前方向にかたむき、親指は向かって左を指し、くっついた人差し指と中指はやや前方に飛び出す。


 この手自体を少しだけ前に出す。右ひじは軽く伸び、左ひじはゆるく曲がっている状態だ。

 人差し指と中指のあいだにできた縦のひし形を(くち)と同じくらいの高さでキープしたあと、首を左にかたむけてそのひし形に左右の視線が入るようにする。


 アヤメはその体勢で見藤くん・鵜狩くん・こんしまちゃんにひし形を向け、それぞれ一回(いっかい)ずつほほえんでみせた。なんか()ずかしかったから、顔も赤くなったけど……。


 結果は――。

 見藤くんが十点、鵜狩くんが十点、こんしまちゃんが十点だった。


 オリジナリティだけでなく、のびのびとポーズをとったことも評価されたのだろう。

 アヤメの表情が、どこかツヤっぽかったのもよかったのかもしれない……!


 確かに電車内などでは適切な立ち姿とは言えない。

 でもこれは一番(いちばん)心にビビッとくる立ち方を競う立ちバトル……!


(やったあ! あれだけ考えて失敗したあとで満点。あー、アヤメうれしいなっ!)


 思わず心のなかでもとの一人称(いちにんしょう)()れるほどの喜びようだった。

 アヤメはそのポーズのひし形を通して見藤くんの立ち姿を見届ける……ッ!


 見藤くんはひじをわきに近づけたあと、左右の手それぞれをコの字にした。

 親指と人差し指の側面を見た場合、手のかたちがカタカナのコのように映るのである。


 前腕を持ち上げ、人差し指から小指までの腹を自分に向ける。

 それから見藤くんの右手が左に動き、左の親指の斜め前をつまむ仕草をする。


 つまんだかたちの右手をもとの場所に戻し、親指の位置をそのままにして人差し指以下をやや回り込むようにして親指から離す。


 しかも見藤くんの目も縦に動いている。

 上から下に()くスピードよりも下から上に行くスピードのほうが速い。


 顔面も微妙(びみょう)に右から左に動き、つまむ仕草のあとはまた顔面の位置を右に持っていく。

 リアルの本がないにもかかわらず、読書しているのだとハッキリ分かった。


 さらにコの字をやめて両手の平を向かい合わせて近づける。

 心のなかで、パタリと閉じた(おと)がした。


 ビビッとポイントは、アヤメ十点・鵜狩くん十点・こんしまちゃん十点であった……ッ!

 採点ガバガバになってない? と思わないでもないけれど、みんな公平にジャッジしたつもりだ。


 見藤くんについては一巡目(いちじゅんめ)の動きをさらに複雑・精密(せいみつ)にしていたから評価されたのではないか……?

 複雑ではあるけれど無駄な動きはいっさいなく、そこに技術点のようなものがプラスされたと見ることができる。


 さて立ちバトルもそろそろ終焉(しゅうえん)……ッ!


 鵜狩くんはわきをひらき、左右の前腕を鎖骨(さこつ)と同じ水平面に倒した。

 左手の(こう)胴体(どうたい)からこぶし二個分だけ(はな)し、自分に向ける。


 ついで右手の平を自分に向けた状態で、自分の左手と握手させる。

 右親指と人差し指の(また)に左小指の付け根が、左親指と人差し指の股に右人差し指の第二関節が当たるかたちだ。


 ひとりで握手したまま、前腕同士を外側に引っ張る。

 背筋(せすじ)を伸ばし、あごを引き、きれいな直立姿勢をとる。


 評価はアヤメ十点・見藤くん十点・こんしまちゃん十点だった。

 これで三十点。同率一位(いちい)三人……ッ!


 直立そのものに一片(いっぺん)(すき)もなかったのは評価点だけど……。

 セルフ握手というシンプルだけどなかなか思い付かないアイデアに、ポーズ全体の見た目の美しさも申し分なかった。


 ラストはこんしまちゃん……っ!


 こんしまちゃんは両わきを鋭角(えいかく)にし、左右のこぶしを握り締めた……!

 左のほうが右よりも前に出ている。


「どうかな……(まね)(ねこ)……」


 でも両のこぶしの……親指と人差し指を丸めたときにできる渦巻(うずま)きは上を向いていた。

 これは立派なファイティングポーズに見える……!


 それに気づいてこんしまちゃんは(あわ)ててこぶしを倒す。


「しまった……ケンカ上等だよ~って感じだったね……」


 親指と人差し指による渦巻きを内側に向ける。

 でもその際、手をひらいちゃったので「うらめしや~」のポーズになった。


「またしまった……オバケみたい」


 そんなこんしまちゃんをひし形のあいだから見てアヤメは小さくほほえんだ。

 本を読むジェスチャーをしながら見藤くんも、セルフ握手を続けている鵜狩くんも優しく笑う。


「これは無限点だね」


 そう評価した鵜狩くんに、十一段階評価はどうなったというツッコミを入れずに残り二人もうなずく。

 こんしまちゃんは照れつつも、あらためて軽くこぶしを作って招き猫みたいになった。


「にゃん……なんてね」


 相変わらず(そと)()り続けている雨は堂々としているけれど、恥ずかしがりながら両手のやり場に困っているみんなの立ち姿もまた悪くないものかもしれない。


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:七回(累計(るいけい)二百七回)

次回「第四十九週 倒れてしまった!(月・火・水・木・金曜日)」に続く!(五月十五日(金)午後七時ごろ更新)

いつもお読みいただきありがとうございます。評価やブクマ等も励みになります!


それにしても人によって立ち方にもいろいろ個性があるのかもしれませんね~。

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