第四十八週 両手のやり場に困ってしまった!(木曜日)
一週間に一度は「しまった」と口にする女子高生・紺島みどりは一日のうちに何度も立ったり座ったりする。
それ自体はとくにめずらしいことじゃない。
無意識にくりかえす行動の一環だ。
ただ……口癖もそうなんだけど一度意識し始めると「……あれ? 普段自分はどんなふうに立ったり座ったりしてたっけ?」という疑問が脳裏にむらむらと湧いてくる。
今回はそんな自分を振り返るお話だ……!
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
木曜日の昼休み。場所は高校の教室。
そぼ降る雨を見つめ、こんしまちゃんがぽつりと言った。
「雨って堂々としてるよね……」
「そうだな、見習うべきところも多いかもしれない」
右隣の席に座る男の子・鵜狩慶輔くんがうなずいた。
そんな二人の会話を聞いたアヤメこと菖蒲佳代子さんが、こんしまちゃんの左前の席から言葉を引き取る……っ!
「堂々としてるって具体的にどんな感じ?」
「こんな感じ……」
こんしまちゃんが立ち上がり、両腕を斜めに挙げた。
アヤメは首をひねる。
「……傘?」
「しまった……もっと分かりやすく表現するね……」
両ひじを曲げ、上腕を真横に、前腕を真上に向けるこんしまちゃん……!
「伝わった……?」
「熱意だけは」
「わ、しまった……」
見慣れない体勢のままこんしまちゃんが固まる……ッ!
ここで、こんしまちゃんの一つ前の席に座る男の子がイスを引いて振り向いた。
「おもしろい立ち方だな」
大きな舌を見せながらそう言ったのは、クラスメイトの見藤幸也くん……!
彼はたった今、学食から戻ってきたのだ。
「どういう経緯でそうなっているかは見当がつかないが、ポーズの研究でもしてたのか」
見藤くんは鵜狩くん・こんしまちゃん・アヤメへと順に目をやった。
「確かに世の中にはいろんな立ち方があるようだし、検討するのも楽しそうだ。なあ菖蒲」
「あ……う、うん。だね」
戸惑いながら返事をするアヤメ。
二年生になってある程度はクラスメイトとの距離が縮まってきたものの、まだまだアヤメは本来一学年下のみんなにコンプレックスをいだいている。
友達の一人である矢良みくりさんは現在保健室。
自分の名字を呼んだ男の子に対してちょっとアヤメはおびえていた。
とはいえこんしまちゃんに鵜狩くんという友達もそばにいるので、少しは勇気を出せそうな感じもする。
別に、無理に仲よくする必要はないと思う。
同時に、無理に仲よくしない必要もないとも思うのだ……ッ!
「そうだ……勝負しない?」
アヤメが見藤くんだけでなくこんしまちゃんと鵜狩くんにも視線を向ける……!
ルールはアヤメオリジナル……と言いかけたが、自分をアヤメと呼ばない見藤くんがいることを考えてその言葉を飲み込んだ。
「立ちバトル。一番心にビビッとくる立ち方をした人が優勝。ただし今回は長くなりすぎないように、動かせるのは両腕だけという制約を設けるの」
「腕以外のポーズはどうするんだ、アヤメ」
鵜狩くんが当然の質問をぶつけた……っ!
それを想定していたようで、アヤメはすぐに返答する。
「普通の直立姿勢で統一しよう」
ついでぎこちない笑顔を見藤くんに向ける……!
「見藤くんも一緒にやろっか」
「オレも?」
すぐには答えず、自分が参加すべきか慎重に検討する見藤くん……っ!
このあと鵜狩くんとこんしまちゃんも「やろう」とさそってきたので、見藤くんは「ここはことわるべきじゃない」という判断をくだした。
「よし、その立ちバトル……乗った」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
「ところでこんしまちゃん」
アヤメがイスを右後ろに向ける。
「……そのポーズ疲れない?」
「し、しまった……とくね」
真上にやっていた前腕を下ろし、イスに座りなおすこんしまちゃん……!
気を取り直して、まずは前哨戦……っ!
ルールを理解するため、立ちバトル本番の前にイスに座った状態で模擬戦をおこなう。
両腕だけを動かし、一番心にビビッとくるポーズを作るのだ。
勝負を提案したアヤメがトップバッターを務める……ッ!
見藤くん・鵜狩くん・こんしまちゃんが見守るなかアヤメの両手がすーっと動く。
アヤメはひざに両手を載せた。
スカート越しに太ももを押さえる。
だがアヤメは逡巡した。
両手は重ねるべきなのか重ねないべきなのか、重ねるとしたら右と左のどちらを上にすればいいのか、手のかたちはグーかパーか……などなど。
普段は自然にやっていても、あらためて考えると正解が分からぬ……!
(確かにビジネスマナーとしては答えがあるのかもしれない。といってもこのバトルは正しい姿勢を競うものじゃない。あくまで心にビビッとくるポーズをとることが肝要。だったら……)
アヤメは手首をクロスさせた……ッ!
右手首を左手首の上に置き、左の太ももを右手で、右の太ももを左手で押さえた格好……!
パッと見たところ普通だけど、よく観察したらどこか奇妙なところがある。
「ど、どう……?」
ジャッジを求めるアヤメ。
ほかの三人は「ビビッとポイント」を提示する……!
ビビッとポイントとは、心にビビッときた度合いを数値化したもの。
今回はゼロから十までの十一段階評価を採用する。
このポイントの合計値がもっとも高い者が優勝をつかみ取る運びとなる……ッ!
個人のフィーリングに委ねているのでわりと適当だけど、まあその雑さも含めて楽しむ感じだ。
見藤くんは七点、鵜狩くんは八点、こんしまちゃんは八点を提示した。
その合計得点は二十三点……!
一方で小学校からの友達ということもあって鵜狩くんとこんしまちゃんの自分に対する評価が甘めなんじゃないかとアヤメは疑う。
「あの、鵜狩くんにこんしまちゃん。もっとガチで採点していいよ」
「だいじょうぶ。すでにガチだから」
鵜狩くんはツリ目を優しく細めた。
こんしまちゃんも、ふふっと笑う……!
「当然わたしも……。これは血で血を洗う勝負だからね……」
大げさではあるけれど、友達相手にもけっしてひいきしないという意味合いは伝わる。
さらにいつぞやの食レポ・ポエム・デスマッチのときのようにスリーポイントレビューを挟もうとした鵜狩くんだったが、テンポよく進めるべく彼の提案はアヤメによって却下された。
アヤメの次は時計回りで見藤くんの番になる。
なおアヤメは手首をクロスさせたポーズをなんとなく継続している……!
そんなふうに座るアヤメをちらりと見て、見藤くんが肩を上下させた。
「前哨戦とはいえ、オレも手を抜くわけにはいかないな」
見藤くんは両の指をからませる……!
左右の指の根もとをグッとくっつけたかたちだ。
これで終わりかと思いきや、組み合わされた二つの手の平をうなじに持っていく。
加えて両ひじを前方に突き出し、動きをとめた。
対するほかの三人の判定は――。
アヤメが六点、鵜狩くんが九点、こんしまちゃんが八点だった。
よって見藤くんの合計得点は二十三点……! アヤメと並んだ。
次は鵜狩くんのターン……!
左腕をまっすぐ前に伸ばし、そのひじの内側に右中指を当てた。
右腕はカタカナの「フ」のかたちで水平を保っている……っ!
アヤメも見藤くんもほぼシンメトリーのポーズだったけど、ここで鵜狩くんが左右非対称の体勢をとったことで戦局が動くやもしれぬ……ッ!
結果はアヤメ四点、見藤くん六点、こんしまちゃん七点。
合計点は十七点……! ポーズの芸術性よりも近くの人に手が当たったりするんじゃないかと心配されたために点数を伸ばせなかったのだと思われる……ッ!
さて前哨戦最後にこんしまちゃんの番が回ってきた。
「とっておきを披露するよ……」
こういう自分の技を見せ合う勝負においては、ほかの人の技を見極めておのれの技を選定する時間があるぶん後攻のほうが有利かもしれない。
ただし後攻にもデメリットはある。
ほかの人の技と比べられるプレッシャーは軽視できない。そして自分がやろうと思っていた技を先にやられた場合、予定の変更を余儀なくされる。
プレッシャー自体は感じていないが、本来こんしまちゃんは見藤くんとまったく同じポーズをとろうと計画していた。
でも偶然かぶったとはいえ、さすがに同じポーズを見せつけるわけにはいかない……!
ゆえにこんしまちゃんは心の奥に秘めていた「とっておき」のカードを切ることにしたのだ。
肩を回したあと、両腕を後ろにやる。
手をやや丸めて内側に向けたまま、背中側に持ってきた腕を持ち上げた……!
前傾姿勢になるも、腕は肩よりも上には上がらなかった。
ぷるぷるしながらこんしまちゃんがジャッジを待つ。
アヤメ二点、見藤くん四点、鵜狩くん六点という結果だった。
獲得した得点は十二点……! 四人のなかで最下位だ。
「……しまった、よく考えれば座っている感じじゃなかったもんね」
「ちなみに鵜狩くん、かわいいかで点数つけたら?」
フォローの意味も込めてか、アヤメが聞いた。
鵜狩くんはノータイムで断言する。
「無限点」
「それを言うなら鵜狩くんのポーズも無限点だよ……とってもかっこいいよ」
こんしまちゃんも、点数が伸びなかった鵜狩くんにそんな言葉をかけた。
真剣勝負においては私情を抜きにして点数をつけるけれど、自分の気持ちを最優先にしたら好きな人相手の採点があまあまになってもおかしくない……ッ!
見藤くんは大きい舌をちらちら見せながら笑っている。
こういうわけで、二十三点を獲得したアヤメと見藤くんが同率一位になった。
ただし、これは座った状態でおこなった前哨戦にすぎない。
真の立ちバトルの戦いは、直立した姿勢で実施される……!
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
四人はポーズを通常のものに戻す。
まずはこんしまちゃんが起立……っ!
さっきの前哨戦ではアヤメから時計回りに順番を渡していったので、立ちバトル本番一巡目ではこんしまちゃんから反時計回りでターンを回す……!
昼休みの残り時間を考慮して、本番は二巡まで。
まあしかし両腕だけを使えるポーズ対決なんだけど、いざ立ち姿を考え始めると深みにはまる。
……いわゆる「立っているときに両手をどうすればいいか問題」だ。
四つ足で生きる動物であれば後ろ足に合わせて前足も地面につければいい。
でも二足歩行をする人間は直立した姿勢において両手を接地させることが難しい。
ゆえに立っているときの人の手は基本的にブラブラしていることになる。
どこにも落ち着いていない不安定な状態にあるのだ……っ!
この両手をどうするかが問題……! なまじ自由に動かせる手であるからこそ処理に困る。
手をなんとかしなければ自分を落ち着かせることもできないし、またそれを見ているだれかの心もまたそわそわしてしまう。
以上の命題についてこんしまちゃんは、どのような回答を見せるのか……?
こんしまちゃんはわきを締めた。
右手にグーを作り、左手をチョキのかたちにする。
両の手首を内側に曲げ、グーとチョキを向かい合わせる……ッ!
「ひとりじゃんけんだよ……楽しい」
パーも組み合わせると、ほかにもさまざまなバリエーションが想像できる。
果たしてビビッとポイントは――。
私情を廃した鵜狩くんが三点、見藤くんが四点、アヤメが二点。
三十点満点中合計九点……ッ!
「しまった……心にビビッとくるには弱かったね……」
容赦ない評価がくだされたのは、立ち姿として違和感があったからだろう。
確かに立っているときにひとりじゃんけんをする権利はすべての人に保障されなければいけない……!
しかし、その立ち姿における中心はあくまで「じゃんけん」だ。じゃんけんが主役になってしまい、肝心の立ち姿がサブに回ってしまっているのだ……ッ!
反時計回りで鵜狩くんにターンを渡すこんしまちゃん。
おもむろに立つ鵜狩くん……っ!
鵜狩くんは右手を後頭部に添え、左手を頭頂部とおでこのあいだに置いた。
左前腕部は垂直で、右前腕部は水平である。
しかも左腕を両目が挟んでいる状態……!
両手を使った鵜狩くんの立ち姿に対する判定は――。
こんしまちゃんが二点、見藤くんが一点、アヤメがゼロ点であった。合計ビビッとポイントは三点。
「うっかりしてた。確かにこれだと頭が痛い人だな」
無駄にスタイリッシュにも見えるところが点数を落とした可能性もある。
もちろん人によっては「ええやん」とか「なんでこれが十点じゃないの」とか思ったりもするはずだ。こんしまちゃんも本当は無限点をあげたいけど、ここは心を鬼にする……!
続いて見藤くんが立ち上がった。
左手をダラリと下げ、わきを締めたまま右手の平を顔に近づける。
手首を左に倒して四本の指の手前で親指を上下左右に動かす。
これは動きのあるポーズ。
しかも……見える。なにも持っていなくても、見藤くんがスマートフォンを操作しているのが見える……!
自由の刑に処されている両手を落ち着かせるために「道具」を持つのは鉄板中の鉄板……ッ!
しかも右手をふさぐとダラリと垂らした左手までなんかふさがったような気がする。たぶん……!
なかなか鋭い部分を攻めてきた見藤くん……っ!
ジャッジは……?
こんしまちゃん九点、鵜狩くん六点、アヤメ二点。
合計は十七点だけど、くしくも評価者によって点数が分かれた結果となった。
ポーズに動きを採用し、かつ道具を利用するという発想は充分に評価すべきポイントだ。
が、立ち姿としてはありきたり。
心にビビッとくるかと言われれば、確かに厳しめな判定がくだされてもやむを得ない。
ここで一巡目の最後を迎える。
すなわちアヤメの番……!
ほかの三人のようにアヤメもイスから立つ。
前髪を軽くかき上げてから考える。
(たとえば電車で立つことになったとき……)
具体的な場面を想定してイメージをふくらませる。
(人はどんな姿勢をとるのが正解なんだろう。両手をピンと伸ばして太ももの側面に当てる……ひじを曲げた状態で左右の手を腰に当てる……手を後ろに回す……体の前面で両手を重ねる……腕組みする……ポケットに手を突っ込む……カバンのヒモを握り締める……スマートフォンといった道具を持つのもアリだけど片手だけを使用する場合、もう片方の手をどうするかという問いも発生する……つり革などにつかまった場合も同様……)
口には出さない。
分析した情報を対戦相手に話せば利敵行為になるからだ。
(とくに満員電車のときはスリとかに間違われないためにスマートフォンやカバンのヒモ、つり革あたりを利用するのが無難になる。おそらく利き手でスマートフォンを持ち、もう片方の手でつり革をつかむのがベスト。手をピンと伸ばしたり手を後ろに回したりするのはなんとなく偉い人の話を聞くときにやる感じがするし……前面で両手を重ねるとかしこまっている印象を与える……ひじを曲げて腰に手を当てたりポケットに手を入れたり腕を組んだりすることに関しては「偉そう」と感じる人もいるはずだよね……それ以前にポケットや後ろといった死角に手をやると武器を隠し持っているのではという疑いを誘発するおそれもある)
ビビッとポイント獲得のために必要な視点を整理する。
(だから理想的な直立時の姿勢についてだいたいの人の答えは一致すると思う。もしかすればここに息苦しさを感じることもあるかもしれない……とすると、心にビビッとくる立ち姿を追求するには、この閉塞感を打ち破る発想が必要不可欠なんじゃ……? とはいえあまりにも常識から逸脱すれば……つまり奇抜すぎる体勢で他者に不安を与えたり腕を広げまくって周囲の人の邪魔になるポーズをとったりすればひんしゅくを買う。よって外しすぎることもできない……これを踏まえて勝てるポーズは……!)
両手の無聊をなぐさめるときに頼もしい相方――スマートフォンやつり革などがない場合どうすべきかをアヤメは考える。
座っている場合は手をひざに置くという安定の技を使用できるが、立っている場合は両手の置き場所の選定難度が跳ね上がる……ッ!
(これは二つの足で歩けるようになった人間の代償……わたしたちは立っている限り、一生涯両手のやり場に振り回されることになる……)
――などという、そんな哲学的なことも考える……っ!
歩いているときは両腕を振ればいい。
けれど立ち止まったときは腕を振る口実を失う。
(いっそ、だれかと手を握り合うのは? いや、仲のいい相手じゃないと通用しない)
このように考えると直立姿勢において両手をどうするかというのは、とても深い問題なのかも……?
演説やプレゼンをする人がマイクを持ったり手を置ける台を用意したりジェスチャーをおこなったりするのも、この「立っているときに両手をどうすればいいか問題」が関係しているからじゃないかとアヤメは思った。
「アヤメちゃん……だいじょうぶ……?」
こんしまちゃんが心配そうにアヤメを見つめる。
鵜狩くんと見藤くんも同じ表情だ。
長い分析を経て、アヤメの意識は現実に戻った……!
「ご、ごめん。ちょっと考えちゃってて」
もはや問題が奥深すぎて両腕を縛ることすら選択肢に入ってくる勢いだ。
(手のかたちがグーだとパンチしようとしているみたい? チョキだと目つぶし? つかみかかる感じがするから手の平は外側に向けたらいけない? 腕を広げたらだれかに当たる? かといって腕をまとめすぎたら警戒している感じ丸出しで嫌がられる? 手をフリーにしすぎても逆に警戒される? 制約が多すぎる……)
こうやって考えに考え抜いてアヤメの出した答えは――。
わきをギュッと締め、両ひじを曲げる……!
前腕を上腕に限りなく近づけた。
それから右手の平を自分の右肩に、左手の平を左肩に載せて軽くつかむ。
(正直……道具を持っていないときの立ち方はこれしかない……初見だと変に思われるかもしれないけれど、世の中のみんながこの立ち方を採用すれば違和感はなくなるはず……んー、でもあんまりラクな姿勢ではないような……これなら両手をちょっと丸めてダラリと垂らしたいなあ。右手を右わきに、左手を左わきに差し込むのもいいかも)
結果、アヤメに与えられたビビッとポイントはいくらだったか。
こんしまちゃん四点、鵜狩くん三点、見藤くん六点。合計十三点……!
思ったよりも点数が伸びなかった。
おそらく、こんしまちゃんと鵜狩くんはちょっと苦しそうなアヤメの心を読み取って心配したのだろう。
見藤くんの点数が相対的に高くなっているのは、アヤメが検討に検討を重ねて導き出したポーズであることを見抜いたからだと思われる。
みんなは今までのポーズを維持したまま、ぽつりぽつりと口にする。
「二巡目はもっと自由にやってみよう……」
どうやら考えすぎていたのはアヤメだけじゃなかったようだ。見藤くんも鵜狩くんもこんしまちゃんも普段当たり前にやっていることを振り返ったせいで混乱していたらしい……!
みんなは腕をダラリと垂らし、もう一度着席した。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
立ちバトルの優勝を決める際に参照するビビッとポイントは一回目と二回目の合計得点じゃない。
二回の結果のうち、より高いほうの点数である。
今度はアヤメから時計回りで番を回す。
もう考えすぎるのはやめようと決意したアヤメは立ち、両腕を勢いよく持ち上げた。
(今はまわりに気をつかわなきゃいけない人がいるわけでもないし、いろいろ気にしてもビビッとポイントは増えたりしない)
さっきの「自由にやってみよう」発言から察するに、みんなの評価基準も変わっているはずだ。
アヤメは両手をパーにする。
左わきをゆるく締め、右わきを大きくあけて右ひじを上げる。
両手の平を顔面に向けたまま右手首を左下に倒す。
ついで下になった左手と上になった右手の人差し指・中指同士の先端をくっつける。
親指・薬指・小指はくっつけないが力を込めてピンと張る。
薬指と小指は手前方向にかたむき、親指は向かって左を指し、くっついた人差し指と中指はやや前方に飛び出す。
この手自体を少しだけ前に出す。右ひじは軽く伸び、左ひじはゆるく曲がっている状態だ。
人差し指と中指のあいだにできた縦のひし形を口と同じくらいの高さでキープしたあと、首を左にかたむけてそのひし形に左右の視線が入るようにする。
アヤメはその体勢で見藤くん・鵜狩くん・こんしまちゃんにひし形を向け、それぞれ一回ずつほほえんでみせた。なんか恥ずかしかったから、顔も赤くなったけど……。
結果は――。
見藤くんが十点、鵜狩くんが十点、こんしまちゃんが十点だった。
オリジナリティだけでなく、のびのびとポーズをとったことも評価されたのだろう。
アヤメの表情が、どこかツヤっぽかったのもよかったのかもしれない……!
確かに電車内などでは適切な立ち姿とは言えない。
でもこれは一番心にビビッとくる立ち方を競う立ちバトル……!
(やったあ! あれだけ考えて失敗したあとで満点。あー、アヤメうれしいなっ!)
思わず心のなかでもとの一人称が漏れるほどの喜びようだった。
アヤメはそのポーズのひし形を通して見藤くんの立ち姿を見届ける……ッ!
見藤くんはひじをわきに近づけたあと、左右の手それぞれをコの字にした。
親指と人差し指の側面を見た場合、手のかたちがカタカナのコのように映るのである。
前腕を持ち上げ、人差し指から小指までの腹を自分に向ける。
それから見藤くんの右手が左に動き、左の親指の斜め前をつまむ仕草をする。
つまんだかたちの右手をもとの場所に戻し、親指の位置をそのままにして人差し指以下をやや回り込むようにして親指から離す。
しかも見藤くんの目も縦に動いている。
上から下に行くスピードよりも下から上に行くスピードのほうが速い。
顔面も微妙に右から左に動き、つまむ仕草のあとはまた顔面の位置を右に持っていく。
リアルの本がないにもかかわらず、読書しているのだとハッキリ分かった。
さらにコの字をやめて両手の平を向かい合わせて近づける。
心のなかで、パタリと閉じた音がした。
ビビッとポイントは、アヤメ十点・鵜狩くん十点・こんしまちゃん十点であった……ッ!
採点ガバガバになってない? と思わないでもないけれど、みんな公平にジャッジしたつもりだ。
見藤くんについては一巡目の動きをさらに複雑・精密にしていたから評価されたのではないか……?
複雑ではあるけれど無駄な動きはいっさいなく、そこに技術点のようなものがプラスされたと見ることができる。
さて立ちバトルもそろそろ終焉……ッ!
鵜狩くんはわきをひらき、左右の前腕を鎖骨と同じ水平面に倒した。
左手の甲を胴体からこぶし二個分だけ離し、自分に向ける。
ついで右手の平を自分に向けた状態で、自分の左手と握手させる。
右親指と人差し指の股に左小指の付け根が、左親指と人差し指の股に右人差し指の第二関節が当たるかたちだ。
ひとりで握手したまま、前腕同士を外側に引っ張る。
背筋を伸ばし、あごを引き、きれいな直立姿勢をとる。
評価はアヤメ十点・見藤くん十点・こんしまちゃん十点だった。
これで三十点。同率一位三人……ッ!
直立そのものに一片の隙もなかったのは評価点だけど……。
セルフ握手というシンプルだけどなかなか思い付かないアイデアに、ポーズ全体の見た目の美しさも申し分なかった。
ラストはこんしまちゃん……っ!
こんしまちゃんは両わきを鋭角にし、左右のこぶしを握り締めた……!
左のほうが右よりも前に出ている。
「どうかな……招き猫……」
でも両のこぶしの……親指と人差し指を丸めたときにできる渦巻きは上を向いていた。
これは立派なファイティングポーズに見える……!
それに気づいてこんしまちゃんは慌ててこぶしを倒す。
「しまった……ケンカ上等だよ~って感じだったね……」
親指と人差し指による渦巻きを内側に向ける。
でもその際、手をひらいちゃったので「うらめしや~」のポーズになった。
「またしまった……オバケみたい」
そんなこんしまちゃんをひし形のあいだから見てアヤメは小さくほほえんだ。
本を読むジェスチャーをしながら見藤くんも、セルフ握手を続けている鵜狩くんも優しく笑う。
「これは無限点だね」
そう評価した鵜狩くんに、十一段階評価はどうなったというツッコミを入れずに残り二人もうなずく。
こんしまちゃんは照れつつも、あらためて軽くこぶしを作って招き猫みたいになった。
「にゃん……なんてね」
相変わらず外で降り続けている雨は堂々としているけれど、恥ずかしがりながら両手のやり場に困っているみんなの立ち姿もまた悪くないものかもしれない。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:七回(累計二百七回)
次回「第四十九週 倒れてしまった!(月・火・水・木・金曜日)」に続く!(五月十五日(金)午後七時ごろ更新)
いつもお読みいただきありがとうございます。評価やブクマ等も励みになります!
それにしても人によって立ち方にもいろいろ個性があるのかもしれませんね~。




