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第四十五週 四人で将棋を指してしまった!(月曜日)

 紺島(こんしま)みどり――こんしまちゃんは将棋(しょうぎ)やチェスをやったことがほとんどない。


 興味がないわけじゃない。

 ただ、ふれる機会がなかった。


 今回はそんなこんしまちゃんが友達と将棋を指す話である……ッ!


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 月曜日の昼休み。

 お弁当を食べ終わったあと、こんしまちゃんの友達のアヤメがこんなことを言った。


「みんな、ちょっと勝負しない?」


 こんしまちゃんだけでなく、一緒(いっしょ)にお弁当を食べていた矢良(やら)さんと鵜狩(うかり)くんにも視線を向ける……!


()()()()()()将棋を指そう」


 そう提案して自分のカバンから将棋盤(しょうぎばん)を取り出す。

 ただし、なんかデカい(ばん)だ。


 ここで鵜狩くんとこんしまちゃんが(たが)いに(つくえ)をくっつける。


「アヤメちゃん……よかったら、ここ置いて……」

「ありがと。こんしまちゃん、鵜狩くん」


 お礼を述べ、アヤメが将棋盤を二人(ふたり)の机にまたがるようにそっと()せた。

 その将棋盤は十五かける十五マスの正方形であった。


 四人は自分のイスを机に引き寄せる。

 こんしまちゃんから時計回りに矢良さん・鵜狩くん・アヤメの順に盤を囲んでいる状態だ。


 いぶかしげにこんしまちゃんが盤をのぞく……!


「あれ……将棋盤ってこんなに大きいの……?」

「いやこれは四人用なんだよ」


 コマの入った箱をひっくり返し、アヤメが説明する。


「四人で将棋するために盤が大きくなってるわけ」


 ついでアヤメは四人将棋を受けるかどうかをこんしまちゃん・鵜狩くん・矢良さんに聞いた。


 三人とも(こころよ)くうなずいた。

 ただし全員、将棋をやったことはほとんどないとも答える。


 アヤメは盤上(ばんじょう)でコマの山を(くず)す。


「わたしも将棋はあんまりやったことないかな。このマスの数が多い将棋盤は親戚(しんせき)の人がうちの家族に(ゆず)ってくれたものなんだ。なんでも親しくしていた人が死んじゃってその遺品(いひん)を整理してたら見つけたんだって。そんなことがあって……なんとなく遊んでみようかなと思って学校に持ってきたの」


 それから右人差し指で盤のカドをたたく。


「で、四人将棋のルールなんだけど……盤に(はさ)まっていたメモによると四隅(よすみ)それぞれの三かける三マスは使用不可。対戦する四人は盤を囲み、目の前の三かける九マスにコマを配置する」


 例としてアヤメは自分の目の前にコマ二十枚を並べてみせた。

 それを参考にしてほかの三人もコマを一枚(いちまい)一枚置いていく。


「コマの向きは自分から文字が読める角度でそろえてね」


 自分に一番(いちばん)近い横列の真ん中に(おう)のコマを置く。

 各自に一枚の王が用意されている。今回、(ぎょく)のコマはないようだ。


 さらに王の両側に(きん)(ぎん)桂馬(けいま)香車(きょうしゃ)のコマを順に並べる。それぞれ二枚ずつあり、王を(はさ)()むように左右対称(たいしょう)に配置される。


 右の桂馬の(いち)マス前に飛車(ひしゃ)を置き、左の桂馬の一マス前に(かく)を置く。

 飛車と角を置いた横列よりもさらに前の列に()を九枚並べる。


「チェスと同じで各コマにはそれぞれ移動範囲(はんい)が設定されてる」


 王・飛車・角・金・銀・桂馬・香車・歩の動きを解説したあとアヤメが続ける。


(てき)のコマが移動先にある場合はそのコマを取って自分はそのマスにとまることができる。ただし自分のコマを()しのけることはできない。桂馬以外、コマを飛び()えることは不可能」


 付け焼き()の知識だが、一生(いっしょう)懸命(けんめい)ルールをみんなと確認する。


「自分のターンにできることは自分のコマの移動か取ったコマを自分のコマとしてあいているマスに表側で置くこと。敵の初期配置エリアに入るかそこから動くかするときにコマを裏返して別のコマに『()る』こともできるよ。最終的に相手の王のコマを『()み』状態――つまりどうやっても次に取られる状態にしたら勝ち」


 四人で十五かける十五マスの盤を囲んでいるので対面の敵陣(てきじん)までの距離(きょり)が長いし四つの辺それぞれに二十枚ずつコマが配置されているけれど……基本的なルールは二人で指す将棋と変わらないようだ。


 全員初心者みたいなものなので、とりあえずビビらずに始めてみる……ッ!

 こんしまちゃんから時計回りに矢良さん・鵜狩くん・アヤメの順にターンを回すことになった。


 さっそく、こんしまちゃんがコマを動かそうとした……!

 でもその前にアヤメが声をかける。


「対局前に、みんなであいさつしよっか」

「しまった……確かにとても大事(だいじ)なことだね……」


 右手をとめるこんしまちゃん……っ!

 というわけで、四人は居住(いず)まいを(ただ)して礼をする。


「よろしくお願いします」


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ほとんどルールは分からないけれど、とにかくこんしまちゃんが(おく)さずコマを動かす……!


 パチリと鳴らして動かしたのは――。

 右の香車(きょうしゃ)の先に位置する()であった。


「アヤメちゃん……()は……前に(いち)マスだけ進めるんだよね……」

「そうだよ、こんしまちゃん。合ってる合ってる」


 定跡(じょうせき)から外れた初手(しょて)ではあるけれどコマを動かしたこんしまちゃんがなんかうれしそうにしているのでアヤメはとくに指摘(してき)しないことにした。


 以降もめちゃくちゃなプレイが頻発(ひんぱつ)するが……大目(おおめ)に見てね!


 次は矢良(やら)さんがコマを動かす。

 そのコマはこんしまちゃんから見て右を向いている。


「どこにしよっかなっ、じゃ、ここだっ」


 矢良さんは自分の(かく)の右(なな)め前の()を進めた。


「角って斜めにいくらでも動けるんだよねっ、だからその移動範囲を増やしたんだよ~」

「やるね、矢良」


 感心しながら鵜狩(うかり)くんがコマを手に取る。

 それは王のコマだった。王を(ひと)つ前に移動させたのだ。


 続いてアヤメのターン……!


 こんしまちゃんから見てアヤメのコマは左を向いている。

 しかも先ほどこんしまちゃんが動かした歩は、ちょうどアヤメの一番(いちばん)左の歩に横腹をさらしていた……っ!


 その歩を動かし、こんしまちゃんの歩を取るアヤメ……ッ!


「これでこの歩はわたしの持ちゴマ。自分の番にコマを動かす代わりに、いつでも自分のコマとしてあいているマスに置けるよ」

「しまった……」


 こんしまちゃんが()()()()()……ッ!

 ともあれ一巡(いちじゅん)したので再びこんしまちゃんのターン。


「香車はどこまでもまっすぐ進めるんだったよね……」


 右の香車をロケットのように進ませ、先ほど前に出たアヤメの歩を取る。

 で、矢良さんはさっき自由にした角を一気(いっき)に斜めへと進行させ、こんしまちゃんの飛車の左前の歩を(うば)う。


「敵陣に入ったから裏返すよんっ」


 角がひっくり返り、「(うま)」と()る……ッ!

 馬は通常の角の動きに加え、前後左右の一マス先にも動ける強力なコマだ……!


 鵜狩くんは飛車の前の歩を動かす。

 さらにアヤメは左の香車を三マス前進させ、こんしまちゃんの陣から出た香車をつぶした。


 こんしまちゃんが(かた)を落とす。


「……しまった。香車も取られちゃった……」


 だが気づいた。


「そういえば桂馬(けいま)は右前か左前のさらに(いち)マス先に飛べるんだっけ……」


 右の桂馬から見て左前のさらに一マス先には、右を向いた「馬」がいる。

 桂馬をその馬の位置に移動させ、コマを取るこんしまちゃん……っ!


「やった……強いコマを取れた……」

「これは()()()()()っ。桂馬のことを忘れてた~」


 矢良さんが(くや)しさを少しだけにじませながら相好(そうごう)を崩す。

 で……矢良さん・鵜狩くんはそれぞれ飛車の先の歩を、アヤメは角の右前の歩を進めた。


 ここでこんしまちゃんの飛車が右に(いち)マスずれる……!


「飛車はあいだにコマがなければ前後左右のどこまでも進めるんだったね……」


 ただし今回の四人将棋において四隅それぞれの三かける三マスは使用禁止エリアなのでそれ以上右に()くことはできない。


 こんしまちゃんのねらいは、横腹を向けているアヤメの香車だ。

 ちょうど今、飛車の前方にその香車がいる……!


 次のターンで()う腹づもりだ……っ!


 そして矢良さんは落ち着いて飛車の先の歩を進める。

 鵜狩くんは二マス進んだ歩の後ろに飛車を動かす。


 アヤメは飛車にねらわれている香車をこんしまちゃんの桂馬の真正面(ましょうめん)に移動させた。


「桂馬は(ひと)つ前を攻撃(こうげき)できないからね」

「だったら……」


 こんしまちゃんが飛車を前進させ、角の右前から出たアヤメの歩を取る。


「このまま()めていくよ……っ!」


 ――しかし。

 次の次の鵜狩くんのターン、(かれ)が飛車を進めてこんしまちゃんの陣地(じんち)に切り込んできた……!


 こんしまちゃんの桂馬の右横でとまり、歩を取る……ッ!

 しかも飛車は裏返り、「(りゅう)」と成った!


 竜は通常の飛車の動きに加え、四方向の斜め(いち)マス先にも移動できるヤバいコマだ。


「しまった」


 こんしまちゃんがうなるのも無理はない……!

 アヤメの番が終わってから鵜狩くんの竜を取ろうとした。


 だがこんしまちゃん陣営(じんえい)のなかに、鵜狩くんの竜を攻撃できるコマはどこにもおらぬ。


「し……しまった」


 飛車が初期位置にとどまっていたならば鵜狩くんの竜を取ることもできた。

 でもこんしまちゃんの飛車はアヤメの陣地に近づいた状態なので反撃(はんげき)するには少し遠い……!


 いったんこんしまちゃんは右の(ぎん)を一マス正面に進めることにした。

 銀のコマは左前・正面・右前・左後ろ・右後ろに進むことができる。


 動かしたあと、銀は右前の竜と隣接(りんせつ)した。

 次のターンで竜が動かなければ銀で奪うことが可能……!


 しかも竜が銀を取ってきたら、銀の左後ろに(ひか)えている(きん)で返り()ちにできる。

 金のコマは左前・正面・右前・左横・真後ろ・右横に移動ができることを心のなかで確認し、こんしまちゃんは次の鵜狩くんの行動に備える……ッ!


 竜は銀ではなく前に出た桂馬を取るかもしれないけれど、そのときは銀で竜をしとめるまでだ。

 さて飛車の先の歩をさらに進めた矢良さんの番を経て、鵜狩くんは――。


 桂馬の真正面にとどまっていたアヤメの香車を取り、竜をその位置に後退させた。

 なお一度(いちど)裏返ってしまえば敵陣から出ても成ったコマはそのままである。


 アヤメはおもしろそうに()む……!


「最初から鵜狩くん、わたしの香車をねらってたね」

「どうかな」


 鵜狩くんも不敵に笑い返す。

 それを微笑(びしょう)と共に見返してアヤメは角を左前に移動させた。


 こんしまちゃんの飛車は、アヤメから見て角の右前にとまっていた。

 だからこんしまちゃんは飛車を左にスライドさせ、矢良さんの前進していた歩を取った。


「ふう……これで角の脅威(きょうい)はのがれたよ……」


 ちょうど王の四マス前に飛車がとまる。

 でもあいだに歩がなくなったことで矢良さんの飛車がばびゅん! と進み、こんしまちゃんの飛車を持ちゴマにしてしまった。


 こんしまちゃんはあっさりと飛車が取られたことに(おどろ)いた……!


「しまった……アヤメちゃんのほうに気を取られて矢良さんへの警戒(けいかい)がおろそかに……っ」

「これで角と飛車を交換(こうかん)したかたちになったねっ」


 矢良さんは持ちゴマとなった飛車を手もとに置いた。

 続いて鵜狩くんは竜を移動させず角の右前の歩を動かした。アヤメは飛車の前の歩を進める。


 ここで、こんしまちゃんが持ちゴマの角を手に取る……ッ!


「持ちゴマはどこに打ってもいいんだよね……?」


 角を左の金の六マス前に置いた。

 右斜め下三マス先に鵜狩くんの竜がいる。


 飛車の成った竜は斜めには(いち)マスしか進めない。

 射程外(しゃていがい)から角は竜にねらいを定めているのだ……!


 ただしコマを打ったターンはそれ以上コマを動かせない。


 鵜狩くんの角を警戒して右の銀を正面に進めた矢良さんのあと、鵜狩くんは竜を二マス後退させた。

 三マス後退させてこんしまちゃんのさっき打った角の三マス右隣(みぎどなり)に移動することも考えたけれど、その場合アヤメの角に竜を取られる。


 アヤメは(だま)って王を左にずらした。


 こんしまちゃんは角を矢良さんの陣地に近づける。

 矢良さんから見て左の銀の先で(ひと)つ前に出ていた歩を取る……ッ!


 その銀を矢良さんは正面に進め、こんしまちゃんの角を牽制(けんせい)する。

 さらに一巡(いちじゅん)したのち矢良さんが角の前に持ちゴマの歩を打った。


 すでにその縦列の歩は取られていたので禁じ手――「二歩(にふ)」にはならない。


 ここで鵜狩くんが自分の角の四マス前に香車を打つ。

 アヤメは飛車の先の歩を前進させる。


 こんしまちゃんは矢良さんの歩からのがれるために角を右後ろに二マス下げた。

 矢良さんはその角の左脇腹(ひだりわきばら)に向け、すぐ(となり)に持ちゴマの飛車を打った。


 しかし間髪(かんはつ)いれず鵜狩くんの角が飛び出し、打ち立てホヤホヤの矢良さんの飛車を奪う……っ!


「やらかした……もっと盤面(ばんめん)を見ていれば……っ」


 明らかなミスだけど、今回の将棋に「待った」はない……ッ!


 アヤメの番を挟んでこんしまちゃんが、まだ自陣にいるほうの角に目をやる。

 その右前の歩を進めた……っ!


 これで矢良さんの残っている飛車はこんしまちゃんと鵜狩くんの両方の角にねらわれるかたちとなった。

 矢良さんは飛車を守るためにいったん三マス後退させる。


 今度は鵜狩くんが角を下げ、アヤメは着々と飛車の先の歩を進ませ続ける。

 対面の相手の陣地まで九マスの(へだ)たりがあるのでまだまだ成ることはできない。


 さてこんしまちゃんは左の銀を正面に出す。

 ついで矢良さんは飛車を五マス左にやり、鵜狩くんの歩を取った。


 で……また自分のターンが回ってきたとき、こんしまちゃんは持ちゴマの歩をアヤメの陣に置いた。

 アヤメから見て左の桂馬のすぐ左横に歩が打たれたのだ……!


 その歩は、アヤメ視点で右向きに置かれている。

 四人将棋だからこその奇異(きい)な光景と言えるだろう。


 確かにこんしまちゃんから見てアヤメと矢良さんそれぞれの縦三列は最初から自分の歩がない状態なので二歩になる心配もない。


 しかしアヤメは次の番が来たときにその桂馬を動かした。

 こんしまちゃんは先ほど打った歩を進める。


 敵陣内で動いたので歩が裏返る……ッ!

 それは「と(きん)」と成った。アヤメの王を二マス左隣からねらっている。


 が、矢良さんがその「と金」の左脇腹に向けて歩を打ってきた。


「なんとなく打ってみたけど、どうなるかなっ」


 この歩には、アヤメの金も隣接している。

 右の金を正面に進めた鵜狩くんを挟んで、アヤメが対応する一手(いって)を考える。


(みくりちゃんの歩は金で取れる……でもこんしまちゃんのと金は取れないし、みくりちゃんの歩を取ったとしても()()のえじき……! かといって右横に銀を移動させてしまっているから金は右にも逃げられない。どうする……? だけどこのままだと、どのみち金はと金に取られる。だったら)


 金を左に移動させ、矢良さんの歩を持ちゴマにする。

 すかさずこんしまちゃんはと金を左にやり、その金を奪う……っ!


 で、矢良さんの番だけど……現在彼女は四人のなかで唯一(ゆいいつ)持ちゴマがない。


「やらかしたかなっ。さっきの歩は失敗だったかも?」


 とりあえず右の金を右にやる。

 鵜狩くんは持ちゴマの飛車をアヤメの角の正面に置く。これで鵜狩くんの持ちゴマもなくなった。


 アヤメとしては、こんしまちゃんの右向きのと金をなんとかしたい。

 角を右後ろに下げてと金を取る。ただし次に打つ場合、そのコマは「歩」の状態からスタートすることになる。


 瞬間(しゅんかん)、こんしまちゃんは手に入れた金をアヤメの角の右横に打ち込んだ……ッ!

 アヤメから見れば角の真後ろに金がいる。


 しかも左の金を左にスライドさせた矢良さんに続いて鵜狩くんの飛車がこんしまちゃん陣地の右手前(すみ)()み込む。


 その飛車は竜と成った。

 これで鵜狩くんは二枚の竜を盤上であやつっている状態に突入(とつにゅう)する……!


 アヤメは角を(いち)マス左前に移動させる。

 こんしまちゃんは今度は角の真後ろに歩を打つ。


 飛車と竜の位置を移動させた矢良さんと鵜狩くんの番のあと、アヤメは頭をかかえた。


(自陣左側に打たれたこんしまちゃんの歩と金が厄介(やっかい)すぎる。いや待って……)


 左の銀を右後ろに下げる。

 容赦(ようしゃ)なくこんしまちゃんはさっき打った歩に手をかけようとしたが、コマにふれる前にその手がとまる……!


 先ほど鵜狩くんは竜の一枚を動かし、こんしまちゃんの前に出ている角を射程圏内(けんない)に置いていたのだ。


 ここで歩を動かせば鵜狩くんに角を取られてしまう。

 だからこんしまちゃんはその角を四マス右前に動かすしかなかった……っ!

 代わりにその場所にあった鵜狩くんの歩を取った。


 そして矢良さんが飛車を八マス前にやって矢良さんの歩を取った。

 敵陣に入ったことにより、コマも竜と成る……ッ!


 鵜狩くんも竜の一枚を前進させる。

 すみっこに待機させていないほうの竜を二マス動かし、こんしまちゃんの歩を持ちゴマにしたのだ。


 アヤメはかなり(あせ)っていた。


(みくりちゃんの飛車が飛び込んできたおかげでこっちの飛車が動きにくくなった。角も(ふう)じられているし……二人以上が同時に攻め込んでくるのも四人将棋の特徴(とくちょう)ってわけだね)


 自陣の左隅(ひだりすみ)に歩を打つ。

 対するこんしまちゃんはアヤメの陣に打ったコマを動かさず鵜狩くんの陣地の近くの角を一マス右前に移動させた。


 歩を取り、角が馬に成る。

 まずは強力な馬のコマを作り出すことを優先したらしい。


 矢良さんは竜を左に一マス動かしてアヤメの桂馬を取る。

 鵜狩くんはこんしまちゃんの馬に対処(たいしょ)するために左の金を左前にやる。

 金は馬に隣接したけれど、馬が金を取ってくれば鵜狩くんの銀が馬を討ち取ることができる。


 アヤメは王を右前に逃がす。

 こんしまちゃんは馬を守るべく後退させる。今のところ右後ろのアヤメの陣に切り込んでも馬が取られてしまうので、真後ろに()がることにした。


 さて矢良さんはアヤメの陣に入った竜を動かそうとしたけれど、手がとまる。

 左に進めばアヤメの王か銀に、正面か右前に進めばこんしまちゃんの金に竜が取られてしまうのだ。かといって右に二マス進めてアヤメの角を奪えば鵜狩くんの竜の射程内に入ってしまう。


(あたしたちは複数で攻めているようでいて一方で相互(そうご)に牽制し合っている。……そう考えると、ある意味で佳代子ちゃんは四人将棋のルールのおかげで助かっているとも言えるねっ)


 竜を三マス下げる矢良さん……っ!

 鵜狩くんはこんしまちゃんの馬の前に歩を打つ。


 アヤメは自陣左隅に打っていた歩を前進させ、こんしまちゃんの歩を奪った。

 こんしまちゃんは馬をさらに真後ろに引かせる。


 続いて持ちゴマの桂馬を打つ矢良さん。

 初期に配置していた右の桂馬の三マス前に新しい桂馬を置いたかたちだ。


 その桂馬は、鵜狩くんの竜をねらっていた。

 鵜狩くんは竜を左後ろに動かした。


 アヤメは歩を自分の角の右前に置く。

 こんしまちゃんは再三(さいさん)馬を真後ろに一マス移動させ、そこに置かれていた鵜狩くんの香車を取った。


 でも矢良さんが打った桂馬を左前の一マス先に動かしたあと、鵜狩くんの角がこんしまちゃんの馬を(おそ)った……っ!


 こんしまちゃんがミスをしたことに気づく。


「しまった……香車に目を奪われちゃってた……」


 (はか)らずも香車と角を交換した格好となった。

 そして次の次の矢良さんのターンで、竜が再びアヤメの陣に入った。


「王手っ」


 矢良さんが竜で王を射程内に(とら)える……ッ!

 しかも直後、アヤメは鵜狩くんの竜で角を取られた。


 その竜はアヤメの歩の真正面に移動したが……。

 王手をかけられたため、アヤメには歩で竜を討ち取っているヒマがない……!


 持ちゴマの香車を左の銀の前に置く。

 本当は歩のほうを壁にしたかったが、二歩になるのでそれはできない。


 こんしまちゃんも矢良さんも鵜狩くんも立て続けにアヤメを攻める……ッ!

 おかげでアヤメの左側の陣は壊滅(かいめつ)状態となった。


 なんとかアヤメは王のコマでこんしまちゃんの金を討ち取る。

 だけど次の鵜狩くんのターンで竜が左隅に切り込んできた。


(また王手をかけられた)


 アヤメは王を右前に逃がすしかない。

 ここでこんしまちゃんがすみっこにいないほうの鵜狩くんの竜に向けて歩を動かす。


 しかも歩の後ろに、さっきこんしまちゃんは香車を打っていたのだ。

 矢良さんもアヤメも、その動きを応援(おうえん)することにした。現状、竜を二枚持っている鵜狩くんがもっとも危険だからその(ちから)()いでくれれば(おん)の字である……!


 矢良さんは自分の竜を右後ろに一マスだけ下げた。

 鵜狩くんはねらわれている竜を二マス後ろに逃がす。


 こんな感じで、なんか知らんあいだに鵜狩くん包囲網(ほういもう)ができあがり――。

 鵜狩くんはいつの()にか持っている角二枚を失ってしまった……っ!


「うっかりしてた……!」


 とはいえまだ竜二枚は健在である。

 鵜狩くんは最後の角を投入して戦局の打開を図ろうとするも、アヤメが持ちゴマにした角を打って鵜狩くんのすみっこの竜にねらいを定めた。


 続けてこんしまちゃんがもう一枚の竜の前に歩を打つ……ッ!

 これで鵜狩くんは竜のどちらかを失うしかなくなった。


 鵜狩くんはすみっこの竜を一マス右にずらした。

 よってもう一枚の竜がこんしまちゃんに取られてしまった。


 しかしアヤメはこんしまちゃんが鵜狩くんのほうを気にしている(すき)()いて角を移動させ、こんしまちゃんの初期位置の角を奪って馬と成った。


 こんしまちゃんがびっくりする……っ!


「しまった……鵜狩くんの竜をねらっているとばかり……」

「正確には、どっちもねらってたよ」


 アヤメが堂々と返した。

 その崩壊間際だった陣もだいぶ回復している。


 挽回(ばんかい)すべくこんしまちゃんはアヤメの陣に飛車を打つ。

 しかしアヤメはひるまずに持ちゴマの角を置き、こんしまちゃんに王手をかけてきた。


 こんしまちゃんは歩を置いてしのいだものの、矢良さんがこんしまちゃんの飛車の前でと金を作り、鵜狩くんがこんしまちゃんに王手をかけるかたちで桂馬を打つ。


 桂馬の前には歩があるけれど、それを動かせばアヤメの角に王が討たれる。

 だから王を右に逃がす。


 このあと矢良さんのと金で飛車を取られてしまった。

 しかも鵜狩くんの角とアヤメの飛車が立て続けにこんしまちゃんの陣地に入り込んで裏返る……っ!


「しし……しまったあ……」


 こんしまちゃんは(あわ)てて持ちゴマの銀を王の右下に討ってアヤメの飛車もとい竜に備えた。

 そして……なんとか鵜狩くんの馬を桂馬で取ることにも成功した。


 ところが戦局の打開にはつながらず、こんしまちゃんは鵜狩くんに、ついでに矢良さんもアヤメにと金で王手をかけられていた。


 こんしまちゃんは、とりあえずそのと金を取る。

 矢良さんのほうはと金を取ろうとすればアヤメの竜のえじきになるので下がるしかなかった。


 鵜狩くんはまた桂馬を打ってこんしまちゃんに王手をかけた……っ!

 ここで、アヤメのと金が矢良さんの王の前にさらに進む。


 王を初期位置に戻すこんしまちゃんだったが、そのあと矢良さんの手がとまったことに気づいた。


 もはや矢良さんはどうコマを動かしても、どこにコマを置いても、王が次に取られる状態にあった。

 王の目の前のと金を取っても竜が待ち構えている。


 これは「詰み」である。

 矢良さんは宣言した。


「負けました」


 だけど四人将棋なのでまだ三人残っている。

 負けちゃった矢良さんのコマはどうなるのか……?


 全部のコマが負かした(がわ)のものになるとその陣営が圧倒的(あっとうてき)に有利になるのでそれはやめておく。


 というわけで……負けた矢良さんのすべてのコマを盤上から取り除くことになった。


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 こんしまちゃんから見て左側の盤面が一気にきれいになったものの、まだ戦いは続いている……っ!


 鵜狩くんが桂馬でこんしまちゃんの香車を取り、金と同じ動きをする成桂(なりけい)を作る。

 王が引いた隙を突き、アヤメの角がこんしまちゃんの陣にまたまた踏み込んで二枚目の馬と成る。


 成桂をこんしまちゃんが金で取る。

 矢良さんは脱落(だつらく)したので鵜狩くんの番になり、竜を大きく下げてアヤメの歩を奪う。


(鵜狩くん……わたしの王もねらっているんだね)


 アヤメは明確にそう思ったけれど、すぐに対処せず馬の一枚(いちまい)を右斜め三マス前に移した。


「こんしまちゃんの打った桂馬に取られそうだったからね」

「逃げられちゃったか……」


 ちょっと余裕が出てきたのでこんしまちゃんは角を打った。アヤメの竜を射程内に入れる。

 鵜狩くんも香車を打って同じ竜をねらう。


 アヤメは竜を一つ前に進めてかわした。

 すかさずこんしまちゃんの角がアヤメの陣に飛び込み、右隅の香車を取って馬に成った。


 鵜狩くんもアヤメから見て左向きの歩を打ってきたが、アヤメは銀を前に出してしのいだ。

 アヤメの守りは強固だった。だからこんしまちゃんは自陣の桂馬を進め、アヤメの馬にねらいを定めた。鵜狩くんもいったんアヤメを無視し、さっき打った香車を進めてやはり金と同じ動きをする成香(なりきょう)を作った。


 この瞬間、アヤメはこんしまちゃんの桂馬にねらわれている馬を二マス右後ろに進めて逃げる。

 さらにこんしまちゃんが桂馬と香車を、鵜狩くんが歩を打ってアヤメを挟み撃ちにする。


 しかしアヤメは歩で壁を作ってなんとか受け流した。

 こんしまちゃんの馬を銀で取ることにも成功する。


 取り乱したこんしまちゃんは自陣に歩を打ちまくって守りを固める。

 そして鵜狩くんとこんしまちゃんの挟み撃ちが自然に再開され、ついにアヤメは詰まされた。


「負けました」


 けっしてこんしまちゃんと鵜狩くんが結託(けったく)していたのではない。

 四人将棋の特性上、生き残っている二人に挟まれているアヤメがもっとも不利だったというだけだ。


(気づかなかった……わたしは対面のみくりちゃんよりも右前の鵜狩くんか左前のこんしまちゃんを先に(たお)すべきだったんだ。それにしても馬二枚竜一枚あったのに負けるとか……わたしがへたなのもあるんだろうけど、おもしろいね)


 あとはこんしまちゃんと鵜狩くんの一騎(いっき)打ちである。

 でもこんしまちゃんの持ちゴマはゼロになり、角も飛車もない。そして鵜狩くんのコマもほとんど初期位置から動いていない。


 よってものすごい泥仕合(どろじあい)(すえ)……昼休みの時間ぎりぎりになってようやく鵜狩くんのほうが勝利した……っ!


 こんしまちゃんも「負けました」と宣言した。

 最終的に決着がついたのであらためて四人は「ありがとうございました」と礼をする。


 みんなでコマを片付ける。

 アヤメがほかの三人に言う。


「四人で将棋をやってみたけど……どんな感じだった」

「そうだな、熱量があった」


 鵜狩くんがやや紅潮(こうちょう)した顔で答えた。

 アヤメがうなずく。


「これを遊んでいた人がなにを考えていたかはわたしにも分からない。でも、アイデアとしてはありかもね」

「といっても盤面が広いから飛車と角が強い感じだねっ。あと敵陣に横向きにコマを打つのもなかなかエグいっ!」


 矢良さんが笑顔で指摘(してき)した。

 それについてもアヤメは首を縦に振る。


「実際に四人将棋があるかはともかく、そこは改良の余地があるかも」


 箱にコマを入れてくれたみんなにお礼を言ってアヤメが十五かける十五の将棋盤をカバンにしまう。

 ついで、感想を言っていないこんしまちゃんにも問う……っ!


「こんしまちゃんは四人将棋、(たの)しかった?」

「楽しかったよ……ただ」


 こんしまちゃんは自分の机をもとの位置に戻しながら答えた。


「盤面が複雑すぎてミスしまくりで……何回心のなかで『しまった』ってくりかえしたか分かんない……」

「ああ、それ……わたしもだよ」


 アヤメが自分の席に(すわ)って言った。


「……実はわたしも『しまった』って何回も心で唱えてた」

「そうなんだ、アヤメちゃんも……」

「うん」


 四人で将棋を指したことに、なんの意味があるかは自分でもよく分からない。

 けれど――。


「うっかり『待った』と言わないようにね」

「そっか……『しまった』と『待った』って似てるもんね……」


 口元を()さえ、こんしまちゃんが小さく笑う。

 アヤメは微笑(びしょう)を返しつつ、鵜狩くんと矢良さんの顔もちらりと見た。


(けれど友達と、同じ時間を過ごしてた)


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:九回(累計(るいけい)百九十二回)

次回「第四十六週 次の常用漢字を予想してしまった!(水曜日)」に続く!(四月二十四日(金)午後七時ごろ更新)

いつもお読みいただきありがとうございます。評価やブクマ等も励みになっています。


それにしても本当にうまい人が四人将棋をやったらどんな感じになるんでしょうね~。

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