第四十四週 いろいろなものが伸び悩んでしまった!(火曜日)
時の流れが速いか遅いかは知らないけれど、それが狂いなく過ぎ去っていくのは本当らしい。
正月が来たと思ったら、すでに今年も四月に入っている。
おめでたいことに、一週間に一回は「しまった」と口にする紺島みどりも始業式を経てとうとう高校二年生の春を迎えた……!
進級してもまだまだ彼女は「今週のしまったちゃん」すなわち「こんしまちゃん」であり続ける。
なぜなら、こんしまちゃんにとっての「しまった」はアイデンティティであり口癖であり……おのれを規定する魂そのものだからだ……ッ!
寸分たがわず秒針を打つごとく、こんしまちゃんの「しまった」も一週間ごとに世界へと刻み込まれていくだろう……っ!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
火曜日の午前、晴れ。
こんしまちゃんの高校では身体測定や体力測定がおこなわれていた。
身体測定では男子と女子に分かれた。
生物学上女子に分類されるこんしまちゃんは女子十五人のグループと共に教室から移動する。
ちなみにこんしまちゃんの高校ではクラス替えがないのでメンバーは昨年度と同じだ。
このあと体力測定があることも考慮して、みんな体操着に着替えている。
女子だけで出席番号順に並び、保健室の前に待機する。
赤金しろみさん、勢さくらさん、加布里璃々菜さん、久慈小鮎さん、こんしまちゃん、流石星乃さん、アヤメこと菖蒲佳代子さん、蝶ひなぎくさん、子々津絵千香さん、委文知砂さん、穂七瀬さん、間地柚季さん、六月一日涼芽さん、矢良みくりさん、鹿出舞さんの順だ……!
欠員はおらぬ。
こんしまちゃんは一つ前の久慈さんのベリーショートをじい~っと見ていた。
だれも私語を発していない。
保健室のなかでは別のクラスの身体測定がおこなわれており、今いろいろ話すとその邪魔になってしまうからだ。
まあ……ほとんど待つ時間もなく、こんしまちゃんたちは入れ替わりで保健室に入った。
身長や体重を測定する。
こんしまちゃんの身長は去年から二ミリ伸びただけだった。
体重とかもほとんど変わらぬ。
中学から高校に入ったときはそれなりに増加していたんだけど、ここに来て伸び悩んだ。
(わたしの成長もとまっちゃったか……)
悲観するでも喜ぶでもなく、ただ客観的にそう思った。
身体測定自体は流れ作業のようにすぐ終わった。
次は体力測定のために体育館に移る。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
こんしまちゃんの高校では、体力測定が男女ごちゃまぜでおこなわれる。
女子十五人が体育館に入ったとき、同じクラスの男子十三人はすでに座って待っていた。
体力測定の前に休憩時間が挟まれたので、あちこちで雑談が交わされ始める……ッ!
話題はさっきの身体測定の結果についてだ。
とくにこんしまちゃんは六月一日さん、矢良さん、鹿出さんの会話に耳をかたむけた。
髪をセンターパートに分けた鹿出さんがあぐらをかき、自嘲気味に笑う……っ!
「わたし、体重ヤバいくらい増えてたんだが」
人によって「ヤバい」の基準は違うから具体的にどのくらい増量していたかは不明である。
「ろくでもねえとは思わんけど、なんでか分かんね。あ、ひょっとしてアメ食いすぎたせいかも」
「へー、舞ちゃんってアメ好きなんだっ」
ポニーテールの矢良さんが右肩越しに視線を向ける。
「ちなみにあたしは体重減ってたよんっ」
「……みくり」
鹿出さんは、ただ矢良さんの下の名前を口にした。
体重が増えていた自分に対しての言葉だから普通だったらムッとくるけど、矢良さんの減量に関してはちょっと事情が違ってくる。
矢良さんが病気を持っていることについては去年の自己紹介の時点でクラスメイトの全員が知っている。
具体的な病名を本人が明かしてくれないとはいえ、鹿出さんもほかのみんなも矢良さんのことは気にかけている。
ここで矢良さんの一個前に座る女の子――六月一日さんが左肩越しに後ろを向いた。
「鹿出、矢良。身長のほうはどうだった?」
六月一日さんは髪の左に作ったサイドポニーをゆらした。
「ちなみにわたしは打ち止め。あんま伸びてないわ」
「涼芽ちゃんっ、あたしも同じような感じっ」
顔を微妙に前へとかたむけ、矢良さんが答えた。
こういう身長や体重などの話題はかなりデリケートである。
たとえば「身長伸びてた~」と漏らした相手に対して、どう返すのが正解か。
相手が高身長をコンプレックスに感じている場合、「へー、よかったじゃん」と言うのはよくない。
しかし逆に身長が伸びたことを喜んでいる相手に「それは気の毒に」と返すのもやはりバッドコミュニケーションだ。
じゃあ「ふ~ん」とあいづちを打って流すか……?
それはそれで無関心っぽくて相手の不興を買うおそれがある。
というわけで一番無難な返答は「自分もほとんど同じ結果だった」と伝えることだ。
これなら無関心じゃない。相手がそれをコンプレックスに思っていたら「自分だけじゃない」と気づいて安心できるし、それを喜んでいたら感情を共有することができる。
もちろん彼我の結果に差があればこの方法は使えない……!
持てる者が持たざる者をなぐさめたりほめたりしても嫌味っぽいし、反対に持たざる者が持てる者にどう声をかけても説得力がないからだ。
そういう場合は客観的な事実のみを正直に伝達するのがいいだろう。
ウソをつくという選択肢も考えられるけど、あとでバレたらギスギスするしね!
ともあれ鹿出さんは矢良さんのポニーテールと六月一日さんのサイドポニーを見つめてつぶやく。
「わたしは三センチ伸びてたぞ」
「おおっ、いいねっ」
矢良さんが軽く拍手した。
六月一日さんは目を細め、矢良さん越しに鹿出さんと目を合わせる。
「正直に言うわ、鹿出。うらやましい!」
「いやいや体重の増加量が身長のそれにともなってねえから、理想的なもんじゃないって」
つまり鹿出さんは体重が伸び、悩んでいる。
そして六月一日さんは身長が伸び悩んで、悩んでいる。
六月一日さんはバレー部だ。
もう充分に背が高いけれど彼女自身はこの「高さ」という武器をもっと伸ばせたらいいなと思っていたのだ。
この一年、食生活や睡眠時間にはかなり気をつかってきた。
背を伸ばすための運動やストレッチもくりかえしている。
でも結局、身長は伸び悩んでしまった。
定期的に自己測定をしているので結果は分かっていたことだ。
それでも学校でこうして測定したあとだと……なんか現実を突き付けられた感じがする。
こういう事情があって「ムリ」という口癖をこぼしかけた六月一日さんだったが、出かかったところで言葉を飲み込んだ。
友達と話しているこのタイミングで「ムリ」と不用意に口にすれば、矢良さんや鹿出さんに対して「ムリ」と言ったかのようにも映る。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
休憩が終わり、クラス担任の立合広夢先生がみんなの前に立つ。
「今からこの体育館で体力測定をおこないます」
どういう方法で体力を測定するかについてはもう決まっている……ッ!
文部科学省の導入した現行の体力テストにおいては以下の内容を実施することになっているのだ。
・握力
・上体起こし
・長座体前屈
・反復横とび
・持久走または二十メートルシャトルラン
・五十メートル走
・立ち幅とび
・ハンドボール投げ
以上の八項目である……ッ!
十二歳から十九歳までの男女を対象とした場合だ。
この体力測定は対象年齢によって微妙に異なる。たとえば十一歳以下であればハンドボール投げではなくソフトボール投げを実施するし、二十歳から六十四歳までを対象としたテストのときはボール投げをおこなわないなどの違いがある。
なお持久走と二十メートルシャトルランについてはどちらかを選択して実施する。
こんしまちゃんの高校では屋内で二十メートルシャトルランをおこなう。
テストの内容ごとに体育館内をいくつかのセクションに分け、好きな順に各自が測定していく流れだ。
わりと広い体育館なので五十メートル走やハンドボール投げを実施するスペースもある。
ただし二十メートルシャトルランだけは最後にまとめてみんなでやる。
そのあと結果を書き込んだ記録用紙を先生に提出する運びとなる。
そして大事なことだが体力測定とはいっても最初に準備運動、最後に整理運動を忘れてはならない……!
「――以上です。流れは去年と同じですね。ただし少しでも体調が悪い場合……あるいは体調が悪くなった場合はすぐ先生に伝えてください」
昨年度に引き続いて担任になった立合先生が、二十八人全員の顔を確認した。
ちなみにその場にいる先生は立合先生だけじゃない。こんしまちゃんたちの保健体育を担当している先生たち数人もそばに控えている。こちらの先生のなかには昨年度にはいなかった先生もいる。
こんしまちゃんらは先生たちから記録用紙とボールペンを受け取った。
まず「朝食の有無」や「一日の睡眠時間」などを用紙に書き込む。こんしまちゃんは朝食について「毎日食べる」と回答した。睡眠時間は「六時間以上八時間未満」である。
次にみんなで準備運動をしたあと、各自計測に移る……ッ!
最初にこんしまちゃんは握力を測定することにした。
スメドレー式握力計を用いる。スメドレーとは……? と思うこんしまちゃんだったが、まあそんなことは今回の体力測定に関係ない。
今回使用する握力計はデジタルで結果を表示するものだ。
さっそく、こんしまちゃんは握力計を左手に握る……っ!
でもここで保健体育の先生がやんわりと声をかけてきた。
「握力の測定は右・左の順におこなうといいですよ」
「しまった……ありがとうございます……」
落ち着いてこんしまちゃんは握力計を右手に持ち替えた……ッ!
両足をちょっとひらき、腕を垂らす。
握力計が体操着にふれないようにしたうえで、人差し指の第二関節を直角に曲げる。
この姿勢を保ちつつ、力を込めるこんしまちゃん……っ!
結果は二十三キログラムという結果だった。
続いて左手のほうも測定すると、二十一キログラムという記録が得られた。
記録用紙にそれぞれの結果を書き込む。
身長や体重と同じく握力も、去年とほとんど変わらない。
さて握力測定は右手と左手についてあと一回おこなう必要があるんだけど……同じ人が連続で測定することは推奨されていない。
てなわけでこんしまちゃんはいったん握力セクションを離れた。
上体起こしセクションに静かに入る。
すでにそこにいるみんなは上体起こしの姿勢を作っていた。
敷かれたマットにあお向けになり、両ひざを立ててその内側を直角に曲げる。
両手にこぶしを作ってわきを締め、左右の腕を胸の前でクロスさせる。
この状態で上体すなわち上半身を起こすのだが、両ひじが左右の太ももについたときに上体起こしのカウントは一回進む。
え、じゃあ上半身を起こしたままひじを太ももに当てまくれば回数めっちゃ稼げるじゃん! とか思いそうになるけれど、太ももとひじを接触させたあといったんマットに背中の肩甲骨をつけて再度上体を起こさなければカウントは進まないルールなのだ……ッ!
また、上体起こしでは補助者が必要とされる。
こんしまちゃんは上体起こしセクションに横たわっているサイドポニーの女の子に声をかけた。
「六月一日さん……わたしとやんない……?」
「こんしまちゃんも今から上体起こしなんだ? もちろんいいよ」
「ありがとう……」
「こっちこそ」
そんなわけでこんしまちゃんと六月一日さんは交互に相手を補助することになった。
こんしまちゃんが先に六月一日さんの補助者となる。
あお向けになって両ひざを立てた六月一日さんのひざ裏にこんしまちゃんが左右の手を重ねて添えた。
股をひらき、両足を相手の脚部の下に差し込んであぐらに近い姿勢をとる。
頭をちょっと後ろに下げ、おしりの一部とマットのあいだに六月一日さんのつま先をはさむ。
腕をクロスさせた六月一日さんが感心して声を上げる。
「ちゃんと固定されてる。こんしまちゃん、上体起こしガチ勢っぽい」
「うれしい……」
二人の体格差はけっこうあったが、この体勢なら問題なく六月一日さんも上体起こしに専念できそうだ……!
こんしまちゃんが照れたところで、ストップウォッチを持った先生が「始め」と宣言した。
時間は三十秒。一発勝負である。
先生の「そこまで」の合図のあと、六月一日さんの記録をこんしまちゃんが告げる。
「三十三回だね……」
体力テストには項目別に得点が定められている。
各項目について下限は一点で上限は十点だ。
女子の上体起こしの場合、二十九回以上で得点は十点となる。
つまり六月一日さんの記録はすごい! ということだ。
で、今度はこんしまちゃんがあお向けになり、同じように六月一日さんに補助してもらった。
その結果は――。
十八回であった。
得点に換算すれば六点だ。
「去年は十七回だったから一回しか増えてないんだ……」
「いや、一回も増えたんだったらすごいって」
立ち上がり、六月一日さんが右手を差し出す。
こんしまちゃんはその手を右手で握り返し、引っ張ってもらった。
「ありがと……そうだね、成長したってことだもんね……」
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
上体起こしの次は長座体前屈をおこなうこんしまちゃん……っ!
ここで言う長座とは上半身を起こしたまま両足を正面にまっすぐ伸ばしたときの姿勢である。
その姿勢のままどのくらい体を前屈させられるか――すなわちどのくらい腰を曲げられるかを見るわけだ。
長座体前屈の際には、間隔をあけて平行に置いた二つの箱の上に段ボール厚紙を置いてガムテープで固定したものを使用する。(専用の器具を用意する学校もあると思うけど……)
これを押したときの距離を測定するのだ……!
体育館シューズを脱いだこんしまちゃんは脚部を箱のあいだに突っ込んだ。
ついで壁に背中とおしりを押し付ける……ッ!
肩幅を保ったままひじを伸ばし、両手の平を段ボールに置く。ちょうど親指の付け根あたりにそのふちが位置している。
ここで箱の右横に、壁と垂直をなすかたちで一メートルものさしが置かれた。
ついてきた六月一日さんがものさしを設置してくれたのだ。もちろん、ものさしのゼロの目盛りは箱の手前にちょうど合った状態だ。
こんしまちゃんはお礼を言ってから前屈する……!
壁におしりをつけたまま腰を曲げ、箱をまっすぐ押し出す。
ひじとひざを曲げずに限界までやる……っ!
これを二回実施した。
結果はどちらも五十五センチメートルだった。
得点は八点。
ちなみに長座体前屈の得点に関しては男女差がほとんどないので、男子の場合でも五十五センチは八点である。
「やった……去年より二センチ増えた……」
「よかったじゃん!」
六月一日さんも笑顔でほめてくれた……っ!
そして今度はこんしまちゃんが、壁におしりをつける六月一日さんの右横に一メートルものさしを置く。
一回目は六十一センチ、二回目は五十九センチという結果になった。
より大きいほうが記録となるので、六月一日さんは記録用紙に六十一センチメートルと書き込んだ。得点に換算すれば九点である。
それでも……去年よりもいい結果が得られなかったのか、六月一日さんはあまりうれしそうじゃなかった。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
さらに体育館シューズをはきなおし、反復横とびに移る。
六月一日さんはこんしまちゃんと共に行動している。
二人は大親友! というわけでもないけど、なんかそういう流れになっちゃったのだ……!
こんしまちゃんはもともとクラスメイト全員と満遍なく接するタイプなので違和感はない。
彼氏の鵜狩くんやとくに仲のいいアヤメや矢良さんといつも一緒にいなきゃ嫌……という性格でもない。こんしまちゃんがこういう女子高生であるというのは鵜狩くんたちも分かっている。
平行に並んだ三つのテープの中央にまたいで立つ。
テープ同士は一メートルの間隔をあけている。
先生の「始め」という合図と共に二十秒間反復横とびをおこなう。
右・中央・左・中央・右……といった順で横とびする。
右のテープを踏むか越えるかすれば一点。左のテープも同じ。
中央のテープをまたいだ場合も一点が与えられる。ただし初期位置のぶんは一点として数えない。
頭を中央に寄せながら足を動かすといいらしい。
なおジャンプはダメだそうだ。サイドステップで移動する必要がある。
果たしてこんしまちゃんの記録は――三十六点だった。
六月一日さんのほうは五十点である。
反復横とびも二回計測するのだが、同じ人に対して続けて実施しないことになっている。
だからいったん反復横とびセクションを離れ、握力セクションにこんしまちゃんは戻った。
二回目は右が二十四キログラム、左が二十キログラムという結果になった。
一回目のときは右が二十三キログラム、左が二十一キログラムだった。
左右の握力について大きいほうの記録を平均すると二十二・五。
キログラム未満を四捨五入した二十三キログラムがこんしまちゃんの握力となる。
この得点は五点に相当する。
六月一日さんもこんしまちゃんと同じく握力を測定したが、まだ彼女は一回目なので二回目の計測のためにいったん休憩をはさまなければならぬ。
で、続いてこんしまちゃんが五十メートル走に挑むあいだ、六月一日さんは反復横とび二回目に入った。
こんしまちゃんが一回目の握力を測定しているときに六月一日さんは五十メートル走を終わらせていたのである……!
その記録は八・二秒だったようだ。
一方こんしまちゃんの記録は……?
スタートラインの手前でクラウチングスタートの体勢をとる。
旗を振り上げた先生の合図と同時に一直線に駆け出す。
ゴールラインに胴が達するまでのタイムを計測する。
ストップウォッチを持った先生が告げたのは「九・二秒」であった。
得点は五点だ。
これも去年とあんまり変わっていない。しかし〇・一秒縮んでいる。
五十メートル走は一回しか計測しないので次は反復横とび二回目をおこなう。
記録は三十七点。さっきのは三十六点だったから一点だけ進歩したと言える……!
項目別得点に換算すると四点となるが……ちょっと記録が伸びたのでこんしまちゃんはうれしかった。
それから立ち幅とびに移行する。
ここで反復横とび二回目のあと握力二回目を計測していた六月一日さんと再合流したので互いの記録を確認し合った。
六月一日さんの握力の最終結果は三十二キログラム、反復横とびは五十三点だったようだ。
それぞれ項目別得点に変換すれば、八点と十点になる。
こんしまちゃんは六月一日さんに「すごい……」と言う。
十点だったのがうれしかったようで、六月一日さんは素直に照れた。
間もなく立ち幅とびの順番が回ってくる。
長方形の大きなマットの短いほうの辺を壁につけ、その反対側の辺の手前に踏み切り線のテープを貼っている。マット自体もテープで固定されている。
踏み切り線前の中央には赤いしるしがつけられており、そこを中央位置として両足を軽くひらく。
左右のつま先を線の前はしにそろえたのち、二重踏み切りにならないよう注意しながら両足同時に前方のマットにとぶ。
でも一回目は勢い余ってしりもちをついたこんしまちゃん……!
「しまった……」
思わず口癖がこぼれ落ちた……ッ!
先生が巻き尺を使い、おしりから赤いしるしまでの距離を計測する。
その跳躍距離は、百十五センチメートル。
得点は一点である。
「きょ、去年から大幅に下がっちゃった……」
「だいじょぶだって、こんしまちゃん」
六月一日さんが優しく言う。
「立ち幅とびも二回やってから、いいほうの結果が記録になるし」
「……しまった。そうだったね、元気出てきたよ、六月一日さん……」
踏み切り線に戻り、こんしまちゃんが再度跳躍する……!
今度はしりもちをつくこともなく、記録は百六十センチだった。得点は五点である。
「やった……百六十の大台に突入した……」
「ナイスだよ~」
続いて六月一日さんがとぶ……っ!
一回目は二百二センチ、二回目は二百五センチという結果だった。得点は九点……!
立ち幅とびセクションから移動しつつ、こんしまちゃんが興奮の声を漏らす。
「やっぱりさすが……二百の大台……!」
「ありがと。だけど男子に比べれば――」
そう言いかけて六月一日さんは一瞬だけ口をつぐんだ。
かたくなに卑下すれば、素直にほめてくれたこんしまちゃんの気持ちをもないがしろにしている感じがする。
「……そうだね。前より伸びたし、わたしはわたしをほめていいよねっ!」
そんでハンドボール投げのセクションに入る。
直径二メートルの円のなかからボールを遠くに投げるのだ……!
円の中心から緑のテープ二つが伸びている。その角度は三十度だ。
二つの線を一メートルごとに円弧が結ぶ。これを基準にして記録をとるわけだ。
こんしまちゃんが円のなかでステップを踏み、オーバースローで投げる。
「たややあ~……っ!」
気合いの入ったかけ声と共にハンドボールが放物線をえがく。
これを二回おこなう。結果は――。
十四メートルと十三メートルであった。
より大きいほうが記録になるのでこんしまちゃんの最終記録は十四メートル。得点は六点だ。
「あれ……去年は十五メートルだったのに……」
しょぼんとするこんしまちゃん。
六月一日さんは励ましの声をかけようとしたけれど、その前にこんしまちゃんが復活する……!
「でも悔しがれてよかった……」
「こんしまちゃん……」
考えてみれば六月一日さん自身、思ったよりも身長が伸びなくて気が沈んでいた。
これはどんなに「気にしなくていい」と言われても気にする種類のものなのだ。
だけどこの結果を悔しく思えたということは、自分には成長の余地があるということでもある。
黙って六月一日さんは左に作ったサイドポニーをほどき、髪の右側に新しいサイドポニーを作りなおした。
ついで円のなかに立ち、大声を上げてボールを投げた。
ボールは屋内の空気をつんざいて……三十八メートルほど飛んだところでバウンドした。
男子でも十点に相当する記録である。
大声に反応したみんなが一斉に六月一日さんとボールを交互に見て、感嘆しながら拍手した。
六月一日さんも自分に戸惑いながら、二回目のハンドボール投げをおこなう。
今度の記録は二十六メートルだった。
それでも充分すぎる記録ではあるけれど、六月一日さんはちょっと悩んだ。
(一回目でまさかあんなに飛ぶなんて……ずっと部活をがんばってきたからかなあ。ともあれ自己ベスト大幅更新。でも伸びすぎたら、これはこれで……ずっとこの記録が呪いになるんだろうけど。ずうっと……「あのときできたのに。なんで今はムリなんだろう」って思い続けることになるわ。間違いない)
だけどそれはうれしい悩みであるような気もする。
そう思い、円から出た六月一日さんはこんしまちゃんに声をかけた。
「きょうの体力測定、付き合ってくれてありがとね」
「こちらこそ……六月一日さんと一緒だったからこそ、わたし……成長したって気づけたよ……」
笑顔でこんしまちゃんは六月一日さんを見つめ返した。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
最後は全員で二十メートルシャトルランを実施する。
ただし矢良さんはこのテストに限って不参加だ。
すみっこから笑顔で見守っている矢良さんを目に入れつつ、六月一日さんが右隣の鹿出さんに話しかける。
「わたし、鹿出に『うらやましい』って言ったこと、取り消さないから」
「……いいんじゃね」
鹿出さんは小さく笑ってセンターパートの髪をゆらした。
あらためてストレッチをはさんだのち、先生が電子音を再生する。
そこでみんなが一斉に走りだす。
(ここでも、いい記録を出そう。さっきみたいなすごいのはムリかな? いやムリじゃない、できる!)
右のサイドポニーを振りながら、六月一日さんは走った。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
ちなみに最終的な記録および項目別得点は以下のとおり。
・握力:こんしまちゃん(二十三キログラム/五点)・六月一日さん(三十二キログラム/八点)
・上体起こし:こんしまちゃん(十八回/六点)・六月一日さん(三十三回/十点)
・長座体前屈:こんしまちゃん(五十五センチメートル/八点)・六月一日さん(六十一センチメートル/九点)
・反復横とび:こんしまちゃん(三十七点/四点)・六月一日さん(五十三点/十点)
・二十メートルシャトルラン:こんしまちゃん(四十九回/六点)・六月一日さん(百六回/十点)
・五十メートル走:こんしまちゃん(九・二秒/五点)・六月一日さん(八・二秒/八点)
・立ち幅とび:こんしまちゃん(百六十センチメートル/五点)・六月一日さん(二百五センチメートル/九点)
・ハンドボール投げ:こんしまちゃん(十四メートル/六点)・六月一日さん(三十八メートル/十点)
●合計得点:こんしまちゃん(四十五点/総合評価C)・六月一日さん(七十四点/総合評価A)
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:三回(累計百八十三回)
次回「第四十五週 四人で将棋を指してしまった!(月曜日)」に続く!(四月十七日(金)午後七時ごろ更新)
いつもお読みいただきありがとうございます。評価やブクマ等も励みになります。
それにしてもスメドレー式握力計の「スメドレー」っていったいなんのことなんでしょうね~。




