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イワンは何処に眠る?

ウラル山脈南部にて




「始めるぞ、夜目を利かせろ」


毛むくじゃらの塊がモゾモゾと地を這い蠢く。


双眼の暗視装置が視界を緑に照らし、見えないものを見えるようにする。


「ギリースーツあっつ」


ナスタチウムはこの服を脱いで籠る熱を放出したかったが、擬装解いてしまえば見付かってしまうだろう。


擬装だけが我々を守る術だ。


AS Valに載っけているPSO-1を双眼鏡代わりに覗き、敵状を垣間見る。


「どうだ?」


「ボヤけて良く見えない、ロシア製は性能があんましだ」


だが、輪郭は見える。


様子から察するに歩哨2人が巡回中、といったところだろう。  


ミサイルサイロ程ではないが、それなりの警備体制を整えているのは事前に確認している。


そして事前に警備の穴も調査済みだ。


「連中が行ったら俺達も進むぞ」


ポツンとスコープのレンズに一雫落ちた。


気付けば雨粒が次々と音を鳴らして落ちてゆく。 


雨だ、雨が降り注いでいる。


「天が味方になったな」

 

「冷えるとお肌に悪いわぁ」


「お前……肌気にするようなタマかよ」


「私タマ付いて無いよ、ムネはあるよ」


歩哨が通り過ぎた隙を突き、彼らの背後を匍匐で通過した。


草原に建てられている豚小屋の横を通り過ぎ、目的の場所である族長の家に到着する。


「ニコライ様子はどうだ?」


「高台で見張りしてた奴が降りて来てる。お前達から見て9時の方角だ」


300m後方から監視を行うニコライの報告通り、1人が他の見張りと合流する。


「もう交代してもいいか?」


「ふざけるな、まだ5時間しか経ってないじゃないか」


「ふざけてんのはどっちだ!この2週間毎日働いてんだ。オマケに雨まで降ってきた、寒くて限界だ」


「ならポンチョを取ってこい、交代要員は用意出来ない」


「クソ!いっそのこと皆撃ち殺されちまえばいいんだ!」


言い争いをしているその背後から忍び寄り、そっと手を伸ばす。


口を塞いで首にナイフを3度突き刺し、仕上げに喉へ刃を滑らせ止めを刺した。


時計回りに家を一周しつつ警備を排除してゆく。


雨で視界が悪く音も聞き取れない状況の為か、警戒も疎かになりやり易くなっていた。


周辺を警備していた10人ほどの敵はこちらの気配すら感じ取れずに草地に倒れた。


全員を無力化するのはリスキーな判断だが、もし屋内で発見され銃撃戦になりでもすれば纏めて相手する羽目になる。


そう考えると、近場の兵隊には死んで貰う他なかった。


「いいナイフ捌きだ、退職後は料理人になれよ」


「やだよ、好きなものだけ作ってたいから」


窓枠に手を掛け、ゆっくりと開くと軋み声を上げながら解放される。


田舎に住んでる人間が鍵を掛けないのは何処も同じなのだろうか。


家の中に侵入した2人はPB拳銃を抜いた。


KGBの武器庫から流出した消音拳銃だ。


闇市で3000ドル+板チョコ3枚と交換した。


入った途端に感じるのは懐かしさ、車で2時間の田舎にある親の実家の匂いだ。


壁や柱にクレヨンの落書き、花柄模様のダサいテーブルクロスの上に謎の置物、酷い懐かしさだ。


生活感だらけの慎ましやかな豪邸だ。


半開きになっているドアを軽く押すと、子供達がスヤスヤ寝静まっている。


ナスタチウムは銃口を小さな頭に向けて引き金に指を掛ける。


私に言わせれば、発展途上国の教育の行き届いてない馬鹿な自動小銃を持ったクソガキも。


私のような政治家一家に生まれた良いとこのお嬢様も、本質的には何も変わりやしない。


子供でも脅威になる。


私がそうだったように野放しには出来ない。


だからコイツらも変わらない。


拳銃を上から掴まれ、下げさせられる。


班長はそれだけは駄目だと首を横に振った。


ここで押し問答するのは時間の無駄、だからここでは一歩引いた。


この家の中では大人も子供も誰も彼もが眠っている。


朝は起きて仕事、夜は皆でベッドの上、その当たり前に入り込む異物は毬栗のように尖っていた。


再び摺り足で移動し、目的の場所を探る。


僅かに感じる空気の流れと換気扇の駆動音が我々を目的へと導く。


階段を下る。


更に階段を下る。


開けた闇の下へ降りる。


「お前がイワンだな」


その言葉に反応してイワンは目を開く。


身体中に管を通すその男は弱々しく、文字通りの瀕死の病人だった。


ナスタチウムは拳銃を突き出し、躊躇いを見せなかった。


もの言う為の喉は潰れている。


だから命乞いも出来ない。


イワンは視線を上に剃らし何故この道を選んだのか記憶を呼び起こした。


私は中東でソ連の工作員として、ナチスの動向を監視する役をやらされていた。


軍事基地や政府機関施設の建設作業員として潜り込み、回線ケーブルに盗聴器を仕込むのが主な仕事だった。


任務は順調だった。 


だがある時、突然病に倒れることとなった。


原因はアスベストを吸い込み過ぎたことによる石綿症だった。


他の労働者達も自分と同じように倒れたが、ナチス連中は気にも留めなかった。


同盟国からの出稼ぎ労働者は対面を保つ為に最低限治療を行っていたものの、我々のような劣等人種はほぼ使い捨て同然だった。


ソ連側にとってもそれは同様で、少数民族の小間使い工作員がどうなろうが知った事では無かった。


敵も味方も見捨てた人間は腐り果てるだけの筈だった。


またも突然の出来事だった。


実験に使うとだけ説明され、コンテナに詰められ遠くに送られた。


そしてデメキン目の老人と出会った。


彼は機能不全寸前に陥っていた私の肉の肺をオレンジに光る肺と交換し、生きる力を蘇らせた。


そしてこう言った。


「君達は膨れ上がった風船を割るオレンジだ。この技術を拡散させろ」


老人の目的は我々のような虐げられてきた存在に力を与えることだった。


大西洋を船便で渡り、スペインで準備を整えアフリカを横断した。


しかしスエズ運河を目前にして感染症に罹り、片目を失った。


中東では両腕を折られる拷問を受けた。


イランの親独政権下では秘密警察が幅を利かせていて、私は顔がユダヤ人に似てると因縁を付けられ捕まった。


運良く反体制派のデモ集団が秘密警察の本部に焼き討ちを行い、その混乱に乗じて逃げ出すことが出来た。


腕を治すのに5ヶ月掛かった。


そのまま北上し、国境の監視をすり抜け故郷に帰還した。


ボロボロになった自分の姿を見て家族の誰もが泣き叫んだ。


「何か情報を引き出さなくていいのか?」


「どーせ喋れやしないよ」


ベッドに横たわる自分を女は冷たい目をして見詰める。


私と似たような目的を持ち、リアリズムな視点から物事を考えている。


コイツは我々の独立意思を絶やそうとしている。


ナチスが白人至上主義国家だとするのなら、お前達は多民族加害性国家だ。


「貴様らの協同体は私が必ず潰す」


歴史の傷痕にすらならない程、秘密裏に殺す。


「………………」


我々の意思は、お前達に抗うよう構築されている。


止められると思うなよ


硝煙と一緒に命が昇った。


「作戦目標を達成、これより離脱する」


無線報告の直後、地響きで地下室が揺れる。


続いてジェット機の爆音が頭上で鳴り響く。


「新露軍か、予定より少し早い」


今の爆撃で上で寝ている連中は全員起きたことだろう。


急いで元来た階段を駆け上がると、降りてくる音も同時に聞こえてくる。


班長がまだ見えぬ敵に向けて2発撃ち込んだ。 


階段から転がり落ちてきたのはニシス族長だった。


「もうこれで降参出来ねえな」


「もうその扱いしてくれるボーダー、とっくに越えてる気がするけど」


「ならとっとと脱出だ、国に帰るぞ」

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