エスカレーション
稚内市内 宗谷駅にて
「これネクタイの色大丈夫?」
「大丈夫です。良くお似合いですよ総理」
式典会場に向かう総理の周囲には警護官がピッタリと張り付き、隙無く警備を行っていた。
「すまないねぇ、こういう時だから自粛すべきとは言われているんだが、こればっかりはねぇ」
太平洋の向こう側でやっているとは言え、今現在は戦時下である。
国民の政権に対する不信感とテロのリスクは高まりつつある中、おいそれと外へ繰り出すのは得策ではなかった。
それにも関わらず出席した理由は、これが総理の目玉政策であり長年の夢だったからだ。
「宗谷トンネルは私が地方議員だった頃からの悲願だったからね」
2026年に既存の路線である北海道新幹線を延長し、函館ー札幌ー旭川ー稚内を繋ぐ新たな路線を敷設していた。
それを更に延長し、稚内から樺太までの海底トンネルを掘り2038年遂に完成を迎えた。
「家内からも随分止められたけど、子を取り上げるのは政治家の自分の役目だ!って言ったら渋々認めてくれたよ」
「総理と仰れど、家庭の天下はかかあってことですね」
「その通り!」
秘書と楽しくお喋りするその建物の屋上では、内務省警備部所属の零中隊が警戒に当たっていた。
満州航空472便ハイジャック事件の失敗を元に対テロ部隊として編成された零中隊は、内務省の懐刀と言われ重要な案件にしか投入されない部隊でもある。
複数の狙撃班に加え、自爆ドローンに対する備えとして指向性の電波妨害装置や散弾銃が配備されている。
「間も無く総理が入場する」
盛大な拍手と共に入場を果たす総理は、知事や市長と握手を交わした後、誇らしげに用意された壇上へ上がってゆく。
その前面には防弾ガラスが立て付けられ、少し物々しさを感じさせていた。
「各班状況報告」
「1班、異常無し」
「2班、異常無し」
「3班、挙動不審な人物が来賓席側の壁際に居る。首からカメラを下げていて、茶色のジャケットを着ている」
下で警備に当たっている隊員が近付き様子を探る。
周囲が背広姿の為か、そいつは否応無く目立っていた。
そわそわと落ち着けない様子で周りを見渡し、遂に意を決したかのように動いた。
「挙動不審人物は外のトイレに向かった」
杞憂に終わったことを安堵する間はなく、総理は演説を始めた。
「えー皆さん、知っての通り遂にやり遂げました。宗谷トンネルは今日を持って開通致します」
「ですが、私の長い演説を聞く前に一つお願いがあります。建設中に亡くなった作業員の方に黙祷の時間をお願いします」
宗谷トンネル建設途中、トラックで建設資材を運搬している最中に交通事故で1人亡くなっていた。
徹底した安全対策を心掛けても尚、死者を出したことについて当時の建設会社社長は痛恨の極みと語っている。
目を閉じ静かに手を合わせ、静寂で死者に語り掛ける。
黙祷が終わると総理は一言一句、台本通り丁寧に言葉を繰り出す。
「私の祖父が郵政民営化を進めた頃」
突然総理がしゃがみ込んだ。
いや違う、すぐ上で何かが爆発したのだ。
防弾ガラスの内側が赤血で飛び散り汚れる。
「襲撃だ!」
銃声が後から届き、長い余韻が響き渡る。
警護官が反射的に総理へ覆い被さると、身体を掴んで演説台から引きずり降ろした。
「何処からだ!?」
狙撃班が攻撃者を特定する為にあらゆる方向へ視線を向ける。
駅近くに建てられたホテルビル、電波塔や灯台といった狙撃に適した場所を見た。
その姿は見当たらない。
狙撃を挑んだのなら離脱まで考えている筈だ。
平原へ目を向ける。
「道路沿い!白い車だ」
観測手が1200m先に止まっていた車を発見した。
直ちにその車の中から発砲してきたのだと判断した。
直感では無く、射角と距離を計算した上で結論付けた。
24式狙撃銃から338.強装弾が発射される。
「……命中した」
内閣情報調査庁にて
「総理が暗殺された」
「分かってますよ。私が呼ばれた理由がそれであることも」
CIRA長官は正面に座る女と対峙する。
「今井の臨時代理順位は2番目だった筈だ」
1番目だった財務大臣は3週間前に持病の悪化に伴い、職を辞した。
偶然か仕組まれたことなのかは分からない。
ただ想定していた中で最悪の状況になっただけだ。
「今井が総理になったのがそんなに嫌なのかしら?まぁ、嫌よね。あんな核兵器を銀の弾丸としか思ってない男」
指で机に何度もぐるぐると円を描きながら、物憂げな目と薄ら笑いな口角で暇を持て余している。
「君の目的は何なんだ?」
「もくてき?目的も何も、私はいつも単純な話を軸に動いてるだけ」
「でも時としてそれは複雑な段階を積んでいく必要がある。だからみんな、私が何か特別な事をやろうと考えてるって邪推してる」
「ところでお茶はまだ?」
この女、良く口が回る。
終始ペースを握り、場の掌握に掛けて右に出るものは居ない。
そしてとにかく不気味だ。
「もうすぐ会見だ」
長官は部屋の壁に据え付けられた液晶テレビに電源を入れる。
どの放送局も緊急会見の中継映像の流していた。
「チャンネル変えて下さる?ワイプで司会者の顔映してるの嫌いなの」
適当にリモコンをいじくると、無味無臭な公共放送局のチャンネルに切り替わった。
今井が姿を現し、典型文的な哀悼の意と報告を行うと、話したかったであろう本題を咳払いの後に切り出す。
「今回の暗殺事件の実行犯である男は、以前から内務省が旧米の工作員である可能性が高いとして監視を行っていました」
ここで敢えてその情報を出す辺り、何か企んでいるに違いない。
「また、犯人が使用したライフルには20mm砲弾が使用されており、この砲弾は近接信管を内臓した高性能砲弾であります」
「えー個人で製作することは大変困難であり、組織的な犯行の可能性が高いという見方を持っておりました」
「外交ルートを通じ、中部米国側に回答を求めたところ関与を否定しました」
予想通りの話だ。
斬首作戦をしたところで、日本を刺激するだけであることは分かっている筈だ。
総理暗殺をやるメリットは旧米には無い。
「ですが、米国の情報機関であるOSSは犯行に関与したことを認めました」
CIRA長官は椅子から立ち上り、どういうことだと叫んだ。
そんな重要な情報が日本の情報機関トップである自分に伝えられていなかった。
その事実は明確に総理が現CIRA長官を敵視していることの表れだった。
「ふぅん、どうやら仲違いしたご様子で」
「君の仕組んだことなのか?」
「やりませんよ、こんな子供じみた真似」
そう言って立ち上がると、部屋の出口へサラサラと歩いていく。
途端に携帯が鳴り響き、女の手提げ鞄を揺らす。
「はい?あーはいはい、大変ね。分かったやってみる」
出口へ向いていた足先は再び長官の方へ向き直す。
「最後に1つ、助け舟を出して貰えませんか」
「もうじき私は解任だ。内務省の警備担当連中と一緒に、今回の事件の責任を取るという形での辞職でね」
「海軍の方々に一言、口添えしてくれればそれで構わないから」
白い女は祝福を願うように微笑みを浮かべた。




