襲撃
モスクワにて
「よしゆっくり運べ」
車庫に到着するとナスタチウムの四肢を担いで車から運び出す。
「酷い有り様だな」
隠れ家のアパートに戻った我々を一目見るなり、残留してた隊員にそう言われた。
いつもなら皮肉で返していたが、言い返すには腹が減り過ぎていた。
「金はあと幾ら残ってる?」
「もう今年度の予算は遣い果たした。身銭を切るしかないぞ」
「クソ!今月だけでもう10人は死んでる」
原因は火を見なくても明らか、派手に動き過ぎた。
「イワン共に動きはあったか?」
「2人消えた。1人はチェチェン人との銃撃戦で、もう片方は保安局に拘束されて行方知れずだ」
「これで残りのイワンは2人だけだ。どっちがあのお客の目当てだと思う?」
班長はその問い掛けに答えず、マットレスの上で横たわるナスタチウムを見る。
この女に全てを話して貰う必要があった。
「全員部屋の外に出てくれ」
部下達は互いに目を合わせ肩を竦めると、冷たい風吹く廊下階段へ出ていった。
「さて、腹を割って話そう」
「割れてはないけど穴は開いてるよ」
ナスタチウムはそう言って腹に受けた5.45mm弾の傷をみせた。
具合が良く無さそうだった。
意識ははっきりとしているが、唇の色は青紫で呼吸が浅かった。
ヴォルゴグラードからモスクワまでの帰路の最中、傷口から細菌でも入ったかも知れない。
弱ったところにつけ込むのも今更ながら気は引ける。
もっともこの女は弱っていようが隙を見せなさそうだが。
「イワンを見付けてどうするつもりだ?」
この質問の予想は大体付いてる。
マブロニクス67であの捕らえたイワンを一切の躊躇いもなく処刑した。
そのことから目的の達成手段として殺害が選択されているのだろう。
「皆殺しだぁ、全員殺して灰にする」
「なんの為にだ?」
何かの後始末の為なのか、安全保障上の脅威を取り除くという話なのか、或いはその両方なのか。
「俺達はこの土地で、両手で数えられない年月と仲間の命を費やしてきた。アイツらの反応を見たか?」
誰もイワンを追う理由を聴かされていない。
上から探るなと言われたらそれまでだが、これだけのリソースを失ってもなお納得出来る理由が無くては現場からの信用を失う。
「士気に関わる問題だ。我々はこれ以上の損失を許容出来ない。このままイワン狩りを続ければ確実に諜報網が崩壊する」
ナスタチウムは天井の一点を見詰め、しばらく考え込んだ。
情報漏洩の可能性と彼らとの協力関係が崩れる事を天秤に掛けた。
「……話したら助けてくれる?」
そんな目で頼んでくれるなよ、応えたくなっちまうだろ。
「そうして欲しいなら目的を言え」
彼女はため息を溢して非常に抽象的かつ、はぐらかした説明を始める。
「ある技術が流出した。その技術があれば混乱か秩序を生み出せる」
ニューヨークに原爆が落ちたその日、幾つもの新しいシステムが誕生した。
「核兵器が大国間の戦争を止めたと同時に、開発競争の混乱が起きた。それが再び繰り返されようとしてる」
「イワンはその技術を何に使うつもりだ?」
「生き残る為、核兵器だけでは国は存続出来ないからね。製造方法を独占すれば、誰も手が出せない」
「確認しておきたい事がある。追っているイワンはニシス族なのか?」
「その認識で間違いない」
「なるほど……つまりニシス族は核兵器でモクスワとイスラム教徒を脅して、その新しい技術とやらで国家存続の為の貿易をしようって訳か」
ようやくここまでの情報を引き出すことが出来た。
やはり弱り目に祟り目な相手は扱い易い。
拳銃の銃声が響く。
「………今の幻聴じゃないよな」
「班長、襲撃です店番がやられました!」
無線から聞こえる声でどういう状況なのか一瞬で理解する。
ナスタチウムは重く軋み上げる身体に力を入れて立ち上がった。
「書類は全て破棄、緊急時の取り決めに従い独自の判断で待避せよ」
班長はタンスの裏に隠していたKS-23散弾銃を取り出し装填する。
「班長無線聞きました?」
相互確認をしにアレクセイが部屋にやって来た。
「聞いたよ、何階まで来てる?」
「分かりません、取り合えず書類棚に火は付けました」
ナスタチウムもPP2000に弾倉を装填して薬室に弾薬を送り込んだ。
「あうぁぁぁ……」
汗か涙か判別出来ないほど顔中から体液が滴り落ちる。
痛みで力が抜ける。
頭痛で吐きそうだ。
だが闘争心は潰えていない。
「MONの起爆装置を持ってこい、俺は階段を見張る」
下の階からはひっきりなしに銃声が聞こえて来る。
「相手はだれ?」
「さぁな、ただ言えることは」
上から砂ぼこりがパラパラと落ち、アパート全体が揺れて窓ガラスを暴風が叩き付ける。
建物の屋上に軍用ヘリがホバリングしていたのだ。
「上下から俺達を挟み込むつもりだ!」
人生最大の窮地だ。
退路が絶たれて囲まれた。
もう生きて居られない。
そう悟った瞬間、班長の脳裏に神社の鳥居を通り抜ける光景が浮かんだ。
ここに集まろうと約束した。
「アレクセイー!爆破しろ!!!」
仕掛けられていた対人地雷が次々と起爆してゆき、RDX爆薬が飛ばした鉄球が無差別に誰か何かに食い込む。
まだだ、まだ死ねない。
屋上から侵入しようとしていた敵部隊は爆風に怯んだのか、ヘリごと撤退していった。
爆発の衝撃でアパートは傾き、不安定な状態になってしまった。
「班長!」
爆発で粉塵まみれになったアレクセイは量を調整するべきだったとぼやく。
「先導しろ」
爆弾で吹き飛んだ階段は手すりが砕け、敵味方の死体が飛沫になって壁に張り付いている。
特に1階には入念に爆薬を仕掛けて置いた甲斐あって、凄惨たる光景になっていた。
"インテルネット"屋だったこの場所もすっかりな様子だ。
「やっぱりコイツら警察じゃねえな」
ハイカットヘルメットにヘッドセットを装着したその敵は、1世代前の装備を着込んでいたが良い物を使っていた。
部隊章や国旗のワッペンも、ジョークパッチの一つも貼っていないことから一切の情報が不明だった。
新露軍では使われていないVSR98の迷彩服を着込んでいることから、その線も薄そうではある。
「急ごう、こんだけデカい花火打ち上げて地元当局が気付かないとは思えない」
既にアパートを遠巻きに眺める野次馬がポツポツと見え出している。
瓦礫と粉塵に紛れて現場からの逃走を図ろうとするが、所属不明の戦闘員が裏路地に並んでいた。
「煙幕はあるか?」
「ねえよ、くそったれ何処も敵だらけだな」
アレクセイは手榴弾のピンを抜き、路地に向かって放り投げた。
「グレネード!」
スドンという爆音と共に破片が飛び散る。
「走れ!」
アレクセイがAKで制圧射撃を行い、班長はナスタチウムを抱えながら後退する。
後ろで響く銃火の音は敵の方が多く、敵の方が良く響いていた。
「うおああぁぁぁ!!!」
振り返りはしなかった。
それが雄叫びなのか、悲鳴なのかは判らなかった。
ただ銃声が止んだということアイツは死んだということだ。
このままでは追い付かれる。
そう悟った班長は民家のドアを散弾で破壊して、更に市街地の奥へと逃げた。
追ってきた敵へ向け、ナスタチウムがPP2000を弾倉一杯ばら蒔く。
「片腕にショットガン、片腕に女、戦いにくいったらねえよな」
「光栄に思いなさい」
冗談を言うその顔に余裕があまり無さそうだった。
民家を通り抜けて通りに飛び出た瞬間、キャデラックのSUVが眼前に迫った。
「ヤバッ!」
運転手がブレーキを掛けたが間に合わず、2人揃って跳ねられボンネットに乗り上げた。
「この野郎!どこ見てんだ!このクソアジア人!」
車から降りて怒鳴り付けるロシア人は、茹でダコのように顔を真っ赤にしていた。
だが我々の装備を見るなり、冷や水を浴びてハンマーで叩き割られたような顔になった。
「Heyロシアン!その車寄越しやがれ!」
ウラル山脈南部付近にて
「着陸するぞ、横風がキツいから注意しろ」
Mi24は草原に設けられた簡易ヘリポートにゆっくりと着陸し、徐々に回転数を落としていく。
それに伴ってダウンウォッシュで押さえ付けられていた草達が再び太陽へ背を起こす。
「弾薬と燃料の在庫を確認しろ」
グレゴリー旅団長は冷静に振る舞っていたが、内心は険しかった。
マールボロに火を付けて深く吸い込んだ。
「仇は討てたか?」
族長とその息子の2人は降りてくるヘリを待ち構えていた。
「奴らの拠点の1つを壊滅させた。だが自爆しやがった」
モスクワという政治の中心に構えられていた拠点だ。
情報の宝庫だった筈だが全て灰塵に期した。
「大打撃を負わせたが8人やられた。だが、向こうも当分は手出し出来ない」
「それでは困る、確実に仕留めたという結果が欲しいんだ」
「それは此方も同じだ。核戦争の用意はまだ進んでいないのか?」
この土地で独立国家を樹立させる為に必要な武器である中距離弾道ミサイルが、未だに調達出来ていない事をグレゴリーは責め立てる。
「我々の計画に乗っかってその言い草はないだろう」
「これは申し訳ない、育ちどころか悪運も強いからですな」
互いに文句を口にするが、それでも必要な存在だと理解している。
だからそれ以上の対立は起きなかった。




