同じ穴の信者達
勇ましき者の家(産廃の山)にて
上に向かって風が吹き上げ、下半身から冷えてくる。
壁がミチミチと音を立てている音からして、建物全体が揺れているようだった。
突き刺さるような気配を無数に感じると同時に、金属同士が微かに当たり触れる音が耳に聞こえる。
「マジかよ」
木枠の骨組みに何百本という数の剣がピアノ弦で吊るされていて、それは幾何学的に配置されていた。
その下にある真っ平らなコンクリート床は綺麗に美しく磨き抜かれている。
まるで調理前のまな板ような清潔さだ。
「何処にいるニコライ?」
外から見た建物の大きさと、剣が吊るされているこの部屋の面積が一回りほど違う。
白壁に手を当て叩いてみると、空気が震える音がした。
向こうに空間があることを確信し、壁際に沿って歩き出入口を探す。
目立たないよう白く塗り潰されていたが、思った通り埋め込み式の小さな取っ手が発見出来た。
開けてみると、引き摺られて付いた血の跡が扉前まで延びていた。
腐った肉の臭いが充満し、凝固した赤黒い血がモルタルのように塗られていた。
「汚ねえなぁ、後始末ぐらいしやがれよ」
血を辿って進むと囚人部屋だった場所に辿り着く。
ここでリンチでもあったのだろうか。
床から壁に向かって血と折れた歯が散乱している。
「ニコライ……お前の歯じゃないだろうな」
割れた奥歯を拾い上げ、それを丁寧に眺める。
虫歯だらけの不健康そうな歯だ。
治療痕は無く、中はスカスカでキャンディーよりも容易く砕ける。
教団は勧誘に医療を用いるが一度入った信者に慈悲を与えることはしない。
コイツらは縦穴に入っちまったのだ。
手を尽くせば洗脳を解くことも出来るがその時間と費用はない。
だから俺も慈悲は与えない。
こういうのを見ると特にだ。
「振り出しだな」
来た道を戻ろうと振り返ると、統率された足音が響く。
付けられたのか、はたまた誘い込まれたのかは分からないが、囲まれたのは事実だった。
「我々の眼前に姿を現せ異端者よ!」
大勢引き連れてやって来たのは、村で最初に出会ったハカムとか名乗ってた男だ。
「聖域に勇気無く足を踏み入れた者が辿る末路は知るぞ」
「何を言ってやがる?」
チェストリグに入っているのは弾倉が3本、F1手榴弾が2個だ。
武装兵が10人程度、外の連中が丸ごと中に入って来たようだ。
防弾装備を着込んでいるが、7.62mmのFMJ弾で充分抜けるレベルのプレートしか連中は持っていない。
「決断の時だ」
「先延ばして頼めないか?」
「神聖な場でなんたる戯言!」
冗談を飛ばしてみるがまるで通じない。
袋小路で数的劣勢、奴らの火力を上回ることは出来ない。
「手詰まりだ」
「教祖様はオ゛ッ゛」
血肉の入れ物が裂けて中身が噴き出す音が響く。
覗き込むように見てみると、ハカムの頭のてっぺんから右太股へと剣が突き抜けていた。
立ちながら死んでいる人間は初めて見た。
自由落下で落ちたにしては上手く刺さったものだ。
AKを斜めに構え被弾面積を押さえつつ敵集団へ向け、ダブルタップで射撃する。
空薬莢が上へ宙へと舞い、床に散らばる頃には敵の隊列は崩れていた。
武装兵達の頭上からは次々と剣が降り注ぎ、甲高い音を立てながら折れて割れた。
「やめろ無闇に撃つな批判集会になるぞ!」
体勢を建て直し反撃に転じようとするが、宗教的制約は攻撃に対する縛りを設けさせていた。
手榴弾を放り、爆発の後に更なる攻撃を加える。
指揮官がくたばると部隊ってヤツはこうなる。
何も考えるな教祖の言うことが絶対だと教育されている連中に、自主性だのは求められていない。
だから頭を失った時の行動の鈍さが他の組織よりも顕著に現れる。
ロクな反撃も出来ず逃げることすら許されなかった武装兵は徐々に数を減らし、ようやく神聖な場で銃を撃つ決心が付いた頃には全滅していた。
「そこにいるのは誰だ?」
あんなに都合良く物事が運ぶ筈がない。
班長は剣が吊るしてある天井の木枠に銃口を向ける。
「俺だ、ニコライだ!」
「てめぇ、やっぱり生きてやがったか」
上で剣を落としたのはコイツだったようだ。
「早く降りてこい、これだけ馬鹿騒ぎしたんなら向こうは大群で来るぞ。死体から武器を奪え」
ニコライが死体から装備を剥ぎ取っている間に、班長はハカムが首から下げている水晶を手に持ち観察する。
「カラクリを見てやるか」
それを叩き割り中に何が入っているのかを確認する。
追跡用の発信器に盗聴器とテクノロジーが詰め込まれていた。
どうせさっきの会話にも聞き耳立てていた筈だ。
「ようクソボケ、こっちは13人殺ったぞ。お前の首もへし折ってやる」
煽り終わると盗聴器を踏み潰して外へ出た。
平原の向こうから怒れるカルト信者達が地面を埋め尽くす勢いで迫っていた。
「見ろ、戦車も居やがる」
人海の波を操るかのようにT34戦車がその先頭を突き進んでいる。
砲塔の形状を見るに85型のようだ。
「あれが連中の言ってた懲罰象ってヤツか」
走って逃げ切れる相手ではないなと半分諦めていると、突然周囲で爆発が起きた。
「よお色男、野郎だけでドライブに行こうぜ」
パジェロで乗り付けてきたのはルカとピョートルの2名だった。
「ハハ、このクソボケめ!何処で油売ってやがったこの大馬鹿」
「悪いな寄り道してた」
後部座席を見ると弾痕と大量の血がべっとりと座席に染み込んでいた。
ピョートルはサンルーフからRPGを再び発射するが、着弾点は大きくずれた。
「無駄弾撃つな、こんな距離じゃ当たんねえよ」
戦車からの砲撃が建物に直撃してコンクリート片が辺りに散らばり降り注ぐ。
「向こうも砲手も照準もヘボだから当たんねえよ」
「向こうもだと?俺をあんな1世紀前のオンボロと一緒にするんじゃねえよ」
再び砲弾が建物に着弾し、ミチミチと音を立て始めた。
「喧嘩してる場合か、さっさと車を出しやがれ!」
車を出した直後にあのふざけた建物はハリボテ小屋のように崩れてしまった。
あの程度砲撃で崩れるのだから、相当無理な建て方をしたのだろう。
「今のはヤバかった」
パジェロは猛スピードで加速しながら橋を越え、高草の草原を薙ぎ倒して進んだ。
「いいぞ手薄だ、あちこち陽動を掛けたのが効いてるぞ」
どうやらルカとピョートルの寄り道は有意義なものになったらしい。
あちこちの家屋に火を放って回ったお陰で信者達は消火活動に奔走している。
逃げ道は手薄だ。
「なぁニコライ、パジェロに人は何人詰められると思う?」
ルカがこんな言い回しをするということは燃料を確保する当初の目的は達成出来なかったようだ。
「昔、ミニバンに30人乗ってたのを見た。全部死体だったが」
「そうかよ、誰か自殺志願者はいるか?」
信者の大群から逃れた後、とにかく先を目指した。
脇目も振らずに走り続け、我々を待ち続けていたアレクセイ達と合流した。
残り少ない燃料の車で一刻も早くこの場所から離れる必要があった。
この話の落ちは何とも馬鹿馬鹿しいものに終わった。
50km走行したところで、地図に載っていないガソリンスタンドを見付けたのだ。
始めから燃料の事など気にせず、何もかも無視していれば良かった。
最善の策に思えても結果は運次第という不条理が、人生を苦しめ支配している。
だが、我々の運は尽きてなかった。
あの村は入信した信者を更に強化する場所だった。
村人全員が異常だから違和感に気付けた。
我々が諜報と戦闘のプロであるように、向こうは勧誘と洗脳のプロだ。
最初から手順通りにやられたら信じ込んでいたかも知れない。
馬小屋でやっていたことなんてカルトの常套手段だ。
薬物を吸引させた後に起きる幻覚作用を、神秘体験だと勘違いさせて教祖の教えが本当なのだと信じさせる。
精神的衰弱の有無に関わらず、誰でも狂信者となる可能性を秘めていた。
共産主義者の連中も、国家の為だと信じて任務を遂行する我々も、端から見ればカルト宗教を信じ込んでいる連中と変わらないのだろう。




