表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/62

狂喜からの離脱

「諸君らの見ていた世界は虚構に満ちた幻なのである。共産主義社会は口ではプロレタリア階級の救済を訴えていた」


「しかし!諸君らは報われたのか?都会の支配者層は自らクワや銃を手に戦い労働に勤しんだのか?」


「この違和感に気付かぬのか!」


「私は嘗て、冥界を歩いたことがある!」

 

「そこは焦土と化した世界が広がっていた。滅びの灯火が全てを消し去ったのだ!しかし!そこには幻から目覚めた真の民族による真の営みが行われていた」


世界の終焉は直ぐそこに迫っている。我々は一度冥界へ旅立ち、真の姿になりて再びこの世に繰り出さんとすることが天命なのだ」


滴る血、何度も再生される支離滅裂な説法、逆向きの世界。


耳鳴り、恐怖、現状の打開、足掻くことへの無頓着。


気持ちの悪い表現、痒み、きにいらないその頭をへし折ってやる。


暴れまわる卵、倒れる蝋燭、ただひらすらに熱い。


首の曲がったソイツは泥土の地面に倒れ、その黒い眼は何処か別の世界を見ていた。


班長は自分が置かれている状況をやっと感じ取れるようになった。


逆さ吊りの状態で手足を縛られ、近くに恐ろしいほど芳しい匂いの香が焚かれていた。


自分が3人肩車しても届かないであろう高い屋根に、檻に似た頑丈な柵で仕切られた小部屋が幾つも拵えている。


どうやらここは馬小屋だったらしい。


今は内側から分厚い木で補強され、柵には鳴子が仕掛けられている。


内からも外からの出入りにも気を配っているようだ。


台座から転がり落ちた蝋燭を拾い腕の縄を焼き切った。


同じ要領で足の拘束も解くと静かに柵を開ける。


首をへし折った男が何か持っていないかポケットをまさぐってみるが、何も持っちゃいなかった。


「この存在へ万里を見通し感じ取る眼球を!」


「我の本能が命じる!」


「今栄光ある物語を創らんとする時!」


レコーダーから繰り返し大音量で流れる説法を全身に受けながら、宙吊りのまま聴く信者達は祈るかのように叫んでいた。


「まるで繭の部屋だな」


さっきの男は香を替えに来ただけだろう。


戻って来るのが遅いのを不審に思い、奴の仲間が様子を見に来る筈だ。


その前に武器を調達してニコライ達と合流しなければならない。


馬小屋の外へ出ると、広大な暗闇が広がっていた。


いつでも仲間とライフルが傍にあって暗視装置がヘルメットに装着されていた。


こんな不毛な土地であっても、自分が如何に装備ありきで生きていたのかが分かる。


だがそれでも臆することなく進み、微かに見える人家の明かりに向かった。


草の根を踏まぬよう歩き、周囲を警戒しながら素早く行動する。


こんな状況でも星は光輝いている。


第20山岳師団に居た頃だった。


日本陸軍の山岳戦専門部隊としてフィリピン戦争の戦訓を元に創設された20師団では、急斜面の山の中を物音立てずに登る訓練をした。


ビルマでは重機関銃や迫撃砲を人力で30km運び、敵の前哨基地を攻撃した。


その時に比べれば何てことはない道のりだ。


草むらに身を隠しながら民家に接近し、観察を行う。


村の正門で見掛けたみすぼらしい家屋とは異なり、造りのしっかりとした家だった。


カーテンを締め切っていて中の様子は確認出来なかったが、大人数が居る気配はしない。


ドアノブを捻り、ネズミのようにコソコソと侵入する。


「鍵も掛けてないとは無用心だ」


入口から廊下にまで調度品に溢れ、他の信者連中とはえらい暮らしの違いだった。


今のロシアでは、すきま風のない家に住めるだけでブルジョワの仲間入りだ。


床板の軋みすら鳴ってくれないこの感じ、満州のヤマトホテルほど豪勢ではないが特権階級の家特有の雰囲気がある。


目配りをして武器になる物を探してみるがテーブル上の万年筆しか目ぼしい物が無かった。


「無いよりマシか……」


家のあちこち電球の明かりで照らされ、眩しさすらも感じる。


その眩しさの下には人間がいるものだが電気の消耗を気にせず付けっぱなしな辺り、いけすかない奴らだ。


「例の来訪者はどうしてる?」


「はい、目覚めの間にて7日間のトライアルを行わせております」


「滞りなくやると良い、今は1人でも多くの穿つ者が必要なのだ」


2人だけだ、座っているから反撃が遅れる制圧出来る。


そう判断して部屋の中へ飛び込むと、此方に背を向けて座っていた信者の顔面をぶん殴った。


脳震盪を起こし椅子から横向きに転げ倒れる。


驚愕の表情を浮かべる老人に向けて平手打ちを繰り出し、胸ぐらを掴んで脅す。


「俺の仲間は何処へやった!」


「この下劣な背信者め!貴様はいずれ我らが直接デ」


平手打ちを再び浴びせ、言わないという選択肢を彼方へ追いやろうとする。


「し、知らん!私は」


今度は壁に押し付け、首を締め上げる。


「良く聞けノーメンクラツーラ、俺は別に金持ちが嫌いって訳じゃない。いい暮らしをしているのが悪い訳がないよな」


万年筆の先を動脈に押し当て、鋭い目で老人を睨む。


「だがな、禁欲を強いておいて自分だけいい思いしようって奴は一番嫌いなんだよ。特に信者を薬漬けにして飼い慣らそうとしてる宗教団体とかな」


「あれは薬ではない!次のステップに到達するための」


どうしてこの手の連中は馬鹿げた言葉遊びが好きなのか、未だに分からない。


「よし、じゃああの世に向かってステップアップだ」


抱え持つように首をロックし、思いっきり力を加えた。


ボキッと骨が折れる感覚の後に、膝から崩れ落ちて動かなくなった。


勢いで殺したはいいが、まだ情報を引き出せていない。


「おい起きろ」


最初に殴り倒した奴の顔を叩いて無理矢理起こして背後から締め上げる。


「タスケテ……」


みるみる顔が赤くなり死を体感しているのが良く分かる。


「他の仲間は何処へやった?言わないなら絞め殺す」


汗、鼓動、血流が早まる感覚が腕を通して伝わってくる。


押し寄せる恐怖と自らの根幹である信仰に背くかで揺らぎ、苦悩していた。


恐怖で信仰に打ち克つ。


「知ってるか?ビルマの反政府組織ではな、裏切り者は絞首刑にしてた。その前に硫酸で一煮立ちだ」


沈黙したまま生唾を飲み込む男は明らかに不安を感じていた。


「こっちじゃ硫酸はない。だが一手間掛かるが、生皮を剥いで塩漬けにすれば同じことだ」


「そんなこと……」


「残念だ」


目蓋の上に指を置き、トマトを潰すかのように押し込んだ。


「まって!」


「喋る気になったか?」


「勇ましき者の家に閉じ込めてある」


「通称じゃなくて場所を言え!」


「西の方角に行くと小川がある。橋を渡って3kmほど歩けば、コンクリート造りの建物がある」


「嘘を付くな、お前に近しい人間から順番に殺すぞ」


「本当だ!嘘じゃない!」


「この家にいるのはもうお前だけか?」


「あ、あぁ……」


口から泡を吹くまで男を絞め、だらんと腕の力が抜けたところで首を絞めるのを止めた。


外の様子を伺ってみるがまだ脱走を気付かれた様子はない。


今殺した奴の言っていた何たらの家がどんな所かは知らないが少なからず警備がいる筈だ。


小休止も兼ねて家の中を物色することにした。


銃が見付かれば万々歳だ。


まず顔を洗う為に台所の流しで顔を洗った。


鼻に詰まっていた血でシンクが血の海になる。


あの香の力が弱まった理由はこれにあるようだ。


水道が通っている辺り、それなりに設備の維持管理能力があるらしい。


国から忘れられた村でさえ、こうして保てているのは連中の組織力あっての事のようだ。


顔を拭きつつ、食卓に並ぶ食い掛けの料理を貪った。


赤紫色のビーツスープを飲み干し、黒パンと一緒にサーモン塩漬けを噛み潰して胃に入れた。


他にも食べる物がないか探すために戸棚を開けると、チョコレートやウォッカが少なくない数保管されていた。


「何が欲を持ち込まないだ、このクソッタレめ」


銘柄が自分達が持ち込んだ物と一致しているのを見るに、そっくりそのまま分取ったのだろう。


チョコレートを咥えながら肩下げの古びたバックの中へ使えそうな物を押し込んでゆく。


武器を探してはみたが、マトモに殺せるのは刃渡り12cm程度のキッチンナイフぐらいだ。


「そろそろ移動するかな」


また暗闇の世界に戻るとランタンの光が無数に揺らめきながら右往左往していた。


「間抜けめ、気付くまでに20分も掛かっていやがる」


信者の武装は切先を尖らせただけの木槍、クワやスコップ等の農耕具だ。


奴らは寝床から駆り出されただけの農奴に過ぎない。


問題はその後ろで指示を出しているAKを持っている奴だ。


白装束なのは他の連中と変わらないが首から水晶を下げている。


恐らく信者を監視する為の政治将校的な役割を果たしているのだろう。


「探せ!探せ!逃せば集会批判だぞ!」


信者を尻目に西の方角へ進み、小川を渡って走り続けた。


車で待機しているアレクセイ達に合流するべきだろうが、戻るべき方向には信者が大勢居る。


遠ざかる以外の選択は取れなかった。


「あれか」


橋を渡り草の根を掻き分けて到達したそこには、コンクリート仕立ての歪な構造をした建築物が聳え立っていた。


地に根を張りながら天へと捻るように伸びるそいつは、実に不安定な見た目をしている。


建物で造花でもしているようだった。


まだ完成はしていないようで、建設用重機や資材が野晒しで据え置かれていた。


「畜生、数が多い」


見た感じだと30人程度、完全武装の1個小隊が展開していた。


警備の隙を伺っていると何か騒がしくなり始めた。


「畑が燃えてると連絡があった。何人か引き抜いて来い!」


「きっと余所者の仕業だ」


「懲罰象も既に出棺している。お前達は火を食い止めろ!」


舞い込んだ幸運か、或いは意図的な意思あってのことなのかは知る由もない。


手薄になった建設現場には僅か10人を残すのみとなり、残った奴らは各場所へとバラバラに散らばった。


背後から忍び寄り、キッチンナイフで1人突っ立っている兵士の喉元を突き刺した。


その迷い無きひと突きで血が溢れ、溺れるように息を吸い絶命した。


着ている服と顔を隠す為に被っている目出し帽を奪い、着用する。


姿形は同じように出来たものの、この姿で誤魔化しきれるかは分からない。


奪ったAK47の動作確認を行う。


もし何かあればこれで蹴散らすしかない。


連中の言う、勇ましき者の家とやらに土足で踏み込んでやろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ