礼儀正しい人達
「こっちに来てくれ」
班長が指差す地面には2本の履帯が伸びていた。
「何の車両だと思う?」
「すくなくともトラクターでは無さそうだ」
ニコライは頭で記憶しているあらゆる無限軌道式の車両から、この地面を踏み固めたであろう物を探し当てる。
「あー多分T34辺りの戦車だと思う」
「おいでよ武装村ってか、冗談キツいぜ」
「T34なんて何処にでも転がってるだろ。俺は内戦の時モスクワで見たぜ」
一つ気掛かりが増えてしまったが、だが捉えようによっては良い話でもある。
我々が乗っている車両のうち、トラックの方はディーゼルエンジンなので軽油でないと動かない。
T34戦車は軽油で動くので村に在庫がある筈だ。
だが、あの女を運んでいる方の車はガソリン車なので燃料が合わない。
ガソリンが見つからない場合、手狭にはなるがトラックに全員押し込むしかなさそうだ。
「考えても仕方ないか……行くぞ」
そうして曇り空の下を歩いていると、家屋の輪郭が見えるとこまで来た。
もっと近付くと、飾り気のない素朴な木造住宅の家が立ち並んでいる。
丸太を積み組んで造ったそんな見た目の家だ。
人は住んでいる。
疎らに歩く女の姿が、村をぐるりと囲む木柵越しに見えた。
3m程度の高さで格子状に作られたそいつは、そこまでの頑丈さを待ち合わせていないようだった。
野生動物対策か或いは別の目的があるようだ。
「あーすみません」
洗濯物を干している村人を柵越しに呼び止めると、ぎょっとした表情を浮かべた。
女は後ずさりをしながらボロ家へ逃げるように入ると、カーテンの隙間からこちらを覗く。
「へへ、嫌われてやんの」
「ニコライ、お前の顔が怖いってさ」
いつもの調子のルカとピョートルに黙れと返答し、別の村人への接触も試みる。
皆シャイなのか、はたまた余所者とは話したがらないのか、黙視で見える範囲の村人達は全員家へ隠れた。
「どうするってんだ、油が無きゃ車は走らない。血でエンジンを起こすつもりか?」
「俺は不幸者だよ、部下が皮肉屋ばかりで」
班長はため息を溢して腰を叩く。
周囲を注意深く観察して話ができそうな人間探す。
間違い探しでもしてる気分だ。
そうして怪しい動きをしていると、話せるというか話してくる。
「よし田舎騎士共がやっとお出ましだ」
手ぶらの男達が肩を左右に揺らし、睨みを効かせながら歩いて来る。
最初のセリフは大体想像出来る。
何しに来た、お前どこの人間だ、離れろじゃないと撃つぞ。
連中の仕草を見てみろ、服の下に隠した銃の異物感を頻りに気にしている。
ニコライ達は彼らの登場に素早く対応する。
互いに目線を送り、自然な形でそれぞれの間隔を開けて扇状に位置取った。
テレビリモコンの裏にある電池みたく並列していれば、相手は引き金を引くだけでいい。
敵の攻撃に狙うという動作を追加すれば、1秒未満の隙が生まれる。
咄嗟の攻撃で味方が1人が倒れても、別の誰かが敵を倒せる。
「やぁ、ようこそ」
一瞬戸惑った。
ニコニコと馴れ馴れしい笑顔を振り撒き、買ったらオマケしてくれる気前の良い露天の店主みたいな雰囲気を放っていた。
ロシア人が身内でもない余所者にここまでの感情を向けるものか。
「こんにちは、僕はハカム」
その青年はローブのような服を着て、胸元に六角形の水晶をぶら下げていた。
想像出来るか?都会でウォッカを片手にゴプニクポーズ取ってそうな男達が、握手の為に手を伸ばしている。
顔を見ていないが、後ろで警戒していたニコライ達も自分と同じ表情をしている筈だ。
「あっそうでしたね、まずは要件を聞きませんと」
「ガソリンが欲しい、あとディーゼルも」
物々交換の為に持ってきた物品を見せ、取引の用意があることを示す。
だがハカムと名乗る男はそれに見向きもせず、ここに欲を持ち込むことは出来ませんとそれを拒否した。
「代わりに村長とお会いになって下さいますか」
俺達はこういう状況を縦穴に入ると表現していた。
入ったらそれまで、重力に従ってそのまま進むしか道はない。
「どうぞ中へ」
不自然なほど親切な男に言われるがまま、付いていくしかなかった。
一歩敷地に入った瞬間、全員切り替わったように笑顔を振り撒き始めた。
「こんにちは!」「こんにちは!」「ごきげんよう!」
さっきまでの態度とは一変して、女達は嘘みたいに手を振って歓迎をしている。
排他的な村かとも思っていたがそれとは少し違っているように感じる。
なんというか、来た人間の居心地が良いように取り計らっているのだ。
先程まで、乾いた空気の無味無臭でしかなかった筈の場所だった。
いつの間にかパンを焼く匂いだったり、茶の香ばしい匂いまで漂っている。
だがそれは本物の匂いではなく、そこら辺の家々此処彼処で焚かれた香の臭いだった。
「いい香りでしょう。村で取れた物を使っているんです」
ハカムが顔を向ける方角には、耕されたばかりの大きな畑が広がっていた。
「よくこれだけの範囲を……」
「トラクターがあったので」
「へぇ羨ましい」
ふと気づくと、太陽が水平線に沈み込む間近だった。
今日はやけに日が落ちるのが早いなと感じてしまう。
もうそんな時期だったろうか。
寒くなってくると日没が早くなる。
ここは祖国と地続きでもなく、文化も風景も違う敵の国家だ。
だが、これだけは変わらなかった。
それを認識して理解することで初めて、同じ惑星の同じ人間であると知ることになる。
「ここになります」
しばらく歩いたかそうではないか定かではないが、無事に辿り着くことが出来た。
「ここは教会か?」
規模的には小さめの体育館といった感じではあるが、石造りで村一番の大きさだ。
「いえここは教会ではありません!」
食い気味に話すハカムの背後には、十字架を外されて単なる建物と化していた元教会が建っていた。
「ここに入る際には決まりがあります。世俗の物や武器は持ち込まないで下さい」
「だってさ」
班長は持っていた銃をニコライに預け、1人で中へ入ることにした。
「何かあれば大声を出して下さい」
ニコライはそう耳打ちして何食わぬ顔で銃を受け取った。
ハカム自身も懐に仕舞っていた拳銃を仲間へ預け、丸腰になる。
「では中へ」
扉を開けた瞬間、白い煙が外へモクモクと飛び出した。
様々な香りで頭がぼんやりとしてくる。
閉め切った薄暗い室内は、蝋燭の火で足元が辛うじて見える程度の明るさだった。
目の焦点が合わず、何度か目を擦ってみるがボヤけは収まらない。
村人達は長椅子に座って、手を握りしめて何かに強く祈っている。
彼らの横を通り過ぎ、ハカムは足音をあまり立てないよう奥へ進んで行く。
講壇の隣にドアが見え、その前で立ち止まり再度忠告を受ける。
「この先には私達が最も敬愛する御方がいらっしゃいます。失礼のないよう」
何が出てくるのか、どんな奴がここを仕切っているのか興味があった。
鬼や蛇が出てくるだけなら、まだマシかも知れないな。
なんてぼやきながら部屋の中へ入った。




