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ウランゲーム

アストラハンにて



「あっミテミテ、キャビア……」


車の中から店先に売られてるチョウザメの黒く光る卵に、目を引き寄せられる。


「そんな珍しいか?ウラジオで散々食ったろ」


「そんな暇はなかった」


班長はナスタチウムの食に対する余念の無さに、緊張感を無くした。


状況終了後の兵卒でも、この女よりは少なく食う。


「お前みたいな大飯食らいな女は始めてだ、そのうち家から出られなくなるぞ」


ナスタチウムの太くムチムチとした太股を指差し、班長はそう笑った。


「タバコと酒をやってる御老人が健康を説くとは、笑止千万」


「これはな、ロシア野郎に溶け込む為さ」

    

酒飲みって奴はいつもそうだ。


酒は百薬の長だの、体内をアルコール消毒してるだの言いやがる。


良くそんなに上手いこと言い訳が出てくるものだ。


「私がジュースを飲んでたら子供舌だの何だの言って来るけど、私から見たら酒を飲む人間の気が知れない」


苦しみに耐えきれず、酒に溺れる人間を何人も見てきた。


最後は誤魔化してきた苦しみを突き付けられ、破滅する。


拳銃を頭に突き付けて自殺するより、砂糖を過剰接種した方が遥かにマシだと最近思うようになった。


「変わった女だな、俺達はAKの弾に当たって死ぬ確率の方が高いんだ。だったらアルコールの過剰接種で死ぬ方を選ぶね」


「花より団子、酒よりコーラの精神だよ」


「そうかよ」


ロシア南部に位置するこの街には、ヴォルガ川に付随する河川港が幾つもある。


崩壊前はカスピ海艦隊の基地が存在していたが、維持する金も人員も無いので自然消滅した。


今は赤錆だらけのコルベット艦と、スクラップヤードに放置されたエクラノプトンが物悲しく黄昏れていた。


3日前、イワンに張り込んでいた情報提供者から港倉庫への出入りが活発になったと報告があった。


トラック一杯の何かが、大量に運ばれている。  


だが中身は大方予想は付く。


酒屋が酒樽以外を運ばないように、ウラン販売業者がウラン以外を運ぶものだろうか。


問題は原子力発電用の低濃縮なのか、兵器用の高濃縮ウランかのどちらかだ。


「ここで降りる、車は近くに停めておけ」


班長とナスタチウムは部隊と一端別れ、敵情偵察の為に徒歩で向かう。


「高い所を探そう」


「あの白い建物は?」


ナスタチウムが指差す先には、豆腐のように四角い建物が立っていた。


「百貨店か、屋上に登れるといいんだが」


地元民しか利用しないであろう施設は目立つかもと気にしたが、廃墟一歩手前状態の建物を前にそれが杞憂であると察する。


一階部分の明かりを残し、他はがらんどうなフロアに何故か懐かしさを感じた。


よく親に連れられて来ていたショッピングモールが、いつの間か寂れてシャッターだらけの場所になっていたような、そんな感覚だった。


床の傷と豪華な手すりに見合わない冷たいタイル張りの床が、それを物語っていた。


「ここ来たことあるの?」


「いや、何故?」


「懐かしそうな顔してる」


「……気のせいだろ」


古ぼけた従業員用の階段を登り、ガタ付いた扉から屋上に出ると目的の場所を一望出来る高いところへ辿り着く。


双眼鏡で港を偵察すると、情報通り輸送車両の出入りが見られた。


接岸しているのは小型の貨物船ではあるが、カスピ海の端から端まで航行出来るだけの燃料を積める船だった。


「あれがウランだとするなら、何処に運ぶと思う?」


「濃縮ウランを扱える科学力を待ち合わせてる国なんて、イランしかない」


確かにカスピ海に面する国家で可能性としてあり得るのは、イランぐらいだろう。


彼の国は親独政権ではあるが、ナチスドイツを完全なる同盟国と見ている訳ではない。


1999年に原子力発電所建設の話が持ち上がったが、ドイツからの政治的圧力で白紙になっている。


「ん?」


一瞬、水面で何かが動いた様な気がした。


「どうしたの?」


「フロッグマンを警戒すべきかもな」


港の警備は陸地からの攻撃に対しては完璧であったが、川の方は手薄だった。


「ニシス族に水中工作員が?」


「海のない場所で生活して来た奴らが、そんな技能と考え方を持つとは思えんがな」


班長は第三勢力の存在を感じつつあった。


その勢力が敵の味方か、それとも敵の敵かを見極める必要がある。


「本当に水中に何か居たの?」


「確証はねえよ、だがどんなに完璧な奴でも尻尾は出す」


森を歩く時、必ず足跡が残る。 


必ず草や枝を踏み折った跡がだ。


それを予兆と見るか、自然が生んだ偶然の産物と見るか、どう捉えるかによって損害率に変化が生じる。

 

「もっと情報を集める、不確定要素を潰しておきたい」


「それには同意するけど、なるべく急いだ方がいいかもね」


港に居る作業員の数が少ないのに加え、貨物船の喫水線が下がり赤い塗装が殆ど見えないのを察するに、ほぼ積み込みは完了したと見るべきだろう。


情報を受け取ってから、もっと早く来られれば良かったのだが車移動では限界があった。


「出航までには間に合わせる」


そう言うと屋上から2人共に撤収する。


班長の勘は当たっていた。


その夜、水中に潜んでいた第三勢力が港へと、静かに忍び寄っていた。


真っ黒なウエットスーツにサプレッサーを装着したMP5Kを所持した姿は、典型的な装備とも言えた。


「船橋に5人、船首と船尾に1人つづ」


水面に人影が1人2人と増えてゆき、気が付く頃には数十人に膨れ上がっていた。


「照準を固定しろ、統制射撃用意」


撃針が雷菅を叩く音が射手の耳のみに響き、甲板を巡回していた歩哨は膝を折り曲げながら崩れ倒れる。


ウエットスーツの集団は川から陸へよじ登ると、4人1組に分かれて行動する。 


防水処理が施された単眼のサーマルゴーグルは、白と黒の温度の世界を映し出す。


「敵に動き無し、地元当局にも通報されていない」


倉庫を包み込むように囲むと同時に、貨物船の船橋に居る敵も次々と排除する。


サプレッサーのくぐもった音に気が付いた敵兵が中から出てくるが、胸、頭の順で即座に撃ち抜く。


「そんまま突っ込め、早く行け!」


ポイントマン担当が間髪入れずに突入し、重い水密扉を開けて後続の突入を援護する。


先頭の隊員の弾が尽きると後ろに続いている隊員に交代し、前を切り開く。


「待て!反応がある」


腕にくくりつけていたガイガーカウンターの針が激しく動き、目的の物がこのフロアに存在していることに気付いた。


「これ全部か?」


濃縮ウランが緑色のドラム缶に乱雑に格納されているのを見て、ウエットスーツ姿の男達は動揺する。


「こいつは大丈夫なのか?」


「数値的には問題がない、見た目よりはきっちり梱包してる」


「分かった出航の準備をしてく……れ」


ドラム缶に乱雑に貼り付けてある物が目に止まる。


今から出てくるけど絶対撃つなよ!↓

デッドマン式だぞ→!BOMB!←爆発するよ!

↑絶対撃つなよ!


殴り書きされた警告文の中心には、BOMBの文字だ。


班長は起爆装置片手にドラム缶の陰から姿を現す。


「ジェントルマン諸君早まるなよ、俺がボタンを離した瞬間、10kgのTATPがドンだ」


「貴様ニシス族ではないな、何者だ?」


わざわざ姿を見せる理由を悟ったのか、向こうも対話に応じてきた。


「あんたらと同じさ、仕事でここに居る。ただしウランに興味はない、これの行き先と対価を教えろ」


「遠くに持って行く、それだけだ」  


「おいおい、白人様はこれだから困るぜ」


両者共に、相手について大方の見当は付いていた。

 

「ナチスの特務隊はあちこち転々だな、遂に東方生存圏の拡大でも狙ってるのか」


「CIRAも暇らしいな、アメリカ人との戦争はまだ終わってないぞ」


こういうことはごく稀に起きる。


同盟国同士の諜報機関と出くわすと、凄まじい面倒が生じる。


撃ち合う訳にも行かず、かといって仲良くお喋りともならない。


「認識をはっきりさせよう、我々はこのウランを持ち帰りたい。そちらは情報が欲しい」


「その認識でいい、ニシス族が何と対価にウランを売り付けようとしてたか知りたい」


「待て、上と話す」


特務部隊は何処かに確認を取る。


「はい、CIRAと出くわしました。情報を提供しなければウランを爆破すると言っています………了解」


物分かりの良い上司のようで、情報の開示に応じる。


内容自体は予想通りだった。


ニシス族の取引相手はイランであり、核武装の為に濃縮ウランを手に入れようとした。


見返りは20発のドイツ製準中距離弾道ミサイル「Höllenfeuer」のコピー品だ。


半信半疑だったが、これで確信した。


「ニシス族は核武装をしようとしている」




ウラル山脈南部付近にて



「親父、イワンの様子は?」


「今日は調子が良いみたいだ、午後の宴会には出ると言ってる」


「分かった、子供達を呼んでくる」

 

ベッドに横たわり、胸に針を突き刺すその人物は、言葉を発することは無かった。


イワンは祖父の姿を見て微笑みを浮かべる。


「親戚がこうも集まると大変だ、母さんは昨日からキッチンに立ちっぱなしだ」


叔父の話に頷き、懐かしそうに微笑む。


その肺は呼吸をする度にオレンジ色に光り、その度に眉が動く。


苦しみを顔に出すことすら、忘れてしまったのだ。


「……実を言うとあまり状況が芳しくない」


たった1週間の間にイワンが2人も殺された。


やった連中は誰かは分かっていないが、どうせナチスの仕業だろう。


「今でもお前が帰って来た時のことを思い出す。お前をこんな目に逢わせた連中を、同じ目以上にしてやろうと思った」


だが止めた。


「今度は必ずお前を守る、お前の父さんが為し遂げられなかったことを私がやってみせる」


手を握ると、握り返して来る。


この弱々しく荒れた手を握って、まだ我々を害虫と罵る連中がいるのならば、我々は純然たる暴力を持ってして全ての敵を打ち倒す必要がある。

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